匿名質問者

説教をするのが好きな人はいても説教を受けるのが好きな人はいるのでしょうか?


少なくても私は説教を受けるのは嫌いです。

何か失敗したり悪いことをしたから説教を受けるのは、反省を促すために仕方がないと思うのですが、yahoo知恵袋で30分、1時間、2時間と説教を受けたという人を見かけました。

私は長い説教は苦痛でしかないと思います。

そこで質問ですが、

説教を受けるのが好きな人はいますか?あるいは説教を受けて感謝していることはありますか?

長い説教に意味はあると思いますか?

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  • 終了:2021/06/24 09:44:51

ベストアンサー

匿名回答5号 No.5

説教は本来宗教的なもので説法とも呼ばれています。つまり宗教の教えを人々に聞かせて回ることなので、本来の意味では説教を聞きたがる人はある程度はいると言えます。

しかし、一般的に使われている説教はいわゆる「お説教」なので、仏教的な意味は全くなく、年配の人が若い人に、あるいは上司が部下に一方的に講釈をたれるという意味で使われています。

お説教の内容は年配者の過去の経験や一般常識などの話がほとんどなので、聞かされる方はうんざりする内容です。しかも、同じことを何度も繰り返す人が多く、ほとんどの人は早く終わることを願いながら聞いているはずです。

そんなお説教なので、お説教を聞かされるのが好きという人はほとんどいないでしょう。しかし、一定の条件を満たしていれば、お説教が好きになる可能性はゼロではないでしょう。

◆お説教が好きになる条件

・そのお説教が的を射ている

 ほとんどありませんが、そのお説教の内容が的を射ていてためになるというケースが考えられます。ミスや失敗を指摘してくどくどとお説教するパターンが多いので、珍しいパターンではあります。

 まず、内容がミスの指摘ではなくそのミスを繰り返さないためにはどうしたらいいのかを教えてくれること。こうしたお説教であれば、聞く価値は十分にあるので、改善策をただで教えてくれるのでむしろ聞きたくなるでしょう。

・お説教の時間が短い

 いくらお説教の内容が素晴らしくても、要領を得ずにやたら時間が長い場合はそもそも聞く気が無くなります。

 役に立つ内容であると同時に、短くわかりやすいお説教だと、また聞きたくなるかもしれません。

自分自身ではお説教は短くても好きにはなれませんが、何でも吸収して自分のものにしてやろうという気概のある人は条件付きで好きになるかもしれません。

反対に長いお説教は百害あって一利なしだと思います。なぜお説教が長くなるかというと、同じことを何度も話してしまうからです。

また、お説教の内容も仕事に役立つことが少なく、単にミスを指摘してネチネチと責め立てるだけのことが多いので、聞く価値もありません。

「はい、わかりました。取引先と約束があるので失礼します。」といって、きりのいいところで中断させましょう。

中身のないお説教を長い時間聞くくらいなら、体を休めた方がよほど仕事の役に立ちますよ。

その他の回答5件)

匿名回答1号 No.1

本来の意味の説教ならいるでしょ。

匿名回答2号 No.2

たとえば、何か自分が仕事上でミスをしたとして、ミスの原因究明や「どうしてそれをしてはいけないのか」といったリスクの説明みたいな有益な話であれば、話がかなり長くなったとしても、それはミスの再発防止に必要な話であって苦痛には感じないし、むしろ感謝することもあると思います。

一方、感情的な叱責であったり、過去の他のミスも持ち出して無駄になじられたりすれば当然苦痛です。

本来の「説教」って前者のようなありがたいものだと思うんですが、一般的に苦痛に感じないような有益な話のことは「説教」とは言わないんですよね。だいたい世間で言われてる説教は後者です。

で、後者のほうの「説教」に意味があるかどうかですが、説教する側には意味があるんじゃないでしょうか。怒りやいらだちといった感情を発散することができるし、とりあえず形だけでも後輩や部下を指導したという実績にはなります。「説教されて面倒だから」っていう気持ちでミスや悪事の再発は防げるかもしれません。隠蔽につながる可能性もありますけどね。

匿名回答3号 No.3

 

 仏教やキリスト教の信者は、お布施や献金を用意して拝聴します。

 質問者のいう説教は、いわゆる“お説教=お小言”のたぐいであり、

以下は、この質問への正調“お節介な繰り言”です。

 

〔Sermon 1〕

 

 Francesco d'Assisi 修道士 1182‥‥ Italy 12261003 44 /聖公会

/籍=Giovanni di Pietro di Bernardone/フランシスコ会創設

/記念日 1004/12280716(グレゴリウス IX)列聖

 

