夏目漱石の作品に、花嫁行列の描写で、花嫁が馬に乗っている話があります。明治時代だから、騎乗に関する制限がなくなったのでしょうか。または、婚礼はそもそも、特別なのでしょうか。
漱石の文章には、上級侍の出身の花嫁行列だとか、そういう記述はありません。
明治の読者層になら、上級侍出身に違いないと判断するなど、そういう面の常識はあるでしょうが、私たちにはそういう常識はありません。
貨物輸送の一種とおもえば普通では。むしろ嫁御が人じゃなく自分で動けない貨物扱い。
農作業馬も普通にかわれていましたし馬子にも衣装だし別に
「嫁入り 馬」「花嫁行列 馬」などの検索ワードでネット検索すると、東北やそれ以外の地域でも昔は嫁入りするときに花嫁が馬に乗るという風習があったようです。今、それを再現したり、地域のお祭りに組み入れられたりなどの話がでてきました。
ですが、「何故、花嫁だけは馬に乗って良いのか」というの点、いつ頃からその風習が始まったかについては記載がなく、困っています。
なお、輿(こし)は、武家以上の乗り物になるようです。
個人的な憶測としては
1)農耕馬に花嫁を乗せることで、沿道に集まったひとが花嫁を見やすくなった。
2)嫁入り道具一式のなかに、花嫁が乗る農耕馬も入っていた。
ですが、個人的な憶測なので……日本における、馬と人の文化史などについての研究書をひもとかないと分からないかも知れないと思います。
お役に立てませんでしたが、図書館での調査などのヒントになればと思います。
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★いずれにしても、描かれているのは、
農村の富裕な家の話(大地主~普通の地主~ちょっとした地主)だと思います。
あるいは、一般の本百姓でも、娘の嫁入りの際は奮発したのかもしれませんが。
「農耕馬が嫁入り道具のひとつでは」、とのご指摘に強い関心をもちました。
この見方によれば、馬は、また、嫁の嫁ぎ先のものとなります。
一方、馬は、嫁さんを移動させるための乗り物にすぎず、実家に戻すという考えもあります。
(もちろん、実家も、嫁ぎ先と合意の上で、そのような嫁入り道具を整えて沿道へみせるだけで、
実家自体も、馬は持ってはいない、というケースもあると思います。
つまり、臨時に借りてきて、後日、どこかへ返却かもしれません。
現代の貸衣装みたいなものです)
仄聞するところでは、
農耕馬としての馬は、わりと食物にうるさく、また、牛に比べ、すぐに疲れてしまうそうです。
牛は、たいていのものは喜んで食べ、頑丈に働くそうです。
たしかに、馬は動きが早いですが、馬を農耕に使っている農家は、
牛を農耕に使っている農家より、裕福な農家だと聞いたことがあります。
さらにその下に、牛も馬も持っていない農家があるそうです。
(全国統一のルールではないと思いますが)
>馬の所有権
先ほど思い出しましたが、「馬方」という運搬業の様な職業があります。そういう方に依頼していた可能性もありますね。
最近のお祭りや町おこし等の花嫁行列の時、綺麗な「馬装束」を馬に着せますね。そういう飾りは馬方が用意するのか、村とかで貸し出しするのかその点は分かりません。また、昔はそういうものはなく、少し良い着物を着せた花嫁を馬に乗せ、嫁入り道具を何らかの運搬手段で運んでいただけかも知れません。
こうなると、江戸時代などの庶民生活についての研究書などを大きな図書館で紐解くしかないかもと思います。民俗学のコーナーかな?
ちなみに、木曽馬はたくましい子です。
◆木曽馬 - Wikipedia :
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%9B%BD%E9%A6%AC
特徴の項目が参考になります。草だけでもOKというのはリーズナブルかも。
また、山の斜面の移動もOKということは、騎馬武者にも愛されたと思います。
一時期、生息数が少なくなり非常に危うい状況になりましたが、今では頭数も増え、木曽馬の牧場が長野にあり、乗馬体験ができるとTVかネット動画でみた記憶があります。
◆日本在来馬 - Wikipedia :
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9C%A8%E6%9D%A5%E9%A6%AC
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たしかに、花嫁衣装(着物)を来ていると大股で歩くことができないですね。
2013/07/11 01:11:57先方に到着してから着替える方が、汚れることもなく合理的ですが、
沿道の人(嫁入り先の村人かな)へのお披露目の観点では、
花嫁衣装で移動することに意義があると思います。