私を薄暗いバーのバーテンだと思ってください。私は、そうですか。そうですね。くらいの相づちしかうちません。周りには静かなジャズが流れています。あなたはその店に一人で来てカウンターで私と話をします。通常の二倍ポイントは差し上げますので、よく分かりませんけど、原稿用紙一枚以上の物語を聞かせてください。土曜の夜ですからゆっくり創作してください。いつものようにコメントはいれません。明日以降にゆっくりと読むつもりで居ます。

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  • 終了:2006/09/03 14:07:55
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ベストアンサー

id:goldwell No.5

回答回数502ベストアンサー獲得回数61

ポイント50pt

会社の飲み会の後でしてね。幹事を頼まれたせいか、いろいろ気をつかっちゃってゆっくり飲めなかったのですよ。

で、何か飲み足りないけど、付き合ってくれる奴がいなくて―嫌われているわけじゃないですよ、たぶん―一人で来ちゃいました。


実のところ、外で酒を飲んだのは久しぶりだな。うちが出産騒ぎでいろいろ大変だったんで。

ええ、もうだいぶ喋れるようになりましたよ。意味は不明ですけどね。

やっぱり子供は可愛いもんです。


そうそう子供と言えば、このあいだ不思議なことがあったんです。

お盆の時だったかな。先祖の墓参りとは別に、隣市の寺に墓参りに行ったんです。

そこは3年前に死んだ私の高校時代の友人が葬られているんですよ。

事故?いや・・・自殺です。あいつが30になる数日前の夜だったな。

ゴメン、あまりそのことは詳しく言いたくないんだ。複雑な事情があったんで。


ともかく友人としてあいつの自殺を止められなかった罪滅ぼしというか、そんな理由で毎年墓参りに行っています。

今年は、子供も連れて3人でね。


その日はどういう具合か、こどもが車の中からむずがっていましてね。

参ったなぁ、って思っていたんですよ。ちょうとお盆の時期で人が結構いるんだけど、寺の敷地内だけに静かで、泣き声が響いちゃってね。


せっかく来たのだから、手早く墓参りだけ済ませて帰ろうと思って、あいつの墓まで来た時です。

急にこどもが泣き止んで、きゃっきゃっ笑いだしたんですよ。

まるで誰かにあやしてもらっているみたいに。


まわりを見渡したのですが、たまたま近くに人はいなくて不思議だなぁーと思ったんですが。

とりあえずこっちはほっとして、ゆっくり墓参りができて良かったわけで。


家に帰ってから思ったんですよ。

もしかして、あいつが来ていて、子供をかまってくれたのかなと。

乳幼児の頃って、大人には見えない霊とかが見えているって話聞いたことありません?

でも大きくなると、誰しもそんな記憶は忘れてしまっているとか。

嘘か本当か知らないですけどね。

ただ、私だって生きているあいつにもう一度逢いたかったな、とまた思ってしまったのは事実ですよ・・・。


ゴメン、何かしんみりさせちゃったな。

もう帰るね。お勘定をよろしく。

id:aoi_ringo

お客様、ありがとうございました。お気をつけて。

2006/09/03 04:41:40

その他の回答6件)

id:akilanoikinuki No.1

回答回数775ベストアンサー獲得回数9

ポイント40pt

ねぇ、マスター聞いてくれる?

今私はね、新婚4ヶ月。

そう、幸せそのものよ。

新しい仕事も見つかったし、それも昔勤めていた会社に比べたら、穏やかなこと・・・。

旦那は在宅の仕事だから、夕飯も作ってくれる。

ああ、もちろん休みの日は私が作るわよ。

二人とも、料理好きだから、太って困っちゃうわ。

でも、一つだけひっかかっているの。

これは、旦那にも友達にも言えないの。

聞いてくれる?

ありがとう。

実はね、結婚する前に、長く同棲していた人がいるの。どれくらいかって?

10年よ

すごいでしょう?

なんで結婚しないのかって、みんなに聞かれたわ。

でもね、何か不安で、その人との結婚には踏み切れなかったの。

そんな時にね、出会ったのが・・・そう、今の旦那。

包容力があって、やさしい彼にすぐに夢中になったわ。

それで理由は言わずに、同棲していた彼と別れたの。

その後も彼は、復縁したいと言って来たけど、私はこばみ続けた。そして、彼が納得しないままに、旦那と結婚したの。


その後、彼はどうしたかって?

私が聞きたいくらいだわ。

怖くて連絡とれないし、友人に調べてもらうわけにもいかないもの。

弱い人だったけど、なんとかやっているとは・・・思う。

でも・・・

夢を見るの。

彼とあう夢、彼にあわないように逃げている夢、彼の友人に彼がどうしているか尋ねている夢・・・。

さいわいな事に、全ての夢が、もう彼と別れたという前提なんだけどね。

でも・・・

繰り返し見るの。

最初は毎日。

それでも最近は減って・・・週のうち5日くらいかしら?

たまらないわよ。

不眠症になるところよ。

誰にも言えなくて、頭がおかしくなりそう。

・・・

今日は酔ったわ。

こんな事を言うなんて、どうかしている。

マスター、もちろん内緒にしてくれるでしょう?

