労働局に問い合わせるとそれは違法だとの回答。
しかし日本は法治国家でありながら労働法を守られていないのが普通。
「労働法が…」とか言おうものなら周りに嫌な顔されたりする。
おかしくないですか?
法治国家において違法行為をしている会社を擁護するとか。
いったいいつになったら労働法がきちんと守られるのが当たり前な社会になるのでしょうか?
私が思ったのはそもそも労働法なんて公務員のためにあるだけなんじゃないかと…
だってほとんど守られていないのですから…
もちろん管理職など残業という概念自体がない役職があるのも知っているので管理職だからでしょとか言う回答にならないものはいりません。
一体なぜ国民の生命、人権に非常に重要な労働法がこうも軽々しくみられているのでしょうか?
そしてきちんと守るのが当たり前の時代はいつくるのでしょうか?
おかしいですよ。残業代を出さないのは違法です。そして、失業することは違法ではありません。つまりあなたが居なくなった後に、残業代が出なくてもいいから働かせてくださいという人が何十万人居るというわけです。実は雇用者と被雇用者の戦いではなく、雇用者同士のポストの取り合いが現在の過当競争(残業代なしでどこまで働くかという)を招いているというわけです。そしてこれは私の考えでは、自由競争の社会では正常な姿ですね。
残業代を出す会社と、残業代を出さない会社が、同じ業務で競争をします。残業代を出さない会社は違法です。いわゆるブラックというのでしょう。正義は勝つのでしょうか? 残業代を出す会社と残業代を出さない会社が同じように競争すれば、正義は勝たないと思います。会社がつぶれることは違法ではありませんね。正しさ、って何ですか?
不当な雇用は労監に訴えれば是正されますか。我々は実は月給3千RMB(4万3千円です)の連中と競争しています。日本の輸出産業がだめになることは違法ではないですね。
実は、労働側と雇用側の戦いなんて存在しない。実は労働者同士の戦いが、いまの状況を作っています。日本人労働者同士の戦いではなく、世界中の労働者との、どれだけ安くどれだけ激しくどれだけ賢く働くかという戦いです。競争ではない。淘汰ですね。
日本の派遣労働者問題が騒がしくなるちょっと前に、韓国紙の記事で「日本に派遣労働者という1千万人の低賃金労働者が出現して日本企業が競争力を取り戻しつつある」というのを見ました。なるほどなと思いました。
派遣労働を禁止して、残業は毎日2時間以内、残業代を出して、土日は休み。それで生産拠点は中国やベトナムに移して日本人は失業。こんな正しさなんて、誰が望みますかね? 自分は失業しないのが当然だ、と思うなら、正義のために戦うのが良いと思いますよ。実はそれは雇用者との戦いではなくて、「俺は家族を養うためにどんな理不尽な仕事にでもしがみつくんだ」という同僚との戦いなんです。
残業代を払わなくても良い方が経営者としては都合が良いのです。
労働者としては残業代を支払ってもらった方が都合が良いですね。
経営者の利益を考えた政治をするのが自民党、労働者の利益を考えた政治をするのが民主党のはずだったのに、うまくいきませんでした。
富裕層出身の議員や世襲の議員が実権を握っていて、マスコミが既得権益を守ろうとしているからだと思います。
マスコミは大企業の広告と政府の許認可で成り立っているので、大企業の経営者と政府官僚や自民党政権の味方です。労働者の利益を考えてはくれません。
テレビ離れが進んで、ネット上の自由な政治の議論が活発になると改善されていくと思います。
> 現在いる会社は残業代が出ないといわれました。
> 労働局に問い合わせるとそれは違法だとの回答。
> しかし日本は法治国家でありながら労働法を守られていないのが普通。
> 「労働法が…」とか言おうものなら周りに嫌な顔されたりする。
> おかしくないですか?
> ~~~~
> 一体なぜ国民の生命、人権に非常に重要な労働法がこうも軽々しくみられているのでしょうか?
> そしてきちんと守るのが当たり前の時代はいつくるのでしょうか?
