「全然」という言葉の本来の使い方。


「全然良いよ」とか「全然できない」とか日常会話で使う事がよくありますよね?

「全然+肯定」と「全然+否定」のどちらが間違ってるとかってありますか?
それともどちらも正しい使い方ですか?

回答の条件
  • 1人5回まで
  • 登録:
  • 終了:2013/08/22 18:53:24

ベストアンサー

id:Yoshiya No.3

回答回数1047ベストアンサー獲得回数280

なぜ広まった? 「『全然いい』は誤用」という迷信 ・ことばオンライン(日経新聞社 2011.12.13)

「全然いい」といった言い方を誤りだとする人は少なくないでしょう。一般に「全然は本来否定を伴うべき副詞である」という言語規範意識がありますが、研究者の間ではこれが国語史上の“迷信”であることは広く知られている事実です。迷信がいつごろから広まり、なぜいまだに信じられているのか。こうした疑問の解明に挑む最新日本語研究を紹介します。

明治から昭和戦前にかけて、「全然」は否定にも肯定にも用いられてきたはずですが、日本語の誤用を扱った書籍などでは「全然+肯定」を定番の間違いとして取り上げています。国語辞典で「後に打ち消しや否定的表現を伴って」などと説明されていることが影響しているのか、必ず否定を伴うべき語であるようなイメージが根強くあるようです。

(以下略)


上記の記事を読めば分かりますが、「全然+肯定」「全然+否定」どちらも誤用では無い様です。

id:spark_4573

皆さんありがとうございました。
Yoshiyaさんの回答が一番分かりやすく理解できたのでベストアンサーにします。

2013/08/22 18:53:19

その他の回答5件)

id:taddy_frog No.1

回答回数832ベストアンサー獲得回数83

「全然+肯定」がおかしくて、
「全然+否定」が、普通だと思います。

id:windofjuly No.2

回答回数2625ベストアンサー獲得回数1149

肯定、否定のどちらでも使えるのですが、
特定の年代の多くの人は「全然+肯定」に対する違和感を拭い去れないみたいです。

http://www.nikkei.com/article/DGXBZO37057770W1A201C1000000/

id:Yoshiya No.3

回答回数1047ベストアンサー獲得回数280ここでベストアンサー

なぜ広まった? 「『全然いい』は誤用」という迷信 ・ことばオンライン(日経新聞社 2011.12.13)

「全然いい」といった言い方を誤りだとする人は少なくないでしょう。一般に「全然は本来否定を伴うべき副詞である」という言語規範意識がありますが、研究者の間ではこれが国語史上の“迷信”であることは広く知られている事実です。迷信がいつごろから広まり、なぜいまだに信じられているのか。こうした疑問の解明に挑む最新日本語研究を紹介します。

明治から昭和戦前にかけて、「全然」は否定にも肯定にも用いられてきたはずですが、日本語の誤用を扱った書籍などでは「全然+肯定」を定番の間違いとして取り上げています。国語辞典で「後に打ち消しや否定的表現を伴って」などと説明されていることが影響しているのか、必ず否定を伴うべき語であるようなイメージが根強くあるようです。

(以下略)


上記の記事を読めば分かりますが、「全然+肯定」「全然+否定」どちらも誤用では無い様です。

id:spark_4573

皆さんありがとうございました。
Yoshiyaさんの回答が一番分かりやすく理解できたのでベストアンサーにします。

2013/08/22 18:53:19
id:hagarenn11 No.4

回答回数216ベストアンサー獲得回数33

もともと全然という言葉は打ち消す意味の言葉であって、「全然+否定」が正しいです
よく「全然大丈夫」とか言いますけど、それが日常会話として執着してしまったため使ってしまうんだと思います

例えば「全然美味しくない」だったら"美味しくない"という言葉を修飾しています
さらに意味を深めているのです
それでは「全然美味しい」
…これはどうでしょうか?
明らかに不自然だという事がお分かりいただけたと思います
全然というのは最初に少し述べたように、
"その事柄を全面的に否定する様子。全く。---新明解国語辞典より"
意味的にもおかしい
というわけで、「全然+否定」が本来の形です

id:adlib No.5

回答回数3164ベストアンサー獲得回数243

 
 最後の審判 ~ 文法学者か、原民族か、他民族か ~
 
【試論】 Grammars of the Google, by the Google, for the Google.
 
 近未来の言語は、翻訳ソフトを通じて読み書きされる(だろう)。
その人数は、原語の民族より多くなる(はずだ)。
 
 Language in the near future, is read and written through
translation software.
 The number of people, is more than ethnic original language.
 
【訳例】 ○=ほぼ正しい、△=容認できる、×=容認できない。
 
 全然よい   → Good at all      ○ 全然良い
 全然わるい  → The bad at all    ○ 全然悪い
 全然できる  → I can be at all    × 私は全くでき
 全然できない → I can not at all   ○ 私は全然できません
 
 断然よい   → Good by far      △ はるかに良い
 断然わるい  → The bad far      × 悪い遠く
 断然できる  → I can definitely   ○ 私は間違いなくすることができます
 断然できない → Can not be absolutely ○ 絶対にすることはできません
http://translate.google.co.jp/
 
【私論】 過去Q&Aより
 
…… 学者が文法を生産する。
http://q.hatena.ne.jp/1375367192#a1209699(No.2 20130802 01:13:19)
 私文法外論 ~ 言語学は、故事や由来から離脱すべきだ ~
 
