わたしは「小鳥が怪我をなおしてもらったお礼として、治療費をはらうために毎日お金を窓辺に運んでくる」というお話を思い出していた。結局その鳥は死んでしまったが、あのネコはどうなのだろう。とはいえ、わたしは医者でも薬売りでもない。
次の日、わたしは「どじょうを盗んだせいで人が死んでしまったと思い込んだきつねがその家族に毎日どじょうをとどけにくる」というお話を思い出していた。結局そのきつねは死んでしまったが、あのネコはどうなのだろう。とはいえ、私は何も盗まれていないし、最近はだれも死んでいない。
その次の日はあたり一面にうっすらと雪が積もっていた。いつものように新聞をとりにいくと、そこにはいつものプレゼントのほかに、あの白黒のネコが横たわっていた。かっと見開いた瞳はすでに曇っていて、そのまわりをはえが飛び回っていた。
あなたはわたしになにがしたかったんだろう。わたしにはわからなかった。もし、もっとはやく気がついてあげられたなら、、、と思いかけたが、やはり気がついたとしてもネコはその行為をやめなかっただろう。
ふと外の方に目をやると、そのネコのものらしき足跡が見える。息が白く染まるなか、その足跡をたどってみることにした。足跡はへいの上に上ったり、道路をちゅうちょなく横切ったりして、ついに一軒の民家にたどりついた。
ここは、、、、わたしの家だ。
もう10年以上前に取り壊されたはずの、かつての我が家が目の前にあった。中から小さい子供の声が聞こえてくる。
「ねえ、ネコ飼っていいでしょー。黒と白のかわいいのがいるんだあ」
そうだ、あの時わたしはおとうさんにネコを飼ってとせがんで、黒白のネコを飼ってたんだ。あのネコは今、、、。
そのとき、後ろから「にゃーん」と声が聞こえた。
はっと振り返ると、そこは今住んでいる我が家の前で、そばには雪がうっすらとかかったプレゼントとネコの死骸があった。いつのまにか家に帰っていた。足跡はもう雪にうもれて見えなくなっていた。
わたしはあのネコを初めて見た時不思議な感覚を覚えた・・・しかしその時は急いでいたこともあって無視して通り過ぎたのだ。
用事が終わった時にはそんなことはすっかり忘れていたのだが(ここまで。)
ありがとうございました。
私にとっては、とんでもない贈り物ではあるが、ネコにとっては、きっとステキなプレゼントなのかもしれない
毎日贈り物をしてくるあの猫。
アノ子は、もしかしたら、一緒に住みたがっているのかもしれない。
そのために毎日通っているのか
ひたすら考えた挙句、アノ子を飼う事にした。
アノ子はとても喜んだ。
それから毎日一緒に暮らすことになりました
シアワセです。
ありがとうございました。
翌朝、いつものようにボクは新聞をとりに行った。
今日は・・・何もないようである。
玄関の周囲を注意深く確認したが、何一つ、変わったことなどなかった。
ホッとしたような、寂しいような不思議な気持ちでボクはドアを閉めようとした。
ニャ~
いつかのあのコがそこにいた。
最後の贈りものは、お前自身なんだね。
・・・あれから1年、今では一家の主といった風情でコタツの上で寝ている。
ラストがいいですね。
ありがとうございました。
あの猫が亡くなったのは去年だっただろうか。
私は本屋である絵本を見ていた。そこには、あいつそっくりな猫が描いてある。
そいつはいたずら好きで、人なつっこく、困った人を見ると助けずにはいられない、とんだお節介猫だ。私は他人を見ている気がせず、思わずその本を持ってレジに立っていた。
細々と生活するOLにとって、小さな出費も痛いと感じることがある。まして、良い絵本は結構な値がするものだ。しかし、今の私にとってみれば、そんなことはたいしたことではなかった。この絵本を持っていれば、いつでもあいつの猫なで声が聞こえるような気がして、多少の出費の傷手すら忘れて、まるで小学生のように本を抱えたままうちへと帰った。薄暗い豆電球の光が私を迎えて、少し寂しい気持ちになったが、電気をつけるとコーヒーを入れ、ゆったりと木製の椅子の、背もたれへともたれかかった。本はとりあえずテーブルにおいておくことにした。コーヒーができるまではなにもしない、日課となっている行動だった。特に何かのメリットがあるわけでもなく、また、何かの規則を設けているわけでもなかったが、そうすることが毎日のお決まりだった。そうこうしているうちに、コーヒーの香りが充満し、私はいつものように物思いにふける。
