「将来の夢を?」
抽象的でよくわからない。
オペレーターはハキハキと答えた。
「はい。お客様それぞれのお持ちになる将来の夢、たとえば、
歌手になりたい、医師になりたい、学校の先生になりたい、そういった職業選択における夢、および
庭付き一戸建てマイホームがほしい、年収1000万円以上ほしい、といった経済活動における夢、および
誰かれと結婚したい、付き合いたい、といった人間関係における夢、
など、広範な分野におけるお客様の将来設計、願望、希望、といったものを担保にさせていただくことになります。
なお、お支払いは一括払い、分割払い、リボ払いとございまして…」
ボクは、説明を聞きながら、ボク自身の「将来の夢」をぼんやりと思い描いた。
「見てるだけ」と控えめに微笑んだ、彼女の顔が思い浮かぶ。
ボクだってそこそこの年だから、彼女が初めての彼女ってわけではない。
だけど、間違いなく言えるのは、彼女こそがボクにとって理想の彼女だ、ということだ。
失礼な話だが、今までの付き合いは彼女との出会いのための布石でしかなかったんじゃないか、とさえ思えてくる。
ボクは彼女に心底惚れていて、ずっとそばにいてほしくて、彼女がそばにいない人生なんて、もう考えられない。
「審査が完了いたしました。お客様の『将来の夢』は、担保としてお取り扱い可能でございます」
オペレーターの明るい声に、ボクは我に返った。
夢の内容までは話してないはずだけど…。
なんか、やっぱりよくわかんないなぁ。
しかしここを見つけた金融機関の一覧サイトは非常に信頼性の高いところで、無認可の業者は載せないはずだ。
夢を担保にするなんて、そんなこと。できるわけがないよな。
なんかのシャレだよ。他社と差をつけるため、インパクトを残すため。そういうのだよな。きっと。
というわけで、ボクは、ここでお金を借りることに決心した。
それからのボクは大変だった。会社が倒産したのだ。
ピザ屋の配達のバイトで食いつなぎながら、ボクは必死に仕事を探した。
胸元にいつもダイヤモンドのトリロジーのネックレスを提げた彼女は、こんなボクをいつも笑顔で励ましてくれた。
そのネックレスを見るたびに、ボクは複雑な気持ちになった。
彼女はこれに縛られて、ボクに優しくしてくれているだけなんじゃないだろうか。
ネックレスは55万円だった。給料のおよそ3か月分。
ボクは卑屈になっていた。
彼女はこんなボクを、本当に愛してくれているのだろうか?
ピザ屋のシフトは不安定で、ボクの収入は大波に揉まれる小舟のように高くなったり安くなったりした。
ドリーム・クレジットへの返済も滞りがちになり、それにつれて、ボクは自分にますます自信をなくした。
理想の自分とかけ離れてゆくばかりの、現実の自分。
そして、彼女に言ってしまったのだ。
「もう、いいよ」と。
彼女は、意味がわからない、といった顔でボクを見つめ返してきた。
なぜだかボクは、その表情に苛立ちをおぼえた。
「もう、気を遣わなくていいよ。君を幸せにすることも、できそうもないし。だから」
ボクは彼女と目を合わせていられなくて、そらした。
彼女はダイヤモンドがよく似合うな。ボクは思った。
安物のイミテーションではなく、こういう上質な本物が似合う人なのだ。彼女は。
ボクの部屋、安アパートの6畳1Rの部屋の中で、彼女とダイヤモンドだけが、場違いに輝いている。
5時間話し合った。
そして、彼女は部屋を去った。
これでよかったんだ。
号泣しながら、ボクはすこし、安心もしていた。
彼女の存在が重荷だったわけではない。
彼女を幸せにできない自分の現状に耐え切れなかったのだ。
そういう自分を許してしまった心地よいけだるさと諦め。
彼女を深く傷つけたいたたまれなさ。
その夜、ボクは何とか2時間ほどは眠った。
そして、翌日からは、人が変わったようにバイトに精を出した。
それはもう、働きまくった。だって他にすることがないのだ。
毎晩ひとりで部屋に帰り、発泡酒を飲んで泣いた。泣きながら眠った。
店長にならないか、と声をかけられたのは2年目の冬だった。
なんだかよくわからないが、これまでのボクの働きがひときわよかったということらしい。
ボクは翌年度から店長としてその店舗を取り仕切ることになった。
毎日が目の回るような忙しさだった。単純な配達ミスでヤクザみたいなおじさんが怒鳴り込んできたこともあった。
けれど、仕事は楽しかった。
