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差別主義者(差別主義的主張をする者)は、なぜ"差別自体"を肯定しないのでしょうか?

特に現代ではそのような者の多くは
不思議な事に「これは差別ではない」と言い張るのですが
それは一体何故なのでしょうか?何か理由があるのでしょうか?

「差別をして良いのだ」と言う主張をしてしまえば良いのではないですか?

●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:政治・社会 芸術・文化・歴史
○ 状態 :回答受付中
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● 匿名回答1号

差別自体を肯定すると、自分が差別されても抗議できないからではないでしょうか?


2 ● 匿名回答2号

「批判」に対しての「『批判』に対する反論」が許されている以上、避けられない苦境です。
「差別批判」に対しての「『差別批判』に対する反論」と「差別は正当であるという主張」(こちらは「差別批判」に対しての異論となります)を区別できる能力が必要になります。


匿名回答2号さんのコメント
本来は堂々と「差別」したいのだがそれをやると世間から支持を得られないため、「『差別批判』に対する反論」をすることで「差別批判」の正当性を揺るがし、結果的に「差別は正当である」という異論がまかり通るというわけです。

3 ● 匿名回答5号

ある人にとって「差別」になる事が、ある人にとっては「差別ではない」から。
「常識」と一緒で、個々人でも、時代でも揺らぐ「価値観」の問題でもある。
だから、「差別主義者」と一口に大きく括ってるけれど、人種にしろ、性別にしろ、国籍にしろ、趣味にしろ、性癖にしろ、あらゆる「差別」と呼ばれる問題には、境界線を求める議論がある。
それを抜きに、「差別」という「悪い事」と定義済みの言葉を使い、「「差別をして良いのだ」と言う主張しないのか」なんて詭弁を弄している時点で、問いとして全く価値が無い。
それこそ、差別を助長する不誠実な問いと言えるだろう。


4 ● 匿名回答6号

ある意味私は肯定してますよ。「差別は良くないので?」という言説を見ると「何で?別に良いんじゃない?」と思ってしまいます。まあ、だからといって実際に差別をしたことは無い(少なくともそのつもりです)ので、差別主義者ではないのかもしれませんが。

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