友達がよく私に結婚を勧める。友達には子供がいて、それももう、幼稚園児だという。聞けば、幸せでも、不幸せでもないという。それなのに、一度は経験してみろ、というのだ。去年もそうだった。延々と結婚の苦労話――その実ノロケ話――を延々と友達は話してくれた。
そんな時にあいつはひょっこりと玄関に姿を現した。牛みたいなガラの、とても愛想が良いとは言えない雰囲気の猫だ。私は携帯の向こうにいる友人の話を聞いているフリをしながら、そいつに朝使う味噌汁用の煮干しをくれてやった。眼を細めてがっつくあいつの姿は、今思い出しても微笑ましい。それから私はそいつを部屋に入れ、短い間の同居生活をすることになったのだ。
コーヒーの香りが私のぼんやりとした思考回路を呼び覚ました。ああ、そうだ、コーヒー入れてたんだっけ。カップを適当に見繕って少しそこに残った水滴をふきんで拭うと、コーヒーをドボドボと注いだ。ゆっくりまるでワインのソムリエよろしくお上品に入れる気はさらさら無い。一連の動作は、女を捨てたが故のがさつな動作だ。イケメンがそばにいればもうちょっと考えるけどね。
熱いコーヒーをこぼさないよう、バランスを取りながら私はコソ泥みたいな姿勢でテーブルへと運んだ。そして、おもむろに置いてあった絵本の袋に手を伸ばし、ゆっくりと開いた。
“ねこくんはねずみんがこまっているのをみて、きがきではありませんでした”
“ねこくんはいえのひとにだまってたいせつなものをもちだしてしまったのです”
“だけど、それはねずみくんをたすけるためでした”
暖かなパステル調の絵をじっくりと眺めながら、数分。私は少し眠たくなってきた。ここ数日間の疲れが溜まっているらしい。もう少し見ていたいのに。
自分の眠気に少しイライラしながら、コーヒーを流しにぶちまけ、寝室へとゾンビみたいな姿勢でダラーッと歩いてゆき、布団になだれ込んだ。
化粧は朝落とせばいいや。どうせまた化粧するんだし。
味噌汁のダシがない。おかしい、あいつがいた頃ならまだしも、ちゃんとストックしておいたはずなのに。窓から痛いくらいの日差しが降り注ぎ、私は毎日軽い拒否反応を示す。「ああ、いい日だねぇ」
そんなことはこれっぽっちも思っていない。顔は化粧の油と自分の油がミックスされて最悪の状態だ。私はとりあえず味噌汁の件は置いて、顔を洗った。
とりあえず外に出られる顔にしたあと、新聞を取りに玄関へと出る。再度のメイクは会社にゆくときだけでいいのだ。近所にはせめて脂ぎった顔をさらさないようにすればいい。
新聞紙を取りに行くと、ふとあることに気がついた。こと、というよりは、猫に。そいつはひょこひょこと私の家の玄関まで近づいてくる。口には何かを咥えている様子。朝焼けをバックに颯爽と近づくそいつをしばらく呆然と眺めながら、私は彼(彼女?)が玄関へと到達するのを待った。
近づくにつれ、口に咥えたものが鮮明になってゆく。
咥えているものは――煮干しパックだった。
あれ、という気分になった。こいつ、もしかして、とも思った。しかし、そんなことを意にも介さずそいつは悠々と近づいてくる。やがて猫の姿も明らかになってきた。まるで絵本と同じ、いや、去年亡くなった猫と同じ模様なのだ。
「おまえ!?」
と声にならない声を上げかけたが、キャリアウーマンとしての冷静さがその声をかき消した。そんなわけないか。
猫はなおも近づき、ついに玄関の傍までくると、ダッシュで私の前を通り過ぎた。こいつ、おちょくってんのか。私はそう思った。
上司の油は私以上だ。おまけに頭に素敵なバーコード入りだ。コンビニの「ピッ」ってやるアレがあったら、「鮭弁当\420」とかでるのだろうか。そんなつまらんことを考えながら今日も帰路についた。いつものタイミングでコーヒーを入れ、いつものタイミングで椅子にもたれかかって、なんだかんだ言って結婚のことを考える。いつもの風景だ。
あれ、いつもの風景すぎる。絵本は?