「とりあえず食っていけるならなんでもいい」と思って始めた仕事だが、性に合っていた。
ボクは29歳になっていた。
ある冬の日。例年通り、クリスマスのキャンペーンで厨房はてんやわんやだった。
そんなときなのに、メイキングもデリバリーもこなせる古株のバイトがインフルエンザで休んでしまった。
こういうときはボクもデリバリーに回る。
メイキングよりデリバリーのほうが交通事故などで怪我をする可能性が高い。
アルバイトと雇用側とのトラブルを避けるため、人手が足りないとき、店長はまずデリバリーに回るのだ。
厨房を別のバイトに任せ、サンタの気ぐるみをかぶって原チャリに飛び乗る。
一人分のピザとウーロン茶だけの配達だから、まぁそんなに時間もかからず帰ってこられるだろう、と思った。
さて、結論から言うと、配達先は彼女の部屋だった。
ボクは店を出てかなり早い段階でそれに気づき、何度か引き返そうと思った。
けど、こんな忙しいときに引き返してなんかいられない。バイトの子に何て言ったものかもわからないし。
それに、これにかこつけて彼女にまた会えることにいくばくかの喜びがあったか、なかったか、そんなことは考えるまでもない。
やっぱり、ボクは彼女に会いたかった。たとえ玄関先で張り倒されても、ボクは彼女に会いたかった。
コミカルなサンタ姿でもよかった。
だって彼女と別れたときのボクは、今の何倍もみすぼらしく、だめな男だったんだ。
ボクは、今の自分が好きだった。
だから、今の自分で彼女に会いたかった。
彼女に拒否されるとしても、それはそれでまぁいいや、と思った。
ボクは変わったんだな、と気づいた。
前は、こんなふうに思うこと、なかったのに。
なつかしい呼び鈴を押すと、インターホンの向こうになつかしい彼女の声が聞こえた。
ボクは息せき切って、とりあえずはピザの配達であることを伝えた。
一瞬の沈黙の後、気を取り直したように
「はーい。今行きます」
ぱたぱたぱた。スリッパの音。
そういえば。
ドリーム・クレジットからの請求書、今月はまだ来てないな。
あれ?先月は?先々月は?
ボクは3ヶ月前に、支払いを終えていたことに気がついた。
ドアが開いた。
彼女の胸元には、トリロジーのネックレスが輝いていた。
ボクは一礼をして言った。
「大変お待たせいたしました…」
篠沢さんに全部!
既に、この問題文だけで、拙者はピン子立ち!=十分官能的
なので、胡散臭いことは重々承知の上で、敢えて篠沢さんに全部!です。
さすがに、二枠の方に全部!とまでのギャンブルをする気はありませんから。
ありがとうございました。
「将来の夢それはあなたにとっては彼女との結婚ですね、うそは通じませんよ」きれいな声で女性は言った。僕は「はい」と答えた。「ではそれを担保にします」「わかりました、では100万円を借ります」このようにして借りた・・・そして次の日さっそくトリロジーの宝石を買った。そして彼女に会おうと思ったら電話が非通知でかかってきた。なんだろうと思い電話に出ると、あの金融会社だった。「どうかしましたか」「今彼女にあってプロポーズしようとしていますよね?」「は、はい」なぜ知っているんだろうと思いながらも答えた。「だめですよ、彼女との結婚が担保なんですから結婚はしてはいけません。先にお金を返してもらわなければ、ちゃんとサインもしましたよね?」確かにあの日僕は何を担保にすることをサインした。僕はどうすればいいかわからなくなってしまった100万円はどうすればためられるんだろう、しょうがなく別の金融会社に借りることにした。こんどは普通の会社に借りようと某金融会社に借りた。そしてあの会社にお金を返し、彼女にプロポーズをした。しかし断られてしまった。なぜかと聞くと実は別に男がいたのだ・・・ショックだった。そして僕に残ったのは金利の高い借金とトリロジーの宝石だけだった。そうだこの宝石を売ればいいんだとおもい質屋にもっていくと偽者だといわれた。その後いろいろ調べてみるとトリロジーの宝石を売っていた店と僕のふられた彼女はグルの詐欺師だったらしい。僕はもう人生がどうでもよくなり、今ビルの屋上にいる、これを見ている人がいるなら僕はもう飛び降りて死んでいるだろう・・・・・・
これは自殺した人の遺書です
という話です
すごい展開ですね。
ありがとうございました。
将来の夢を担保・・・
そんなもので借りれるのか?
