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【創作欲求の有る人と無い人の違いは何か?】
創作欲求が有りソレを”体外に出力する人”と全く無い若しくは有っても”体外に出力しない人”がいるように思えます。
例えば知人を何人か思えば、幾人かは出力していて、幾人かは出力していないように見えます(こっそりとしているかもしもしれませんが)。
●出力している方は、なぜ出力するのか、出力しない人との違いは何だと思うか。
●出力していない方は、なぜ出力しないのか、欲求がない人は創作欲求についてどう考えているか。

出力する人としない人の違い及び原因に近づきたいので、一考有る方は是非教えてください。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 書籍・音楽・映画
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● 匿名回答1号

それは創作欲求というより、自己顕示欲では?


匿名質問者さんのコメント
確かに自己顕示欲に近いと思います。 だとしても自己顕示欲を創作を通じて満たしたいのであれば、それも一つの創作欲求だと考えます。 一般的に創作欲求がある人もない人も、ソノ欲求に対して他の欲求、食欲、性欲、睡眠欲などと比べ無自覚だと思います。 ソレに自覚的になり、その差異が分かれば、他者に向けた作品を作るときの何かしらのヒントが有る気がするのです。

匿名回答1号さんのコメント
まぁ、何時、誰に向かって公開するか、は各自の自由ですからね 見せたくない相手もいるだろうし

2 ● 匿名回答2号
ベストアンサー

創作を表出する人にくらべて創作をしない人がいるその原因は

・単純にその他の勉強や仕事や家事に忙しくて時間がない
・ネタがあってもツイッターでしゃべるとファボられたりそれをヒントに実行してくれる同好の士をみつけていて大満足している
・テクニックが全くない(または自分の理想にくらべてすごく低い)、習得にも時間がかかると思っている、材料道具が手に入らない状況にいる
・まわりに理解ある人がいないのでみせたくならない。(同好の士をみつけたらやる気になるかも)
・手を通じて表出した表現において成功し達成感を味わった体験が1回もなく、自分の脳内だけで映写して満足する
・そもそも手頃な創作ジャンルに巡り合っておらずネタが湧かない(創作物インプットがない生活)


欲求がない人は創作欲求についてどう考えているか。

(好意的)
・すごい・やる気があってうらやましい・自分もああなりたい
(中間)
・自分とは違うから興味ない。
・へえ?、ふ?ん、ちょっとたいへんそう
(非好意的)
・仕事以外に表現もしていると健康を崩しそうで心配だけどほうっておくしかない
・あそこまでやってると日常がおろそかになるのでは、他人だからどうでもいいけど
・そんなつまらないことにばっかり固執してないで結婚(就職)しなよ
・自分はああなりたくない

が相手ごとにいろいろうかんでくる。
はっきりしたものではなくうすらぼんやりした「感じ」としてです。
まあ、他人の欲求なんて結局は他人事ですから、喧嘩でもしないかぎりはっきりとは浮かびません。


匿名質問者さんのコメント
回答から考えるに欲求は有るが表出していない様に見える人は ?仕事、生活の中の一端(twitter等)で表出している ?脳内で完結する の2タイプに大きく分けられる。 この脳内で完結する人に興味があります。 物理的社会的に表出できない人も精神的なプロセスは表出する人と同じだとすると、表出できないストレスが発生し結果として?のタイプのように端々で開放しているのかもしれないですね。 最初の問から少し進めた疑問は 表出する人、しない人、欲がない人が根本的なモノが違うのであれば、果たして他者に向けた創作物でそれらの人はコミュニケーションできるのか です。 個人的にはコミュニケーションできて欲しいのですが、恐怖的に不可能だという考えが度々首をもたげるのです。

