一度仕事や学問から離れて、数週間〜数ヶ月もしくはそれ以上
どこか寺か兵役のような場所に行きたいと思っています。
要するにたるんでしまった精神を鍛え直したく思っています。
現実的に可能な良い案があれば是非教えてください。
ありがとうございます。
滝行はいかがでしょうか。
●湘南滝行の会
http://sundywind.hp.infoseek.co.jp/takigyou.html
●宿坊研究会 高尾山薬王院
ありがとうございます。
ありがとうございます。
座禅などの修業体験をするというのはいかがでしょうか。
http://tabihatsu.jp/search/11/114.html
知恵袋より。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1113055...
信仰が関係ないのも、いいかもですね。
武術などいかがでしょう?
http://dojos.org/cgi-local/search/html/04_05_11.html
信仰とまったく関係ないわけではないのですが
打ち込む、集中、鍛錬には向いている気がします。
ありがとうございます。
ひとにやらされる修行なんて一時的なもんでしょう。
多くの人にあって自分を見つめなおしてみては?
そのお勧めは旅ですね。
なにか発見があると思いますよ。
なんでいくか?
コースは?
それは自分で考えてくださいね。
参考までに
ありがとうございます。
ありがとうございます。
こちらはいかがでしょうか。
http://syukubo.com/spot/03kanto/gunma004.html
三重院
山の中をひたすら歩き、滝に打たれる山伏体験修行があります。行事のない日はいつでも受け入れられています。
1日山伏 志納金+山伏装束クリーニング代 3000円
http://syukubo.com/spot/05syugyo.html
寺修業・修験道体験一覧
http://syukubo.com/spot/36shinto.html
神道・巫女体験
http://syukubo.com/spot/33takigyo.html
滝行
ありがとうございます。
余計なことかもしれませんが…、このようなご時世なので現在行われている仕事に不満がないのであれば、
仕事からの離脱はおススメしません。
他の方々がおススメしている修行も週末のプチ修行もたくさん行われているので、まずはそちらからためされたら、いかがでしょうか?
たるんでいる…と感じるということは、悪いことではありませんが、しっかりした土台があるからこそ感じられることのように思います。それを放棄してしまうのは、少々もったいない気がします。
同じところにいても心がけひとつで変わることもできます。じっくり考えられることをおススメします。
プチ修行としては、今までとはまったく異なるボランティアや勉強会に参加するという手もあります。
簡単なものでしたら地域で行われていると思うので、区報等を確認するとあります。
もしもっと真摯な態度で続けられる意志があるのでしたら、障害者やご高齢の方々の施設へ訪問するボランティアは、
常に人手不足状態です。
私も老人ホームの方々と本を通じてお話しするボランティアに何度か参加しましたが、いろいろ考えさせられました。
ただ…どこに参加してもいいこともありますが、煩わしいこともあります。
宗教的な問題はありますが、教会等でもバザーのお手伝い等を募集したりしていると思います。
今話題の農業体験もプチなものもあるようですし、自宅のプランターででも何か植物(収穫もできるものだとより楽しいです)を育てるために土に触れると、精神的にかなり健康になることができるものです。
たかが植物なのですが、継続に責任を感じられると生活のリズムが変わってくるものですよ。
もっと簡単な方法では、週に一回きっちり自炊する…というのもおススメです。
料理というのは以外にも(?!)頭を使うものですし、キッチン周りの道具は男女問わず楽しいものです。
気の置けない友人たちを招くことになれば、新たな掃除という作業も加わり、新たな楽しみも生まれたりするのではないでしょうか?
人の時間は有限です。その中で一人の時間は意外に多いものです。
一人でも楽しいと感じられる趣味を今のうちにみつけておかれることもおススメします。
上記のような行動的なことばかりではなく、読書でも、絵を描いても、写真を撮るのでも、映画を観るのでも
なんでもいいので、それをしていると幸せな気分になれる…ということが大切です。
…なんだか、ながなが書いてしまいましたが、一度ゆっくりひとりで考えてみてください。
ちょっとだけでも考えるヒントになれたら、嬉しいのですが…。
がんばってくださいね!