はっきりいって心が揺らいだ・・・
そんな担保、どうってことないな。
しかし、深く考えた。
現在の状況を打破するために、将来の夢を担保にしてしまうのか。
本当に大事なのは、その将来の夢なのではないのか。
お金なんて無くていい。
指輪なんてなくてもいい。
大事なのは心だ。
安月給でも食っていけるだけの生活が出来るのなら、将来に向かってもっと努力することが先決だ。
私は結局何もせずにその場を立ち去った。
帰り道に折り紙を100均で購入した。
指輪を折って、彼女にプレゼントした。
彼女は溢れんばかりの笑顔で飛びついた
きれいです。すごく。
ありがとうございました。
それから半年後、やはりボクは返済に行き詰まってしまった。はがきには一言こう書かれていた。「約定によりお客様の将来の夢をいただきます。」ボクの夢?・・・それはいまのカノジョと結婚して・・とごくありふれたもの。そんなものとれるはずないし第一金にならないじゃないか。よく見るとはがきの左下に小さく「ここからはがしてください」とある。何の疑いもなく勢いよくはがしてみた。そこには何ともいえない悲しげな目をしたカノジョの写真と「私たち結婚しました」の文字が。カノジョの名前の隣には金なにがしという名前が書いてある。背景は日本ではなさそうだ。携帯!通じない。彼女の家に電話すると母親がすすり泣いていた。突然カノジョから電話がかかってきて海外で結婚したといわれたというのだ。そんなバカな。ボクの夢を取り上げるだけじゃなく彼女の幸せまでも取り上げるなんて。ボクはもう一度写真を見つめた。彼女の声が聞こえた気がした。「いいのケンちゃん。私こそ謝らなくちゃいけないの。あのときトリロジーの宝石なんかに目を留めなければこんなことにならなかったんだもん。綺麗だななんて思っちゃいけなかったんだもん。」我は我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり。」
ありがとうございました。
「将来の夢を?」
抽象的でよくわからない。
オペレーターはハキハキと答えた。
「はい。お客様それぞれのお持ちになる将来の夢、たとえば、
歌手になりたい、医師になりたい、学校の先生になりたい、そういった職業選択における夢、および
庭付き一戸建てマイホームがほしい、年収1000万円以上ほしい、といった経済活動における夢、および
誰かれと結婚したい、付き合いたい、といった人間関係における夢、
など、広範な分野におけるお客様の将来設計、願望、希望、といったものを担保にさせていただくことになります。
なお、お支払いは一括払い、分割払い、リボ払いとございまして…」
ボクは、説明を聞きながら、ボク自身の「将来の夢」をぼんやりと思い描いた。
「見てるだけ」と控えめに微笑んだ、彼女の顔が思い浮かぶ。
ボクだってそこそこの年だから、彼女が初めての彼女ってわけではない。
だけど、間違いなく言えるのは、彼女こそがボクにとって理想の彼女だ、ということだ。
失礼な話だが、今までの付き合いは彼女との出会いのための布石でしかなかったんじゃないか、とさえ思えてくる。
ボクは彼女に心底惚れていて、ずっとそばにいてほしくて、彼女がそばにいない人生なんて、もう考えられない。
「審査が完了いたしました。お客様の『将来の夢』は、担保としてお取り扱い可能でございます」
オペレーターの明るい声に、ボクは我に返った。
夢の内容までは話してないはずだけど…。
なんか、やっぱりよくわかんないなぁ。
しかしここを見つけた金融機関の一覧サイトは非常に信頼性の高いところで、無認可の業者は載せないはずだ。
夢を担保にするなんて、そんなこと。できるわけがないよな。
なんかのシャレだよ。他社と差をつけるため、インパクトを残すため。そういうのだよな。きっと。
というわけで、ボクは、ここでお金を借りることに決心した。
それからのボクは大変だった。会社が倒産したのだ。
ピザ屋の配達のバイトで食いつなぎながら、ボクは必死に仕事を探した。
胸元にいつもダイヤモンドのトリロジーのネックレスを提げた彼女は、こんなボクをいつも笑顔で励ましてくれた。
そのネックレスを見るたびに、ボクは複雑な気持ちになった。
彼女はこれに縛られて、ボクに優しくしてくれているだけなんじゃないだろうか。
ネックレスは55万円だった。給料のおよそ3か月分。
ボクは卑屈になっていた。
彼女はこんなボクを、本当に愛してくれているのだろうか?