匿名回答2号さんのコメント
>回答から考えるに欲求は有るが表出していない様に見える人は >?仕事、生活の中の一端(twitter等)で表出している >?脳内で完結する >の2タイプに大きく分けられる。 >表出する人、しない人、欲がない人が根本的なモノが違うのであれば、果たして他者に向けた創作物でそれらの人はコミュニケーションできるのか 自分の観察したところでは、たしかに2→1の障壁は随分ひくくなっていますが、それでも1になるのに必須な「創作意欲」が一生、発生せず、「自分は受け手であることが幸せである」と考えるタイプの2の人もたくさんいます。これを「一生2」と呼びましょう。 一生2の人も創作意欲ではなく自己承認欲を原動力として「私は○○のファンです」とか「好きなタイプの芸能人は××です」(ここでいう××は、作ったキャラをテレビをとおして見せられているので他人の創作物です)ということはよく言います。 でも、1になる素地のある(たとえば、普段から創作者マインドや著作権法を勉強している)2や、もともと1の人たちが、うまく「一生2」と意思疎通できるかというと、難しいです。 創作者マインドのありようを「一生2」の人に説明するのは、目の見えない人に赤いバラと白いバラのちがいを説明するがごとし。 「一生2」のひとたちは、そこにあるものを見ないし、むしろ見たくないし、見ないほうが幸せなファンでいられるのです。「あっち」と「こっち」に深い谷があって橋がかかっていない状態だからこそ、全力で憧れることができます。谷をこえた向こうにいってみたいと口ではいっても、自分も苦労して下積みのお茶出しトイレ掃除をしながらから美とか感動をつくりあげるするつもりなどありません。 それはそれでいいのです。住み分けですから。

3 ● 匿名回答3号

ぼくは、昔描いた漫画を、小説にして、
ブログに載せてます。

小学生の時に、特に名前は付けてなかったけど、
「ぼくのガンダム」を、ノートに描いてて、
パイロットは、ぼくの自画像にしてました。

プラモデルが、アニメとデザインが違ってたり、
アニメと同じに動かなかったので、
あちこち、勝手にデザインし直してました。

他人から借りた物を、勝手に自分の物にしている状態だったので、
あまり人には見せてなかったです。

ローマ字を読めるようになった時に、
家にスペイン語の辞書があったので、
そのガンダムもどきの顔をカエルに変えて、
コアファイターを前後逆にして、翼を取って、
ラナ(スペイン語で「カエル」)という名前を付けて、
漫画を描き始めて、人に見せるようになりました。

作品の中で、自分がヒーローになってるので
描くのが楽しかったですし、

ガンダムが、アニメでやらなかった戦い方をさせるのも
楽しかったです。
f:id:taddy_frog:20170225104028p:image


4 ● 匿名回答4号

他の方の回答ちゃんと読んでないです。自分は出力派

●出力している方は、なぜ出力するのか、出力しない人との違いは何だと思うか。
時間と能力(成功体験)があるからでしょう。
出力することでのデメリット(時間やお金)をメリットが上回る。(単に褒められた経験、上手くできたという達成感でも)
あと若い頃に一攫千金狙いで創作してた人は折角得たスキルを封印するのは勿体ないという「スマホゲームで飽きたけど勿体ないから惰性で続けてる人」みたいなのもあると思います。
まあ生活の一部になっちゃってるとか、その界隈での人付き合いみたいなのも込みで続けてるとか。

●出力していない方は、なぜ出力しないのか、欲求がない人は創作欲求についてどう考えているか
・無い人
自分が創作やってるので創作やってない人と同じような話になるのですが、理由は
・時間が無い
・面倒
・才能無い(もういい年なので努力してスキルアップするのが無駄)
・そういうタイプの人間ではないから
みたいな感じです。
特筆すべきは「そういうタイプの人間ではない」と信じ込んでる人で、私の観測範囲の中でですが、受験勉強頑張って部活(大体運動部系)頑張ってと、いわゆる普通の人生を歩んできた人が多いっぽいです。元々道を踏み外すのが苦手なタイプで、趣味といっても深くなかったり、趣味自体が無難(クラシック鑑賞とか)なところに落ち着いてたりします。

・あっても出力しない人
きっかけが必要で、与えてしまえば出力しだす人も見ました。ただしその人は元々出力系で、お金やら時間やら無くなって出力を控えていたのが人生に余裕ができたのと古い友人に誘われて……みたいな。
元々出力経験の無い人からすれば、自分が創作なんてできるわけないと思ったりしてそうですけれど、案外近しい知人に勧められたらやりだすこともあるかもしれません。(創作のジャンルにもよるとおもいますけれど)


5 ● 匿名回答5号

創作欲求がある人とない人ではなくて、創作欲求がある時期とない時期があるのでは?
何かを作っているときは、ほかのものを作る余裕がなくなるので、総量があるのかもしれません。

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