なんだか思い出すとほろりとしてしまうちいさな思い出を聞かせてください。


私は、中学の運動会を母が見に来てくれたことが何故か思い出すと涙が出ます。中学の運動会なんて、誰も父母は来ないのに、隅の方でニコニコしながら見ててくれて、そのときは「恥ずかしいから帰って」と思ったのですが、なんだか忘れられない思い出です。その母ももうすっかり歳をとりました。

コメントは特にしませんが大切に読みます。

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  • 終了:2006/10/06 06:33:31

ベストアンサー

id:moricoco No.3

回答回数57ベストアンサー獲得回数1

ポイント15pt

実家から遠く離れて働いています。

父を小さいときに亡くし、あまり記憶もありません。ずっと母に育ててもらいました。しかし田舎がイヤで都会に出てきました。私が言い出したらきかない性格と分かっている母はなんの反対もせず、しかも実家に戻って就職しなさいとは一度も言われたことはありません。そんな、いつも私の理解者である母。

お盆や正月には実家に帰りますが、新幹線のホームで見送ってくれるとき、必ず母は涙を流します。別れ際は私も母も無言で・・・。最近は私のほうが涙をぼろぼろ流しそうなので、すぐに新幹線に乗り込みます。

実家に帰る前はその別れのシーンを考えると思わず涙ぐんでしまうくらいつらいのですが、やはり母に会える喜びには変えがたいものです。

それでも実家に帰ってこいとは全く言わない母。なんの親孝行もできずにいますが、いつか母に大きなプレゼントをしたいと思っています。

id:aoi_ringo

いっしょですね。

うちは、母はひとりで暮らしています。でも全然うらめしいこと言いません。就職も結婚も一言も口出ししませんでした。

なんだか、今晩はしんみりしてきました。

ありがとうございました。

2006/10/05 22:27:18

その他の回答9件)

id:mayumatti No.1

回答回数127ベストアンサー獲得回数1

ポイント15pt

にこにこして自分を見ていてくれる場面を思い出すと、ほろりとさせられますよね。

私は、一人暮らしをはじめて半年ほどたったとき、玄関のチャイムで外に出てみると、実家の父がにこにこして玄関の外に立っていたことが、わすれられません。

手には、スーパーの袋に入れた一口缶チューハイ沢山を持って。。。(T_T)

父は今でも元気ですが、なんだか思い出すとほろり。。。

id:aoi_ringo

ありがとうございました(^^)

2006/10/05 22:09:55
id:komeke No.2

回答回数193ベストアンサー獲得回数16

ポイント15pt

大学進学で上京して初めて一人暮らしを始めたときのことです。

1週間ほど母が一緒にいてくれて、私が大学に行っている間に母が実家に帰った日のことです。


大学から帰ってきたら母の置手紙がありました。


『あなたを残して帰るのが心残りです。今日はお天気も晴だし、少し気が楽です。いよいよ一人生活が始まりますが、目的をしっかり心の中心にもっていれば少々のことがあっても大丈夫だと思います。(あなたの知恵を出してふんばって!)徐々に”あなたペース”を作って楽しんでください。お菓子を”食べ過ぎないように”衣・食・住にわたって人生全てバランス感覚をしっかりと持って進むべし』

そして、コーヒーの絵が書いてあって、『コーヒーを一杯飲んで帰りました』と書いてありました。


なんでもない、厚紙の裏に走り書きしたような手紙で母らしいな。と思って泣いたのを覚えています。

この手紙は今でも大切に取っていて、この質問を見たときに真っ先にこの手紙が思い浮かびました。

辛いことがあるとたまにこの手紙を読み返しては母を感じています。

幼い頃は親の愛情のありがたみを感じませんが、今は親の存在とその愛情がとてもありがたく思います。

id:aoi_ringo

私も母がくれた広告の裏とかへの走り書きも実家に保管してあります。母子家庭だったので、よけいかもしれないですが。ちなみにその母からは毎晩、変換ミスだらけのメールが来ます。これも泣けてきます。また時々くるファックスは、昔ながらの母の字なのでじーんとします。

すてきな手紙をありがとうございました。

2006/10/05 22:25:09
id:moricoco No.3

回答回数57ベストアンサー獲得回数1ここでベストアンサー

ポイント15pt

実家から遠く離れて働いています。

父を小さいときに亡くし、あまり記憶もありません。ずっと母に育ててもらいました。しかし田舎がイヤで都会に出てきました。私が言い出したらきかない性格と分かっている母はなんの反対もせず、しかも実家に戻って就職しなさいとは一度も言われたことはありません。そんな、いつも私の理解者である母。

お盆や正月には実家に帰りますが、新幹線のホームで見送ってくれるとき、必ず母は涙を流します。別れ際は私も母も無言で・・・。最近は私のほうが涙をぼろぼろ流しそうなので、すぐに新幹線に乗り込みます。