ありがとう。

じゃぁ、また来るわ。

id:aoi_ringo

(^^)(^^)おやすみなさい。ありがとうございました。

2006/09/02 21:45:01
id:TomCat No.2

回答回数5402ベストアンサー獲得回数215

ポイント30pt

あれは、夏の日だった。一本の電話がかかってきた。うちの○○知りませんかって、そいつの母親からだった。いや、今日は会ってないですけどと言うと、死にますみたいな置き手紙をしたまま、行方が分からないって言うんだな。

 

俺はびっくりして、友達に電話をかけまくって、みんなで探しに出た。そいつ、めちゃくちゃツッパってたやつでね。みんなに嫌われてた。でも、みんな、必死になってそいつのことを探し回った。

 

俺達、まだ中坊だったんだけどさ。チャリかっ飛ばしてさ。隣町まで探して回ったよ。そして何時間も経って、日が落ちてどっぷり暗くなった校舎の裏で、そいつを見つけた。結局、中坊が立ち寄れる先なんて、そんな所くらいだったわけだ。丸一日探し回って、見つけたのは歩いていける場所だったなんて笑っちゃうよな。

 

そいつは俺の顔を見たとたん、何しにきやがったと殴りかかってきた。俺も、てめえ上等だ、死にてえならぶっ殺してやる、なんて言いながら大げんかだ。

 

すぐに警備員らしい人影が走ってきたのが見えた。俺達はケンカを中断して、チャリにまたがって2ケツで逃げた。逃げながら二人で大笑いしたよ。もう死ぬなよと言うと、そいつは、おう、てめえをぶっ殺すまでやめといてやる、なんて言ってさ。

 

いい感じだと思ったんだ。これって、青春じゃねえか?友情じゃねえか?みたいに。そして、そいつを家に送り届けて、俺も家に帰った。

 

夏休みが終わってすぐの夜、また家に電話がかかってきた。担任の教師からだった。やつが亡くなったと。バイクで大事故を起こしてと。中坊のクセにバイクかっ飛ばして、派手にいっちまったと。みんなで道路に花を供えに行ったよ。

 

でも、やつはけっして、逝き急いで自分で死んだわけじゃない。ただノーヘルの無免でバイクを転がして、頬を撫でる風を思いっきり楽しみながら逝っただけだ。

 

そうか。今夜あたりが命日だったかもしれないな。乾杯してくれ。俺の友達に。

id:aoi_ringo

ありがとうございました。

2006/09/02 22:09:51
id:miharaseihyou No.3

回答回数5239ベストアンサー獲得回数719

ポイント30pt

ドアの音がする。BGMにはジャズ

「いらっしゃいませ」

「あんちゃん、タクシー呼んでくれ。」

「お急ぎでしょうか。」

「やかましい。呼んでくれればいい。」

「かしこまりました。少しお待ち下さい。」

「スグに来るかな?」(背景にダイアルプッシュの音)「悪いが急いでるんだ。」(話し声・・)

「5分程で来るそうです。」

「そうかい助かったぜ。」(男座り込む)

「ついでだ。水割りを頼む。」

「はい」

「うちの社長の気まぐれにも、勘弁してくれ。」

(グラスと氷の触れ合う音。無言の時間が流れる)

「どうぞ。薄くしておきました。」

「ありがとう。気が利くな。」

「あそれいります。」

男グラスに口を付け啜る。ジャズの音が盛り上がる。突然車の音。男、残りの水割りを一気に飲み干す。「いくらだ。」「1500円です」「釣りは取っといてくれ。」

タクシーの運転手、入ってくる。

「まいど~。神風タクシーですが~。」

椅子から立ち上がり、ドタドタ歩く音

バーテン「ありがとうございました。」

男「ああ。ありがとう。」

ドアの音。同時に次の曲が始まる。・・・

こんなもんで良かったでしょうか。ジャズの曲はお好みで。ベイシー辺りがお勧めかな~。

id:aoi_ringo

(^^)(^^)ありがとうございます。ちなみに今はヨーロビアンジャズドリオかけています・・。

2006/09/02 22:36:49
id:ElekiBrain No.4

回答回数255ベストアンサー獲得回数15

ポイント30pt

俺のことはほっといてくれよ。マスター。

眠いんだよ。

えっ? もう一杯だめなの?

お願いですよー。ね、ね?

そうそう、こんな話を考えたんだ。面白かったらツケにしてくれよ。

----------------------------------------------------

2015年

何もかもが夢のようだった。

あれほどの栄華を極めた日本は戦争の最中、全てを失った。

あるのは残骸を集めたバラック小屋だけだ。

ある男がいた。やつれ、髭も伸ばし放題。明日のメシを食う金すらない。

この時代はみなそうだ。

男は自分の住む町が、かつて何と呼ばれていたかを必死に思い出そうとしていた。

思い出せない。

ずいぶん昔のことだし、残骸ばかりで都市の形跡もいまや残っていない。思い出したところで、所詮は男の親の世代の話だ。

一人、灰色の風景の中を彷徨った。空は雨が降るでもなく、晴れるわけでもない。

この街の色と同じだ。

いつもの路地を曲がり、廃墟と仮したビルの谷間に進み。男は普段通る道に見たこともない看板を見つけた。

“Blue Apple”

バーの看板らしきそれの下には、この時代に似つかわしくない豪勢な、よく磨かれた木製の扉があった。

なんだこれは。

男はしばらく立ち止まってその扉と看板を凝視した。この時代に荒らされずに残っている建造物を見たことがない。正確には、ビルは滅茶苦茶に破壊されているのだが、そのバーの入り口だけが、まるで別世界のような空気をかもし出しているのだ。そう表現していいほどバーの入り口は時代錯誤な清潔さを保っていた。


