人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

公家の六条家を調べていましたら、「家業は有職故実。江戸時代の家禄は265石。外様。菩提所は百万遍源光院。(ソースは末尾に示しました)」とありました。ここでの家禄265石というのは、徳川将軍から与えられていたということですか?
また、外様とはどういう意味なのでしょう? いきなりの質問ですが、済みません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%9D%A1%E5%AE%B6#.E5.85.AD.E6.9D.A1.E5.AE.B6.EF.BC.88.E8.97.A4.E5.8E.9F.E6.B0.8F.EF.BC.89

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

▽最新の回答へ

1 ● 匿名回答1号

外様って言うのは徳川家の親戚ではなく、代々続いた家来の家柄でもなく、新参の家来って意味です。
この家は公家ですから徳川にとっては役に立たない。
朝廷の機能は実権のないもので、有職故実と言えば学者の仕事ですね。
役立たずだから餓え死にさせるのもあるが、お情けで捨て扶持で養ってもらっていたって事です。


匿名質問者さんのコメント
ありがとうございました。 「外様とは、徳川家の親戚ではなく、代々続いた家来の家柄でもなく、新参の家来」ということですが、公家は、すべて、『外様』という解釈になってくるのでしょうか。徳川の親戚でもないし、代々続いた家来の家柄でもありません。 しかし、徳川の家来ですらないわけです。

匿名回答1号さんのコメント
外様には大名もいましたし、一応は徳川の家来と言うことにしておかなければ禄を与える理由がありません。 武力政権ですから、家来でなければ全て敵対者として扱うことになる。 治安維持を放棄して戦国を将来した朝廷は江戸時代には死に体でしたが、朝廷の家臣という立場でも禄を与えるとなれば名目上は徳川の家臣にしなければならなかったわけです。 摂関家などにしても同様です。 皇家だけは別格だったようですが、荘園が残っているわけもなく、やはり徳川の禄を食でいたわけです。

匿名質問者さんのコメント
徳川家の家来なのですね。そういう風に見ればすっきりします。ありがとうございました。 たしかに、朱印状だか、黒印状だかで、土地を安堵してもらっています。 安堵とは、家来ということなのですね。 官位は、摂関家の方が上のような気もしますが、それでも家来なのですね。 徳川政権は凄いと思いました。
関連質問

●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