少女が絵から抜け出てきたのかと、その時、わたしは思った。
彼女は、笑ったような、泣いているような……まさしく、絵のとおりの表情で……
──少し、絵よりは大人っぽいな──
そう、わたしは思った。
思わず、わたしは彼女に声をかけた。
「こんにちは、なんとなく、絵の方に似てますね?」
果たして、彼女はこの絵のモデルだという。これを描いたのは彼女の従兄弟だった人らしい。
この絵が描かれたのは、もう6年前。当時の彼女は17だったという。
「お兄ちゃん、この絵を描くときに──ちょっと、その時、私は飼っていた犬が死んじゃったところで、泣きじゃくっていたんだけど──、散々私をからかったんですよ……お前は、泣き顔が可愛いよって……その言い方がおかしくって、おもわず、クスって笑ってしまったんです。
その時の、私なんですこの「蒼い時間」は。」
そういうと、彼女は、少し遠い目をして。
「どうして「蒼い時間」だったんですかねぇ……お兄ちゃん、教えてくれなかったなぁ」
そうつぶやいた彼女に、わたしはなんだかはっきりしない相槌のようなものを打った気がする。
「ごめんなさい、ちょっと、思い出しちゃったんで……忘れてください」
そういうと、彼女はわたしの「担当」の前を立ち去った。
わたしは、なんとはなしに、今の彼女を思い起こしながら「蒼い時間」に目をやった。
『彼女』は明るく笑っていた。
つい、監視中に、眠りに入ってしまった。
フト、目を開けたときであった。
目の前にはあの絵の中の少女が目の前に・・・
何かを伝えようと、口を動かしている
聞こえない。聞こえないが、その口は何かを訴えかけている。
少女は、段々と影が薄くなり、そしてやがて消えてしまったのだ。
今でもあのときの少女の言葉は解らない。
しかしあのときから私には、驚くべきくらいの運がついてくるようになった。
不思議ですね。
ありがとうございました。
少女が絵から抜け出てきたのかと、その時、わたしは思った。
彼女は、笑ったような、泣いているような……まさしく、絵のとおりの表情で……
──少し、絵よりは大人っぽいな──
そう、わたしは思った。
思わず、わたしは彼女に声をかけた。
「こんにちは、なんとなく、絵の方に似てますね?」
果たして、彼女はこの絵のモデルだという。これを描いたのは彼女の従兄弟だった人らしい。
この絵が描かれたのは、もう6年前。当時の彼女は17だったという。
「お兄ちゃん、この絵を描くときに──ちょっと、その時、私は飼っていた犬が死んじゃったところで、泣きじゃくっていたんだけど──、散々私をからかったんですよ……お前は、泣き顔が可愛いよって……その言い方がおかしくって、おもわず、クスって笑ってしまったんです。
その時の、私なんですこの「蒼い時間」は。」
そういうと、彼女は、少し遠い目をして。
「どうして「蒼い時間」だったんですかねぇ……お兄ちゃん、教えてくれなかったなぁ」
そうつぶやいた彼女に、わたしはなんだかはっきりしない相槌のようなものを打った気がする。
「ごめんなさい、ちょっと、思い出しちゃったんで……忘れてください」
そういうと、彼女はわたしの「担当」の前を立ち去った。
わたしは、なんとはなしに、今の彼女を思い起こしながら「蒼い時間」に目をやった。
『彼女』は明るく笑っていた。
すごくきれいです。
物語の世界が広がりました。
ありがとうございました。
もう日が暮れ始め、きっと、外は既に暗くなり、冷たい風が吹いているだろう。
この美術館も、今日はまして人の入りが少なく、今はこの場に誰もいない。
私の視界に入るのは、この私と、天井の白い光とストーブのオレンジ、それにこの絵だ。
わたしは彼と出会ったあの日のことを思い返している。あの日、あの時のことを。
私はそれを一切の曇り無く鮮明に思い出すことができる、
今だって、そうだ。
ぼんやり思い返していると、白色とオレンジ色の光のほかに、薄くぼんやりと瑪瑙色の光がみえた。
わたしは、こうぼんやりしていたから、それを視界に確認しながらも
疑問も抱かずにそれを認めていた。が、ふと我に返った。
絵から、光が溢れている。
わたしは不思議とそれを、気味の悪いものだとは思わなかった。
むしろ、神聖なものだ、とさえ感じた。恐怖心など全くなかった。
膝掛けをいすにかけ、ゆっくりと立ち上がり、わたしはその絵に触れた。
白い右手が、ギラギラと波を打つように光放つ瑪瑙色に浸食されてゆく。
あたりにはもう 音は無い。
恍惚としてゆくこの頭をかかえたまま、導かれるようにわたしは
その絵の中へと入っていった。
白く、眩しい、あたたかな世界だった。
とても幻想的ですね。
ありがとうございました。
金曜日から始まったその美術展は今日で6日目。
週の半ばを過ぎたせいなのか、今日は雨のせいなのか、
週末の盛況ぶりとはうって変わって、今日は人気もまばらだ。
「雨の日こそ美術館で過ごすのがいいんじゃない・・・。」
そうひとりごちながら、時計に目を見やった。
(閉館まであと30分か・・・。やっぱりちょっと退屈だったなぁ・・・。)
有名な作家の作品が少なく、それほど大きな美術展じゃない為、
今回は今度の日曜までという短い期間の展示だった。
「あと4日であなたともお別れね・・・。あと少しの間、よろしくね。」
実は私はこの6日間、退屈のあまり、
絵の中の少女にこっそり話し掛けていたのだ。
いつのまにか美術館には誰の姿も見えなくなってしまっていた。
一つ一つの絵にバイトがついているわけじゃないので、
隣に座っているバイトは私からはちょうど死角になって見えない。
ふと、視界の端を何かが動いたような気がした。
「ん?」
その方向へ目をやる。
が、一瞬早く、その「何か」は壁の影へ隠れてしまった。
(他のバイトなのかな?)
