「DOS/V」って何ですか?
・200文字以上でお答え下さい。
・可能な限り「検索しないで」下さい。
・以下の語群から3語以上を使用して下さい。
語群{Apple、Microsoft、IBM、ハードウエア、ソフトウエア}
1993年(頃)に日本IBM社が拡張して販売したMS-DOS環境で特別なハードウェアを実装することなく、日本語の2バイト文字を表示・処理することができるようにPC/AT互換機上で動作する日本語版のOS。
ROMチップによって日本語処理を行っていたNEC-98に対抗したもの。
検索しないと具体的な年月が入れられませんね・・・
こんな感じでいかがでしょうか。
すみません、Microsoftと入れるつもりだったのを簡単に「MS-DOS環境」としてしまいました。
正確には「Microsoft社のMS-DOS環境」としてください。
●ははあ、そういうことですね。
DOS/Vの/Vが何の略だったかは忘れました。
NEC98シリーズが日本を席捲していたころに、世界標準になりかけていたIBM PC/ATのハードウェアをそのまんま持ってきて、DOS(Misrosoft MS-DOS、こいつ用のはPC-DOSと言ってたはず)にいくつか日本語用のモジュールを追加することで特殊なハードなしで日本語表示が可能なようにして売り出した製品。
はじめは専用ハード(漢字ROMなど)を持つ98に比べて起動は遅いわ、表示はもっさりしてるわ、ソフトもないわでさんざんだったのですが、逆にソフトウェアを作ってる側(当時も日本よりは断然アメリカの方がソフトメーカー多かったから)からすると、専用ハード用に変更して何か出す方がよっぽど大変だったため、まずはゲームソフトあたりから人気に火が付き始めたように記憶しています。
そのうちWindows95が出たあたりからOSレベルで多言語のサポートが入るようになったため、特殊なローカルPCである98シリーズのほうが逆にソフトウェアのサポートが大幅に遅れたり、対応がされなかったりというようなことが多くなり完全に立場は逆転、今に至る…。
コンピュータ、ソフトなければただの箱、という言葉を体現したハードウェア・ソフトウェア戦略だったと言えます。
PCと言う言葉で"Apple以外の全てのパソコン"を指すようになった現在、さすがにもう死語ではないかと思います。
ちなみに「ぶっとび!!CPU」ってマンガがありまして、ちょうど98とDOS/V(IBM PC)とが切り替わる時期のマンガなので何だか懐かしい内容です。
●ふむふむ。コンピュータについて一定以上の知識を持っている人って、勘違いしないので期待はずれ(笑)ですね。
●当時の経験の話が思った通り面白いです。
DOS/VとはIBMが発表したOSのことで、ハードウエアとしては全く日本語などの文字セットの利用が考慮されていないPC/AT互換機で、ソフトウエア的に日本語文字などが使えるようになるという、当時としては画期的なOSでした。
ベースはMicrosoftのMS-DOSで、日本語対応のIBM DOS 4.0J/Vは、たしか1990年後半にリリースされたと記憶しています。
そして翌年、OADG(Open Architecture Developers Association:たしか日本語名は「PCオープン・アーキテクチャ推進協議会」)(←括弧内はもしかすると少し違っているかもw)という組織がスタート。DOS/Vを使って日本語をサポートするハードウエア(これを俗にDOS/V機と言う)の普及促進が図られ、ここにきて、ハードウエア的に日本語を扱う国産機、NECのPC98シリーズの牙城が崩れはじめました。さらに翌々年(たしかw)には富士通もハードウエアとして日本語をサポートしたFM/RやTOWNSからFM/Vに移行して、DOS/V陣営の牽引役となっていきました。
このようにOSとしてのDOS/Vは、ハードウエアとしてのNECのPC98からいわゆるDOS/V機への移行するのと同時進行で浸透していきましたから、DOS/Vというと、ああ、PC/AT互換機のことか、と思う人も少なくないと思いますが、DOS/VというのはOSの名前です。
●「うろ覚え」のあたりが非常に面白いです。
●今思うと、質問に「うろ覚えの方歓迎」とか書いておけばよかったですねえ。
そんな、人力検索なんだから、検索しないとわからんDOS
もともとの定義は既に正解が寄せられていることと思うが、現代では、単に(元)IBM 互換機の意味で使われることが多い。
通常、Microsoft社製のOSが動いていることが多いが、最近ではLinuxが動いていることも多い。
ちなみに、確かVAIOは、生まれた時からDOS/V機ではない。(独自に拡張しているから。)
●と思っていたら、うろ覚えの方、登場。
>VAIOは、生まれた時からDOS/V機ではない
●これも新説というか、初耳です。
AppleのGUIを見て焦ったMicrosoftがWindowsを作るも、
相変わらずバージョン3以降にならないとマトモに動かないモノができあがる。
ようやくソフトウエアのバージョンを3.1まで上げ、どうにか動作させる環境を整えたちょうどその頃
日本独自のハードウェア環境(PC98)を駆逐すべくIBMのPC/AT互換機が日本上陸を果たす。
そしてPC/AT互換機を取り扱うDOS/Vマガジンなども創刊され覇権争いが勃発・・・
なーんて状況だったのが頭の片隅に残ってます。
んでPC一式揃えると普通に5、60万しましたからね
しかも海外に比べて一世代前のCPUが当たり前だった記憶が・・・
というわけでDOS/Vとは一部に独占されていてボッタクられていた状況を破壊してくれた救世主です。
<てな回答じゃ駄目ですか?