なかった。テーブルにおいて寝たことだけは覚えている。だけど移動した覚えはない。ないったらない。そう、めんどくさくなったとき、人は自分の責任を偶然に転嫁したがるものだ。もういいや、お金は数千円損したけど。
私はコーヒーを一気飲みし、ブハァとオヤジ風味を醸し出しながら、寝室へと向かった。そこへ、訪問者が現れた。小さな訪問者だ。そいつはキュルキュル、ピーピーと言いながら、私のそばを高速で通り過ぎていった。ネズミだ。何かを口にくわえているような気もしたが、そんことはどうでも良くなって、今日も油の海で横になった。
朝起きると、床に散らばっているものがあった。煮干しだ。またか。また煮干しなのか。私はデジャビュ、――というほどでもない――を感じながら、小型の掃除機でそいつらを吸い取った。食いちぎられた煮干しが恨めしそうな顔でこちらを見ている。
「そんな顔で見ないでよ」
何となく煮干しにつっこみながら、掃除を滞りなく済ませた。
そして、朝日に拒否反応を示しながら、棚を覗いた。パンがあるはずだ。しかし、またしてもない。煮干しの次はパンである。私はピンときた。
「あいつだ」
私は早めに油断ち(洗顔)を行い、私は玄関に仁王立ちになった。そしてやつは朝焼けをバックに颯爽とやってきた。西部劇の音楽が流れそうな場面だ。今日も何かを咥えてひょこひょことやってくる。あせるな、私。近づいた瞬間に捕らえるんだ。
予想を裏切ることなく、余裕の表情でそいつは私の近くまでやってきて、そして、昨日と同じようにダッシュした。
「うおりゃぁ!」
ご近所など関係ない。私はそいつを猛ダッシュで追いかけたが、さすが猫。全く追いつけず私は失速した。しかも、猫って逃げ切った後振り返るのよね。
「ムカつくわ」
それ以来、私と猫との朝の決闘は続いたが、家のレシピは減り続け、連敗し続けた。しかも、ちゃんと戸締まりしているのに。毎日猫が咥えたものが家に散乱しているのも腹が立った。どこからか入ってきているに違いないのだが。そういえばネズミがよく出るようになった。
今日もバーコードの説教がうるさかった。鮭弁当のくせに。私はいつものコーヒーを入れていつものように椅子に腰掛けると、物思いにふけった。絵本もないし……そんなことを考えていると、ふと、高校の頃のアルバムがあったことを思い出した。私は善は急げとばかりに寝室に駆け込み、クローゼットの中から埃をかぶったアルバムを取り出し、いそいそとコーヒーの待つ場所へと戻った。
胸をときめかしながらページをめくってゆく。十分も経った頃、ふと好きだったサッカー部の先輩のことを思い出した。彼からもらったラブレターは今でも甘い思い出だ。今はでは、彼との思い出と一緒に、ラブレターもなくしてしまったけれど。
今日はいい夢が見られそう。私はアルバムの上で突っ伏した。どこかでピーピーと鳴き声が聞こえた気がした。
油掃除(洗顔)は早めに済まし、早10回目ともなろうかという決闘が飽きもせず開催されようとしていた。仁王立ちの私、颯爽と現れるあいつ。今日は何がなくなっていただろうか。そんなことどうだっていい。どうせ最近、朝は外食だし。
近づいてくるあいつを凝視する私の眼に何かが映った。あれ、食べ物じゃないよね。
猫はなにやら食べ物以外のものを口にしていた。私はきょとんとして戦闘態勢を自然と解いていた。グングン近づいてくる猫の口にはなにやら黄色い、四角いものが挟まっている。
さらに半径2メートル程度に近づいた頃であっただろうか。猫は口咥えていた黄色いものをペッとはき出すように、道ばたに放り投げた。そこから相変わらずダッシュして、一定の距離を置いていつものように振り返った。私は朝のライバルを追いかけることはせず、彼が落とした黄色い物体を拾った。