……「慣例だから、辞書に載ってるから、大学教授がテレビで云ってた」
 ほんとうは敬語や文法は、おなじ数だけ国語学者が存在するんですよ。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1279459.html(No.3 20050319 23:45:00)
 
…… 四大文法 ~ 山田文法、松下文法、橋本文法、時枝文法 ~
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6764233.html(20110526 07:59)
 つぎの日本語の主語は、どれですか?
 

id:adlib

 
 曲折 ~ 父が搗き、子が捏ねし広辞苑、座して喰った岩波書店 ~
 
…… 〔副〕(下に否定の語を伴って)全く。まるで。「―わからない」
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/B000J98TJQ
── 新村 出《広辞苑 19550525 第二版 19690516-19711118 岩波書店》P1269
 
 上記は、わたしの蔵書(第五刷)から、下記は、知恵袋の回答より。
 ここで、19690516-19831206 第三版までの14年余を特定しています。
 以下、「全然」の語釈に見る『広辞苑』の歴史。これぞ模範解答です。
 
…… ここに断絶があります(略)これが猛威を振るったのです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1180749001
(編集:2012/2/4 02:25:18 回答:2012/2/4 02:18:51 by fontomanie2)
 
 新村 出 言語学 18761004 山口 京都 19670817 90 /東京大学教授/猛の父
 新村 猛 仏文学 19050802 東京 愛知 19921031 87 /橘女子大学長/出の次男
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%BF%B7%C2%BC+%BD%D0
 

2013/08/19 19:03:53
id:drakiti63 No.6

回答回数417ベストアンサー獲得回数38

「全然+肯定」が間違いで、「全然+否定」が本来正しい表現方法だったのですが、今やテレビのアナウンサーまでが、「全然+肯定」という表現を使うくらい、普及してしまったので、「全然+肯定」は、正しい表現になってしまったと言えるでしょう。
かつては、「とても」という言葉が、「とても+肯定」が間違い、「とても+否定」が正しい表現だったのですがこれについては、今や何の抵抗感もなく使っている表現なので、私はまだ、抵抗感がありますが、「全然+肯定」という表現が正式に正しい表現となることでしょう。

  • id:hagarenn11
    hagarenn11 2013/08/17 23:30:50
    皆さんの回答を拝見させてもらうとどちらの使い方も通用するようですね
    すいません
  • id:windofjuly
    うぃんど 2013/08/18 00:08:28
    この質問は「本来の使い方」なので、どちらでも使えると回答しています。

    話を現代国語の範囲に限定するならば、教育現場において否定のみを教えられ、
    肯定での使い方は推奨されていないばかりか、多くの試験で×となるなども付け加えておきます。

    すなわち hagarenn11 さんの回答は対象範囲が限定されているだけで、
    対象範囲さえ間違えなければ誤りとはならないものです。
  • id:Yoshiya
    http://www.ninjal.ac.jp/publication/catalogue/kokken_mado/24/08/
    コラム「全然,納得いってます」(広報紙「国語研の窓」 > 第24号(2005年7月1日発行)・国立国語研究所)
    >>
    実はそうではないのです。『羅生門』が書かれたのは大正4年ですが,明治から大正,昭和のはじめにかけては,「全然」は〈完全に,100%〉という意味で否定でも肯定でも使われていたのです。例えば児童教育の専門誌『児童研究』には「其行為ト意志トハ,全然健康ニシテ」「全然痛覚ノ正常ナリシコト」(明41)「主観と対象とは全然一つとなりて」(大9)のような,また『東京日日新聞』(のちに『毎日新聞』が吸収)の記事では「全然据置に決定した」(昭3)「全然新たな基準」「全然その趣旨に賛成」「方針は全然同一である」(昭13)といった例があります。芥川と同時代の作家の作品にも珍しくありません。大正の終わりごろから否定を伴う例が多くなってきますが,それが正しい用法だ,と言われるようになるのは戦後になってからです。

    『羅生門』の「全然」について,市販の生徒用自習書(いわゆるトラの巻,あるいはアンチョコ……今はどちらも死語?)を見ると,次のように説明しているものがあります。

     ・副詞 「全然」 は, 本来, 下に打ち消しの語を伴う。
     ・下に否定の語を伴うのが普通だが,これは原則を破った用い方。
     ・「全然」は下に打ち消しを伴うのが一般的だが,ここでは破格。

     これらの記述はいずれも不適切です。「全然」は「本来」打ち消しの語を伴う副詞というわけではありません。そして大正4年の作品に現在の国語の規範をあてはめて,「原則を破った」「破格」などというレッテルを貼(は)るのも正当ではありません。

    現在の国語の規範は尊重されるべきでしょう。しかしそれが「本来の」用法かどうかは日本語の歴史の中での実態を調べてみなくてはならず,軽々しく判断はできません。また現在の規範を過去にあてはめることも慎重であるべきなのです。
    <<
  • id:Kaoru_A
     「全然~」という話。言葉はある意味「生き物」で、日々刻々変化し続けているという事の一例になると思います。
     
     とはいえ、学校教育などでは「一定の基準」をもうけなくてはなりませんから、擬音のカタカナ・ひらがな表記や、今回の「全然」などのような使い方については、歴史上の変遷はさておき、基本的には「現在」こういう風になっておりますというのはあるでしょう。

     さておき、こういう事例については「全然」がよく引き合いに出されますが、他にも何かあるのかなというのが気になるところですね。

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

回答リクエストを送信したユーザーはいません