人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

https://www.youtube.com/watch?v=yC49yQII574 (オーストリア帝国)を聴いたんですが、
<1>ドイツ連邦共和国の国歌と一緒です。ドイツ連邦共和国は第二次世界大戦後に成立してますし、オーストリア帝国とか被っていないから、OKなんでしょうか。被っていたら、例えば、オリンピックなどでも不都合です。

<1の2>また、皇帝フランツ、皇帝フランツと繰り返しますが、皇帝が代わったら、歌詞も変わるんでしょうか。第一次大戦松末期にタイミング悪く、フランツは崩御しますが、これでは国歌自体がよろめいてしまいます。皇帝名を歌に織り込むのは微妙だと感じました。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● 匿名回答1号

歌詞が違うみたい
フランツなんて書いてないよ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E6%AD%8C


匿名質問者さんのコメント
ありがとうございます。 ドイツ共和国の歌詞とオーストリア帝国では、曲は同じですが、歌詞は違います。そこが私のすっきりしないところです。 私が、リンクを貼ったものでは、カイザーフランツと何回も繰り返しています。 この曲がスタートしたのは、いつだか、よくわからないのですが、 オーストリア帝国が成立したときは、皇帝はフランツでした。 その後、フェルディナンド、フランツヨーゼフ、カールと続いて、滅びます。 この皇帝フランツ、初代フランツ1世のことなのか、フランツヨーゼフ1世なのか、 ちょっとわからないです。 ただ、フランツヨーゼフと歌わなければならないとすると、長すぎて歌いにくいにくいですから、そういう点でも不便だなと思います。 もちろん、皇帝が代替わりしているのに、間違って前皇帝のお名前を歌っては、不敬というか、 少なくとも、儀礼に反しますし。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E7%9A%87%E5%B8%9D 他方、ドイツの国歌としては、うーん、ワイマール帝国の時から、かな、と推理しました。 ドイツ帝国国歌がなんであるか、確かめていません、ごめんなさい。

匿名質問者さんのコメント
追記:ドイツ国家としては、ワイマール時代に採用となったみたいでした(国歌という正式な位置付けかどうかは別として)。 ちなみに、ドイツ帝国では、別の歌が国歌だったようです(ただし、これは、イギリス国家と曲が同じらしいです。こんなことってあるんですね。さらに、もともとプロイセン国王の為のプロイセンの国歌だったみたいで、ドイツ全体から支持されていたといはいいにくいみたいです。(以上は、Wikipediaからですが)

匿名回答1号さんのコメント
こっちだ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E3%82%88%E3%80%81%E7%9A%87%E5%B8%9D%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8A%E7%B5%A6%E3%81%88 >> ハイドンはオーストリアにも愛国心を鼓舞する歌が必要だと感じ、ハシュカの皇帝賛美の詩にクロアチア地方の民謡を基にして曲を付けることにした。オーストリア帝国成立後はその国歌となり、オーストリア=ハンガリー帝国の滅亡まで使用される。 << という事で作曲されたのはオーストリア帝国の成立前であり 作詞者レオポルト・ハシュカも1827年没なので フランツヨーゼフ1世って事はないとおもふ https://de.wikipedia.org/wiki/Lorenz_Leopold_Haschka

匿名質問者さんのコメント
ありがとうございます。初代皇帝のフランツ1世ということですね。その方がすっきり首肯できます。皇帝が代わっても、歌詞は替えないのかな、そこが疑問ではあります。というか、国歌ではなく、フランツ皇帝への賛歌ということなのだ、と理解すればよいのだと思いました。 クロアチアの民謡を基にしているのですね。ドイツ人としては、ちょっとスラブっぽい(というか、異国情緒があるなぁ)とか、そんな感じなのででしょうか。ドイツ人に訊かないとわからないですね。他方、クロアチア人に訊くと、自国の曲の香りがしたりするのであろうか、いろいろ考えさせられました。 オーストリア帝国は多民族国歌ですから、あまりドイツ色の強い曲では、いかがか、ということだったのかもしれないと思いました。 ★いまから、10年前、職場にクロアチア人が、いや、失礼、隣のスロベニア人が居ました。聞いてみればよかったなぁ、と思いました。

匿名質問者さんのコメント
補足:国歌というより、皇帝への賛歌かな、という気がしておりますが、 なんといいますか、国歌ではないから、 皇帝が替われば歌詞も変えればいいみたいな感じなのでしょうか。 歌詞を変えるのに、どういう法的手続きが必要なのか、不要なのかわかりませんが。。。 教えていただいた、サイトを見ると、 皇帝がフランツ1世のときは、 Unsern guten Kaiser Franz! 皇帝がフェルディナンド1世になると、 Unserm Kaiser Ferdinand! という具合に、臨機応変に歌詞を変えているようですね。ほかの部分も変化していました。 皇帝フランツヨーゼフ1世(及び皇后えりざべーた)ですと、 別の個所ですが(別の小節にあたりますg)、 Heil Franz Josef, Heil Elisen, と両陛下の御名を唱えています。