店内はジャズが流れていた。静かなピアノを基調としたやつだ。

なんといったかな。そうそう、ジャズピアノ。そのままだな。

何という静けさだろう。外にいる中国駐留軍の連中の喧騒も聞こえない。

客は男一人のようだった。

別に、客入りが悪い時間帯ではない。それなのに、この男一人しか客はいなかった。

「いらっしゃいませ」

物静かな店長、――いや、この場合はマスターか――が男を迎えた。

「何になさいますか」

男は呆然と入り口付近で突っ立っていたが、

「あ、ああすまない」

そういうとカウンターへと向かい、そして腰掛けた。

「ここはなんで客がいないんだ、いや、そのなんだ、それ以前にここは何なんだ」

「バーでございます」

空気が止まってしまった。それはそうだ。ここはバーなのだ。だが、そういう意味じゃない。

「なあ、マスター。ずいぶんと羽振りがいいようだが、軍人どもに手厚くしてもらってんのかい?」

マスターは答えない。

「ご注文はどのように?」

何を聞いても無駄なようだ。男はとりあえず茶色の液体を指差した。

「あれは何だ」

「ウィスキーという飲み物です。ただし、当店のものは特別ですが」

「じゃあそいつをくれ」

そういうとマスターは棚からそれを取り出し、透明な塊の入ったグラスに注いだ。

「なあ、その透明なやつはなんだい」

「これは氷というのです」

なにもかも分からないことばかりだ。実はとんでもなく高い店に入り込んじまったと思ったのだが、もう引き返すこともできない。そうこするうちに、男の目の前に、ウィスキーのロックが運ばれた。もちろん男にとってみれば、酒に透明のトーフが浮いているようなものだが。

「どうぞ」

言われるままに流し込んだ。


なんだここは。男が気がつくと、廃墟はなく、壮大なビルが立ち並ぶ場所にいた。やや黒目のパシッとしたスーツ姿のサラリーマンたちが交差点を足早に通り過ぎる。

だが、彼らから男の姿は見えないようだった。男は空を舞い、上空からその町を眺めた。

なんて高度な文明を持った街なのだろう。

男は思い出していた。ここは・・・・・・

「ここは東京だ」

見たこともない東京の上空で、男は郷愁を覚えていた。なぜか奇妙とは思わなかった。

そして、ふっと目の前の景色がかすんだ。


気がつけば、ある部屋の中にいた。そこにはある家族が団欒の時を過ごしていた。家族からは男の姿は見えないようだった。楽しそうな光景だった。ふと、男の目に、ある小さな子供が飛び込んできた。その子は父の膝に乗り、何かを食べさしてもらっている。

しばらくその風景は何事もなく続き、男はその光景をぼんやりと眺めていた。

しかし、その平穏な光景も長くは続かなかった。

その部屋の窓から見える景色は見る間に赤く染まっていった。

「空襲だ!」

父親が言うや否や、窓ガラスは割れ、爆音が鳴り響いた。

一瞬だった。本当に。

父親は子供をかばうと、吹き飛ぶガラスの破片と爆発の衝撃で床に倒れこんだ。しかし、子供は離さなかった。

「あいつら! 中国軍の奴らだ!」

一瞬垣間見た戦闘機の機影は、男にははっきりと分かった。

父親は血みどろになり、男の子をかばったまま即死した。

母親の姿はバラバラになり床に肉片を晒した。

男は反射的に手を差し伸べたが、すり抜けるばかり。どうしても助けることが出来ない。

男の子はかばった父親の下から這い出し、地獄と仮した部屋の状況を見た。

「あれは、あの子は俺だ!」


目が覚めた。何もない灰色の空が広がっている。バラックの一角から男は呆然とした面持ちで顔を出した。いつもの廃墟と、えらそうに街を闊歩する中国軍人の姿があった。

路地を抜け、あのバーがあった場所へと男はとぼとぼと歩いた。看板は――。

なかった。

そこには「aoi_ringo」とだけ書かれた。うらぶれた骨董品の店があるのみだった。

男の目から一筋の涙が流れた。

------------------------------------------------------------------------

どうよ、マスター。いい話だろ? ツケにしてくれよぅ。

id:aoi_ringo

(^^)(^^)(^^)ありがとうございます。

2006/09/02 22:45:56
id:goldwell No.5

回答回数502ベストアンサー獲得回数61ここでベストアンサー

ポイント50pt

会社の飲み会の後でしてね。幹事を頼まれたせいか、いろいろ気をつかっちゃってゆっくり飲めなかったのですよ。

で、何か飲み足りないけど、付き合ってくれる奴がいなくて―嫌われているわけじゃないですよ、たぶん―一人で来ちゃいました。


実のところ、外で酒を飲んだのは久しぶりだな。うちが出産騒ぎでいろいろ大変だったんで。

ええ、もうだいぶ喋れるようになりましたよ。意味は不明ですけどね。

やっぱり子供は可愛いもんです。


そうそう子供と言えば、このあいだ不思議なことがあったんです。

お盆の時だったかな。先祖の墓参りとは別に、隣市の寺に墓参りに行ったんです。

そこは3年前に死んだ私の高校時代の友人が葬られているんですよ。

事故?いや・・・自殺です。あいつが30になる数日前の夜だったな。

ゴメン、あまりそのことは詳しく言いたくないんだ。複雑な事情があったんで。


ともかく友人としてあいつの自殺を止められなかった罪滅ぼしというか、そんな理由で毎年墓参りに行っています。

今年は、子供も連れて3人でね。


その日はどういう具合か、こどもが車の中からむずがっていましてね。

参ったなぁ、って思っていたんですよ。ちょうとお盆の時期で人が結構いるんだけど、寺の敷地内だけに静かで、泣き声が響いちゃってね。


せっかく来たのだから、手早く墓参りだけ済ませて帰ろうと思って、あいつの墓まで来た時です。

急にこどもが泣き止んで、きゃっきゃっ笑いだしたんですよ。

まるで誰かにあやしてもらっているみたいに。


まわりを見渡したのですが、たまたま近くに人はいなくて不思議だなぁーと思ったんですが。

とりあえずこっちはほっとして、ゆっくり墓参りができて良かったわけで。


家に帰ってから思ったんですよ。

もしかして、あいつが来ていて、子供をかまってくれたのかなと。

乳幼児の頃って、大人には見えない霊とかが見えているって話聞いたことありません?

