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『非嫡出子の相続分は、嫡出子の1/2が妥当だとする理由は何ですか?』
5年ほど前だったと思いますが、非嫡出子への相続分が嫡出子の1/2なのは違憲、という最高裁判決が出され、民法が改正された事がありました。
当時の自分は「何だよそんなの同じ取り分なのが当然じゃないか」という感想を抱き、その思いは今でも変わってはいないのですが、割と最近ネットを見ていて、当時大層な反発があったこと。そして今でも根強い反発があることを知りました。
ただ、ネット上の意見を眺めていても、「非嫡出子だから当然」という、理由になってない様な理由が殆どの様に見受けられます。

そこで上記の質問です。
「1/2で当然。同等なのには反対」という意見の人の、根拠を知りたいです。
もちろん「1/2どころか相続権を認める必要はない」という意見の方も歓迎です。
とにかく差を設ける事の合理的な理由・根拠が知りたいのです。
何卒ご協力お願い致します。

●質問者: 花魁雷穏
●カテゴリ:政治・社会
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● seble

個人的には反対しませんが、論拠の1つとしては、いわゆる、妾の子も対象になるからです。爵位は長男優先ですし、明治民法では長男相続でしたし、時代と共に徐々に拡大してきたという事になります。


花魁雷穏さんのコメント
ああ、間違って消してしまった…。 sebleさん 回答ありがとうございます。 明治民法では長男優先との事ですが、正妻に男子がいなかった場合、非嫡出子であっても長男であれば相続できたはずですので、一律1/2の規定はむしろ後退? いえ、1/2でも確実に貰えるのであれば前進と言えますかね。 いずれにせよ、違憲判決が出た現代において1/2規定を正当とするのはどの様な根拠なのかな、というのが自分の最大の興味であり、この質問の意図です。 ありがとうございました。

2 ● みやど

一応、(同等でも0でもなく)1/2を支持するもっともらしい論拠としては、「非嫡出子は父母の双方の家の財産を相続できるから」というのがあります。

なるほど、夫婦の財産のほとんどは夫が所有しているとして、「母の夫(非嫡出子なのでこれは父ではありません)が死んで間もなく母が死に、父の妻(非嫡出子なのでこれは母ではありません)が死んで間もなく父が死んだ」(あるいは前者と後者の逆順)の場合は、確かにその主張が合理的なように見えます。

しかし、現状ではこの例でも実はそんなに非嫡出子に割がいいわけではありません。確かに双方の家の財産を相続する権利がありますが、実は扶養の義務の方も両親の双方に対してあります。しかも普通には両親は別居ですから、双方扶養するのは簡単ではありませんから、義務の方もきついので、権利の方を優遇しておかしくありません。
「そんなこと言ったって、実際に【双方を】扶養することはまずないじゃないか」
と言うかもしれませんが、その場合は「寄与分」(民法第九百四条の二)の規定で実際に面倒をみた人が多くもらえるようにすればいいことです。ここで問題があるとすれば、面倒をみただけではダメでそのことで「被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与」をしなければならないことです。

実は同様の問題が(普通)養子の場合もあります。(普通)養子は実親と養親の双方から相続できます。しかも双方の実親と養親から相続できるので、これは非嫡出子よりも割がいいようにも見えます。しかし、扶養義務も双方に対してあります。以下同様。


花魁雷穏さんのコメント
みやどさん 回答ありがとうございます。 なるほど、双方の家の遺産を相続出来るというのは確かに強みに感じられます。 でも扶養の義務も双方に発生するわけですね。 家族の形態は今や様々でしょうから、法律のみで個々のケースに対応しきるのは難しそうですし、だったらニュートラルでは等分にするのがやはり妥当なんじゃないかと自分は思ってしまいます。 反対の意見も聞いてみたいところです。

3 ● youtaiga

19世紀までの欧米では、妾の子には相続権がないのが当たり前でした。
半分どころかゼロです。
家族としても認められないことが普通だったりしました。
これらはキリスト教の影響による婚姻観によるものです。

日本では歴史的に側室の子でも相続権があったり、後継者に指名されることもありました。
優先順位のようなものはあったにはありましたが、欧米ほどの極端な排除思想ではありませんでした。
明治時代になり当時の欧米の差別的な法知識が入ってきたため、日本でも差別的な法律が作られました。
それでも、日本の実情を加味して1/2になったのだと思います。

20世紀になり欧米の方が法改正が進み平等になりました。
日本は遅れて欧米に合わせているだけです。
日本はキリスト教の思想なんて意識してないでしょうから、本当はもっと簡単に変えられそうなものなんですけどね。
100年くらいの間という時間で、意識に刷り込まれてしまっている人がいるのでしょう。
その前の長い歴史では、そこまでの差別意識はなかったと思うんですがね。


花魁雷穏さんのコメント
youtaigaさん 回答ありがとうございます。 伝統と呼ばれるものの多くが明治時代以降に形づくられた、とは時々聞きますが、法律も例外ではないってことでしょうか。 キリスト教のお膝元の欧米では既に乗り越えられているのに、当時のキリスト教国家の影響を受けただけに過ぎない日本で、いまだに尾を引いているというのは何だか皮肉ですね。
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