質問者から

<2>ドイツ帝国の国歌と、連合王国の国歌が曲が同じらしいことが分かりました。
オリンピックような国際大会では、どうなっていたんでしょう。とても、気になりました。
近代オリンピックは、夏季オリンピックの第1回は、1896年のアテネ大会でした。


因みに、「国歌には、これを歌います。」、「国旗はこれ使います」と、届け出るんでしょか。
また、
「国名はこれです。英語名、フランス語名、ロシア語名、イスパニア語名、などのオリンピック公用語?。」
と届け出るのでしょうか。


2 ● 匿名回答2号


質問の趣旨に副えませんが、この曲に関する基礎情報を要約します。
わたしは(この曲を)、いまでも英語詞でハモったり、弦楽器で演奏
できますが、ドイツ人の国民感情までは想像に及びかねています。

…… 《皇帝賛歌》の歌詞、一番は「外国を刺激する」、二番は「意味
がない」ので、三番だけが“ドイツ国歌”として歌われている。
── 《朝まで生テレビ 19990327 テレビ朝日》

〔楽曲〕 ハイドンの皇帝賛歌

17521104 初演 グルック《歌劇「皇帝ティートの慈悲」》

Haydn, Franz Joseph 17320331 Austria 18090531 77 /“交響曲の父”
Mozart, Wolfgang Amadeus 17560127 Austria 17911205 35 /
Franz II 神聖ローマ帝国 17680212 Austria 18350302 67 /[1792-1806]

17910906 初演 モーツァルト《歌劇「皇帝ティートの慈悲」》
17970212 初演 ハイドン《神よ、皇帝を護りたまえ》179701‥ 作曲
1797以前 作曲 ハイドン《弦楽四重奏曲 第77番 ハ長調 Op.76-3》“皇帝讃歌・変奏曲”

18111128 初演 ベートーヴェン《ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 Op.73「皇帝」》
1832- 35 作曲 ベルリオーズ《5月5日 ? ナポレオン皇帝の死に寄せる歌》
18361209 初演 グリンカ《歌劇「イヴァン・スサーニン(皇帝に捧げた命)」》

1837‥‥ 作曲 チェルニー《ロルツィングの「皇帝と大工」による幻想曲》
1889‥‥ 初演 シュトラウス?《ワルツ「皇帝円舞曲」》
19001103 初演 リムスキー=コルサコフ《歌劇「サルタン皇帝の物語」》

〔論評〕 クヮルテットの変奏曲

…… 最近も、古楽器ばかりのクヮルテットで、ハイドン《皇帝変奏曲》
を聴いたところ、まるでちがう形態の弦楽四重奏なのだ。
当時は、この曲でさえ、とても前衛的な趣向であったことが判る。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040614
幻の弦楽技法 ? 失われた本をもとめて ?

…… 頭数はそろったものの、用意した譜面のうち、満足に弾ける曲が
ない(略)四人の独奏があいついで展開する“皇帝変奏曲”こそデビュ
ーにふさわしいのだが、とても手に負えないことがわかった。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20010308
シンフォニエッタ序章 ? 器楽部中興史 ?

…… ガイリンガーは、「驚くほど霊感にとぼしい四重奏曲で、彼の後
期作品の系列に位置づけることがほとんどできない」と極言している。
── 大宮 真琴《名曲解説全集 8 19591110 音楽之友社》P86
http://d.hatena.ne.jp/adlib/17970212
皇帝変奏曲 ? 交響曲と弦楽四重奏曲の父 ?

〔映画〕 カサブランカの独仏戦

── 《Casablanca 19421126 America 19460620 Japan》
https://www.youtube.com/watch?v=KTsg9i6lvqU
La Marseillaise Casablanca

…… 不朽の名画“カサブランカ”の一場面にドイツの将校たちが歌詞
こそ違えこの曲を歌う場面がある。対するラザロはフランス国歌「ラ・
マルセイエズを歌い始め酒場にいるフランス人たちはみなこれに和し
ドイツの将校たちの歌を圧倒する。この曲をなぜドイツの将校たちが歌
うのかわたしには疑問で、それほどドイツではポピュラーなのだろうか、
また本来この曲の歌詞はどういう内容の歌だったのだろう。ドイツをあ
るいはナチスを讃える内容であったのだろうか。
この疑問に応えてくれたのが同志社の卒業生、阿波雅敏君からのメー
ルでした。答えは既に同志社大学広報課が発行していた WILD ROVER誌
Vol.10(19960801 発行)中の CAMPUS PRESS に出ていたのです。
わたしと同様の疑問をお持ちの方はぜひクリックしてご覧ください。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/component/tyuu2.html#doshishacs

