ちなみに我が家は、直径2センチくらいの一口サイズです。
質問は、日暮里の羽二重団子の月見団子がかなり大きかったことに由来します。
http://www.ffortune.net/calen/tukimi/dango.htm
うちの団子も直径2センチくらいの一口サイズでした。一般の串団子と同じかちょっと大きいくらい。
あんまり大きい団子は聞いたことありませんね。
http://www.westjr.co.jp/news/bsignal/04_vol_97/food.html
基本的には、月見団子は神への供え物、すなわち「供饌」として用意されるものであり、まずそれを神様に召し上がっていただいてから、「撤饌」の後、人もそれを分かち合いながらいただくというお団子です。
したがって、この場合重要なのは大きさよりも数、なんだろうと思うんですね。神饌はそこに集う者が皆で分かち合うことが原則ですから、集う人数が多ければ、当然限られた大きさの三方(お供えの台)に乗るお団子は小さくなります。一般的には「ピンポン球くらいの大きさ」が普通でしょう。
しかし、団子はまた「芋」を模したものという一面もありますから、里芋を模して作れば、それはピンポン球よりも大きくなることがあります。八頭などが普通の地域であれば、それを模したお団子は、八頭並の大きさになることも有り得るでしょう。これは食文化の歴史と地域性に依存すると思われます。
ご回答ありがとうございます。
西では芋の形にする、今回質問をたてて初めて知りました。
団子があって、その後に芋型ができたと考えるのが自然なのではと思うのですが。
月見団子ではない例ですが、信貴山縁起絵巻あたりに、団子かおむすびだかを食べている絵があったように記憶していますが、西の芋型の始まりはいつごろなのでしょう。
http://my.internetacademy.jp/~mmogi/agyouzi.htm
ひとつの理想的な月見しつらえを見つけたので、はりつけておきます。
市販の串団子6個分くらいまとめたボールサイズがよいと思います。
さいきんのメーカーは一口大にしたがるようだが、これは子供に配慮しているのか、それとも一般消費者が嗜好しているので相しているのかしかとは分かりませんが、あまりに無風流だとおもいますね。
月見を楽しむくらいみやびな人間だったら、食べやすさより古代からの連綿たる流儀を尊重するのがノーマルで、しかもそれが醍醐味だと感じを持ってます。
http://www.kashiwashobo.co.jp/new_web/column/rensai/r03-35.html
ご回答ありがとうございます。
URLとても参考になりました。
>東京都多摩地方の醤油を塗りながら焼く団子等がある
とWikipediaに、通常商品の焼き団子を思わせる記述があります。URLの写真等から、おおぶりの形が武蔵地方の原型であることが分かりました。
農業国だったころの、日本人の食生活の片鱗を窺うようです。出典は忘れましたが、農繁期には1人で一升近くの米を食べて力仕事をしたと、何かで読んだ記憶があります。和歌山のめはり寿司も従来は相当な大きさだったようです。私の実家の餅も以前は市販品の4倍の大きさがあり、東京でおすそ分けするのが恥ずかしいと感じたこともあります。
極論すれば、東夷の田舎の風習を残した大きさではないかと感じます。雅な方々のものは小さくて上品、たくましく働く庶民のものはおおらかで食欲を満たすと考えられますが、いかがなものでしょう。
我が家の団子はまんまるではなく、やや長めの団子に餡を巻いたものなので、理想的かというと違うと思うのですが。(花びら餅という牛蒡に餅を巻いたものがあって、それに類する形状かと思われます)
やはり直径は1.5〜2cm程度です。そのかわり長さは3〜4cmあります。
神への供え物は積み上げることを前提としていますから、あまり小さくて安定が悪いのもどうか。TomCatさんのおっしゃるとおり、芋団子の地域もあり、三方に盛ることを考えた大きさが良いでしょう。
ご回答ありがとうございます。
kuru-san さんも関西方面にお住まいでしょうか?
写真等で見る限り、花びら餅(初釜に使われるものですね)というよりも、おはぎのあんこを思い浮かべました。
2の返信ではったURLでは、長角皿にもってありますが、三方に盛るとどのようになるのでしょうか。興味深いです。
月見しつらえでの遊び心、西国風にしつらえればというシチュエーションもありなので、理想から外れることはありません。
現在の一般家庭の団子が、一口サイズだということは、母の団子を見ても分かるのですが、羽二重団子で注文したものは直径4~5センチあったのでこの質問をいたしました。引き続き、古文献等をひも解き、皆様のお知恵を拝借したいと思います。