それは黄色く風化してしまって、見る影もないけれど、忘れもしない、あの先輩からもらったラブレターだった。
バーコードのことは今日はあまり気にならなかった。うちに帰ると、いつものようにコーヒー入れて、椅子に座った。
なぜか、テーブルにはなくなったはずの絵本があった。
“ねこくんはねずみくんをたすけてひとあんしん。だけど、あのいえのひとにはおいかけられるまいにち”
“そこでねこくんはあのいえのひとにおれいをすることにしました”
それ以来、私はあの颯爽と現れるあいつを見ていない。
注:主人公は女ですが描いている私は男です。
大変な長編をありがとうございました。
「さて今日は何かあるかな」と思いながら見たら なんか地図らしきものがおいてあった。
いや、これは地図だな。何の?
うーん、この道はきっと表通りの大きな道で、このビルはコンビニがあるビルだろ。この川は 3丁目との境にある川だ。
で、×点がついてる箇所が、ちょっと遠い。行ったことがないところだ。
ここに何かあるのか・・・。
次の回答につづく・・・。
ありがとうございました。
わたしは「小鳥が怪我をなおしてもらったお礼として、治療費をはらうために毎日お金を窓辺に運んでくる」というお話を思い出していた。結局その鳥は死んでしまったが、あのネコはどうなのだろう。とはいえ、わたしは医者でも薬売りでもない。
次の日、わたしは「どじょうを盗んだせいで人が死んでしまったと思い込んだきつねがその家族に毎日どじょうをとどけにくる」というお話を思い出していた。結局そのきつねは死んでしまったが、あのネコはどうなのだろう。とはいえ、私は何も盗まれていないし、最近はだれも死んでいない。
その次の日はあたり一面にうっすらと雪が積もっていた。いつものように新聞をとりにいくと、そこにはいつものプレゼントのほかに、あの白黒のネコが横たわっていた。かっと見開いた瞳はすでに曇っていて、そのまわりをはえが飛び回っていた。
あなたはわたしになにがしたかったんだろう。わたしにはわからなかった。もし、もっとはやく気がついてあげられたなら、、、と思いかけたが、やはり気がついたとしてもネコはその行為をやめなかっただろう。
ふと外の方に目をやると、そのネコのものらしき足跡が見える。息が白く染まるなか、その足跡をたどってみることにした。足跡はへいの上に上ったり、道路をちゅうちょなく横切ったりして、ついに一軒の民家にたどりついた。
ここは、、、、わたしの家だ。
もう10年以上前に取り壊されたはずの、かつての我が家が目の前にあった。中から小さい子供の声が聞こえてくる。
「ねえ、ネコ飼っていいでしょー。黒と白のかわいいのがいるんだあ」
そうだ、あの時わたしはおとうさんにネコを飼ってとせがんで、黒白のネコを飼ってたんだ。あのネコは今、、、。
そのとき、後ろから「にゃーん」と声が聞こえた。
はっと振り返ると、そこは今住んでいる我が家の前で、そばには雪がうっすらとかかったプレゼントとネコの死骸があった。いつのまにか家に帰っていた。足跡はもう雪にうもれて見えなくなっていた。
構成がいいと思います。
ありがとうございました。
でも私はなぜあのネコが「贈り物」を置いていくのかわからなかった。
あるときふと、思いついた。
我が家にはビデオカメラがある。これをビデオデッキにつなげば、VHSの180分のテープには5倍モードで15時間も録画できるんだ。
私はこっそり玄関が映る場所にビデオカメラを設置した。
すると小学生の息子が密かに、煮干しや鰹節などをネコに与えていることがわかった。