ピザ屋のシフトは不安定で、ボクの収入は大波に揉まれる小舟のように高くなったり安くなったりした。
ドリーム・クレジットへの返済も滞りがちになり、それにつれて、ボクは自分にますます自信をなくした。
理想の自分とかけ離れてゆくばかりの、現実の自分。
そして、彼女に言ってしまったのだ。
「もう、いいよ」と。
彼女は、意味がわからない、といった顔でボクを見つめ返してきた。
なぜだかボクは、その表情に苛立ちをおぼえた。
「もう、気を遣わなくていいよ。君を幸せにすることも、できそうもないし。だから」
ボクは彼女と目を合わせていられなくて、そらした。
彼女はダイヤモンドがよく似合うな。ボクは思った。
安物のイミテーションではなく、こういう上質な本物が似合う人なのだ。彼女は。
ボクの部屋、安アパートの6畳1Rの部屋の中で、彼女とダイヤモンドだけが、場違いに輝いている。
5時間話し合った。
そして、彼女は部屋を去った。
これでよかったんだ。
号泣しながら、ボクはすこし、安心もしていた。
彼女の存在が重荷だったわけではない。
彼女を幸せにできない自分の現状に耐え切れなかったのだ。
そういう自分を許してしまった心地よいけだるさと諦め。
彼女を深く傷つけたいたたまれなさ。
その夜、ボクは何とか2時間ほどは眠った。
そして、翌日からは、人が変わったようにバイトに精を出した。
それはもう、働きまくった。だって他にすることがないのだ。
毎晩ひとりで部屋に帰り、発泡酒を飲んで泣いた。泣きながら眠った。
店長にならないか、と声をかけられたのは2年目の冬だった。
なんだかよくわからないが、これまでのボクの働きがひときわよかったということらしい。
ボクは翌年度から店長としてその店舗を取り仕切ることになった。
毎日が目の回るような忙しさだった。単純な配達ミスでヤクザみたいなおじさんが怒鳴り込んできたこともあった。
けれど、仕事は楽しかった。
「とりあえず食っていけるならなんでもいい」と思って始めた仕事だが、性に合っていた。
ボクは29歳になっていた。
ある冬の日。例年通り、クリスマスのキャンペーンで厨房はてんやわんやだった。
そんなときなのに、メイキングもデリバリーもこなせる古株のバイトがインフルエンザで休んでしまった。
こういうときはボクもデリバリーに回る。
メイキングよりデリバリーのほうが交通事故などで怪我をする可能性が高い。
アルバイトと雇用側とのトラブルを避けるため、人手が足りないとき、店長はまずデリバリーに回るのだ。
厨房を別のバイトに任せ、サンタの気ぐるみをかぶって原チャリに飛び乗る。
一人分のピザとウーロン茶だけの配達だから、まぁそんなに時間もかからず帰ってこられるだろう、と思った。
さて、結論から言うと、配達先は彼女の部屋だった。
ボクは店を出てかなり早い段階でそれに気づき、何度か引き返そうと思った。
けど、こんな忙しいときに引き返してなんかいられない。バイトの子に何て言ったものかもわからないし。
それに、これにかこつけて彼女にまた会えることにいくばくかの喜びがあったか、なかったか、そんなことは考えるまでもない。
やっぱり、ボクは彼女に会いたかった。たとえ玄関先で張り倒されても、ボクは彼女に会いたかった。
コミカルなサンタ姿でもよかった。
だって彼女と別れたときのボクは、今の何倍もみすぼらしく、だめな男だったんだ。
ボクは、今の自分が好きだった。
だから、今の自分で彼女に会いたかった。
彼女に拒否されるとしても、それはそれでまぁいいや、と思った。
ボクは変わったんだな、と気づいた。
前は、こんなふうに思うこと、なかったのに。
なつかしい呼び鈴を押すと、インターホンの向こうになつかしい彼女の声が聞こえた。
ボクは息せき切って、とりあえずはピザの配達であることを伝えた。
一瞬の沈黙の後、気を取り直したように
「はーい。今行きます」
ぱたぱたぱた。スリッパの音。
そういえば。
ドリーム・クレジットからの請求書、今月はまだ来てないな。
あれ?先月は?先々月は?