でも大きくなると、誰しもそんな記憶は忘れてしまっているとか。

嘘か本当か知らないですけどね。

ただ、私だって生きているあいつにもう一度逢いたかったな、とまた思ってしまったのは事実ですよ・・・。


ゴメン、何かしんみりさせちゃったな。

もう帰るね。お勘定をよろしく。

id:aoi_ringo

お客様、ありがとうございました。お気をつけて。

2006/09/03 04:41:40
id:NAPORIN No.6

回答回数4907ベストアンサー獲得回数910

ポイント30pt

・・・・・・

こんばんわ。

今日もあのカクテルをくださる?

毎晩おじゃましてごめんなさい。


あの人は来てないのね。

たしか今日まで出張だと言っていたかしら。


そう、秘書よりもスケジュールに詳しいのよ。(笑)

妻でも恋人でも、仕事でもストーカーでもないの。


なんというか、ご縁が、ある。

高校でも、大学でも、職場でもずっと一緒なの。

実は中学も一緒だったんだけどそのときは知らなかった。


ありがとう。おいしいわ。


あの人のブログも仕事も見てる。

でも、顔を眺めるのはここだけ。

決して交わらない平行線に、橋をかけて、

はしごにしたみたいに・・・ね。

このはしごって、いつかDNAみたいな転移はおこるのかしら・・・・・・。


もういいわ。

またくるわね。

id:aoi_ringo

ありがとうございました。

2006/09/03 08:25:29
id:adlib No.7

回答回数3164ベストアンサー獲得回数243

ポイント30pt

 

 最後の客 ~ わけあり女たち ~

 

 きょうは、同窓会の帰りなんだ。

 なぁに、二次会も三次会も行くもんか。

 どうせカラオケ歌って、ゴルフの話ばかりだもんな。

 

 なんとなく歩いていたら、表の看板が目に入ったんだ。

 もう何十年になるかな、この店は変わらないね。

 あいかわらず、女っ気もないや。

 

 マスターも変わりがなくてよかった。

 他の客もいないから、昔噺をしても聞いてくれるよな。

 黙ってればそれきりだが、ときどき思いだすことがある。

 

 どれもオチがあるわけじゃないから、誰にも話してないんだ。

 あいまいな記憶だが、とてもリアルでね。

 いつごろか順序もはっきりしないが、情景は覚えているよ。

 

 ◇ 放浪期

 

 その店のあるじが「どの女に酌をさせましょうか」とたずねた。

 客が、だまって左腕を指すと、あるじは大きくうなずいて、女を招く。

 その女は、なぜか左腕を失くしていた。

 

 だれもが、同じような身の上話をしたがるわけではない。

 すこしづつ聞いているうちに、同じような話に聞こえてくるのだ。

 だから客は、なぜ片腕を失くしたのか、聞こうとはしなかった。

 

 なじみになると、女は云った。「どこか遊びに行きたいわ」

 男にとっては、たやすいことだが、片腕の女を連れて歩くのは難儀だ。

 知った者に出合ったりすると、誰彼なしに云いふらされるだろう。

 

 あるときは、左手首に傷跡のある女に出合った。

 その女は、ふだんは並の顔立ちだが、ある角度から見ると美形である。

 さらに、ある状態で笑うと、とてもしあわせそうに見えた。

 

 ◇ 少年期

 

 女に「なにか面白い話をしてちょうだい」とせがまれた。

 他の女の話をすると面倒だから、おかまにだまされた話を思いだす。

 むかし夜の街で、和服の女に声をかけられたときの話をした。

 

 「お兄さん、あたしと遊ばない?」

 少年は、とびきりの美女に誘われて、わが目を疑がった。

 「お金なんか要らないわよ。あたしの店には二階もあるの」

 

 いつのまにか手をとられて、ふらふらと付いて行くと、たしかに店が

あった。ドアの隙間から嬌声が聞こえた。そのとき、はっと気づいた。

 この女は、男なのだ! 女がドアの内側に消えた瞬間、走って逃げた。

 

 疑わしい目つきで聞いていた女が、すこし笑った。

 「ほんとかな、二階まで上がったんじゃない?」

 男は、とくに答えなかった。なにしろ昔々の記憶なのだ。

 

 ◇ 青年前期

 

 このエピソードを十年後、ゲイバーで語ると、ママが云った。

 「それはきっと、○○のママよ。そうやって若い男を漁るのよ」

 そこで聞いてみた。「客としてか、ゲイ・ボーイとしてかい?」

 

 「あんたなら、ナイス・ゲイかもね」

 「それは、おれをおだててるのかい」

 「もちろんよ。でも、ちょっとその気になったんじゃない?」

 

 ゲイバーは、会話だけなら面白いのだが、困ったことに彼らはすぐに

触ってくる。油断していると、こちらの口の中に舌を入れてくるのだ。

 いつも誰彼なしにこんなことをするかと思うと、とても不潔である。

 

 彼らは何かにつけ、指先に唾液をつけて(睫毛を)いじったりする。

 初期のエイズ患者に、同性愛者が多かったのは、たぶんこういう性癖

が原因ではないか、と疑われてもやむをえない。

 

 ◇ 青年後期

 

 ゲイバーは、女にもてる男よりも、もてそうにない男を狙っている。

 ひょっとして、その気になれば、手綱をつけたように操縦しやすい。

 したがって、ゲイバーでもてても、決して他人に自慢しないことだ。

 

 うそかまことか、全盛期の東映の若手俳優たちは、とても品行不良で、

たいがいの女優がしりごみして出演しなくなった時期があるそうだ。

 そこで退屈した連中が、こんな評定をしていたという(真偽不明)。

 

 誰かが「カルーセル麻紀の、あそこはどうなってるのか」とつぶやく。

「小柳 ルミ子が一晩300万で、カルーセル麻紀なら150万」石原

慎太郎が「見せろ」と云い、吉行 淳之介は「触らせろ」と云ったとか。

 

