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謡曲ですが、どうして、江戸時代になり、町人には禁止されたのでしょう(猿楽が禁止)。これは、幕府支配地、大名支配地、寺社の支配地、その他も共通だったのでしょうか。

次の部分は、Wikiの「謡曲」から引用しました。
>能および謡は身分の別無く愛好され、
>この風潮は町人に猿楽が禁じられた江戸時代中期以降になってもまったく衰えることなく、

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● 匿名回答1号

江戸時代の謡曲だけが禁令の対象になったのではありません。
宗教的な禁欲が根底にあります。

https://plaza.rakuten.co.jp/camphorac/diary/201406230000/

このブログなど色々紹介していますが、賑やかな酒席や演芸など、禁じられることが多かった。
江戸時代の贅沢禁止令とでも言うべきおふれは何度も出されています。

能は武士にとっては精神性を表現する場で踊られるもので、禅宗の影響の強かった武士にとってはある種の宗教儀式に近いものでした。
従って禁令の対象外です。

歌舞伎の女形など、最初は女性が演じるものだったですが、女性が演じると風紀が乱れるとかで禁止され、野郎歌舞伎として再興されたものが現在に至っています。
まあ、美人の女優は顔役に「今晩研ぎをせい・・」などといわれる時代でしたから無理もないような気もする。
歌舞伎の創始者は「出雲の阿国」と伝えられる女性でした。

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