母はクラシック音楽が大好きでした。自身はピアノを愛する人でしたが、室内楽も大好きでした。でもなかなか生の音楽に接する機会がありません。そんな母が行きたいと言い出したヴィヴァルディのコンサート。家族で出かけることになりました。
交通機関は電車です。その行きの車内で、母はもうヴィヴァルディを語りっぱなしでした。
「ヴィヴァルディは父親もヴァイオリニストでね、小さな頃からずっと習って育ってきたのよ」
「ヴィヴァルディはすごい数の曲を遺していてね、協奏曲だけでも500曲以上。あまりに多すぎて、今も見つかっていない曲がたくさんあると言われているの」
「オペラも今発掘されているだけで50何作品。でも本人は94のオペラを作ったと手紙に書き記しているらしいのよ」
「ヴィヴァルディの作曲はすごいスピードだったそうよ。協奏曲なんか全パート一気。まるで天国にある曲をそのまま書き写すみたいに楽譜を書いていったんだって」
語り始めると止まりません。だんだん興奮してきて、声がでかくなる!! 隣で父が、うんうんと頷きながら苦笑していました。
さて、駅を降りて会場に向かいます。駅からは少し歩きます。普段の母は、早く~と催促したくなるほどゆっくり歩く人でしたが、この日ばかりは歩調が早い!! どんどん先に行ってしまいます。どれほどコンサートを楽しみにしているのかがよく分かりました。
会場到着。さすがクラシックのコンサートです。ロビーには上品な気が漂っていました。さっきまで興奮しまくりだった母も、おすましして静かにロビーの椅子に座っています。父と私でひっそりナイショ話。
『お母さん、静かになっちゃったね』
『さっきまでとは別人だな』
『でもほら、電車の中で一緒だった人がけっこういるよ』
『本当は騒々しい人だってバレてるな』
『うひひひひ』
そんな私達を見て、母は「静かに待ってなきゃだめよ」なんて言っています。はーい、わかりました~。
そうこうしている間に1ベルが鳴りました。開演5分前です。全席指定ですが、席を探すと前の方の中央寄り。素晴らしい席でした。本ベルが鳴ると、ざわついていた客席が、波を打ったように静かになりました。いよいよ開演です。と、ここでアクシデント。
「ケホッ」
母が変な咳をしはじめたのです。なかなか止まらない様子です。緊張すると咳が出るというのがありますが、さっきまで何の異状もなかったのですから、おそらくそれだったのでしょう。一回大きく咳き込めばスッキリしたと思うのですが、変に我慢しているせいか、それがかえって辛そうでした。
演奏が始まりました。母はまだ咳をこらえている様子です。うわ、苦しそう。咳き込む衝動が起こるたびに肩を振るわせています。こういうのって、我慢しようとすればするほど辛くなるんですよね。もう半分涙目です。あまりに長く続くので、私は父に、一回外に出ようかと耳打ちしました。父もうんと頷いて母に席を立つよう促しましたが、母は頑として立とうとしませんでした。ずっと楽しみにこの日を待ち続けていたのに、こんなことで席を立てるかっていう目をしています。それは分かるけど、お母さん・・・・。
それからもずっと、母の苦しそうな様子が続きました。落ち着いたかと思うと、また新たな波が襲ってくるのです。こんなことならコフドロップでも用意してくればよかったなあと思いましたが、生憎そんな準備はありません。
音楽が最高潮に達してきた頃、母の咳もピークを迎えてきたようでした。懸命にこらえる母も苦しそうですが、私もそんな母が気になって音楽どころではありませんでした。すると、父が母の手を握りました。おー、いたわり合う夫婦の姿。ん?父の手が母の肘のあたりに移動していきました。あ、指圧だ。父はちょっと、こういうのがうまかったのでした。しばらくすると、母の苦しそうな様子がピタリと止まったではありませんか。奇跡だ~!!