…… 聞く者がいないとき、小鳥を相手に説教したという逸話を描いた。

── ジョット⦅小鳥への説教 1305‥‥ Italy⦆

 Giotto di Bondone   画家 1267‥? Italy 13370108 70 /建築家

https://paradjanov.biz/japan/otsuka/628/

 

── 《小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ》伝説集

http://music-box.co.jp/archives/6274

   

〔Sermon 2〕

 

https://q.hatena.ne.jp/1535872814#a1268742(No.2 20180904 14:30:00)

 

…… その後まもなくたまたま彼の説教に出席したところ、聞いている

中に、後で献金を集めるつもりのことに気が付き、自分は一文だって出

すものかと、ひそかに腹をきめた。この時私のポケットには、銅貨が一

と握り、スペイン・ドルの銀貨が三、四枚、それに金貨で五ピストール

あった。ところが、説教が進むにつれてその決心も次第にゆらぎ出し、

やがて銅貨だけは出すことにしようと考えた。さらに今しばらく彼の

弁舌を聞いている中に、そうした考えが恥ずかしくなってきて、銀貨も

一緒に出すことにしようと考え直した。だが、説教の結びがひときわ見事

だったので、私は金貨もなにもかも、ポケットの中にあった金を全部

献金皿にあけてしまった。この時の説教には、クラブの者がいま一人き

ていたが、彼はジョージアに孤児院を建てることについては私と同意見

であったから、あるいは献金を集めるつもりでもあろうと思い、その用

心に家を出る時ポケットを空にしてきていた。しかし、説教が終りに近

づくにつれて自分も献金したくてたまらなくなり、近所の人が傍に立っ

ていたので献金する金を貸してくれと頼んだ。ところが、運の悪いこと

に、その頼んだ相手というのが、聴衆の中で断乎として牧師の話に動か

されなかった恐らく唯一の人物だったのである。彼が答えて言うには、

「ホプキンスンさん、他の時だったらいくらでもお貸ししましょう。

だが、今はだめです。お見受けするところ、あなたは頭がどうかしてお

いでのようですからね」

── フランクリン《自伝 19570107-19870420 岩波文庫》P171-172

http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4003230116

 

 Franklin, Benjamin 17060106-0117 England America 17900417 84 /

http://q.hatena.ne.jp/1219107727(20080819 10:02:07)

 

…… 彼らは、学者であるよりも、プロテスタントの宣教師が、あざや

かな説教で聴衆の心を捉え、巨額の献金をまきあげるテクニックの継承

者とみられます(ハーバード白熱教室は、実在する哲学講座の異称です)。

http://q.hatena.ne.jp/1278268501/267178/#i267275(20100707 06:36:51)

   

〔Sermon 3〕

 

 美談の岐路 ~ 東京から200キロ、タクシーなら約6万円 ~

 

…… 新島 襄(32)が、アメリカの教会で熱弁をふるった。日本での

学校設立資金に、たちまち5000ドル(現在の1.5億円?)が集まった。

 老農夫も現われ、帰りの汽車賃2ドル(6万円相当?)まで寄付した。

https://q.hatena.ne.jp/1480533469(20161201 04:17:49)

 あなたならどーする ~ ほんとに歩いて帰っちゃうの ~

 

 Niijima, Joh 同志社校祖 18430212 江戸 小田原 18900123 48 /客死

/天保14.0114/18751129 創設

http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%BF%B7%C5...

 

匿名回答4号 No.4

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勿論 いますよ。

匿名回答5号 No.5

ここでベストアンサー

説教は本来宗教的なもので説法とも呼ばれています。つまり宗教の教えを人々に聞かせて回ることなので、本来の意味では説教を聞きたがる人はある程度はいると言えます。

しかし、一般的に使われている説教はいわゆる「お説教」なので、仏教的な意味は全くなく、年配の人が若い人に、あるいは上司が部下に一方的に講釈をたれるという意味で使われています。

お説教の内容は年配者の過去の経験や一般常識などの話がほとんどなので、聞かされる方はうんざりする内容です。しかも、同じことを何度も繰り返す人が多く、ほとんどの人は早く終わることを願いながら聞いているはずです。

そんなお説教なので、お説教を聞かされるのが好きという人はほとんどいないでしょう。しかし、一定の条件を満たしていれば、お説教が好きになる可能性はゼロではないでしょう。

◆お説教が好きになる条件

・そのお説教が的を射ている

 ほとんどありませんが、そのお説教の内容が的を射ていてためになるというケースが考えられます。ミスや失敗を指摘してくどくどとお説教するパターンが多いので、珍しいパターンではあります。

 まず、内容がミスの指摘ではなくそのミスを繰り返さないためにはどうしたらいいのかを教えてくれること。こうしたお説教であれば、聞く価値は十分にあるので、改善策をただで教えてくれるのでむしろ聞きたくなるでしょう。

