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太政官は、律令制での最高機関としては「だいじょうかん」と読み、明治初期の官制では「だじょうかん」と読む、というが、その根拠はどういうものですか。
律令制での話ですと、読み仮名というものもきちんと決められていたのでしょうか。あるいは、昔の人の日記などで、ひらかなで、「だいじょうかん」と書いてあるものが多いとかでしょうか。
明治初期の場合ですが、法令のなかで、読み方が定められていたんでしょうか。また、なぜ、律令制と異なる読み方を採ったんでしょうか。

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:政治・社会
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● 匿名回答1号

読み方に基準は無く、時代によって、あるいは場所によっても変化します。
文字そのものの書き方にも本来は厳密な決まりなどありません。
それでは不便だからと後知恵で基準を設定しただけです。
理解できない方が悪い。


匿名質問者さんのコメント
そうなのですか、ありがとうございました。京都のお公家さんたちがどう呼んでいたか、京都の一般庶民がなんと呼んでいたか、また、鎌倉では何と呼んでいたかなど、いろいろですね。京都のお公家さんが何と呼んでいたか、これを一応「正」とするしかないですね。 明治の制度については、要職を占めた、公家出身の人達が何と呼んでいたか、藩閥出身者が何と呼んでいたか、ということですね。
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