 最後に誰かが、女の謎について、しみじみと語る。

 「男の一物を好ましく思うような女を、どうして他の男は許すのか」

 「他の男は、おれの一物を好ましく思う女を、なぜ狙うのだろうか」

 

 ◇ 中年期

 

 水商売の女ばかりではない。あるとき素人の娘を動物園に誘ってみた。

 なにげなくライオンの檻に来ると、なぜか雌雄が交尾していた。

 「やぁ、ライオンが交尾してるね」と云って、通りすぎた。

 

 このときの対応は、いま思いだしても適切だった。

 のちに動物学に詳しい男に、ライオンの生態を教わる。

 百獣の王は、恐れるものがないので、傍若無人に交尾するという。

 

 ♂ライオンは、子連れの♀ライオンを求めて彷徨するそうだ。

 ♀ライオンを見つけると、仔ライオンを噛殺してしまう。

 子ライオンを失った♀ライオンは、すぐに発情するらしい。

 

 そして、交尾して出産する。

 わが子を見た♂ライオンは、ふたたび旅に出てしまう。

 ふたたび子連れとなった♀ライオンを、次の♂ライオンが見そめる。

 

 ◇ 壮年期

 

 女にもてるには、じっと機会を待つのがいちばんだ。

 女は、先着順よりも後着順を優先する。

 前の男をケナすことがあっても、ホメることはしない。

 

 女が左手でかばうときは脈があり、右の肘鉄は見込みがないそうだ。

 しからば右に坐るべきか、左に位置すべきか、自明である。

 かといって、いつも同じ側では芸がない。絶妙の間合いが必要だ。

 

 帰りがけ、それまで他のボックスでおとなしく座っていたホステスに、

とつぜんドアの影で抱きつかれるのは、なかなか気分がいい。

 口紅や香水が移らないよう気づかわれるのも、乙なものである。

 

 こういうときは、ひとことも語らないのが上等だ。

 うかつに、心にもないことを云うと、あとあと言質にとられる。

 他人の目があるから、すぐに離れなくてはならないのが残念だが。

 

 ◇ 初老期

 

 五十歳が近づくと、多くの男たちは、忘れものを思いだすらしい。

 このまま平凡な人生を終るのは、いかにも残念だ。

 せめて人並みに、大人の恋を経験してみたたかった、と考える。

 

 その年配になると、なぜか身のまわりに寡婦が増えている。

 場末の酒場女とか、浪費癖の独身女とか、四十後家などである。

 どれもこれもつまらない女ばかりだが、最後のチャンスに思える。

 

 思いきって声をかけると、あんがい簡単に手に落ちる。

 困ったことに、その手の女たちには恥じらいがない。

 平気で金をせびるので、たちまち家計にヒビが入る。

 

 おきまりの、夫婦の危機が通過するには何年もかかる。

 たった数ヶ月間の不貞が、十年以上も責めつづけられる。

 娘も女房の味方をするので、家の中で話し相手がいなくなる。

 

 ◇ 老年期

 

 早期退職を勧められ、退職金にイロがついて、上役に感謝される。

 最後の日には、若い女子社員から花束を贈られる。

 どうして今まで無愛想だったのか、残念ながら聞くわけにいかない。

 

 退職直後、保険と仏壇と墓石のダイレクトメールが相次いだ。

 退職した翌年の年賀状は、現役時代の一割しかなかった。

 はじめて自腹で買った手帳に、ほとんど書きこむ予定がなかった。

 

 パソコンを買ってみたが、さっぱり分らない。

 電話サポートも、知ったかぶりしたため、よけい分らなくなった。

 女房と娘は、ケータイを見せあって、キャッキャ騒いでいるのに。

 

 同窓会に出席してみると、定年のない自営業の連中が群れていた。

 現役時代の名刺を出すたびに、話し相手が去っていく。

 会場を出ると、たった一人きりになっていた。

 

 ◇

 

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050720

 舶来居酒屋 ~ いそやんは死なず ~

 

id:aoi_ringo

ありがとうございました。

2006/09/03 14:03:49
  • id:rabbit23
    もう終わっていましたか・・。残念。
    皆様の小説読ませていただきました。どれも一味あって楽しく読ませていただきました。
    自分も一応書きましたが、消してしまうのももったいないのでコメントを利用して残させていただきます。

    ――――――――――――――


    それほど大きな街ではない。しかし決して小さな街でもない。繁華街が有名なこの街の片隅で、その繁華街を避けるような路地裏にそのバーはある。
    外は酔っ払いとカップル、いかにも怪しげな外国人、そして客待ちのタクシーぐらいしかいない。
    店内。目立たない店の佇まいを裏切らず客は一人。そしてカウンターには閑散とした中でもサボることなく黙々とグラスを拭く店主が一人。客はほとんど氷だけになったグラスを子供のように手で弄びながら静かに笑みを浮かべている。


    イケダユウジは、まるで無重力の世界にいるかのように身体が椅子から浮かび上がるような錯覚を覚える。イケダはしかし、最後に気を緩めてなるものかと勤めて冷静なもう一人の自分を作りだし、そして隣の席から普段とは違う特別な状況下にいる自分を客観的に眺める。「おまえ、何フワフワしてるんだよ」さめた視線で薄笑いを浮かべながら眺めているもう一人の自分が私を冷やかす。

    「フワフワか。」イケダは無数のクラゲが浮かんでいた千葉の海の異様な光景を思い出した。クラゲはきっと海に浮かんでいる時はこんな気持ちなんだろうか、などとガラにもないことを考えてしまう。

    イケダはおもむろに胸のあたりをさする。その内側には希望が満ちている。ジャケットの胸の内ポケットには1枚の航空チケット。それは希望の片道切符。明日私は日本を発つ。未練など微塵もない。この国が嫌いなわけじゃない。ただ、何の因果か私はこの国で生まれ、そしてあの忌まわしい過去の舞台がたまたまこの国で、それをいっさい捨て去らねばならないということだ。
    あれは一瞬の劇のようなものだったんだ。私はその舞台から降りる。すべては幻、仮の世界。そこにいる自分は本当の自分ではないのだ。舞台の上で演じる役柄。そんなものは舞台から降りれば簡単に捨てられるもの。明日から私は本当の自分になれるんだ!だからこの国に止まっていることは相応しくない。


