1187585071 【イエはてな】イエ・ルポ#035

街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!“イエ・ルポ”とは、実際に見たり聞いたりしたイエの話、またはご自分の家の暮らしの中で生まれたユニークな工夫やアイデア、習慣や出来事をミニルポ感覚で書き込んでもらう“イエ・ルポタージュ”コーナーです。
*〈今週のお題〉に沿った、みなさんが知っている面白いイエの話を教えて下さい。
*〈今週のお題〉以外の話題のイエ・ルポも常時自由に投稿して下さいね!

イエ・ルポ #035 THEME「心ポカポカ!おじいちゃん、おばあちゃんの思い出」を教えて下さい

→ルポ例はコチラ
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20070820

※今回の「いわし」ご投稿はは8月23日(木)正午で終了とさせて頂きます。
※参考にさせていただいた「いわしへのコメント」には、【いわしポイント×20pt】を差し上げます。
※お願い
モラルのない一行投稿などはご参加者の皆様に大変ご迷惑となりますので、ご遠慮下さい。
またそのようなご投稿にはポイントの送信を控えさせて頂きますのでご了承下さい。

回答の条件
  • 1人10回まで
  • 1000 ptで終了
  • 登録:
  • 終了:2007/08/21 13:00:48

回答276件)

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戦争体験談 ootatmt2007/08/20 14:37:26ポイント12pt

おじいちゃん、おばあちゃんといえば戦争体験談を聞いた人も多いのでしょうけれども、うちの祖父母はあまり戦争体験は語ってくれませんでした。

わりと平和な地域に住んでいたからでしょうか。

特高警察に国電で席を譲られた祖父 iijiman2007/08/20 14:44:53ポイント12pt

祖父は南方に出征していましたが、なんとか生き延びて終戦後帰国。(だから私が居る訳ですが。)

ボロボロになって帰ってきて、東京で国電に乗っていたら、特高警察をやっていたという人から「ご苦労様でした」と、座席を譲られたそうです。特高警察って、私もよくわかっていないですが、戦前から戦中にかけて、むちゃくちゃ恐い存在として知られていたそうで、その人から「席を譲られたんだから驚いたよ」と言っていました。

暗い時代には、もう後戻りしてほしくないものです。

年代の差かもしれないけど くまっぷす2007/08/20 15:33:18ポイント11pt

うちの母方のじーちゃんは元職業軍人で勲章をつけた写真が飾ってあった記憶があります。

ただ、それがどの戦争の頃かはちゃんと聞かなかったので記憶が曖昧です。

父方のじーちゃんばーちゃんはあまり戦争中の体験を話してくれなかったような。

せいぜい「玄米を一升瓶に入れて棒でついて精米した」とか「空襲で逃げたときに墓石の角に足をぶつけて骨が見えるような傷になったけど必死だったのでそのときは全然痛くなかった」とか(十分壮絶な気もするなこうやって書くと)。

むしろ父親・母親のほうがちょうど戦時中は中学生とか小学生だったので印象が強かったのかいろいろ話してくれましたね。お腹が空いた系の話が多かったけど、子供だから余計にこたえたんでしょう。

戦争へ行かなかった祖父 to-ching2007/08/20 17:38:30ポイント10pt

 何故か取られませんでした、不思議でたまりません。特別位の高い家に生まれたわけでも無いのに・・・警防団には入っていたようですが。だから、戦争の話なんて聞けなかったですね。

