ケンカというか、話の成り行きで言われ負けしてても、
「はい」と素直に負けておく人がいたら
私(女)が第三者の時は、無条件で負けてる方の好感度アップ(苦笑)
異性だったら、よけいやばいです。
うちの子供は将棋を打ちたがることがあります。
付き合わされると、貴重な休日の午後の3時間が、
まるまる潰されます。
へぼなので、待ったの連続、
駒が何枚あってもどちらもなかなか詰めきらない。
こういうときには、寄せ手の穴をわざと読みきらずに
「あれ?これで詰まっちゃった?ああ~負けた」と言ってみます。
最近、「まだ生きるよほら」と回避「させられ」ます。
勘弁してくれ~~そんなにいっぱい駒持ってるんだから、
どんどん置いて一気に詰めてくれよぅ(;;)
本当に負けたいんですよ、心から
負けて勝負自体を放棄してくれ~~って事ですね。ありがとうございます。
「韓信の股くぐり」と言う故事があります。
これが「負けるが勝ち」に近いのではないでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E4%BF%A1
少し前、PIXARの映画で「Cars」というのがありましたが、あの主人公が最後に取った態度も「負けるが勝ち」だと思います。
局地的には負けてもそれが大局で勝つ因になれば、「負けるが勝ち」となりますね。
名を捨てて実をとるということですね。
メンツにこだわってかえって状況や人間関係で苦しむことってあるとおもいます。
その場で負けても、本来の目的が達成できれば、勝ち。みたいな場合であると思います。
たとえば、最近自分の会社であったシュチュエーションで説明すると。
広告宣伝部のT部長に、予算を2000万円ください。とお願いする必要があった場合。
「Aの商品をこのくらい売りたいので、そのためには、A案のような企画のカタログがいるから、予算をくれ。」と私が説明します。
T部長曰く「そんなカタログ無意味だ。 A商品をうるなら、B案のような企画であるべきだ。それならわかる」と、別の案を提示しました。
私としては、A案、B案はどうでもよくて、2000万円がほしいので、「わかりました、案を全面的に変更し、B案にします」ということで打ち合わせを終えました。
案の議論では自分の負けですが、ここで戦わず、結果的に当初の目的(=金をくれ)をあいてに飲んでもらう。
こういうときに、「負けるが勝ち」が浮かびます。
一歩引いてみる余裕が勝利をもたらすこともある。
http://www.from.co.jp/imode/Proverv/001-099/prov_014.htm
むかし中国に韓信という大将軍がいた。
彼は若いころ与太者に絡まれたが、こんなつまらない場面で争っても面倒なことに巻き込まれるだけで後々のためにならぬと思い与太者の股をくぐった。すなわち負けてみせたのである。
この時与太者の挑発に乗っていたら後の韓信はあり得なかった可能性が高かっただろう。
負けるが勝ちの好例といえよう。
むしろ恥ずかしいどころか好印象ですね。
人生万事塞翁が馬ということわざがあります
そのときそのときの状況が最適であり、うれう必要はないということです。
東大法学部に現役合格し、単位が取れずに中退した人もいるそうです
電通に入って過労死する人もいます。
政治家になってスキャンダルに巻き込まれている人たち、
人から見ればうらやましい人生ですが、これらは本人の望んだことではないと思います。
つまり、競争に勝ったがために上のレベルでの競争にまた苦しみ、予期せぬ事態に巻き込まれて失脚するよりも気楽な方がいいじゃないということです
勝負勝負に追いまくられるとそのうち負ける時も来る。気楽にいこうよってことですね。
1)上司とのゲームで負けてあげる。長期的にみれば勝ちのような気がします。
2)戦術として「(一時的に)負けるが勝ち」=敵を油断させて後で勝利をおさめる。例としては、トロイの木馬なども「負け」なしにはなかった話だと思います。イリオス勢に、ギリシア勢が負けて去ったと信じ込ませて勝利をおさめました。具体的には下記のリンクをどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%81%A...
戦では、戦いのさなかに負けたフリして逃げ出してみて、それを追ってきた敵を伏兵で待ち伏せ攻撃するとか、そういう「負け」を逆手にとった作戦も多数ありますね。
こちらは参考になりますか?