・お説教の時間が短い

 いくらお説教の内容が素晴らしくても、要領を得ずにやたら時間が長い場合はそもそも聞く気が無くなります。

 役に立つ内容であると同時に、短くわかりやすいお説教だと、また聞きたくなるかもしれません。

自分自身ではお説教は短くても好きにはなれませんが、何でも吸収して自分のものにしてやろうという気概のある人は条件付きで好きになるかもしれません。

反対に長いお説教は百害あって一利なしだと思います。なぜお説教が長くなるかというと、同じことを何度も話してしまうからです。

また、お説教の内容も仕事に役立つことが少なく、単にミスを指摘してネチネチと責め立てるだけのことが多いので、聞く価値もありません。

「はい、わかりました。取引先と約束があるので失礼します。」といって、きりのいいところで中断させましょう。

中身のないお説教を長い時間聞くくらいなら、体を休めた方がよほど仕事の役に立ちますよ。

匿名回答6号 No.6

ミスを指摘されると、その瞬間は「ウザッ」て感じますよ、そりゃ。

でも指摘されない限り、自分じゃ気付かずにミスを続けたあげくに周囲から馬鹿にされたり、信用を落としたりするかもしれない。

そう考えるから「ムカつくけど、結果的には指摘してもらえて良かったな」とは思います。

相手が親切のつもりで指摘してくれた場合もあるだろうし、単にミスが許せない完璧主義者なのかもしれないし、嫌みなのかもしれない。だから、感謝の気持ちを持てないなら、それはそれで良いと思いますよ。

ただ「誰の意見も聞きたくない」とブロックし続けてると、誰もあなたに何も言わなくなるでしょうね。それは孤立を意味します。

誰からも相手にしてもらえない頑固親父みたいな存在になってしまい、淋しい人生を送ることになるんじゃないかなぁ。

ま、それも一興だとは思いますが、私は嫌なので、ムカついても「結果的には良かったんだから、一応感謝しておこう」と考えるようにしています。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q121428...


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まぁ確かに尊敬してない人や嫌いな人からどんな言葉を頂こうがウザイで終わる事は多いですね。

相手との関係性が大きいでしょうね。

私が今までの人生で一番良く覚えている説教ベスト1は、

「卑怯な物の言い方をするな!」ですかね。

小学校5年生の時の担任に、職員室で鼻血が出てぶっ飛んだ勢いでロッカーが凹む程ブン殴られた後に言われました。今なら問題でしょうけど、グーで殴られたのはその時だけだったかな?

怒られた原因は些細な事でした。

掃除の時間にホウキをバットに見立てて野球遊びしてて、投げて来た黒板消しを打ち返したら窓ガラスの方へ飛んで行きガラスを割ってしまいました。職員室の先生の所に行き

「先生、ガラスが割れました。」と報告した途端にぶん殴られました。

そして、「ガラスは自分から割れたりしない、お前がガラスを割ったんだろうが、本当に反省しているやつは、僕がガラスを割りました。と言うはずだ! 言葉使いに本心がでるんだ! 卑怯な物の言い方をするな!」って説教されました。

当時は全く意味が分かりませんでしたけど、大好きな先生だったので、その先生に怒られた事がショックで凄くこの言葉が印象に残りました。


小学5年生をブン殴ってまで言わなきゃいけない説教かは置いといて、この説教には今は、感謝してますね。

https://okwave.jp/qa/q8930912.html


--


実際に、長い説教の末怒られているポイントがわからなくなっていしまう人の意見を調査すると…

「情報量が多すぎて5分を経過した頃から頭がぼーっとしていまい、よくわからないまま説教タイム終了」(20代男性)

「怒られすぎて頭が真っ白になってしまい、我に変える頃には説教が終わっているから」(20代女性)

「毎回長いこと説教する上司だと、そもそも話を聴いてないから」(30代男性)

「最初は真摯に受け止めていたが、途中から上司の話に枝葉がつき話が横道にそれるので、終わった頃には反省するポイントがわからなくなる」(30代女性)

「相手に期待しているから怒る」「怒られている内が華」といわれるように、部下に真剣に思いを伝えようとするあまり、あれこれ口を挟んでしまい、つい長丁場になってしまうのかもしれない。

https://news.nicovideo.jp/watch/nw3944044


--


説教したがる人は話が長くなりがちです。

30分、1時間、中には2時間も説教をする人がいます。

説教したがる人はもともとはミスをした人に注意、指導をすることが目的だったのに、話すことが説教にずれていきます。

説教が長いと聞き手は集中力が切れてイライラしてくるのですが、説教したがる人はそこまで考えていません。

https://yowatarijyouzu.jp/main/59.html

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