小学校6年生の秋、私と友人2人の計3人は、準備室の掃除を言い付かっていました。物にまみれた準備室は埃っぽくて嫌でしたが、普段目にしない面白い物が色々あるので、いつしか私達は掃除より、珍しい物の発掘に熱中し始めていました。
すると、奥の方から1本のギターが出てきたんです。真っ赤なセミアコースティックのエレキギター。なんで小学校にこんな物が?
先生が「そろそろ終わったか?」とやってきました。
「先生、こんな物が出てきたよ」
「すげーかっこいいの」
「ねえねえ、なんでこんなのが学校にあるの?」
私達は口々に先生に声を掛けました。先生も、なぜこんな物があるのかなあ、先生方の誰かの私物かなあと考え込んでいましたが、
「そんなことより面白い計画を思いついた、そのギター先生に貸せ、それからお前ら体育館に行って待ってろ」
何だろうと体育館に行って待っていると、先生がやって来ました。手にはさっきのギターを持ち、肩には何やら箱を下げています。荷物を置いた先生は舞台に上り、脇からマイクスタンドを持ってきて、中央に立てました。
そして、箱の中から中身を取り出しました。それは今思えば二眼レフ。とてもクラシックなスタイルの、初めて見るカメラでした。
「フィルムの残りが、ちょうどお前らの人数と一緒なんだ。これから一人一人ギターを抱えてあのマイクの前に立って、いかにも弾きながら歌っているポーズをしてくれ。それを撮ってやる」
「ひゃっほぅ~」「すげー」「かっけー」
私達は大喜びです。まずは舞台の下でポーズの練習。
「こうか?」「いや、もっとこう」「次、俺、俺」
いよいよ舞台に上がって撮影が始まりました。マイクの前に立つと、壇の下の友人達から、「ちょっと斜めに構えた方がいいよ」「もっと歌ってる雰囲気出して」「ほんとに何か歌ってみなよ」などと声がかかります。
「こうか?」「よーし、いいよいいよ」「カシャッ」
こうして全員撮り終わると、先生からまた素晴らしく楽しい計画の発表がありました。
「今撮ったフィルムはモノクロなんだ。モノクロは自分で現像焼き付けが出来るから、それをやって見せてやる。明日の放課後、理科室に集合だ」
翌日、私達はワクワクしながら理科室に向かいました。するともうすっかり準備を整えた先生が待っていました。これが引き伸ばし機、焼き付けた印画紙はこの薬品で現像して、停止、定着、水洗いをして乾かすと完成だ、などと一通り説明をしてくれましたが、私達子供には何のことかよく分かりません。とにかくこれからものすごく面白いことが始まるに違いないという期待だけで、胸がいっぱいでした。
放課後の短い時間のことでしたから、フィルムは既に現像されていたと記憶しています。窓に暗幕を引き、電気を消して、代わりにスタンドにセットされたセーフランプを点灯。いつもの理科室が別世界となって映し出されます。
引き伸ばし機にネガがセットされ、像が投影されました。こんなふうにすると好きな位置をアップにして焼き付けることも出来る、こんな道具を使うと周囲をボカして焼き付けることも出来るんだ、などと色々なことを説明しながら焼き付けの実際を見せてくれました。
「お前ら、自分で焼いてみるか?」
「やるやる!!」
一人ずつ、自分の好きなトリミングで印画紙に焼き付け、バットに注がれた薬品で現像、停止、定着、水洗いと工程を進めていきます。ネガが写真になっていく様を自分自身で体験。これは本当に胸が躍る素晴らしいひとときでした。
おみやげに、それぞれのかっこいい姿が映し出された、自分で焼いた写真をもらって、家路につきました。最初は何で俺たちがと嫌々始めた準備室の掃除が、こんなに素晴らしいご褒美に結びつくとは。私達の興奮は、校門を出てからもおさまりませんでした。
家に帰って両親にこの写真を見せると、もとより音楽好きの両親のこと。すごいぞ、本当に舞台に立って演奏しているみたいだと大喜びしてくれました。母がフォトスタンドに入れて飾ろうというので「やだよ恥ずかしい」と拒んでいると、父が、「お母さんがピアノを弾いている写真もあるぞ」と古いアルバムを引っ張り出してきました。そこに映っていたのは、まだ結婚前の母の姿でした。母も負けずに父の若かった頃の写真を発掘。ガットギターを抱えてポーズを撮っている写真です。
「すげー、お父さんもギター弾けるんだ」
「いや、ポーズだけ」
「そうでもないわよ、演歌は上手よねえ」
「あはははは」
こうして、親子がそれぞれ楽器を手にしている写真が、棚の上に並べて飾られることになりました。時間を超えた、写真による親子のセッションです。
小さな頃の私は、音楽が大好きな子供でした。それから色々あって一時期音楽から遠ざかっていましたが、十代半ばから再び音楽の楽しさに目覚め、以来ずっと音楽を生涯の友として歩み続けています。そこには、この1枚の写真と、棚に並べられた両親の写真の思い出がいつも一緒です。
小学校6年生の秋、私と友人2人の計3人は、準備室の掃除を言い付かっていました。物にまみれた準備室は埃っぽくて嫌でしたが、普段目にしない面白い物が色々あるので、いつしか私達は掃除より、珍しい物の発掘に熱中し始めていました。
すると、奥の方から1本のギターが出てきたんです。真っ赤なセミアコースティックのエレキギター。なんで小学校にこんな物が?