>> 書き出しと末尾とで 主題やテーマが違うように感じます <<
時代のようなことを考えるならば、法律とか人権も一定普遍のもとのと考えないで、もっとダイナミックに考えた方が良いと思います。
国内の社会・政治・経済情勢でいくらでも変化します。関係する諸国との政治・経済情勢でもいくらでも変化します。労働や雇用に関する枠組みも、その時のその国の法律はもっとも重視される傾向がありますが、それがいつも排他的に最優先されるものではないです。
「国民の生命、人権に」という言葉も意味を考えた方が良いです。国民とは誰か、その定義に該当する人物は全て一人の例外なくということか、多くの例外はあっても全体像のことをいっているのかなどを考えた方が良いです。 「こうも軽々しく」という言葉も何が軽々しいのか、軽々しくはないのか、どのような段階的・グレースケールで考えているのか、あるいは二値的な状況のハズだと考えているのかも考えた方がいいです。
「こうも」は「斯くも・斯うも」で、「日本は法治国家でありながら労働法を守られていないのが普通」を受けているのかもしれませんが、「こうも」というのにはちょっと記述に不足があると思います。
日本語の使い方はともかく、匿名回答1号さんの回答にあるように、ある社会の中でのベース(通常行われている)ルールは、法律第一優先ではありません。相互的な面も多いし、政治情勢が動かすこともありますが、その社会で「何となく通常」を法律などで明文化しようとする傾向があり、法律はその社会で「何となく通常」を後追いしたり、理念や主張を述べているという面もあります。
資本主義、市場経済などの概念そのままでなくても、取引は関係状況で決まってきます。全般的に物価が上がれば、やがて契約も更改され世情にあった価格になります。逆も同じです。労働時間や労働環境も同じです。
もしも、雇用就労と賃金を取引と対価と考えるのであれば、時間制もあれば、出来高制、あるいは獲得成果反映制、期待利益反映制もあるでしょう。
時間貸しの駐車場と月極駐車場の中間的スタイルは見たことがないですが、一日最大120円のような時間貸し料金制はあります。 時給や定時労働時間制で日給月給などの場合でも、その地域、その業種、その職場、その仕事では、定時+1時間は定額の中、最大月額30時間分までという料金制だと考えれば、それほど不思議ではないです。
漁船で遠洋にいって漁をするときでも、工場やオフィスのような定時労働、定時休憩はできません。残業だって同じでしょう。
表にある法律や労働協約ばかりに100%しがみつくなら、匿名回答1号さんのいう「正義のために」だけを考えればいいのです。そんなふうには思わないヒトが多いの自然な世の中なのだと思います。
労働法ばかり考えない方が良いです。通常、道交法のきまりと、速度、徐行、あるいは自転車走行は違います。 少し前には自転車は法的には二人乗り禁止でした。
http://www.police.pref.gunma.jp/subindex/futarinori.pdf
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/tuiseki/465/
遵法精神が異常に重視されるような社会にシフトしつつあるような気もしますが、もともと法は社会を後追いするものです。後追いというのは、法が新設、改正される前にそうした世の中に一部は変わるものだということです。
遵法は“そこそこ主義”“自分のご都合主義”で大切にするのが良いと私は思います。
おっしゃるとおりだと思います。
2013/02/18 06:52:48政治の観点から補足すると、
欧米先進国では工場労働からサービス産業への構造転換が終わっています。
今の日本の政治は、規制緩和しないて新しいサービス産業分野の育成を阻害し、経団連の既存の製造業の延命を最優先にしています。そのために円安誘導して輸出産業の製造業を保護する必要があるわけです。輸出依存の製造業は中国や韓国とのコスト競争です。派遣労働者や期間労働者、そして残業を払う余裕の無い下請けの工員の雇用を確保します。一方で円安誘導は物価高騰をまねいて庶民の暮らしを破壊します。
一番の問題は構造改革の先送りと、規制緩和への抵抗だと思います。つまり政権を任せられる政党の不在と、新しいリーダーの不在を意味します。