うちのおじいちゃんもいっていません vivisan2007/08/20 17:46:46ポイント9pt

お盆の期間中に、戦争の話題が出たので聞いてみると、母方のおじいちゃんは戦争にはいかなかったそうです。

健康診断をしたときに、背が低かったのでパスできなかったということでした。

これでパスしていたら赤紙が届くようになっていたと母は言っていました。

本当に体験した人はあまり語りたがらない Fuel2007/08/20 17:52:49ポイント8pt

戦争体験は、それは想像を絶する体験だったのだろうと思います。

私の親戚にも、当時、大切な人を戦争で失った人たちが何人もいます。

おそらく戦死者が誰も居ない家系なんて、日本にはないのではないでしょうか。

どこの家も必ず何かしらの辛い体験があるはずです。

でも、人は本当に辛かったことは思い出したくないのでしょう。

高齢の親戚が集まって出る話は、当時を懐かしむ話ばかりです。

その心情を思うと、和やかに語る昔話の下に隠された辛い時代の体験が、

少し見えてくる気がします。

そうかもしれませんね momokuri32007/08/20 18:01:56ポイント7pt

うちの親戚にも戦死者がいますが、そういう話が出るのは稀なことです。でも一度だけショックを受けたことがありました。それは親戚の人たちとお墓参りに行った時のことです。数人の親戚が、あちこちのお墓に線香を供えて回っていました。私は親戚の人たちのお墓かなと思っていたのですが、実はそれはみな同郷の戦没者のお墓だったということでした。ひとつひとつのお墓にみな戦争の悲しみが込められているのかと思うと、まだまだ「戦後」は終わらないのだなと思います。

父方の長男は choco-latte2007/08/20 18:12:58ポイント6pt

戦争で戦死しています。

仏壇の前にはおじぃちゃんの弟と、父の兄弟が軍服をきた白黒写真が飾ってありました。

曾ばぁちゃんは空襲のときにおじぃちゃんの背中で死んだそうです。

うちの親戚には玉砕した部隊にいた人がいたらしいです watena2007/08/20 19:31:10ポイント5pt

でも、親戚は誰もそのことには触れません。玉砕ですから戦死を見届けた人もいませんし、遺骨も帰ってきていないので、今も亡くなったことを信じられない気持ちなのでしょう。

逆に古い人たちが集まる席では、足を組んだ瞬間靴底に流れ弾が当たって跳ね返って無事だったとか、そういう笑い話として話せる体験ばかりが出てきます。でもその裏には、休憩中でも銃撃にさらされる戦場の恐ろしさが語られていますね。

直接悲惨さや恐ろしさに触れない体験からどれだけ当時の本当の様子をリアルに想像できるかが、再び起こりうる戦争を食い止められるかどうかのカギになるのかもしれません。

うちのおじいちゃんも hanatomi2007/08/20 22:12:56ポイント4pt

うちのおじいちゃんも、若い遺影が飾られています。

(戦争で無くなったそうです。)

戦いで解決しなければいけない未熟な私達だったという事を良くよくよく踏まえて、戦争はもうやめようという方向に行ってほしいと心から思います。

日本国内で、山賊やいくさがなくなって、代わりに警察と裁判ができたように、

国際的にも 法律や、平和的な警察的なものができて 力 で解決する事がなくなってほしいものです。

山形と青森が戦争したなんておかしいみたいに、

アメリカとどこそこが戦争したなんておかしいなという感覚になってほしいです。

階級が掘られている墓石 Cocoa2007/08/20 22:36:43ポイント3pt

本家のお墓に行くと、墓石の裏に、陸軍中尉誰々、みたいに階級付きで俗名が掘られているものがあります。何だろうと見ていたら、戦争でなくなった兵隊さんだと教えられて、少し驚いたことがありました。戦争は遠い昔のできごとなんかじゃないんですよね。

昔は藩どうしが戦をして、たくさんの人が死にました。でも今は同じ国の中で殺し合いをするなんて考えられない時代です。いつか、国と国との戦いも、きっと考えられなくなる時代がやってくると思います。でも、今の日本はその方向と逆の方へ逆の方へと行こうとしているように思えてなりません。私はこれから先、新しい階級入りのお墓なんて、一つもできてほしくありません。

そういえば近くの墓地にも ootatmt2007/08/20 22:39:28ポイント2pt

たくさんの軍人さんのお墓があります。

死んでしまった人には話は聞けませんね...

祖父の海軍話 teionsinonome2007/08/20 22:57:28ポイント1pt

私の祖父は海軍さんだったそうで、小さい頃によくその話を聞きました

戦地に行くはずだったのですが、風邪をひいたため行かなくて済んだとか

その時祖父が健康だったらもしかしたら私は今いなかったかもしれないわけで、そう考えるといろんな偶然が重なって今日があるんだな、なんて思います

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