http://members.jcom.home.ne.jp/kazuhiro-ota/spain/granada/granad...
グラナダ Kaz-Homeスペイン編
仏教などの枯山水が最初に思い浮かびましたが、それ以外ということなので…比較的なじみ深いキリスト教から…
例えばガウディは優秀な建築家です。ヘネラリフェ庭園などの庭園なども手がけています。キリスト教の場合、庭師と建築家が近い存在になってしまいますが、旧来、宗教の伝播には政治や権力闘争と切り離す事はできないものでした。街の中心が教会であったり、街の中央が市場であったり、人々の集まる場所でした。故に、優秀な砦を兼ねた教会や外壁をめぐらした広場がつくられ、侵入者を防ぐために趣向を凝らした生垣、逃げ出すための秘密の通路、はたまた水車のような工業的建造物などが教会に関連した建築家、庭師などによりつくられました。それらの技術を持った人(とくに情報)を教会が外に漏らすわけにもいかないので、宗教色を帯びてきたものと考えられるんじゃぁないでしょうか…
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/igarashi/...
サバイバルの時代の建築家:バックミンスター・フラー/五十嵐太郎
で、そんなことについて論じられているページです。
んーー、これも一理あるけどねぇ。。
下の御紹介頂いた文は興味深かったです。ありがとうございました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4879191345/hatena-q-22
Amazon.co.jp: イエスと死海文書: ジェームズ・H. チャールズウァース, James H. Charlesworth, 山岡 健: 本
キリスト教の文脈において、「イエス」と「庭師」を結びつける論述があるようです。
これとは別に、キリスト教と「庭師」といえば、他に、
-復活したキリストを「庭師」と間違えたマグダラのマリアのエピソード
-「美しい女庭師」の別名をもつ、ラファエロの聖母子図
などを連想しますね。
---(以下、URLより引用)
『イエスと死海文書』ジェームズ・H・チャールズウァース編著、山岡健訳、三交社、 1996 年刊
第5章「「子」としてのイエスと「庭師」としての義の教師」ジェームズ・H・チャールズウァース
http://www.nifty.com/cineplex/feature/derek/garden/interview.htm...
@nifty:CINEPLEX@nifty
旧約聖書における二つの庭=「エデンの園」と「バビロンの空中庭園」への言及です。
---(以下、引用)
聖書にはふたつの庭が描かれていると思う。ひとつはオリジナルな意味での、キリスト教の概念における庭ー完璧で健やかな庭。かつては世界はこの庭そのものであり、全ての生き物は互いに傷つけあうこともなく調和していた…
聖書に現れるもうひとつの有名な庭とは古代バビロンの空中庭園です。僕の『ザ・ガーデン』には庭の持つふたつの要素---咲き誇る花の栄華と、その後の荒れ野がともに入っています。
最古の古代宗教とも言われる古代メソポタミアの宗教における「庭師」観です。
---(以下、引用)
聖書におけるエデンの園の描写は古代メソポタミア世界からの借用であるそうですが、このメソポタミア文明においては神の加護のもとに王の治める国土全体を「園」というイメージでとらえられており、王は神の園の庭師であり、生命の植物に水を与える義務があるとされます。つまり、王とはなによりもまず忠実な神の僕であり、王が神に帰依することによって神が豊穣をもたらし、それを民に与えてくれるものなのです。
ありがとうございました。
― えーっと一番最初の回答の方、御紹介頂いたところは色々参考になりました。改めて、ありがとう。失礼しました。
人が書いたレポートの概要ですけど。
イスラムの庭園文化についての書籍のあとがきですが
ロマンティシズムの自然観についてです。
自然観と庭園の造り方は関係が深いですよね。
ロマンティシズム:「空間的テキストを時間的テキストに翻訳してゆく心理過程」、
面白い解説でした。ありがとうございました。
うーん、美術史としての庭園の解説よりも、
宗教家の営みとしての庭師・造園について調べています。