ボクは3ヶ月前に、支払いを終えていたことに気がついた。
ドアが開いた。
彼女の胸元には、トリロジーのネックレスが輝いていた。
ボクは一礼をして言った。
「大変お待たせいたしました…」
トリロジーのことも、値段のこともよくご存じですね。
あれ、いいですよね。
とてもいいひとときでした。
ありがとうございました。
※このお話を読む前に、
『妄想銀行』
http://q.hatena.ne.jp/1161434011
のコメント欄に投稿された内容を、一度お目通しされることをお勧めします。
====================================================================================
親父はあの銀行に行って、後悔しながら死んだ。爺ちゃんは結局親父の事を止められなかったらしい。僕はいつもあの爺ちゃんの話を聞かされる度に、そんな銀行あるものか、と思って暮らしてきた。だが、その銀行は確かにあった。奇妙な執事が次々と箱を取り出し、親父の描いていた妄想を僕に見せてくれた。最後の妄想は親父からのメッセージだった。僕の目には涙が溢れ、その晩はひとしきり泣いたもんだ。
定期? いや、もちろん加入していない。当たり前だ。親子二代にわたってギャグマンガ仕込みの大ボケを披露したのだから、さすがに僕は慎重だった。執事が執拗に誘う定期預金を振り切って、その銀行を後にした。おかげで日々妄想三昧だ。
僕は会社でよくサボる。今日もこんな風に考え事をしながら、気ままにウェブ・ブラウジングだ。そういや、最近ネット・サーフィンなんて単語は聞かなくなった。まあ、ウェブ・ブラウジングとネット・サーフィンの微妙な違いをいちいち気にはしていられない。ようは、流行っていて、かっこよければなんだっていい。時代ってのは薄情なもんだ。あと十年もすれば、また違った単語がネット上にバラまかれる。それだけの話だろ。
僕は最近鼻歌交じりで仕事をしている。僕の大好きな彼女が、もうすぐ誕生日だというのに、仕事なんてやってられません。
僕は手慣れた手つきでタブ・ブラウザを軽快に操りながら、足を組んで色々なページをめくる。とはいえ、無駄にページを閲覧している訳じゃない。高額な融資をしてくれる、消費者金融を探しているのだ。
「ああ、このデザイン、いいなぁ」
彼女はウィンドウ・ディスプレイでその宝石を見つめていた。シルバーで統一されたシンプルなデザインに、宝石の輝きが光る。彼女があんまりにも少女のような表情で見ているので、僕はついつい聞いてしまった。
「欲しいの?」
僕は言ってから、しまった、と思った。その宝石はどう見ても安物には見えない。確実に100万はするだろう。だけど、彼女は何となく不安そうな、というか、困ったような顔を一瞬見せると、首を横に振って。
「ううん、いいの。ちょっと気になっただけ」
といって僕の手を引いて、新装開店したショッピング・モールを指さした。
「あそこにいきましょ」
「見てるだけーってか?」
「そうそう」
彼女がとびっきりの笑顔を見せたのが余計に痛々しかった。どう考えても、あの宝石は彼女の好みで、絶対に欲しがっているに違いなかった。
僕は出来るだけ胸の内を悟られないようにしながら、彼女とショッピングごっこを楽しんだ。
ふと我に返った。そうだ、早く探さなくては。僕はいくつものバナーたっぷりのアフィリエイト・サイトを巡回しながら、条件を見て回った。どこもいいことばかりを書いてある。そんな中、僕はふと一つのバナーに釘付けになった。
『ドリーム・クレジット』と書かれたそのテキスト・バナーは、何一つ飾りっ気がないくせに、まるで郵便受けに投函されるピンクチラシのような怪しさで僕に迫っていた。
気がつけば、僕はそのバナーをクリックし、サイトに飛んでいた。トップページが表示されると、まるでインドのカレー屋のような妖しげなデザインと、メニュー一覧が、良くできたFlashとともに展開される。なんだかアジアンな音楽付きだ。普通ならここで毎日の日課である辛口サイト批評が始まるが、サイト・デザインそのものがすでに辛口インドカレー風味なので、もはやなす術なしだ。僕は色々なメニューをクリックして内容を吟味した。