●微妙な独自解釈が入っていて、おもしろいです。
●で、「DOS/Vとは何ですか」の答えが「DOS/Vマガジンなども創刊され」か!!
●いや、失礼、「ボッタクられていた状況を破壊してくれた救世主です。」ということですね。
DOS/V の /V はVGAの頭文字だそうです。
(Wikipedia より)
って、検索してるやん!>俺
ちなみに、「DOS/V機ではない」というのは間違いで、「PC/AT互換機ではない」と書くべきでした。<(_ _)>
>DOS/V の /V はVGAの頭文字だそうです。
●ありゃ、そうでしたっけ?
●ところで、回答と(質問者による)コメントって公開されるんですねえ。知りませんでした。
Apple、Microsoft、IBM、ハードウエア、ソフトウエ
おもしろいのでばりばりに『うろ覚え』と『独自解釈』を繰り広げさせていただこうかと。
【IBM】が【Apple】が作ったApple IIが売れまくっているのをみて、それまでの企業向け且つ大型のコンピュータではなく統一規格で部品使い回しの低価格コンピュータとして、『PC AT機』を、今で言う『オープンなアーキテクチャー』で作って売り始めた。
この時に、『PCM』(だったはず...CPMか?...)を正式OSにしようとしたら断られて、【Microsoft】に『にたようなOSつくって』っていって作らせたのが『DOS』だったはず。
そのDOSは、当然2Byte言語とかダメで
日本では日本電気がPC98シリーズなど(それ以前からかな?)で、漢字ROMを搭載するという【ハードウエア】的な方向で日本語対応をしていた。
日本語は【ハードウエア】で実装の方向を打ち破って世界中で同じPCをと言う感じで、【ソフトウエ】的に日本語を利用可能にしたのが、『DOS/V』だったはず。
最初は『DOS/V』は遅くて使い物にならなかったが、CPUなどの性能の向上によって実用的になってきたことで日本のPC98天下が終演したりしたし。
共通アーキテクチャーの方向になり、富士通のFMTownsとかも死滅した。
んで『DOS/V』もバージョン5くらいまではよかったんだけど、【Apple】は既にGUIのOSを販売しており【Microsoft】もWindowsを開発した。
Windows3.1は結構みんなつかっていたけど、Windows95でGUIが一般化、僕もそうだけど多くのマカーが「Macのパクリだ!」と騒いだわけだ。(まぁ、マックもゼロックス研究所の成果をぱくっているって話もあるわけだが。)
しかも、IBMとのOS2共同開発を途中で反故にしたりしている訳で、IBMとMicrosoftもぎくしゃくしたりしてたはず。
なんて話でどうでしょう?
間違えは少ないはず。極論は多いと思うけど。
●うろ覚え感まる出しで、非常に結構です。
>この時に、『PCM』(だったはず...CPMか?...)を正式OSにしようとしたら断られて、【Microsoft】に『にたようなOSつくって』っていって作らせたのが『DOS』だったはず。
●このあたり、うさんくささ爆発(笑)、おもしろかったです。
DOS/Vとは、Disk Operating System Version V (=Five)というパーソナルコンピュータ向けのオペレーティングシステム(OS)の内、IBMが用いた1ブランド名である。もっとも、IIIやIVはほとんど知られていないが。
ところで、OSとは、コンピュータのハードウェアが動くにあたって補助をするソフトウェアのことである。もともとコンピュータでは、ある目的をもったソフトウェアであることをさせるのが主旨であるが、
などの働きをもっぱらとするのが、Operating System である。
初期のコンピュータでは、このオペレーティングシステムはカードとかテープとかの媒体で1回ずつのせることが必要であったが、これを全てディスク媒体にのせ、ディスクから必要な要素を呼び出すようにしたものがDisk Operating System であり、普通名詞である。そして、MS-DOS, PC-DOSなどという名を各社が使っていたが、IBMが無謀にも自分のOSを単にDOSと名乗ったものである。
●ねらっているのかねらってないのかが微妙なところですね(過去の回答を見るとねらっているみたいです)。終了してからでも、ぜひお教え下さい。
●非常に結構なお答えでした。
DOS/Vとは、MacitoshのOS(System7.1)でマンチランゲージに対応するための機能のWorldScriptをヒントに開発され、NEC PC98と違いハードウェアではなく、ソフトウェアで日本語を扱うことが出来るようにMicrosoftのMS-DOSに機能を追加したIBMが発売したOSであり、IBM-DOS/Vと言われるようになりました。
●はいはい、結構な回答です。
●とか書いているうちに、自分の記憶が正しいのか不安になってきました。
ぼくのうろ覚えの「DOS/V」