そう思いながらも、わたしはじっとその壁を見つめていた。
仄かに蒼い光が壁を照らしているような気がする。
青い照明なんて、確かなかったはずだ。
不思議に思っていると、そっと壁の向こうから、少女が顔を覗かせているではないか。
「あれ?!」
その少女は絵の中の少女とよく似ていたのだ。
わたしは思わず絵を見たが、絵の中には相変わらず少女がこっちを向いて座っている。
あの子は誰??
私は目を離せなくなっていた。
ふと、少女の手が彼女の顔を覆った。
涙をぬぐっているように見える。
「泣いているの?」私は思わず声に出していた。
しかし、次の瞬間、その涙をぬぐう、独特のしぐさが、
かつての私と同じである事に気づいた。
「!!!」
その時、いっきに溢れ出すように、遠い記憶がはっきりと蘇ってきた。
小学生の頃、家で飼っていた犬が病気になったことがあった。
私と同じぐらいの年の犬で、獣医さんには「老衰だから自然に任せるしかない。」
と言われた、老犬だった。
私は、私と同じだけしか生きていないのに、
何故私はまだ子供で、その犬はおじいちゃんになっちゃったのかが
理解できなくて、悲しくて、いつもいつも側にいた。
でも、犬は庭で飼っていたので、一緒に寝る事は出来ない。
そこで私は、朝早起きして、少しでも犬と一緒にいることを考えついたのだ。
家族の誰よりも、新聞屋さんよりも早起きして、
犬小屋で一人寂しそうにしている犬の側で毎日体を撫でていた。
死んじゃうのが信じられなくて、時には泣くこともあった。
泣いてる私を見た犬は、やさしい目でわたしを見つめ、
まるで、「泣かないで。大丈夫だよ。」と言っているようだった。
そのまなざしに励まされた私は、涙をぬぐって顔を上げた。
その時だった、私の目に飛び込んできたのは、
澄み切った空気の、早朝だけが見せてくれる、
私とその犬が二人きりで過ごした、あの、「蒼い時間」だったのだ。
この作品も描写が細かくてすてきです。
ありがとうございました。
「ふわぁあぁぁぁ・・・・」
あたしはまたあくびをかみ殺した。座っているだけというのはいかにも退屈なんだもん。最初は人間観察のいい機会かな、なんて思ってもみたけど、こう同じようなタイプの人ばかりが来ると、もうお腹一杯っていう感じ。
こう退屈だと、いけないと思いつつも、人目が途絶えた時にあくびをしておかないと損するみたいな、変な気持ちさえ起こってきちゃう。「ふわぁあぁぁぁ・・・・」。いっけなーい。またやっちゃった。
と、その時。ピキーーーンとガラスにヒビが入ったような音がして、あたりの動きが一斉に止まったの。え?え? 何? うわぁ、あたり一面、セピア色だわ。困ったな、あたしったら、いったいいつ眠っちゃったんだろう。
「もしもし、もしもし」
背後から声が聞こえる。
「起きるわよ、ちゃんと起きますってば」
「もしもし、もしもし」
ってか、あたし、ちゃんと起きてますって・・・・。あ、ああぁ?