しばらくサイトマップに従ってサイト全体を把握すると、僕はあごに手を当てて考え込んだ。なにせ、サイト自体の内容、融資の詳細は極めて正常なのだ。それならこの意味不明なデザインはなんだ。
しかし、そんな疑問の中、唯一他のサイトと異なる点があった。よくあるSSLを使った入力フォームがこのサイトには存在しない。その代わり、店舗への電話番号が記載されていた。最近、個人情報流出などで騒がしいので、きっと郵送で申込書を送るのだろう。僕はそう思った。手早くテキスト・エディタを起動して電話番号をメモると、僕はブラウザを閉じて仕事に戻った。そして、口笛を再開すると、隣にいた女性社員が大きな咳払いをわざとらしくして見せた。そして、こちらを横目で睨む。
僕の口笛は止まった。
昼休み、僕は電話をかけ、『ドリーム・クレジット』の電話担当に簡単な話を聞くと、店舗へと足を運ぶことにした。
それはそこにあった。
妖しげなネオンとまるでそれこそカレー屋のような外観。ブータンの絵はがきなどで見たことがある、巨大な第三の眼が、クレヨンというか、そんな不思議な画風で書かれている。まさか、HPのみならず、店舗までこのカラーで統一するとは。最近の消費者金融もプロデュース能力が必要になったのか。大泉政権がもたらした弊害は意外と大きいな。
僕はぶつくさとつぶやきながら、大きな店舗の小さな入り口を開けた。真っ黒な木製の扉がキイィという音と共に開いた。妖しげなスポット・ライトとターメリック(※ウコン)の香りが僕の鼻孔を刺激した。
うまそうな香りだ。どうして消費者金融で食欲を覚えなくてはならないんだ。
目の前にはなんだか観光用のタワーに置いてありそうな、占いの機械みたいなやつが置かれている。僕の他には誰もいないようだ。モニター画面はなく、本来モニターがあるところには、インドの神様を模した象の絵が描かれていて、眼・鼻・口に変な溝がある。どうもその部分が駆動するらしかった。僕はその機械に近づくと、近くにあったパンフレットを手に取り、説明を読んだ。だが、どこにも説明は書かれていない。よくよく見渡したがやはり機械の説明はなく、代わりに必要事項の記入欄があるだけだった。仕方ない、ひとまずこの記入欄を埋めてから、今日はそこら辺のポストに投函して会社に戻るか。
今思えば、先ほど電話したときに、詳しく事情を聞いておくべきだった。
僕は文句を言いながらも必要事項を記入した。そして書き終えて間違いがないことを確認すると、パンフレットを折りたたみ、宛先を確認しようとした。が、普通こういったものにある、宛先の面がない。のりしろも見あたらない。僕はパンフレットのあったところに、封筒が置かれているものと思って見てみたが、そこにも何にもない。
そんなときだった。目の前の機械がいきなり派手な電飾と共に動き出し、先ほど駆動すると思っていた箇所がランダムに開閉を始めた。
あっけに取られてその様子を眺めていると、やがて何もないと思われていた正面の鏡がパカッと割れ、モニターが現れた。
僕の心臓は飛び出しそうになった。インド風の忍者屋敷を造るのはやめて欲しい。
そこにはなにやら、短い英文が点滅している。
“Insert Coin”
「……ゲーセンかよ」
モニターの横には律儀にコイン投入口がある。僕は渋々100円玉を取り出すと、そこへ投入した。ちゃらりらりーん、という効果音と共に――画面は変化しない。あれ? よく見ると、画面端に(1/2)と書かれている。
「……2コイン1クレジット制ですか」
仕方なく2枚目も投入。そうすると、やっとATM――というより筐体にある象の口が開いた。画面には、
“申込書を投入してください”
との表示があった。僕は早速申込書を投入してみた。ものすごい勢いで象の口は閉じ、危うく手を挟みそうになった。
こんなところでスリルをプロデュースしてどうする。