http://www.putiputi.co.jp/shacho/shachoshitsu14.htm
ゆずりあう気持ち
「負けて勝つ」「負けるが勝ち」といいますが、相手にゆずるという行動は、まさしく「負けて勝つ」戦術です。席や道をゆずる位で「負け」とはおおげさな・・・とおっしゃるかもしれませんね。でも、負けは負け。だから、一部の若い人たち~「勝たなきゃ本能」が最も旺盛に発揮されている時期にいる人たち~には、なかなかできないことなのです。彼らは「1か10か」ではなく「+か-か」のみで判断しますから。
しかし、その後ためしに相手にゆずってみて、だんだん他者にゆずる習慣がついて、「ものを考える」「運転を楽しむ」「音楽を楽しむ」「読書を楽しむ」などと言った、「本来自分がその時間にしたかった行動」に集中することができれば「勝ち」であることに気づくようになります。「負けるが勝ち」という経験則(処世術)を「学習」したわけです。
この処世術におけるポイントは、その場合はゆずる・この場合はゆずらない・・・などと「条件式」や「場合分け」を決して設けないことです。条件式を設けますと、いちいち心に葛藤が生じてしまいますから。形としてはゆずっても、魂ではゆずってない、単に「負けた」だけということになってしまうのです。譲ると決めたら、徹底的に譲る、これがポイントです。
勝たなきゃ本能が旺盛なのはまだまだ未熟なのかなーー。でもそういう青年らしさは好きですよ。
ケンカに勝って戦に負けたみたいな感じのことだと思います。
昔よんだマンガの話です。
父親と2人の子供がドラえもんの映画を見に行き、父親が窓口で、ドラえもんは子供のための映画なのに、子供500円、大人1000円の料金はおかしい、とゴネます。
窓口の女性は、「では、子供1000円、大人500円でいいです」と言い、父親は、結局、2500円払います。
父親は、口論に勝ちましたが、500円損をしたので、「ケンカに勝って戦に負けた」状態です。逆に、窓口の女性は、「ケンカに負けたが戦に勝った」状態です。これは、負けるが勝ちの状態と言えると思います。
確かにこれは負けるが勝ちですね。
日本が被ったという点では太平洋戦争の真珠湾攻撃で被害を被ったアメリカでしょうね。
ルーズベルトが知っていたかの論争は置いておいて、少なくともアメリカにとって戦争に参加する理由が欲しかった。
理由として、
1.英国の債権者であり、ドイツに勝たせるわけにはいかない
2.中国及び太平洋の覇権を維持したい
そこに、日本が宣戦布告を遅れて提出するというミスまで付けて攻撃してくれた。
真珠湾攻撃の知らせを聞いて喜んだ人が4人いるといいます。
まずはヒットラー。日本が参戦してくれた。ってね。
2番目は毛沢東(蒋介石)日本軍の矛先が東南アジアにも向くだろうから中国内の日本軍の戦力が減る。
3番目がルーズベルトで、これで堂々と参戦できる。
4番目がチャーチルで、これでアメリカが我々と一緒に戦ってくれる。
最近のビジネスなら、ルーターを無料で配るなどしでトッププロバイダーにのし上がったYahoo! BBがそうです。ソフトバンクなんて、私にいわせれば、ソフトウェアジャパンが倒産してなければ、ただの卸売店ですから。
ちょっとした携帯ショップに行けば本体を無料にするのも好例です。
戦線の拡大で戦力が分散するというところを計算出来なかった日本軍は愚かだ。
というよりも、戦争そのものが愚かしい。
局所的に負けて大局的な成果をゲットするパターンが多いです。
具体的には…
なにかプロジェクトがあったとして、自分が提出しようとしていた企画がブッキング気味だったのでその場は引っ込めることで相手のプロジェクトに入れてもらうとか、アイデアのひとつとして採用して貰うように働きかけるといったそんな感じでしょうか。
我を張らずに譲ることが成功の秘訣か。
相手が勘違いをしている事が明らかと分かっても、その勘違いに気づかない場合など相手の言い分にその場では一時的に認めて上げる。
いずれ時間が経てば、その時は自分が負けを認めても結果的には自分の正しさが認められる。
相手が勘違いが元で失敗してからこっちの正しさが証明される。
負けるが勝ち は、
「一時は相手に勝ちを譲り、しいて争わないのが、結局は勝利をもたらす」ということです。
負けるが勝ちっていう遊びもあります。
じゃんけんで、負けた方が勝ちになるのです。
負けるが勝ちの強さ(!?
妹と姉が1枚のメモ用紙を取り合ったとします。
そこで妹は一歩引き、姉にメモ用紙を譲りました。
それを見ていた親は、妹なのに偉いねといい、
そのメモ用紙よりも可愛いメモ用紙を買ってあげました。
妹は欲しかったメモ用紙を諦め(負け)ましたが
もっと可愛いものをもらったので
勝ったといえるのではないでしょうか??
妹はお母さんが買ってくれると踏んだんですね。妹の方が一枚上手。
勝っても負けても自分にとってどうでも良いことは、負けた方が良い。
的なニュアンスだったと思います、、、多分ですけど。
そう言う場合も使われるかもしれませんね。
好感度が上がるというのは意外でした。どうもありがとうございます。