村上春樹の「多崎つくる〜」の英訳に以下の文が出てきます。「I wouldn’t say Ihave apassion for it.」
原文では、「僕の場合、それを作ることに情熱を燃やしているわけではない。」(p53)とあります。
この際のI wouldn’t say のニュアンスが良くわかならいのです。どなたか解説してくださいませ。
(注)「fot it」が「それを作ること」となっているのは、前の会話文の流れを受けています。
仮定法ですから、直訳するなら「言わないだろう」ですよね。
「もし」の部分が省略された仮定法ですが、何が省略されたかは容易に想像できます「情熱を燃やしているかと聞かれたなら」ぐらいの仮定です。
「どちらかと聞かれたなら、燃やしていないと答えるだろう」
↓
「どちらかと言えば、燃やしていない」
↓
「燃やしているわけではない」
こんなニュアンスの理解でよろしいかと。
仮定法ですから、直訳するなら「言わないだろう」ですよね。
「もし」の部分が省略された仮定法ですが、何が省略されたかは容易に想像できます「情熱を燃やしているかと聞かれたなら」ぐらいの仮定です。
「どちらかと聞かれたなら、燃やしていないと答えるだろう」
↓
「どちらかと言えば、燃やしていない」
↓
「燃やしているわけではない」
こんなニュアンスの理解でよろしいかと。
Sampoさん、ご回答ありがとうございます。懸案のセンテンスを、あらためて読んでみました。ご参考のため、次につづくセンテンスも書いてみますね。
「それに、僕の場合、それを作ることに情熱を燃やしていると いうほどのことでもない。ただ限定された対象に興味を持っているということだけだよ。」
「And I wouldn’t say I have a passion for it,exactly.I just have an interest in one specific thing.」
Sampoさんのおっしゃる「情熱を燃やしているかと聞かれたなら」というのは、スッキリするニュアンスだと思いました。
「それに、僕の場合、(情熱を燃やしているかと聞かれたら)それを作ることに情熱を燃やしているというほどのことでもない。ただ限定された対象に興味を持っているということだけだよ。」
文法的には仮定法だと思いますが、それほど強い意味はないと思います。
Would you like ~ ? (~は、どう?)とか、
I wouldn't say no. (喜んで!(いやなんて言わないさ))とかのような。
強いて言うなら「ぼく」が仮定の対象なのかと思います。
前後の文脈によりますが、他のアーティストは製作に情熱をもって取り組んでいるかもしれないけど、ぼくは(それほど)情熱を燃やしているわけじゃないんだ、というニュアンスなのかなと思います。
小説の内容より「アーテイスト」を「駅作りを志す学生」に変えさせていただいております
すみません、本を読んでなくって (^^;
「他者の気持ち(状況)」というより「一般の人の...」という感じかな、と。
「ぼく以外」なので、指しているのは同じ人達ですけれど、「ぼくは普通の人とは違うらしいね」という感じなのかな、と思いました。
英文を読んでいると、ほーんと、wouldがよく出てきます。おかげさまで、wouldが出てきたときのタメというか、引っかかりというか、むむ!という感じが出来たように思います。ありがとうございました。
Sampoさん、ご回答ありがとうございます。懸案のセンテンスを、あらためて読んでみました。ご参考のため、次につづくセンテンスも書いてみますね。
2015/03/11 11:02:47「それに、僕の場合、それを作ることに情熱を燃やしていると いうほどのことでもない。ただ限定された対象に興味を持っているということだけだよ。」
「And I wouldn’t say I have a passion for it,exactly.I just have an interest in one specific thing.」
Sampoさんのおっしゃる「情熱を燃やしているかと聞かれたなら」というのは、スッキリするニュアンスだと思いました。
「それに、僕の場合、(情熱を燃やしているかと聞かれたら)それを作ることに情熱を燃やしているというほどのことでもない。ただ限定された対象に興味を持っているということだけだよ。」