ありがとうございます。
ちょっと変わった角度から回答させていただきます。
「たるんでいる事がいけないことだ」と思っているのではないでしょうか。
自分を鍛えたい、と思っているのでしたら、今やっている仕事・学問は続けたほうが良いと思います。実際それでモノゴトがはかどるのですから。
でも、きっと今やっていることに打ち込めなくなってしまっているんですよね。真面目な方なんだろうと察します。
そこで解決法ですが、一度、「自分は絶対にやらないだろうな」というような遊びをやってみてはどうでしょうか。 自分のプライドを捨てるような方向性の度胸を要する遊びです。 身分証ももたず、金だけポケットに突っ込んで、夜の街にくりだしてみてはどうでしょうか。 案外 一晩で吹っ切れたりするかもしれません。
お寺の修行や兵役などは、結局、自分の考える「厳しい」という概念のうちに収まる方向性の鍛錬だと思います。 カタチは替わっても中身は今やっている仕事・学問と同じになってしまうのではないでしょうか。
もし遊ぶことに抵抗があるようでしたら、リゾート地や温泉街や農家で住み込みのバイトをする、とか、少しのんびりすることをお勧めします。
私はあなたが「鍛えられる」ことより自然に生きる力が漲ってくることを期待します。
ありがとうございます。
沈思実考 ~ にわかホイホイのすすめ ~
一年間(正確には354日)イスラム暦にしたがって仮回教徒になる。
一日5回の瞑想、年に一ヶ月の断食(昼間だけ)に挑戦する。
かならず一人で、いかなる団体・教派にも属さず、原理と歴史を学ぶ。
── 中国経済を学ぶのに《論語》や《春秋》、インド経済を学ぶため
《サンスクリット》を、アメリカ経済を学ぶに《新約聖書》を読む必要
はなさそうですが、イスラム経済については次の二冊が欠かせません。
http://q.hatena.ne.jp/1218558576#a848737
地域経済学 ~ わたしのイスラム・ノートから ~
──「よいか、孤児は決して苛めてはならぬぞ。物乞いに決して邪慳に
してはならぬぞ(第93章6-10節)」
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/4003381335
── 井筒 敏彦《コーラン(下)195806‥ 19870420 岩波文庫》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20061101 いじめ白書 ~ 19650522 ~
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/448009167X
── 大川 周明《回教概論 19420820 慶応書房 19911225 中公文庫》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19921223 極月〆日の極東極刑
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030327
↑友情の暦 ↓報復の暦
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030325
── 1431年1月1日(Tahun Baru Hijriyah(1al Muharram 1431 H)は、
イスラム暦1430年12月29日の翌日に当たる西暦2009年12月18日である。
http://www16.plala.or.jp/bouekitousi/sub10.html
http://www.aa.tufs.ac.jp/~masato/q_and_a.html
── 板垣 雄三・監修/山岸 智子・飯塚 正人・編
《イスラーム世界がよくわかるQ&A100 ~ 人々の暮らし・経済・社会 ~ 19980625 亜紀書房》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/4750598100
(※ わたし自身は教徒や支援者ではありません)
ありがとうございます。
私も仕事からの離脱はわざわざしなくてもいいのではと思います。
長期的な休みが自由に取れる仕事なら別にいいのですが
戻ってきたら居場所が無いなんてことになりかねない時代ですから・・。
仕事もされてるようですし
それでたるんでると思うというのは
自分に厳しい方ですね。
仕事をしながらでも自分に厳しいルールを課せば
自分を鍛えるなんてことはいくらでもできると思いますよ。
毎日10キロ走る。守れなかったら罰金とか。
あくまで一例ですけど。
ありがとうございます。
ありがとうございます。