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キリスト教では、人は死んだら、「良い人はすぐにパラダイスへ行き、悪い人はすぐ地獄へ行く」のでしょうか。

それとも、「①良い人はすぐパラダイスへ行き、②すこし問題のある人は煉獄に行き、修行してからパラダイスへ行き、③悪い人は地獄へ行く」のでしょうか。
または、死んだら当分の間は、死んだままで、最後の審判の時に、「①良い人は、パラダイスに生まれ、②悪い人は、地獄に落ちる」のでしょうか。
ローマカトリックの考え方でお願いします。東方教会(ロシア正教とか)の立場、ルター派の立場の回答でも勿論結構です。その時は、ロシア正教であるとか、ルーテル教会であるとか、示してください。


質問した理由ですが、ゴルゴタの丘で、イエズス様は、となりに居る盗賊の一人に、「あなたは、今夜?、パラダイスにいるであろう」と言ったと聖書に書いてあるので、死んだら、すぐに、パラダイスに行くということになっているのかと思っていましたが、「最後の審判」の話を聞いて、混乱してしまったからです。

回答の条件
  • 1人5回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2019/08/12 23:50:05
  • 終了:2019/08/19 23:55:05
匿名質問者

質問者から

匿名質問者2019/08/14 05:22:53

煉獄の件ですが、ダンテの「神の国」に出てきたので、そういうものが想定されているかもしれないと思いました。しかし、ダンテはルネッサンスの人ですから、カトリックの正統派から少し離れているのかもしれないとも考えています。

回答(0件)

匿名質問者

質問者から

匿名質問者2019/08/12 23:51:43

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  • 匿名回答1号
    匿名回答1号 2019/08/13 06:00:23
    聖書には、
    死んだ人は保存されてて、終わりの日に全員生き返って、
    その時生きてた人と一緒に、善人と悪人に分けられる、
    という事が書いてあります。

    ダンテの神曲は、
    聖書以外の、ギリシャ・ローマ神話や、現地の民間伝承の影響も受けてると思います。
  • 匿名回答1号
    匿名回答1号 2019/08/13 06:07:03
    イエス・キリストの時代は、ユダヤはローマの植民地で、
    ローマ以外の国から来た外国人も沢山いましたから、

    一般人の間では、外国の天国と地獄観も混ざっていたので、
    イエスと一緒に十字架につけられた人が、死んだ人はすぐ天国か地獄に行くと思っていたので、
    イエスは、難しい説明をしないで、あえて話を簡単にしたのかも知れないです。
  • 匿名回答2号
    匿名回答2号 2019/08/13 06:33:45
    https://ja.wikipedia.org/wiki/辺獄

    読むといいかも
  • 匿名質問者
    匿名質問者 2019/08/13 21:41:16
    匿名回答1号さま

     ありがとうございました。
     聖書に従えば、やはり、「復活の日まで、待っている」というわけですね。

     煉獄というのは、聖書にも記載があったか、どうか、
     私は把握してはいないのですが、聖書というふうに限定せず、
     ギリシャローマ神話での考え方や
     フィレンツェ近郊などの民間伝承なども、含まれているかもしれないと
     考えればいいですね。
     ひょっとすると(フィレンツェは先進地域で、異教的な、異端的な、
     考えも、いろいろとあったかもしれず)、グノーシスでの考え方にも
     煉獄のようなものがあったのかもしれないですね。

     (盗賊相手の話ですし、
      当時のユダヤ教と考え方と照らして正確かどうかなどを気にせず、
      簡単に表現しただけかもしれないですね。)
     
  • 匿名質問者
    匿名質問者 2019/08/13 21:46:08
    匿名回答2号さま

     ありがとうございます。
     「辺獄」というのも知りませんでした。
     ゴルゴタの丘での話についても、言及されており、
     頭が整理できました。東方教会のことにも触れていました。
     いろいろと読んでみないといけないと思いました。

     東京に出たときにでも、
     銀座の書店(キリスト教関係の本がある)や、
     御茶ノ水のニコライ堂の受付(東方教会の本がおいてある)などで、
     いろいろと書物を探してみるのがいいと思いました。
  • 匿名回答2号
    匿名回答2号 2019/08/15 12:50:59
    気になった点を幾つか

    ユダヤの1日は日没に始まり日没に終わります
    カルバリにおける処刑当日は安息日の前日で
    日没の到来とともに安息日に突入してしまうのでその前に早く殺してほしい
    (その日のうちに埋葬まで済ませてしまいたいとの意味です。
     そうでなければイエスの死体は安息日が明けるまで野晒しにするしかありませんでした)
    とユダヤ人指導者達が騒いだ結果としてイエスはローマ兵に槍で貫かれました
    ですから十字架上で「今夜」と言ったのだとすると
    それはすでに過ぎ去った過去でしかありえないという事で
    直近の未来を指す語としては不適切である、となります

    ダンテの表現したものが当時のカトリックの思想から外れるものであった可能性について
    魔女狩りの嵐が吹き荒れていた中世ヨーロッパにおいてそれは不可能に近く
    仮に命の危険を顧みず発表したとしても今日までその作品が残る事は無いと私は思います
    今日では奇異に思えるモーセの角を表現した作品は現在まで数多く残されている
    つまりはそういう事なのではないかと思いますけれども
  • 匿名質問者
    匿名質問者 2019/08/17 22:58:11
    貴重な知識をありがとうございます。
    「ユダヤの1日は日没に始まり日没に終わります」
      ●十字架に架けて、そのまま息絶えるまで放置するよりも、
       槍で突いて絶命させた方が苦しまないで済ます。
       当時のローマの刑罰に、十字架刑があったとして、
       あったとすれば、
       自然と息絶えるまで放置するというのが自然な感じがします。
       しかし、聖書によると、槍で突いて絶命させたとあります。
       このことについて、安息日と絡めた理由があるということは、
       全く気が付きませんでした
       (あまり聖書や他を詳しく読んでいないからかもしれませんが)

      ●過越しの晩というのは、新しい一日が始まって最初の食事のときの
       お作法の話なのですね。詳しく考えたことがありませんでした。
      ●イエズスキリストの生誕は、日が暮れてからか、と思っています。
       西欧絵画では、三博士は、夜の背景で、
       イエズスキリストを拝んでいるみたいなので。
        (誤りでしたら、申し訳ありません)
       すると、イエズスキリストの生誕は、
       12月25日の始まったばかり、日が暮れてからのことですね。
       日本では、クリスマスイブのお祝いは、夕方日が暮れてから行いますが、
       そのあと、朝が明けたあとに、お生まれになったのではなくて、
       朝が明けてさらに日が暮れてからにお生まれになった、というふうに、
       子供に説明しないとおかしくなってくるのですね。
       
       
  • 匿名質問者
    匿名質問者 2019/08/17 23:01:47
    ダンテの表現したものについて

      ありがとうございます。
      異端審問や魔女狩り裁判などの危険がありますね。
      
      ダンテというと、
      ルネッサンスとして、古代ローマや古代ギリシャの復権とか、
      新プラトン主義とか、そんなイメージがありましたが、
      出版すると、「異端であるとの動かぬ証拠(?)」を、
      相手に握られることになります。
      おっしゃるとおりだと思いました。

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