しばらくATMはがちゃがちゃと機械音を鳴らした後、静かになると、象の口から発せられていた騒音は消え、代わりに正面のモニターに受付完了との表示が写った。画面をしばらく見つめていると、下方向に微妙な動きを感じ、僕はそこへと目線を移した。
その瞬間、象の口から、スパッ! と勢いよく一枚のカードが飛び出してきて僕の眉間を直撃した。カードは地面に落ちると、足下で裏返しになった。
僕はその挙動にさすがにつっこみを入れる気にはならず、眉間を押さえながらカードを拾い、モニターを再び参照した。
“お手続きが完了しました”
今までの驚きとくだらなさをよそに、さらにそのモニターへと次のような文章が映し出された。
「私たちのサービスはお客様の夢を担保にお金を貸し出していますのスリランカ」
語尾についた意味不明の地名のことはとりあえず置いておこう。しかし、これはまるで、爺ちゃんや親父が引っかかった、あの『妄想銀行』と同じ手口じゃないか。
「夢一つで1万円、100個の夢なら100万円。よりどりみどりのニューデリー」
まあ、だいたいは分かった。僕はモニターに続けざまに表示された借り入れの表示を押した。確かにお金もいいだろう。彼女に指輪を買えるのも実に気分がいい。だけど、僕にはそれプラス、もっと面白い計画が閃いた。僕には彼女と楽しい家庭を築くという目標があった。それは彼女にも秘密にしている。僕はその夢を担保にした。
そして、店舗を出ると、手帳に今日の日付と担保にした事項を詳細に書きこんだ。手帳の最上面には丸印と最重要と書かれた文字。この文字を書いたとき、僕はどんなにその記録されたメモが苦痛を伴うものであっても、必ず実行しなければならないものと決めていた。いわば仕事のための印。最後に返済日を記入すると、僕は店舗を後にした。
そこからは苦痛の毎日だった。100の夢が消え失せ、重要事項と書いてある彼女への結婚願望も全て消滅した。しかし、手帳の文面は毎日見続けた。彼女は好きだったから、その文面は絶対に消さないと誓っていた。結婚という2文字はやがて僕の両肩に巨大なトゲトゲハンマーとなってのしかかり、やがて会社での活力も失っていった。僕は100万を返すために、会社が終わった後も、バイトをして金を稼いだ。それがまた負担になった。
やがて彼女の誕生日が来た。
彼女は本当に不機嫌そのものだった。僕の心境が最近めまぐるしく変わってしまった事に対する不満が、彼女の心を苛立たせていた。やがて誕生日だというのにお互いにいがみ合って喧嘩を始め、僕は怒りにまかせたまま、彼女を『ドリーム・クレジット』の前へと連れてきていた。
そう、すでに無くなりかけているが、彼女への真摯な結婚願望を思い出せば、きっとこの状況は改善する。僕は夢を取り戻すと言うよりは、ビジネスチャンスを思い出すような無味乾燥とした感情のまま、黒い扉を開け、店舗の中へと彼女を引きずっていった。そして、あの訳の分からないATMを今度は驚くことなく操作し、100万円の札束を投入した。いや、100万円飛んで200円か。しばらくして機械音が鳴り響き、そして止んだ。
やがて、僕の胸中に、ある感情が思い出された。欲しかった携帯の新機種、欲しかった車、欲しかったDVDプレイヤー、マッキントッシュ。全てが溢れかえり、僕の胸が興奮に満たされるのが分かった。そして、最後に思い出した感情は、僕の予定通り、彼女への結婚願望だった。
僕は居ても立っても居られなくなり、胸ポケットにしまってあったあの宝石の入った宝石箱を取り出すと、彼女の前で勢いよく開けて見せた。もう、ムードがどうとか、そんな問題は度外視されていた。そして、溢れる想いをそのままに、涙と鼻水を垂れ流しながら、僕は言い切った。
「結婚してくれぃ!」
彼女は突然の僕の変化に眼を白黒させていたが、やがて先ほどの表情に戻ると、こう言い放った。
「あなたみたいな、感情の起伏の激しい人と一緒になんかなりたくないわ」
衝撃と共に、僕のガラス製の心がガシャンというはかない音を立てて崩れるのが分かった。彼女はそのままスタスタと入り口まで歩み寄ると、さっさとその場を後にしてしまった。
ATMに描かれた象がけたけたと笑って、モニターが開いた。
「ありがとうございました。今後ともよろしくカルカッタ」