    時計の針はちょうど午後11時をまわった。あとあの細い針が60回12の文字の上を通過すれば8月4日。そしてその日は記念すべき日。私がただの一人の人間「イケダユウジ」に戻れる日だ。8月3日。あれ以来1年に1度の8月3日という記号は決まったように私に恐怖を運んでくる。1秒という長さ、1時間という長さ、1日という長さ、1年という長さを誰が決めたかはわからないしそんなことに興味もない。しかし私はそいつを心の底から恨んでやる。そんなものがなければ私はあのことをすっかり忘れられるはずなのに。しかしびくびくするのも今日で終わりだ。誰だかわからないが、時間を作ったやつ、 “ざまあみやがれ!”。

    15年前の8月3日、私はある人物を殺めた。この15年、常に過去は消そうとしてきたし、その瞬間瞬間に自分の行動を忘れようと努めてきた。それゆえこの15年の間に自分の過去を振り返ったこともなかった。しかし今日くらい過去のことを振り返ってみるのも悪くないか。

    酒のせいだろうか、過去を振り返ることを許された私の脳は、狂ったように無数の映像をパラパラマンガのようなめまぐるしいリズムでめくりはじめた。いつのまにか半分以上灰になっていた吸殻からでる紫煙が私の目の前でさっとスクリーンのように拡がり、行き場をなくした映像たちが逃げるようにそこへ次々に映し出されていく。


    なけなしの金を持って常に居場所を転々とする毎日。とにかく一箇所に留まっているのが怖かった。あいつを殺してから1ヶ月は怖くて新聞もテレビも何にも観ることができなかった。だから自分の起こした事件について世間でどのように騒がれたのかを当時はまったく知らなかった。そういうことはのちのちになって図書館で新聞のバックナンバーを見て全て知ったのだが。

    あいつを殺してからちょうど半年ぐらい過ぎた頃であろうか。いつものように私はその日の寝場所を探していた。
    十字路の角を左に曲がる。ふいに私は心臓が、あたかも握力鍛錬用のゴムボールを握るように誰かにぎゅっとわしづかみにされたような感覚におちいった。ちょうどこの頃からもう一人の客観的な自分を創り出す術を覚えていた私は、そのもう一人の自分から激しくし叱責されるのを聞いた。“とにかく足の震えを回りの人間たちに気付かれるな!”。

    曲がり角を曲がった私の目の前にあったもの、それは小さな交番だった。そして入り口のガラスの引き戸にさりげなく張られた貼り紙。“全国指名手配”“殺人犯”“イケダユウジ”ぱっと見ただけだがそんな文字が張り紙の上にレイアウトも何も関係なしに無機質に、しかし最大限に人の目をひくように配置されていた。そんな文字達の下には現在の自分とは似ても似つかないような似顔絵と、そして学生時代の若かった頃の自分の顔写真が載せられていた。


    両親は私が生まれてからすぐに死んだ。友人と呼べる人間など皆無だったし、パスポートなどは言わずもがな、車の免許すらも取らなかった。だから高校を卒業してからというものの私は自分の写真などほぼ残していない。わざわざ高校時代の写真を引っ張りだしてきたのもそういった理由だろう。こんな写真どこから手に入れたのだろうか、一瞬そんなことも頭をよぎったが、とにかくそんなことよりも、私がこれまで無意識のうちに現実として受け止めることを拒否していたこと、つまり、私はもはや“ただ”のイケダユウジではない、“殺人犯”イケダユウジなんだということをあらためて現実のものとして突きつけられたことにショックで足がすくんだのだ。


    とにかく私は全国あらゆる場所に逃げ回った。どこかに落ち着くこと、それはすなわち終焉を意味していた。この街に来たのは2ヶ月ぐらい前だった。こんなに長く同じ街にとどまったことはなかった。しかしこの街には人をカモフラージュする何かを持っている。こんな街にたどり着いたのは初めてだ。逃亡生活の最後の最後にこういう街に出会えたのも何か運命めいたものを感じる。もしもっと早くにこの街に出会っていたら私はこの街に居ついてしまい、きっと足がついていたに違いない。

    そしてその街の中でこのバーを見つけた。他にお客が入っているのを私はほとんど見たことはないが、結構古くからやっているらしい。まずはそのあまり人を寄せ付けないような店の佇まいに魅かれた。店の中は薄暗く、店内で人の顔もそこまではっきりとは確認できない。
    そしてなによりもお目当てはこの店のマスターだ。ちょっと昔のドラマにでも出てきそうな渋くて物静かな感じの、いかにも“バーのマスター”という感じの人だ。しかし気取ったところは一切ない。私がこれまでに出会ったことのないタイプの人間だ。もちろん私の過去の件は話してはいない。しかし何もかも見透かされている感じがする。

    元来身寄りもなく、友人もいなかった私は、あの件以来、輪をかけて人と接する機会がほとんどなかったし、自分からも意識的にそれを避けてきた。
    あの交番に張ってあった貼り紙がことあるごとに頭をよぎる。私はもはや普通の一人の男ではない。“指名手配犯”なのだ。その意識が常に頭から離れないのはそのこと自体が自分の罪に対する戒めなのだと思っている。


    ある日、長らく店で酒を飲むなどということとは無縁だった私が懐かしさをおぼえ、たまたまふらっと入ったこの店。しかしやはり店内に入るのはためらわれたしカウンターに座ってからも例のごとくの恐怖感にかられた。挙動不審だと周りから不信な目で見られる。そして平静を装おうとすると身体中が金縛りにあったように余計ガチガチになってしまう。人のいる場所に出るときに決まってやってくるこの悪循環がその時も始まりかけていた。