そして迎えた休憩時間。やっとロビーに出られました。私はジュースを買ってきて母に差し出しました。父は館内の売店で、のど飴を探してきました。母が申し訳なさそうな顔をして、
「ごめんね、せっかくのコンサートが台無しよね」
と言いました。すると父は、
「頑張って舞台と一緒に音楽を作ったじゃないか、名誉なことだよ」
うっわー、今父がいいこと言った!! これで母もにっこりでした。あ、第二部開演のベルが鳴りました。
「また咳が出そうになったら、指圧、お願いね」
「任せとけ」
これって何のツボだったのかなあと、今になって検索して探してみました。どうやら「尺沢」あるいは「孔最」と呼ばれるツボだったようです。はたして指圧が効いたのか。はたまた手を取ってもらった安心感が効いたのか。きっとその両方だったのでしょうね。この後、母が咳き込むことは、もうありませんでした。
母はクラシック音楽が大好きでした。自身はピアノを愛する人でしたが、室内楽も大好きでした。でもなかなか生の音楽に接する機会がありません。そんな母が行きたいと言い出したヴィヴァルディのコンサート。家族で出かけることになりました。
交通機関は電車です。その行きの車内で、母はもうヴィヴァルディを語りっぱなしでした。
「ヴィヴァルディは父親もヴァイオリニストでね、小さな頃からずっと習って育ってきたのよ」
「ヴィヴァルディはすごい数の曲を遺していてね、協奏曲だけでも500曲以上。あまりに多すぎて、今も見つかっていない曲がたくさんあると言われているの」
「オペラも今発掘されているだけで50何作品。でも本人は94のオペラを作ったと手紙に書き記しているらしいのよ」
「ヴィヴァルディの作曲はすごいスピードだったそうよ。協奏曲なんか全パート一気。まるで天国にある曲をそのまま書き写すみたいに楽譜を書いていったんだって」
語り始めると止まりません。だんだん興奮してきて、声がでかくなる!! 隣で父が、うんうんと頷きながら苦笑していました。
さて、駅を降りて会場に向かいます。駅からは少し歩きます。普段の母は、早く~と催促したくなるほどゆっくり歩く人でしたが、この日ばかりは歩調が早い!! どんどん先に行ってしまいます。どれほどコンサートを楽しみにしているのかがよく分かりました。
会場到着。さすがクラシックのコンサートです。ロビーには上品な気が漂っていました。さっきまで興奮しまくりだった母も、おすましして静かにロビーの椅子に座っています。父と私でひっそりナイショ話。
『お母さん、静かになっちゃったね』
『さっきまでとは別人だな』
『でもほら、電車の中で一緒だった人がけっこういるよ』
『本当は騒々しい人だってバレてるな』
『うひひひひ』
そんな私達を見て、母は「静かに待ってなきゃだめよ」なんて言っています。はーい、わかりました~。
そうこうしている間に1ベルが鳴りました。開演5分前です。全席指定ですが、席を探すと前の方の中央寄り。素晴らしい席でした。本ベルが鳴ると、ざわついていた客席が、波を打ったように静かになりました。いよいよ開演です。と、ここでアクシデント。
「ケホッ」
母が変な咳をしはじめたのです。なかなか止まらない様子です。緊張すると咳が出るというのがありますが、さっきまで何の異状もなかったのですから、おそらくそれだったのでしょう。一回大きく咳き込めばスッキリしたと思うのですが、変に我慢しているせいか、それがかえって辛そうでした。
演奏が始まりました。母はまだ咳をこらえている様子です。うわ、苦しそう。咳き込む衝動が起こるたびに肩を振るわせています。こういうのって、我慢しようとすればするほど辛くなるんですよね。もう半分涙目です。あまりに長く続くので、私は父に、一回外に出ようかと耳打ちしました。父もうんと頷いて母に席を立つよう促しましたが、母は頑として立とうとしませんでした。ずっと楽しみにこの日を待ち続けていたのに、こんなことで席を立てるかっていう目をしています。それは分かるけど、お母さん・・・・。
それからもずっと、母の苦しそうな様子が続きました。落ち着いたかと思うと、また新たな波が襲ってくるのです。こんなことならコフドロップでも用意してくればよかったなあと思いましたが、生憎そんな準備はありません。
音楽が最高潮に達してきた頃、母の咳もピークを迎えてきたようでした。懸命にこらえる母も苦しそうですが、私もそんな母が気になって音楽どころではありませんでした。すると、父が母の手を握りました。おー、いたわり合う夫婦の姿。ん?父の手が母の肘のあたりに移動していきました。あ、指圧だ。父はちょっと、こういうのがうまかったのでした。しばらくすると、母の苦しそうな様子がピタリと止まったではありませんか。奇跡だ~!!
そして迎えた休憩時間。やっとロビーに出られました。私はジュースを買ってきて母に差し出しました。父は館内の売店で、のど飴を探してきました。母が申し訳なさそうな顔をして、
「ごめんね、せっかくのコンサートが台無しよね」
と言いました。すると父は、
「頑張って舞台と一緒に音楽を作ったじゃないか、名誉なことだよ」
うっわー、今父がいいこと言った!! これで母もにっこりでした。あ、第二部開演のベルが鳴りました。
「また咳が出そうになったら、指圧、お願いね」
「任せとけ」
これって何のツボだったのかなあと、今になって検索して探してみました。どうやら「尺沢」あるいは「孔最」と呼ばれるツボだったようです。はたして指圧が効いたのか。はたまた手を取ってもらった安心感が効いたのか。きっとその両方だったのでしょうね。この後、母が咳き込むことは、もうありませんでした。