その後、60年も経ったある日、僕は病床で息子にこう言っていた。
「あの、あの消費者金融にだけは、いってはだめだ」
息子に何を言っても無駄だろう。何せ、もうすでに、親子三代にわたってこの珍事が続いているのだから。きっと息子も……いや、考えないでおこう。
……カルカッタ。
おわり
どうしてこんなに文字だけで人を笑わせることができるのでしょう。
きっと温かい人だと思います。
いつもいつもありがとうございます。
僕の夢を担保に・・・
彼女は言った。
「はい。よろしかったらお聞かせください。」
僕は話し出した。
「ここでお金を貸していただけたら僕は彼女にトリロジーの宝石を買ってプレゼントしたいと思ってます。」
「その後彼女と結婚して暮らして生きたい。」
「少々お待ちください。」
なにやら入力する音がする。
「・・・結果が出ました。」
「・・その夢にはご融資できません。」
「え・・・・・・」
「・・・・・・。」
「ではどの夢なら」
女性は何かを読み上げながら僕にひとつひとつ確認をとりながら話だした。
「え~。あなたの事を好きな女性がいますね。」
「あなたがアルバイトをしたとき知り合った、職場の上司です。」
「彼女と結婚するなら、5千万円以上の融資をいたしましょう」
「え・・・・・。」
「そんな・・・・・・。」
「他の融資がよろしいのでしたら、転職をおすすめします。」
「村田ファイナンスに移ってください」
「短期間で大きな富を得ます」
「そこであなたは方法を知り、その後も大金を手にすることに。」
「・・・・・。」
「もしくは保険を変えてください。」
「安生生命保険会社の特約「癌重視保険」にできるだけ多い口数で入ってください」
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
「わかりました。結構です。」
「・・・・・・。」
彼は「どうもありがとうございました。」と小さな声で言うと、
受話器を置いた。
実は電話の向こうでは女性は同僚に言っていた。
「へえぇ、なかなかやるじゃん。この人。」
そう、この消費者金融ドリームネットは
「金の欲」の夢を計りにかけ、その野望に応じて金を貸す。
彼は、好きでもない女性と結婚することも、
金儲けの事だけ考えた仕事に就くことも、
健康を売り、自分の体を意識で癌においこみ、巨額の富を得ることもあきらめた。
多くの人は金に目がくらみ、楽に見えるそちらの道を選ぶのに。
次の日彼は
オープンカフェでシェイクを飲む彼女に言った。
彼女の目は微笑んでおり、
彼女の後ろに見える、店の外を通る人たちの人の群れや
様々な看板を背景にしていた。
「圭子。僕は君が好きだ。一緒にいるだけでありがたい。」
「ずっと一緒にいたい。それだけなんだ。僕の願いは。」
彼女は突然の僕の寒いせりふに驚かずに、言った。
「ケンちゃん、わかるわ。私もそうなの。」
「僕は野望もないし、特に秀でた才能も無い。
給料も安いし、君に楽をさせて上げられないかもしれない。」
「いいのよ。」
「いいのよ。」
そして彼女は言った。
「私昨日の夕方ね、決心したの。
あなただけいればそれが私の幸せだって」
「・・・。」
そして、彼女は話してくれた。
「あのね、昨日、ある人と話したの。お金を貸して欲しくて。
なぜならね、あなたが昔、お母さんがはめていたと言っていたトリロジーの宝石を見つけたからなの。」
「あなたにプレゼントしたくて。」
「もしかしてその相手の人って言うのは・・」
「ドリームネットって言うおみせだったかな。」
僕は何も言わず彼女の手を握り、
次に
立ち上がって、、彼女を抱きしめた。
いいですね。
ありがとうございました。
借金までしてプレゼントを買うことに
反対します。。
ましてや、金利の高い消費者金融なんて!
貴方の気持ちはよくわかる
しかし、無理しては後が続かない。
他の品物を贈ろうゼ。。
ありがとうございました。
トリロジーのことも、値段のこともよくご存じですね。
あれ、いいですよね。
とてもいいひとときでした。
ありがとうございました。