    水割りをオーダーした私は小さくなって一点を見つめながら時間をかけてそれを飲んでいた。他の客との話に花を咲かせていたマスターが、どうやら話は一段落したようで、カウンターの中央あたりの位置に戻って静かに氷を砕き始めた。近くに座っていた私は、マスターと目を合わすことを恐れながら、氷を砕くマスターの手元をじっと見つめていた。

    ふいにマスターがこっちへ向かってきた。私は身体がこわばる。
    「お客さん、初めてですよね。疲れた顔して。よし、今日いちげんさんサービスでそれおごりにしましょう。」
    はっとして私は顔を見上げる。そこにはいわゆる癒し系ではないが、しかしなにか人を安心させるような控えめな笑顔をたたえたマスターの顔があった。その瞬間におもった。この男なら私を容疑者ではない一人の男としてみてくれると。

    マスターとこうして対峙している時間、それは唯一私が“容疑者”イケダではなく、“一人の男”イケダに戻れる時間なのである。

    時計は11時30分を過ぎた。いよいよだ。最後の30分。これほど30分という時間を長く感じることはないだろう。


    時計から意識をそらした瞬間に、ふいにイケダは身体全体がグラグラと揺れるのを感じた。
    「地震!?」思わず声を出す。
    「へっ?」マスターが驚いた顔でこちらを見る。
    「そうですか?私はまったく感じませんね。」とマスター。
    そんなはずはない。だってほら、まだ揺れてるじゃないか!?
    しかし次の瞬間イケダは自分の思い込みに気付く。地震などではなかった。
    イケダ自身のドラムのような心臓の鼓動が震動となって身を寄せる椅子をとおして全身に伝わり、イケダの身体を揺さぶっていたのだ。まるで身体全体がひとつの心臓になったようだ。こんな経験は初めてである。

    何なんだいったい?この鼓動はいったいどういう感情から来ているんだ。訳がわからない。自分自身を落ち着かせようとイケダはタバコに火を点けた。煙をふぅと吹くとイケダは、あと30分で時効が成立するというこの状況で何かやり残したことがあるのがこの落ち着かない気分の原因なのではないかと疑い始めた。

    イケダの脳裏にはあの交番で見た貼り紙が浮かんでいた。
    自分は人間ではなく“指名手配犯”という単なる“記号”でしかなかった。そんな自分に唯一人間と人間の付き合いを安心してすることができたのがこのマスターであった。
    孤独につぶされそうになるたびに私はこの店を訪れた。マスターと私の間で交わされた会話の量自体はそれほど多くはない。元来私は無口な人間だったし、マスターにしたって多くは語らないタイプの人間だ。しかしマスターの目の前のカウンターに座り水割りを飲みながら、黙々と仕事をしているマスターの手元を見つめているだけで何か自分が人間であることを再確認できるような安心感が生まれるのだ。
    先ほども言ったように私はマスターに自分の過去の話をしたことはない。しかし彼は何か全てお見通しだとでもいうように、私と接する時に包み込むような例の控えめな笑顔を向けてくれる。

    もうぐずぐずしている時間などない。“容疑者”イシダユウジとしての最後の瞬間が迫っている。どうしても聞かなくてはいけないことがある。もしこの機を逃せば時計の針が12時を超えても俺は“記号”のままだ。


    「マスター、変な話をするけどね・・」
    「へへっ、なんだか気持ち悪いなあ。まさか今さら下ネタじゃないでしょうねえ。」
    一瞬の逡巡からイケダは刹那間を置く。
    「私にはね、マスター、人を殺めた過去があるんだよ。」
    刹那、店主の顔から笑みが消える。しかしそこに恐怖や侮蔑といった感情はない。すぐに店主は顔をくずす。
    「ちょっとリアリティに欠ける冗談だなあ。」
    もう時間がない。イケダはたたみかける。
    「それが本当なんだよ。15年前の今日、おれは職場の同僚を殺したんだ。既に指名手犯もされている。マスターならおれが冗談を言っているかそうでないかはわかるはずだよね。」
    店主は黙ったまま薄く笑みを浮かべながらせっせとグラスを拭いている。
    「私は本当に感謝しているんだ。マスターと話しをしているとき私は“容疑者”ではない、“一人の男”に戻れる。もう時間がない、端的に話そう。俺はマスターに聞きたいことがあるんだ。こうしておれが“殺人犯”だと知った今でもマスターは俺のことを“一人の男”としてみてくれるか?それとももしかしてマスターはおれが指名手配犯であることを知っていたんじゃないのか?」

    しばし沈黙が店内を支配する。ちょうど10本目のタバコの煙が、そこにある空気の存在を改めて知らしめるかのようにゆっくりと両者の間を流れて行く。緩やかな笑いを浮かべていた店主がそのままの表情でふいに顔を上げた。
    「私にとってお客さんにどんな過去があろうとそんなことは関係ありません。今この瞬間にここにいる人たち、その人たちに今という時間を提供させていただくのが私の仕事です。」
    そして店主はまたいつもの微笑みに戻り再びグラスを拭く手を動かし始めた。