困ったな。絵の中の少女があたしのことを呼んでるの。うぅぅ、どうやら本格的に眠ってしまったみたい。こんなことがバレたらクビだわ。このバイト、あと明日一日勤め上げれば満願なのに。
「もしもし、あの・・・・すみません・・・・」
絵の中の少女は、まだ私のことを呼び続けている。
「な、何よ、あたし早く起きないとまずいんだってば」
「・・・・あ、それは大丈夫。これは夢ではないし、それに時間は止めてありますから、誰にもご迷惑はおかけいたしません」
「へ・・・・?」
あたしがあまりに間抜けな顔をしたらしく、絵の中の少女はクスッと微笑んだ。とにかく話をまとめると、まず私は異次元みたいな空間に誘い込まれてしまった。そして異次元だから元の次元の時間は止まっている。だからしばらくここで時間を潰しても、あたしは誰にも叱られない・・・・と、そんなことになっているらしかった。
あたしは言ってみた。
「じゃ、まず椅子を立って、背伸びして大あくびしていい?」
「うふふ、どうぞどうぞ」
「ふ・・・・あぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
絵の中の少女がクスクスと笑ってる。なぁんだ、笑うと可愛いじゃない。
「で、あたしに何か御用?」
「・・・・はい・・・・」
絵の中の少女は、また少し沈んだ顔になってしまった。どうしたの? あたしに出来ることがあったら、何でもするよ。あたしはそう話しかけた。なんか、そう言わずにはいられない感じだったから。
絵の中の少女は、少しずつ話しをはじめた。
少女は、この夭折した画家の幼なじみだった。幼い頃から、お兄ちゃん、お兄ちゃんと慕い続け、そしてこの絵が描かれる頃、それは恋心に変わっていた。でも、それを伝えることなく画家は天に召されてしまい、嘆きのあまり、少女の魂は最愛の人の描いたこの絵の中に、封じ込められてしまったのだと。
「ははあ。それであたしに、あなたの魂をこの絵から解き放てと? いいわ。どんな呪文を唱えればいいの?」
「ち、違うんです・・・・」
少女は言った。
「あの・・・・、もうすぐ彼、ここに来るはずなんです」
「へ?」
うぁぁ。また間抜けな返事をしちゃったわ。少女がクスクス笑ってる。
「あの・・・・、彼、もうそちらの世界に生まれ変わっていて、もうすぐここへ来るはずなんです。それで・・・・」
あたしは全てを飲み込んだ。オッケー。分かったわ。任せといて!! と、その瞬間、またピキーーーーンとガラスがはじけるような音がして、あたりの全てが動き始めた。
しばらくすると、仲の良さそうな若い女性が二人、小さな男の子を伴ってやってきた。この絵を軽く眺めて通り過ぎようとすると、男の子は立ち止まって、食い入るように絵を見つめはじめたの。
ちょっと絵に視線を移すと、ほのかに絵の中の少女の頬が赤く染まってる。この子ね!! そう直感したあたしは手はず通り、連れの女性の足元に、ペンを一本転がした。
「あ・・・・」
女性はそれを拾い、私に手渡してくれた。
「おそれいります」
私は拾ってもらったペンを受け取ると、お礼にこれをと、この絵が描かれた絵葉書を差し出した。すると絵葉書からふわっと何かが立ちのぼり、そして女性の手の平に吸い込まれていった。
計画完了。私は壁の絵に向かって密かにVサインを送った。でも、もう絵の中の少女は動かなかった。
もうすぐこの女性にも赤ちゃんが生まれる。そしてその子は、まだ絵を見つめ続けているあの男の子を、お兄ちゃん、お兄ちゃんと慕い続けて大きくなるの。今度はチャンスを逃しちゃダメよ。
またいつか、どこかでこの絵に会える時、きっとこの少女はお日様みたいに笑ってる。そんな、不思議な午後の物語でした。
今回のは会話体でおもしろかったです。
ありがとうございました。
その少女は私の方を凝視したまま目を離さなかった。私は今日、美術館で監視のバイトを任されていた。館内はもう人もまばらで、そろそろ終了の時間だ。この仕事を続けて早一週間になるが、特に何の変化もなく正直退屈だった。目の前の少女――絵の中の少女――はそれでも私をじっと凝視し続ける。憂いをたたえた笑みがじっと私を見ているのだ。最初は絵の不思議さに数時間は見入ったが、今ではもう慣れっこになってしまって、時々きょろきょろして辺りを見渡したりしている。まあ、もともと監視の仕事だし、そんな風に落ち着きがなくても、多少は仕事の範疇だろう。私はそう楽観視していた。
絵の中の少女は12歳くらいだろうか。幼い顔立ちと何か大人っぽい雰囲気を持つ子供だった。私がまだ幼い少女だった頃、こんな表情をしたことがあっただろうか。きっとない。大人社会の荒波に子供の頃から晒されていると、きっとこんな表情になるのだろう。
