①選挙権:
だんだん、限定され、選挙候という形に集約されたことは世界史で習いましたが、当初は、どんな感じか、教えて下さい。
カロリング朝が断絶のときに、選挙権の範囲を決めたのだろうと想像してます。どういう手続きを踏んで、その範囲をどう決めたのか。
②被選挙権:
ハプスブルクの初代皇帝は、もともと大諸侯ではないです。
選挙権は持っているというレベルの諸侯でなくては、いけなかったんだろう、と思ったのですが、どうでしょう。(選挙権を持っている諸侯の一族でも良かったかもしれませんが。例えば、息子、弟、伯父叔父、従兄弟など。)
逆に言うと、選挙権を持っている諸侯の家臣レベル(つまり「又家来」)や、有力者であっても町人(例えば、フッガー家)や、だだの人たち(一般町人や、大地主や、農民)などではダメだめだったのだろうと思います。
他方、フランス国王が選挙に立候補したことがありますが、フランス国王に、選挙権はなかったと思われるので、悩んでいます。
ではいったい、被選挙権は、どういう決まっていたのでしょうか。
コメント(1件)
元が都市国家だから、オリジナルの市民は更に少ない。