つまりネコが置いていったのはお返しだったわけだ。
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20020206/victor01.htm
http://store.nifty.com/goods/goods.aspx?goods=045014902580254322
ありがとうございました。
私は、あの白黒の猫のことがだんだん気になりだしていた。知り合いの知り合いに「猫コンサルタント」の人がいるというので、なぜ猫があんな「贈り物」をするのかを聞いてもらったりもした。
猫コンサルタントというのも面白い職業だが、最近は本当にそういう人もいるらしいのだ。もっとも本職は環境省か何かの関連団体の人らしかった。
しばらくして転送されてきたメールには、その「贈り物」は猫の食事の残骸で、猫は安心する場所でしか物を食べないから、おそらく猫はその家の人をとても信頼しているのだろう、と書かれていた。
近所の小学生にも聞いてみたが、あの猫はどうも生粋の野良らしく、飼い主はいないらしかった。
「きっとその猫、ごんぎつねと同じなんだよ。何かの恩返しをしてくれてるんだと思うよ」
という子供の分析には、ちょっと笑ってしまった。
さて、今度は自分で確かめてみる番だ。とりあえずWebカメラを玄関先に仕掛けて、HDDに録画させてみることにした。最初の晩は不発だった。カメラを仕掛けたことで警戒されたかと不安になったが、観察はその次の晩に成功した。
やっぱりあの猫だ。ごろんとお腹を上にして寝転がったりして、人の家の玄関先でくつろぎきっている。私はその日、この新しい友人のために、生まれて初めてキャットフードを買った。
そうして約一週間が経った。突然、玄関先に出しておいたキャットフードが、全く減らなくなった。おかしい。翌日も、翌々日も、全く食べに来た形跡がない。ちょうど土曜日で仕事も休みなので、私は意を決して、あの猫を探しに行ってみることにした。
家の周りを探したが、猫のいる気配はない。少しあたりを歩いてもみたが、やはり同じだった。ふと思い立って、普段は通ったこともない袋小路の路地を入ってみると、高校生くらいの女の子が地面に膝を付いて、側溝、つまりはドブだ。そこを一所懸命覗き込もうとしている真っ最中だった。
女子高生だから、ミニスカートである。かかんでいるから、お尻丸出しである。もちろんちゃんと短いスパッツみたいな物は穿いているが、それでもちょっとこれは、見ている方の顔が赤くなってしまうような光景だった。
私は慌てて引き返そうとした。しかし、
「助けてください!!」
という声に、私はその場に押しとどめられた。
「猫が、猫がこの中にいるんです」
女子高校生は、そう私に告げた。
「猫って、白黒の?」
「はい」
「大人の猫?」
「はい」
「それだ!! 僕もその猫を探していたんだ!!」
さあ、それからは大捕物になった。覗いてみると、猫は狭いドブの中で、じっとうずくまっている。しかし、手を伸ばそうとすると、さらに奥の方に入ってしまう。
どうしよう・・・・。私はしばらく考えて、あたりを観察した。猫のいる場所から約1メートル先に、ドブ板が途切れて網になっている所がある。何とかそこまで猫を追う。そして予め網を外しておいて、そこで捕まえる。必要な物は、長い棒と、そして捕まえた猫を入れる入れ物。懐中電灯もあった方がいいかな。
よし、作戦は決まった。私は女子高校生に作戦を伝えて、準備してくるからここで見張っててと言い残して、近所の百均に走った。暖簾か何かをかけるらしい棒と、大きなランチボックス、そして懐中電灯と電池と、軍手を買った。しめて525円。