私はそんなことを考えながら、監視の役目を忘れてまどろんできてしまった。近くに置いてあるストーブのせいもあるだろう。
何か、夢を見かけていたはずだ。はっと目を覚ますと、館内は暗く、誰もいない。ストーブのほの暗い明かりだけがぼんやりと私を照らし出している。正面の少女も薄暗く照らし出されていた。
おかしい。普通、終了時間が訪れる前には声がかかるはずなのに。今日は誰も声をかけずに帰ってしまったのだろうか。それに、警備員が歩いている様子もない。私はおかしい、と思いながらも寝起きのぼんやりとした意識のまま、辺りの景色を見渡した。薄暗くてよく見えないが、若干絵の配置が代わっているような気がした。
辺りはしんと静まりかえっていて、物音一つしない。そんな中、私は何か、奇妙な感覚に捕らえられた。正面の絵が若干、何というか、波打っているようなそんな感覚に陥ったのだ。最初はそれが何かの目の錯覚ではないかと思っていた。しかし、意に反してそれは大きくなり、やがて明らかに波紋を広げて絵の表面が波打ち始めた。全身を恐怖が貫いた。少女の表情は全く変わらない。絵の波紋はやがてやがて大きく広がり、額をはみ出してゆく。そこからは一瞬だった。闇よりも濃い漆黒が額からあふれ出し、私を辺り一面を覆い尽くした。
音も、色もない、雨降る前の静けさのような薄暗い、陰湿な空気が辺りに充満していた。広がりを全く感じることのないこの小さな空間は、しかしその意識に反してきっとどこまでも続いているのだろうという感覚があった。
体は動かなかった。正面には少女がいた。額の中に入っているのではない。本当に、目の前にあの憂いをたたえた、肌の青白い少女がいた。少女も姿勢は全く変えず、こちらを見ている。表情に全く変化がない。人間じゃない、直感的にそう思った。
「お父さんはね」
少女がぼそりとつぶやいた。だが、口が開いていない。直接、心に浸透するような、心にシミを残すような、そんな声が響いてくる。
「私が大好きだったの」
しばらく閉塞感のある静寂が辺りを包んだ。
「だから、私をいつまでも閉じこめておきたかったのね」
それ以降、少女は何も語りかけてこなかった。長い間、空気すらないのではないか、という窒息感の中その重圧に耐え続けた。体は相変わらず動かない。汗が体中から噴き出てくるのが分かった。
「もうさよならね、今度はあなたの番」
それが最後だった。少女の輪郭は次第に、焼かれてゆく写真のように、輪郭は闇に飲み込まれ、吸い込まれるように忽然と姿を消した。
私はしばらく眼を見開いたまま動くことができなかった。だが、それとは別に、奇妙な感情が心の中湧き起こっていた。
ある男がいた。たまに、私の部屋に入ってくるその男はひどくやつれていて、視点が定まっていない。気が触れているようだった。男はなんだかよく分からない気味の悪い食べ物を私のところへと置くと、頭をなでた。
私は、外の世界を見たことがない。光が当たるのは、あの男が入ってきたときだけだ。それも、蝋燭の暗い光。その時だけ、目一杯の笑顔を作ってみせる。男曰く、それでも笑っている風には見えないという。男が去ると私は再び闇の中へと戻る。小さな椅子があったので、それに腰掛けて何日もそこで座ったままだ。
何千日、いや、何万日同じ日を迎えただろう。ある時、男は私の部屋に、刃物を持ってやってきた。男は自分の命にもう先がないことを告げ、そして、私に最後の作品になってくれ、と頼む。私はそれでも構わない、と言った。男はゆっくりと私の体を切り刻み初め、したたる血を小皿に移し取ってゆく。それを真っ黒な墨と混ぜ、自分の部屋からキャンバスを持ち込み、血走った目で筆を走らせた。見る間に赤黒いキャンバスから生臭いにおいが立ちこめてゆく。
私はふと足下を見た。そこには、あるはずの足がもう――。
我に返った。体が動かない。どうしても動かすことができない。私は目線だけで身の回りを見渡した。おかしい、私の座っていた椅子じゃない。
それはまるで、あの少女が座っていた椅子そのものだった。衣服も替わっていた。そして、いつの間にか暗闇の中で一人、ただ一人で座っていることに気がついた。私の頭に錯綜したものが走り、それ以来、記憶も思考も確かではなくなった。
「この絵の監視に任された人が、もう2人もいなくなっているんですってね」
二人の女性が絵画の前で会話をしている。二人の女性が見る絵の中には、憂いをたたえた少女が一人。どこを見ているのかも分からない、ぼんやりとした視線で、永遠にこちらを見続けている。
「気味が悪いわ」
そういうと、二人は立ち去った。
今日も、漆黒の中で絵の中の少女は一人佇んでいる。
独特の世界ですね。
ありがとうございました。
すごくきれいです。
物語の世界が広がりました。
ありがとうございました。