苦行だと思います。しかし、苦行は宝です。
さまざまな苦労を経験したおかげで、広いものの見方ができるようになりました。
最近、ネット社会化が進むにつれ、色々疑問に思うことがあります。一番気になるのが、経験を積まずして、知識だけで物事を語る人たちが増えた、ということです(「はてな」は元々情報収集に特化したコミュニティですから、当てはまらない部分も多分にあります)。理論理屈は私も嫌いではありませんが、実を取らずして一体何の理論理屈だ、と思うのです。
挑戦は危険を伴う冒険であり、そこから勝ち取った人の意見は100のデータよりも重みを持って伝わってきます。物事を統計的に見る冷静さは人間にとって必要なものですが、絶対ではありません。物事を語るには言葉を使いますが、その人を語るのは経験です。平たく言うとオーラがあるかないか。その人がどれほどの苦しみと喜びを享受したか、これにかかってくると思います。
人生は死ぬまでの暇潰し、というのが私の考えです。
(そう思い始めたのは十代の頃です)
先日のアンケート、拝見していました。
「人生は暇潰しではない」が多数を占めた結果を、意外に感じていました。
暇潰しという言葉には、否定的なイメージがあるのかもしれませんが、
私は暇潰しという行為がけっこう好きです。
自然に与えられた限りある時間を、楽しく過ごして行きたいと思っています。
http://d.hatena.ne.jp/jyouseki/
昨年の年間ポイント獲得ランキングで1位になった者です。
一時は天狗になって悪回答もしていました。
はてな本社からも警告をいただいたこともあります。
事実でない誹謗中傷があったかと思えば、励ましてくれた方もいました。
はてなで様々な経験をしながら、生きる意味を見つけだしました。
汚名は良回答で返上したいと考え、あえてアカウント名は変えませんでした。
一般的にはインターネットは人間関係を切ってしまうと見られがちですが、私にとってはそうでありませんでした。
画面の奥には生身の人間がいることを思い知らされました。
私の書いた文章を読んでくれた全ての人に感謝しています。
で、あなたの人生とは?
人生とは、体験という肥やしで育てる作物のようなもの。
10分考えて出た答えです。
終焉に自分のそれまでが熟したものか、青い実のままだったかは、経験によるのではないかと思いました。
普段、あまりこういったことは考えないので、とても良い機会でした。
良い質問をありがとうございます。
ずっと続けられる何かをみつけて、それを実現させて死へ向かうこと。
たとえば、結婚とか、就職とか。一生続けても後悔ないぐらいのものを見つけられたら大成功だと思います。
暇つぶしなんだけど、ただの暇つぶしじゃない、自分にも少しは他人にも胸の張れる暇つぶしの方が良いって人が大半なのかなと。
私は基本姿勢は『他の人が無価値だと思っても(だからこそ?)自分が好きなクダラナイ暇つぶしに人生を使うのは最高の贅沢だなーと思いつつ、それを行使するのは社会的に自立した上でないと遠吠えになりかねないし、暇つぶしには金もかかるしで、現在12時間越え労働だったりするから人生って厳しいと実感する日々の積み重ね』が人生かな。
考えると辛いから・・・考えたくない。
考えるとマジになってしまうので・・・
「暇つぶし」OKです。
でもマジな暇つぶし人間です、他人には迷惑はかけられないから
後世に残せる何かを作る制作時間、って感じでしょうか。
社会的には、少しでも世界を平和に近づけること。
個人的には、趣味で書きためている小説。
そんなものを作るための作業時間です。
自分の持ってるものを消費し続けるということ
物だけじゃなくて、感性とかそういったものを生きることや生きることに必要な自分以外のものとの関係の中ですり減らしてるというかんじです
どうせ死ぬんだから人生って無駄だなと思ってましたが、
人生ってなんなのかなんて簡単に答えられることじゃないと思うんです。
それを考えることに意味があるかな、と。
「自分にとって人生とは○○だ!」って言い切れる人は、
そのことにとても情熱を傾けられる、充実した人だと思います。
私にはまだわかりません。
だから、考えること、
それに繋がるすべての経験や、
他の人がどう考えるか、
そういうことがいずれ答えに繋がるかなと思っています。
…結局解答は出てないんですが、すいません;
自分はふと、「人生って暇つぶし」だなと思っちゃっいました。
考える事に意味はあると思いますよ。
どう生きるかにつながっていくと思います。
道を見つけた人にとってはいくら時間があっても足りない。
道を見つけられない人にすれば人生ほど無駄なものはない。
人生を暇潰しと割り切るのも一つの道かもしれません。
利殖。
無駄に持っていようと、もっと殖やしたくなる。
全預金を引き出した事がないので
お金を持っている現実感がない。
金遣いには慎重、それが今の自分に本当に必要なのか
寄付されたお金でちゃんと、寄付された側が幸せになってくれるか
考えるんですが、暇つぶしですね。
「今」という時間を生きることです。
暇つぶしかどうかは、「今」をどう生きているか。によって変わってくると思います。
何となく「これをやってみよう」と思っているのであれば、それは「暇つぶし」程度にしか思わないでしょう。
しかし、「絶対にこれをやりたい」と強く思えば、人生は暇つぶしではなくなります。
暇だから「これをやりたい」と思っているのではなく、自分の意思で「これをやりたい」と思っているからです。
暇つぶしに何となくこれをやりたい。
暇つぶしに絶対これをやりたい。
と書くと、後者の文章は何となく違和感を感じませんか?
「これをやりたい」と思う意思によって、暇つぶしかどうかは変わってくると思います。
そして、暇つぶし・暇つぶしでないことに共通すること。
それが「今」という時間を生きることなのです。
だから、人生とは「今」という時間を生きることだと思うのです。
一言で言うなら「修行の旅」
私は密かに、過去世とか来世とかを信じているので、現世は過去世の反省であり、現世は過去に果たせなかったこと果たすためにあり、来世は現世の結果を反省し、さらに新たな挑戦をするためにあるのだと勝手に思ってます。(言ってること怪しいですけど、多分危ない人ではないと思いますw;)
まぁ人生は必ずしも一度きりではないと思っているし、70~80年も生きていれば生きてる間にテーマが変わることもあるでしょう。
だから最終的に何が今世のテーマなのか、はっきりと自覚するのはもっと後かもしれないし、死ぬまでわからないかもしれないけれど、今この瞬間においてのテーマは「物を創ること」それを見る人に何かしらの影響を与えることかな。
長々すみません。
神様から与えられた試練を乗り越えて行くモノ。
幸も不幸もありえる世の中。
幸せだけが全てじゃなくて、不幸ばかりが続く人も居る。
平等とは言い切れない世の中を、もがいて、もがいて乗り越えて行く、過酷なモノ。
人の人生観を否定するつもりはないのでコメントを付けるつもりはなかったんですが、
死んだら無の世界とは単純には思えないんですが。