実家に帰る前はその別れのシーンを考えると思わず涙ぐんでしまうくらいつらいのですが、やはり母に会える喜びには変えがたいものです。

それでも実家に帰ってこいとは全く言わない母。なんの親孝行もできずにいますが、いつか母に大きなプレゼントをしたいと思っています。

id:aoi_ringo

いっしょですね。

うちは、母はひとりで暮らしています。でも全然うらめしいこと言いません。就職も結婚も一言も口出ししませんでした。

なんだか、今晩はしんみりしてきました。

ありがとうございました。

2006/10/05 22:27:18
id:kurupira No.4

回答回数2369ベストアンサー獲得回数10

ポイント15pt

小学生の時よく忘れ物をしていました。

友達に10円を借りて学校にある電話で家にいる母に電話して届けてもらいました。

学校までわざわざ届けに来てくれた事を感謝しています。

id:aoi_ringo

そういう時のお母さんって、いつまでも若いイメージですよね。エプロンなんかしてるかもしれません。

ありがとうございました。

2006/10/05 22:28:23
id:peach-i No.5

回答回数4652ベストアンサー獲得回数93

ポイント15pt

亡き祖母が最後に、私が祖母の手を握ったときに、小さな力ながらも、かすかに握り返してくれたあの手を思い出すとホロリとしてしまいます。

その小さな力の中には、沢山の想いが詰まっていたのだと、手から感じました

id:aoi_ringo

「ことば」を超えた言葉ですね。

ありがとうございました。

2006/10/06 06:21:07
id:TomCat No.6

回答回数5402ベストアンサー獲得回数215

ポイント15pt

私は高校時代の恩師のことを書いてみたいと思います。

 

以前のポストの質問の時、私は高校生の自分に、学校をやめるなと書き送りたい、と答えました。そう。高校時代、私は本気で退学を考えていたんです。

 

担任の教師とも、学年主任の先生とも、何度も話し合いを重ね、そして親の承諾も得て、ついに3学期の終業式の後に退学届けを提出する、という所まで話が進んでいたんです。

 

終業式が終わり、担任が、さて、記念写真撮るからちょっと机を後ろに下げてくれと言いました。みんなで机を移動させて、学年の終わりの記念写真。

 

それが終わって、さあ、この後職員室に行って退学届けを出せばもうこの学校に来ることもないと、教室を出て階段を下りかかりました。そこで隣のクラスの友人と会い、

 

「お前、今日で最後か」

 

と声をかけられました。

 

「ああ。せっかく撮った記念写真も受け取ることはなさそうだね」

 

と答えると、あ?記念写真?そんなもんウチのクラスは撮らなかったぞ、という答え。

 

まさか、担任は、来年度から俺がいなくなるということで、特別に写真を撮ろうと思ったのか? 私は職員室に急ぎました。そして担任の机の前に行くと、担任も「これで最後だな」と言いました。

 

私は、だからさっきの記念写真を?と聞きました。すると担任は恥ずかしそうに頭を掻きながら、「だって淋しいじゃないか」と。

 

私はしばらく立ちつくしました。たった一人がいなくなるだけで、それも赤の他人が一人いなくなるだけで、そんなに思ってくれる人がいるということを知りました。

 

「やめません。俺は本校の生徒でい続けます」

 

そう言えるまでに、ずいぶんの時間が必要でした。あれほど強硬に退学の意志を伝え続けていた手前、こんなに簡単に意志を翻していいのかという思いもありました。でも、恩師の思いが、そんな気恥ずかしさもぬぐい去ってくれました。

 

「お前、夢はあきらめるのか」

「先延ばしするだけです」

「そうか。ご両親は?」

「今決めたので・・・・」

「そうか!!」

 

先生は私の手をぎゅっと握ってくれました。そして、お前、学校やめないって親に言えるか?恥ずかしいだろうといって笑いました。目にいっぱい涙を溜めながら。

 

「恥ずかしいです。めちゃくちゃ恥ずかしいです。どうしたらいいですか」

 

私も笑いながら泣きました。そのお陰で、今の私がいます。

 

だからあのポストに入れたい手紙は、本当は、恩師にそこまで迷惑かける前に自分の道を見つめ直せと、そういうことだったんです。

 