当時(1990年頃)パソコンに詳しくない一般人には、DOS/V は Apple 以外の Microsoft社製のOSが動くパソコン(ハード)と同義語でした。
しかし、パソコンと通信の普及が進むにしたがい、当時日本で一番売れていたNEC PC98とIBMを中心としたDOS/Vマシンとの間で同じOS(Microsoft社のDOS)で稼働するソフトウェアおよびそのソフトで加工されたバイナリデータでありながら、互換性がないといういまでは信じられない事実が認知されるに従って、よりオープンでより利用者の視点で設計されたDOS/Vマシンが認知・浸透していった。
メチャクチャですね。
●うろ覚え、いいじゃないですか。
●「DOS/Vマシンが認知・浸透していった契機」にオリジナリティがあって、非常にいいですね。
DOS/Vとは漢字ROMという日本語表示ハードウェアを持たないIBM PC/AT互換機およびMicrosoft製MS-DOSに日本語の入出力機能を持たせるソフトウェア。
これによって
●日本語入出力を使わないならばMS-DOS用海外向けソフトがそのまま動く。
●コンソール入出力しか使わないソフトならば(ソフト内部の文字列処理に問題は生じるが)ほぼそのまま動く。
●日本語入出力を必要とする海外向けソフトの移植が容易になる
というメリットがある。
当時のディスプレイデバイスはVRAMが主流だったが、その動作は大きく分けて2種類の動作があった。
今で言うところのビットマップディスプレイであるグラフィックモードと、文字コードをビデオメモリに書き込むと対応した文字が表示されるキャラクタモード。
そしてキャラクタモードにはハードウェアに内蔵されたフォントが必要だが、IBM PC/AT互換機には日本語のフォントは内蔵されていなかった。
当時、PC/AT互換機で日本語を使うためのアプローチとして日本語対応VRAMをハードウェアとして追加するAXというものも有ったが高価なため普及しなかった。
そこに現れたのがDOS/V。PC/AT互換機のグラフィックモードで日本語表示をエミュレートするというアプローチ。パソコンの性能が上がってきたために可能になった力業。
と言っても今時のパソコンほどエミュレート機能は強力でなかったため、BIOSやシステムコールを使ったお行儀の良いソフトウェアにしか通用しなかった。
それでもコストパフォーマンスに優れたPC/AT互換機や海外製ゲームは魅力的だったし、日本語対応ソフトの少なさもVZエディタさえ動けばかまわんというような猛者には問題にならなかった。
●今までと趣が異なる、内部アーキテクチャよりの解説ですね。ありがとうございます。
>BIOSやシステムコールを使ったお行儀の良いソフトウェアにしか通用しなかった。
●これって、「お行儀がよい」のでしょうか?はて。
私の記憶では、
セガがゲーム機(IBM-PC互換機)に日本語がROM無しで使える様に
Microsoftに作って貰ったのが最初だと思います。
このソフトウエアDOS(ディスク・オペレーティング・システム)を
他のメーカーのハードウエア(IBM-PC互換機)でも動かせる様にしたのが
DOS/Vです。
IBMマシンにセガのDOSを移植した様な記憶が有るのですが...
●ナイス!!
●あなたの「記憶」のソースを知りたいです。
DOS/V:
IBMは、日本でIBM Multistaion 5550シリーズを販売して
いましたが。企業向けなので効果ですが、それなりに
普及していましたが。時代は、NECのソフトウェア・ハード
ウェアが市場のメインプレイヤーでした。 米国IBMでは、
IBM PC-AT互換機,Appleが市場のメインプエーヤーで
多量のソフトウェアが開発されていましたが、日本に
そのままもちこんでも日本の独自仕様のおかげでうまく
動作しませんでした。 その後互換性を高めた
AX(PC Jr/JX)使用のパソコン、PS/55でなんとかソフトの互換性
をとろうとがんばります。 米国ではPC/AT互換機時代に
創世記に突入時代を同じくして、CPUの高性能化も始まります。
PC DOS/Vは、CPUの性能向上と画面の表示性能(VGA)
の標準化にともなりPC DOSに漢字表示をハードウェアでなく
ソフトウェアで実現して使う製品として販売が開始
されます。
時代はバブル時代に突入円高が進行、海外からの
PC/AT互換機を平行輸入、PC VANの普及により情報の
伝達の効率化や、秋葉原等のDOS/V店の出現により
一気にブレークします。 DOS/Vは従来の日本には
なかったPCの自作の新たな世界を生み出した。
同時に日本独自のハードウェエ路線を維持していたNEC,
Fujitsu等の終焉への序曲が始まった。
●ううっ、よみにくい…。過去の質問や回答履歴を見ると、このような文章を書く方ではない、という印象を受けました。
●推敲ののち、再回答を希望します。
●非常に結構です。語群から2つしか選べていないようですが、見落としかな?
●ああ、あと、「Windows」も語群に入れておけばよかったと思いました。