    「ふぅ・・。」イケダは一仕事を終えた後のように深くため息をつく。
    時計の針が11時40分にさしかかろうとしている。時効があと20分ちょっとで成立する。

    「マスター、ちょっと用たしてくるわ。ちょっと今日は飲みすぎちゃったみたいだな、へへっ。」
    「大丈夫ですか?もう他にお客いませんしそこのソファーで横になりますか?」
    「いい、いい。大丈夫。へへっ。自分のことは自分で始末するよ。」
    「そうですか、無理しないでくださいよ、もういい歳なんだし。何かあったら呼んでくださいね。」
    そういうマスターの声も聞くか聞かないかの内にイケダは便所へ駆け込んだ。頭がぐるぐる回る。
    そんな中でまたイケダは自分の防衛本能からか、例のごとくもう一人の冷めた自分を横に付き添わせた。「おい、こんな記念すべき時間になにやってんだ、しっかりしろよ。おまえまさかもう気を抜いちまったんじゃないだろうな?」冷めた視線を送るもう一人の自分の声が鬼コーチのごとく投げかけられる。ああ、うっせえな。ふとイケダの脳裏に学生時代の陸上部時代の光景が甦った。


    あれは高校2年の夏合宿だったか。とにかく練習がきつかった。頭に刻まれた映像には延々とひろがるグランドと、そこから立ち上る砂埃と陽炎。

    私は400メートルの選手だった。何本も何本も400メートルダッシュを繰り返す。あの時代はもちろん練習中に水なんか飲ませてもらえない。こんな地獄があるもんかと思ったもんだ。まさに極限状態。イケダの脳は、合宿で交わされたであろう部員同士、仲間同士の会話のやりとりなんかの記憶は一切すっ飛ばし、400メートル奪取の練習の最後の一本の記憶へとスキップする。

    スタートした記憶も定かではない。あるのはとにかく300メートルを過ぎてからの記憶。最終コーナーを回り、朦朧とした意識の中でぼんやりとゴール地点がみえてくる。ストップウォッチをもったマネージャーがなにか大声を出しているようだ。部員達に最後のエールを送っているのだろう。

    なぜかその時イケダの身体は不思議な感覚に満ちていた。確かに自分は走っているはずなのにその感覚がない。なにかチェーンのない自転車のペダルを必死に漕いで空回りしているような感じだ。
    おい、おれは走っているんだろ?早くおれをあそこまで運んでくれよ。しかし限りなく強い願望とは裏腹に周りの風景がなかなか動いてくれない。ふと横を見る。結構な速さで後ろへ流れるはずの景色がドラマの感動シーンのようにスローモーションで流れていく。   
    おいおい、こんな時にそんな感動シーンはいらねえんだよ。とにかく早く私をあそこまで運んでくれ。
    ふと、イケダは急に思い出したように脚に重みを感じる。走っているという感覚も確かにある。同時に暑さが現実のものとしてイケダの全身に降りかかる。暑い、暑いよ。いよいよ視界はぼやけてくる。しかし周りの景色は動き出した。あと50メートル・・。もうすぐだ、もうすぐだ・・。


    バーカウンターの裏側にある従業員控え室。マスターが落ち着いた様子で電話の受話器の向こうの相手に話しかけている。
    「ええ・・、そうです。やはりあの男でした。刑事さんが目をつけられていた通りでした、信じられませんが。・・・はい、でも今日で確信しました。彼は自分で言ったんです。・・」


    11時53分。2人の男が慌しい様子で店の扉を開ける。一人は見るからにガタイがよく、半袖のYシャツを着た、顔を脂でみなぎらせた40過ぎぐらいに見える男。もう一人はひょろりと背の高い、しかしこれまたそれなりに体つきがしっかりしていそうな、スポーツ刈りの30ぐらいの男。
    その男たちが店に入ってくるのを見つけるなり、店主はカウンターの外に出て2人のもとへあわただしく歩み寄った。
    「刑事さん、今向こうのトイレの中にいるはずです。」
    店主は2人の刑事たちと示し合わせたかのようにあいさつを省略し店の奥を指差した。
    2人の刑事は顔を見合わせ同時にうなずくやいなや店の奥へと駆け出していく。店主も二人の後に続く。

    店の奥のつきあたりを左に曲がったところに男子用の便所と女子用の便所の2つの扉が隣り合わせに並んでいた。年長の刑事が先頭になって男子用の便所の扉を開け中へ歩を進める。
    3つある個室のうち一番手前の扉だけ閉じている。イケダがここにいることはもはや疑いようがない。年長の刑事がその扉をノックする。「イケダ!イケ・・。」
    大声で呼びかけるその声がふいに止まった。扉が力なく自然に開いた。どうやら鍵がかかっていなかったらしく刑事のノックの力でそのまま開いてしまった感じだ。店主はその様子を年長の刑事の後ろにぴったりとくっついている若い刑事の横から見ていた。ここからは個室の中の様子は見えない。

    個室の中を見た2人の刑事が呆然とした様子で言葉をなくしている。
    ただならぬ様子を感じ取り店主は急いで回り込み自分も個室の中を覗き込んだ。
    「!?」
    個室の中を見た店主も刑事たちと同様に言葉を失った。
    中には誰もいなかった。そこにあったのは、便器のふちにわずかにのこったイケダのものであろう少量の嘔吐物とそのにおいだけであった。


    「この街も悪くなかったな。」
    そうつぶやきながらイケダは、目元からあふれ出す感情をぬぐうこともせず、酔っ払いとカップルといかにも怪しい外国人、そして客待ちのタクシーが行き交う繁華街の中へと消えていった。
  • id:aoi_ringo
    ていねいに読ませていただきました。心ばかりですが、ポイントを送信しておきます。ほんとうにありがとうございました。
  • id:aoun
    私はあまり文才というものがないのですが、しかしながら、このスレッドは大変面白かったです。。。有難う御座いました。
  • id:aoi_ringo
    そういっていただけると質問してよかったなって思います。それにしても「はてな」の皆さんはすごいな、って思います。私は質問しかできませんが、また楽しい質問を考えたいと思います。ありがとうございました。
  • id:adlib
     
    …… せめて人並みに、大人の恋を経験してみたたかった、と考える。
     修訂「経験してみたかった」
    http://q.hatena.ne.jp/1464967512#a1257028(20160605 17:15:39)
     またあんたか(匿名回答6号)
     

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