高校時代。多感な時代の思い出です。

id:aoi_ringo

やさしさって、見過ごしがちだから、だからやさしさなんですよね。

いつもすてきな思い出をありがとうございます。

2006/10/06 06:23:05
id:cejlk No.7

回答回数260ベストアンサー獲得回数1

ポイント15pt

よく一緒に通学していた友達(以下A君)の弟(以下B君)が

問題行動をしていました。


何をするかというと、ゴミ箱の中身を

周囲にぶちまける事です。

症状は、数ヶ月前から始まったそうで

誰が注意しても治らない。


次第にB君の問題行動に変化が生じました。


その友達の家へ私が遊びに行った時

A君が「トイレ行ってくる」と

遊んでいた2階から居間へ降りて行きました。


するとA君の怒鳴り声が聞こえたので

私は咄嗟に階下へ

居間ではB君がA君にナイフを振り回していました。


私は十数秒間、様子を見ました。

B君はかなりの興奮状態で、A君の叱責にますます

その度合いを高めているように感じました。


このままではA君が刺されてしまう


「駆け出してB君のナイフを取り上げよう」

そう考えて実行したものの、私はB君のナイフを掴んで

痛くて泣いてしまいました。


自分の周りはゴミだらけだし

「B君に二人ともやられちゃうよ」と悲観的になっていたら


「ごめん、ね」と

B君が謝ってきたんです。


B君自ら新しいゴミ袋を出して

ゴミを拾い始めました。


その後、問題行動はぴたりとなくなりました。


何故かこの事を思い出すと涙が出ます。

id:aoi_ringo

不思議な体験ですね。

心理学者ではないのでわかりませんが、

行動にはメッセージがあるようですね。


今回回答者様が取られた行動もまた

メッセージとなりBくんに伝わったのかな、

と思いました。

ありがとうございました。

2006/10/06 06:26:07
id:i_am_partner No.8

回答回数21ベストアンサー獲得回数1

ポイント15pt

家族の話は多いと思うので、違う話で。


一人で旅行に出かけたときのことです。わたしは1日使い捨てのコンタクトレンズを使っているのですが、とある事情でコンタクトレンズがなくなってしまいました。


1日使い捨てなので、あまり何日もつけているのは良くありません。(すでに前日つけていました。)


知らない街で、コンタクトを売ってくれる店(眼科)などはわかりませんし、売ってくれるとしても検査や高額なお金が必要です。


家に帰ってしまおうかと、迷っているうちに日が暮れてきて、とにかく近くのデパートに行きました。


デパート(確かメガネ店)では、売ってませんでしたが、親切に近くの眼科を教えてくれました。


眼科は閉まるのが早いので、気が焦りつつ眼科に向かいました。


眼科が開いていたので、事情を話すと、「サンプルでよかったら」ということで、同じ型のレンズを2,3個くれました。


さらに、「期限が切れそうなのがあるから」ということで、10個くらいくれました。


しかも無料でした。


世の情け、人情を感じた旅でした。


場所は、だいたい覚えていたので、お礼状を書こうと思いつつ、結局書かなかったことが、少し後悔しています。

id:aoi_ringo

なんだかわかります。


親切ぶらない親切って、すごく伝わりますね。

この眼科医にしたら、別に損をしたわけでもなく、

純粋にものをあげただけなんでしょうけど、

その純粋さがいいですね。

ありがとうございました。

2006/10/06 06:28:35
id:mmmx No.9

回答回数201ベストアンサー獲得回数14

ポイント15pt

もう亡くなってしまった祖母と、ずっとずっと相性が悪く

ほとんど話したこともありませんでした。

なんだかずっと恐い存在だったのですが、

祖母が亡くなってしまう1ヶ月前に、初めて長く話しをすることができました。

今から思うと亡くなる1ヶ月前とわかるのですが、そのときは

亡くなるとは夢にも思ってませんでしたので、今からおもうと不思議です。


その祖母と初めて長く話した内容が、祖父(おばあちゃんの旦那さんですね)の話しでした。

私が幼い頃に祖父は亡くなっているので、あまり覚えていないのですが、

その日の祖母は、

すごくすごく穏やかで優しい、きらきらした目で祖父の話しをしていました。

自慢話しばかりしていて、可愛くて、

今でもこんなに深く愛してたんだなあ と思うと当時に

何故か二人で泣きながら話しをしてました。笑


そのときのことと、そのお話を思い出すとほろりときます。

id:aoi_ringo

案外、厳しい人って

実は優しかったりしますね。

ありがとうございました。

2006/10/06 06:29:46
id:miyupon No.10

回答回数53ベストアンサー獲得回数0

ポイント15pt

私は県外の大学に進学したのですが、入学してみて、環境にどうしても馴染めず辞めてしまいました。

「もう帰りたい」そう言った私のことを、母が迎えに来てくれました。

仕事も急遽休みを取り、飛行機のチケットも取り、本当にすぐに迎えに来てくれました。

大学の寮から、外の坂道をのぼってくる母の姿が見えたとき、思わず私は玄関に向かって駆け出してました。

玄関で母の姿を目にしたときは、涙がボロボロ零れそうで、それを我慢したのを今でも鮮明に覚えてます。

情けない話ですけど、今でもこのことを思い出すと、母の存在がいかに大きいかがわかります。

そして、泣けてきますね(*ゝ_о)ゞ

id:aoi_ringo

母親って、無条件で受け入れてくれる、

そういう存在ですね。


みなさんありがとうございました。

ひさしぶりに「思い出系」の質問をして

ココロがすっきりしました。

思い出に差はないと思いますから

いつものように均等に配分します。

自分と近かったものにいるかをつけておきます。


ありがとうございました。

2006/10/06 06:32:16

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