原始仏教は宗教ではなく、哲学です。
自らの哲学をきちんと持つことが大切です。
ブッダは神はいないと言っている程の人です。
今の、宗教的で俗物的な仏教とは全く違うので、是非読んでみてください。
ブッダの教えは集約すれば一つです。
『人間の全ての苦しみの源は執着である』
執着から逃れる方法論が哲学として語られています。
是非。手にとってください。
なにかイベントを企画し、ハンディカメラでアクションを促すようなネタを振って、ポイントをつかんで、カメラを回します。本人の興味か怒りに触れるような、熱くなる話題を促すとよいでしょう。カメラはお遊びぐらいで持ち出すのがいいでしょう。
ある程度、症状が記録できたら、本人にそれとなくメディアを渡してあげます。その後、場合によっては逃げるように連絡を断ちます。
自覚なくしては回復はありえません。
自覚があるなら、いきつくところまでこじらせてしまうのが、早い気がします。疲れると治ります。
ええと、知人じゃなくて自分なんです…
url=dummy、再回答です。
著者の中村元氏は、原始仏教の著者の中で群を抜いています。余計なことは書いてありません。
師はいりません。自らと対峙することよってのみ、道が開けます。
上記の本はその道しるべだと思って下さい。
http://snownotes.jp/book_review/cat56/cat59/
―Snownotes,book review: 実用書 アーカイブ
もう一冊いい本がありましたので。
最後は自分に帰って来ます。
全ては自分をどう支配できるかにかかっています。
頑張って下さい。
http://spaces.msn.com/otaku-life/Blog/cns!C6D8CB8F0173E0D3!1168.entry:detail]
やはり、中二病は、みんな通るのですね。
自分の経験上、今の自分の立場があやふやに感じて、方向性が見えなくなるのだろうと思います。私は、高二病っぽいのにかかりました。「自分は大人か?子供か?」と。
毎日考えていたら、忘れて大人になっていました。(でも、心は子供だと思う)
あれ??1つめのURLみられません
こちらも
参考までに
http://blog.livedoor.jp/soylent_green/archives/16830454.html
忘却界抄:さいきんのはやりことば:中二病
いかがでしょうか
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c3%e6%c6%f3%c9%c2
中二病とは - はてなダイアリー
こちらに書かれているような症状が出ているのでしょうか?
でしたら直るには時間経過が必要だと思います。
「大人は汚い」「親を疎ましく思う」「同級生が子供じみて見える」「何かに拘りだす」などということは殆どの人が思春期に思ったり行動することだからです。
それをからかった風に総称したのが「小六病」「中二病」「高三病」だと思います。
丁度、第二次成長期で体とともに心も大人への準備が始まり、自分なりの大人の理想像のようなものをどこかで意識しているのではないでしょうか。
だから周りの大人が汚く見えたり、煙草や酒を摂取してみたくなったり、異性にすごく興味が出たりするのだと思います。
中二病になっている自分自身をどこかで馬鹿にしてみている部分があるのも、そんな自分がこどもっぽくて嫌だと感じるのもそうではないですか。
直るとしたら、それはもう少し精神的に成長できた時だと思います。
けれど、成人しても、その時々の環境に関係した「○○病」のようなものはいつまでもありますよ。
そういう自分を嫌がらず受け入れていく事も精神的な成長につながるものだと私は思います。
いい師がいなくちゃ変な方向に突っ走りそうな悪寒