路地へ戻ると、不安そうにドブを覗き込んでいた女子高生が、ほっとした顔を上げて迎えてくれた。
女子高生に軍手と棒と懐中電灯を渡して、私はドブにかぶさった網を外して、出口で待機した。女子高生が猫をつつくが、猫は出口にいる私を警戒してか、がんとして動こうとしない。そんな膠着状態が約一時間続いた。
「ちょっと待って」
私は女子高生に言った。ふと、例の猫コンサルタントの答えに、私はこの猫に信頼されている、という言葉があったのを思い出したのだ。信頼されているなら、つつかなくても、呼べば来るはずだ。妙な確信が心に浮かんできた。
女子高生につつくのを中断してもらって、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着けてから、そっと猫を呼んでみた。小さな声で。でも、ありったけのテレパシーを込めて。
「ごん」
かすかに、ニャーン、と返事があった。「ごん」というのは、とっさに考えたこの猫の名前だ。もちろんあの小学生の言葉を思い出してのことである。
もう一度呼んでみた。
「ごん」
「ぅにゃぁぁぁ」
猫は狭いドブの中を必死に匍匐前進して、出口で待ち受ける私の腕におさまった。泥だらけのごん。いったいいつからこんな所に入り込んでいたのか、ぐったりとして暴れる元気もない。
私はごんをランチボックスの即席キャリーに入れると、女子高生に、友達に電話をかけて、この近所の動物病院を調べてもらうように頼んだ。女子高生は、よかった、よかったと半べそをかきながら、携帯を取り出して電話をかけはじめた。
動物病院はすぐに見つかった。タクシーを呼んで、二人でごんを連れて行った。診断は、ネコヘルペスウイルス感染症。猫のインフルエンザみたいなものらしい。猫は衰弱すると身を隠す。それがドブに入り込んだ理由らしかった。
容態はあまり良くなく、ひどい脱水と肝機能の低下が見られるとのことで、飼い主の名前を私にして、ごんは数日入院ということになった。
女子高生と別れて家に帰った。教えておいたメアドにメールが入っていた。明日面会に行くからよかったら一緒にと誘うと、動物病院の前で待っていますと返事が返ってきた。
翌日動物病院に行ってみると、よく餌も食べて、この分なら数日で退院できますよとのこと。二人で手を取り合って喜んだ。そしてハッと手を離して、二人一緒に赤くなった。
翌日は、私は仕事で面会に行けないので、女子高生に頼んでおいた。携帯にメールが入ってきた。
「ごんちゃん、明日退院できるそうです。来ていただけますか?」
もちろん、と私は返信した。時刻を打ち合わせして、それじゃよろしくとメールを終わろうとすると、
「今日、病院であなたの名前で呼ばれちゃいました。はいって答えて、奥さんになったみたいでしたよー」
なんて返ってきて赤面してしまった。私はまだ独身だってば。
翌日、ごんはめでたく退院した。そしてそのまま、わが家の猫になった。私のベッドを、ごんはすっかり占領している。いいよ。この家で自由にするといい。ここはもう、お前の家だ。
そしてそれから、私の部屋の小さなソファを、あの女子高生が占領するようになった。私がいなくてもいつでもごんに会えるように、家の鍵まで渡してしまった。
私は毎日、仕事が終わると大急ぎで家路を急ぐ。私のベッドを占領してしまった猫と、私の心を占領してしまった女子高生に会うために。
ごん、素敵な贈り物を、ありがとう。
意外な展開で驚きました。
ありがとうございました。
構成がいいと思います。
ありがとうございました。