先生が「そろそろ終わったか?」とやってきました。
「先生、こんな物が出てきたよ」
「すげーかっこいいの」
「ねえねえ、なんでこんなのが学校にあるの?」
私達は口々に先生に声を掛けました。先生も、なぜこんな物があるのかなあ、先生方の誰かの私物かなあと考え込んでいましたが、
「そんなことより面白い計画を思いついた、そのギター先生に貸せ、それからお前ら体育館に行って待ってろ」
何だろうと体育館に行って待っていると、先生がやって来ました。手にはさっきのギターを持ち、肩には何やら箱を下げています。荷物を置いた先生は舞台に上り、脇からマイクスタンドを持ってきて、中央に立てました。
そして、箱の中から中身を取り出しました。それは今思えば二眼レフ。とてもクラシックなスタイルの、初めて見るカメラでした。
「フィルムの残りが、ちょうどお前らの人数と一緒なんだ。これから一人一人ギターを抱えてあのマイクの前に立って、いかにも弾きながら歌っているポーズをしてくれ。それを撮ってやる」
「ひゃっほぅ~」「すげー」「かっけー」
私達は大喜びです。まずは舞台の下でポーズの練習。
「こうか?」「いや、もっとこう」「次、俺、俺」
いよいよ舞台に上がって撮影が始まりました。マイクの前に立つと、壇の下の友人達から、「ちょっと斜めに構えた方がいいよ」「もっと歌ってる雰囲気出して」「ほんとに何か歌ってみなよ」などと声がかかります。
「こうか?」「よーし、いいよいいよ」「カシャッ」
こうして全員撮り終わると、先生からまた素晴らしく楽しい計画の発表がありました。
「今撮ったフィルムはモノクロなんだ。モノクロは自分で現像焼き付けが出来るから、それをやって見せてやる。明日の放課後、理科室に集合だ」
翌日、私達はワクワクしながら理科室に向かいました。するともうすっかり準備を整えた先生が待っていました。これが引き伸ばし機、焼き付けた印画紙はこの薬品で現像して、停止、定着、水洗いをして乾かすと完成だ、などと一通り説明をしてくれましたが、私達子供には何のことかよく分かりません。とにかくこれからものすごく面白いことが始まるに違いないという期待だけで、胸がいっぱいでした。
放課後の短い時間のことでしたから、フィルムは既に現像されていたと記憶しています。窓に暗幕を引き、電気を消して、代わりにスタンドにセットされたセーフランプを点灯。いつもの理科室が別世界となって映し出されます。
引き伸ばし機にネガがセットされ、像が投影されました。こんなふうにすると好きな位置をアップにして焼き付けることも出来る、こんな道具を使うと周囲をボカして焼き付けることも出来るんだ、などと色々なことを説明しながら焼き付けの実際を見せてくれました。
「お前ら、自分で焼いてみるか?」
「やるやる!!」
一人ずつ、自分の好きなトリミングで印画紙に焼き付け、バットに注がれた薬品で現像、停止、定着、水洗いと工程を進めていきます。ネガが写真になっていく様を自分自身で体験。これは本当に胸が躍る素晴らしいひとときでした。
おみやげに、それぞれのかっこいい姿が映し出された、自分で焼いた写真をもらって、家路につきました。最初は何で俺たちがと嫌々始めた準備室の掃除が、こんなに素晴らしいご褒美に結びつくとは。私達の興奮は、校門を出てからもおさまりませんでした。
家に帰って両親にこの写真を見せると、もとより音楽好きの両親のこと。すごいぞ、本当に舞台に立って演奏しているみたいだと大喜びしてくれました。母がフォトスタンドに入れて飾ろうというので「やだよ恥ずかしい」と拒んでいると、父が、「お母さんがピアノを弾いている写真もあるぞ」と古いアルバムを引っ張り出してきました。そこに映っていたのは、まだ結婚前の母の姿でした。母も負けずに父の若かった頃の写真を発掘。ガットギターを抱えてポーズを撮っている写真です。
「すげー、お父さんもギター弾けるんだ」
「いや、ポーズだけ」
「そうでもないわよ、演歌は上手よねえ」
「あはははは」
こうして、親子がそれぞれ楽器を手にしている写真が、棚の上に並べて飾られることになりました。時間を超えた、写真による親子のセッションです。
小さな頃の私は、音楽が大好きな子供でした。それから色々あって一時期音楽から遠ざかっていましたが、十代半ばから再び音楽の楽しさに目覚め、以来ずっと音楽を生涯の友として歩み続けています。そこには、この1枚の写真と、棚に並べられた両親の写真の思い出がいつも一緒です。