〔校歌〕 Doshisha College Song

この原曲は、同志社の学園歌(校歌)としても、かなり有名ですが、
歌詞は、近江兄弟社を創業した建築家が(古英語)で書いています。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030116
Viva Doshisha !

http://ingeb.org/Lieder/esbraust.html(原歌詞?)
Melodie - Melodie - Melodie - Melodie - 156KB MP 3 - Karl Wilhelm
上の“156KB MP 3”をクリックすると、ドイツ語らしき合唱が聞こえ
ます。管弦楽の伴奏なので、「カサブランカ」のサントラ盤ではなく、
ニュース映画の音声ではないでしょうか?

…… 学問、教育、その他(注に同志社カレッジソングを載せているの
ですが、この曲について新しく気づいたことを付記しました)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tbc00346/index.html(20030115)
74歳のキャッシュ ? 谷本先生のHPより ?


3 ● 匿名回答2号


〔替歌〕 軍歌から校歌へ

── シュネッケンバーガー・詞/ヴィルヘルム・曲
《ラインの守り Die Wacht am Rhein 1840-1854 Germany》
http://www.d1.dion.ne.jp/~j_kihira/band/midi/rhein.html

Schneckenburger, Max 18190718 Germany 18490503 29 /1840 作詞
Wilheim, Karl(Carl) 18150905 Germany 18730826 57 /1854 作曲/choral director

http://www.christian-center.jp/dsweek/08au/1105.html
── 本井 康博《同志社カレッジソング百年 ? 新島 襄とW・M・ヴォーリズ》

── 《イェール大学校歌 Bright College Years 1881‥‥ America》
Durand, Henry Marion 18121106 England 18710101 58 /作詞

── 《同志社大学校歌 Doshisha College Song 1908‥‥ Japan》
Vories, William Merrell 18801028 America 滋賀 19640507 83 /作詞

http://q.hatena.ne.jp/1230884660#a884236(No.3 20090103 00:59:48)
ヴォーリズ/籍=一柳 米来留(満喜子の夫)近江兄弟社創立
http://q.hatena.ne.jp/1459046482#a1255588(No.3 20160327 18:14:17)

〔原詩〕 賛歌から国歌へ

── ハシュカ・詞/ハイドン・曲
《神よ、皇帝フランツを守り給え Gott erhalte Franz den Kaiser
皇帝讃歌 Österreichische Kaiserhymne
/オーストリア帝国(のちオーストリア=ハンガリー帝国)の国歌

Haschka, Lorenz Leopold 17490901 Wien 18270803 77 /翻訳
Haydn, Franz Joseph 17320331 Austria 18090531 77 /“交響曲の父”

── ホフマン・詞/ハイドン・曲
《ドイツの歌 Deutschlandlied 1922-1841‥‥ Duich》
Hoffmann, August H. 17980402 Duich 18740119 75 /ドイツ学、詩人

…… ヴァイマル共和国のドイツ国歌。第二次世界大戦後のドイツ連邦
共和国で歌詞修正。オーストリアでは第一次世界大戦後にいったん別の
曲を国歌にしたが、1929年に歌詞を『終わり無き祝福あらんことを(独
語版、英語版 Sei gesegnet ohne Ende)に変えた上で、再びハイドン
の曲が国歌になった。第二次世界大戦後にはモーツァルト作曲と伝えら
れる曲を使用した国歌『山岳の国、大河の国』に変更された(Wikipedia)。

── プレーラドヴィック・詞/モーツァルト・曲(?)
《山岳の国、大河の国 Land der Berge, Land am Strome 1945 Germany》
Preradović, Paula von 18871012 Germany 19510525 63 /

〔補遺〕 皇帝フランツ一世と二世は同一人物

Franz Joseph Karl von 17680212 Austria 18350302 67 /Habsburg-Lothringen
/Franz II [1792-1806] 神聖ローマ帝国の最後の皇帝
/Franz I [1804-1825] 最初のオーストリア皇帝

Karl I. [1916-1918] 最後のオーストリア皇帝 18870817 Germany 19220401 34 /
Habsburg, Otto von 19121120 Germany 20110704 98 /元皇太子/1918 帝政廃止
/葬儀において最後に国歌(1854版)の1番を唱和して締めくくった。

関連質問

●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