あけましておめでとうございます。
新年一発目ということで、無理からトップバッターを取ろうとベリーショートストーリを書いたのですが、なんだかんだで4本立てとなりました。
#1『ひゅうまじゃないけど』
お得意の野球ネタです。お題を完結に表してみました。
#2『フィルムカメラってまだあったっけ』
お題を巧く捻って取り入れました。そんだけ。
#3『2億4千万の星屑』
割と楽しく書けました。読みようによっては(というか必然的に)ちんぷんかんぷんかも
知れませんがどうやら、私はこういうのが(こういうのも?)好きなようです。
ただし、全然お正月っぽくありません。
#4『触っちゃいけないほうのT&K&M』
今から書くのですが、やはり野球ネタです。季節感無視。勢い重視で頑張ります。
偶然にも#3と星屑繋がりです。
町の外れにある天文台。こんな世の中で星など眺めて何になるのか、と周囲の大人たちは非難するが、僕はこの場所が気に入っていた。
喧騒とは無縁の場所、というのが一番の理由だが、ここで星を観察しているというササキの話が好きだった、という理由も動機のひとつだったかもしれない。ササキはうだつのあがらない初老の男で、一応ここの唯一の職員らしいが、掃除以外の仕事をしているのを見たことがない。放課後、僕が天文台を訪れた頃にはもう日が暮れていた。
「おう、坊主また来たか。そろそろ『便り』が来る頃だ。コーヒーでも飲むか?」
妙に機嫌の良いササキの好意に、僕は素直に頷いた。
ササキは支度をしながら、いつものようにおしゃべりを始めた。
「まあこの星に見切りをつけて出て行った連中、正確にはその連中の子孫、ということになるか。当時は無謀とか散々言われたらしいが、なんとか安住の地を見つけたらしい。
昔はあちこちに天文台があってな、色々込み入った情報もやりとりしていたらしいが、先の戦争でそれどころでなくなってしまった。どうやらあちらも似たような状況らしい。」
30年前の戦争の話は僕も学校で習った。
戦後、天変地異が重なり復興は思うように進まず、生活環境の改善……平たく言えば食料の増産が今の政府の最重要課題だ。
「それでも細々と『通信』を続ける天文台は、お互いいくつかしぶとく生き残っているようでな。ここもその一つってわけだ。まあいつまで維持できるかわからんけどな……。」
その時、「受信機」と書かれた古ぼけた金属の箱が、今にもかすれそうな音色で鳴動を始めた。
「おっと、噂をすればなんとやら、だ。復号するからちょっと待ってろ。」
そう言うとササキは、受信機につながる別の装置を見つめたまま、受信した電文を読み上げた。
『お久しぶりです。お元気ですか。こちらは元気です。星暦1276年1月2日。TEパプソニアG2天文台』
そして今度は「送信機」と書いた装置に向かって鍵盤を叩き始める。入力した文字列がモニタへ浮かび上がる。
『お便りありがとう。そっちも大変だろうが、こっちも似たようなもんだ。なんとか無事でやっています。星暦1277年1月2日。新美原市天文台』
ササキは一通り「送信」の儀式を終えると、肩の荷が下りたと言わんばかりの弛緩した表情になり、僕にやっとコーヒーを淹れてくれた。
ちょっと苦みのきついコーヒーを啜りながら、僕はササキに『受信』の日付の間違いを指摘した。もう年も明けたのだから1277年じゃないか、と。
ササキは苦笑しながら教えてくれた。
「この通信機はだいぶ旧式でな、どうやら先方に届くまでちょうど1年かかるらしい。昔はもっと性能の良い装置もあったらしいがなんせこんなご時世だ。使えるだけでも有り難い、と考えるべきだろうな。あちらさんも似たような環境なんだろう。」
――つまり、次の「便り」は2年後ってこと? 僕がそう尋ねるとササキは少し寂しそうに笑いながら頷いた。
「なんせ遠いところだしな……。でもまあこの広い宇宙でお互い無事ってことが確認できた、この星空の中に同じことを考えながら星空を見上げている連中が居るってだけでなんだかちょっと嬉しくならないか?」
そう言ってササキは古ぼけた望遠鏡を覗かせてくれた。
――僕はレンズの向こうで瞬く星に、1年後、ずいぶん間延びした年賀の挨拶が無事に届くことを願った。
何億光年も離れた星の光は、何億光年もかけて地上に届くという。
例えある星が何万光年もの昔に消滅していたとしても、
その光は、その後も何万光年もの間、遥か離れた地球上からは、
まるで今も生き続けている様に明るく輝き続けて見えるという。
幼少の頃から、たまの休暇で都市を離れ、近隣の田舎などに行くと、
普段はシティライトの明るさでかき消されていた星達がよく見えて、
どの星が今もまだ実在するのだろうか、それともほとんどがもう
実は何光年もの昔に消えていて、光だけが残っているのかなとか、
この星の光は他の星にも届いているのかなと幼心に思ったものです。
流れ星が消えないうちに願い事をかければ叶うといいますが、
私は一卵性双生児の兄を七歳に満たない時に亡くしましたので、
故人が星になるという大人達の言葉がどこかで信じられずに、
あの流れ星も何光年も過去の流れ星の光の記憶に
過ぎないのではないかと思ったものです。
幼い頃の兄との思い出がいつまでも私の心に残っているように…。
あれから十七年、経ったでしょうか。
研究室で懇意にして頂いた教授に国費留学の推薦をいただけ、
数年、ハワイ大学で研究留学をすることになりました。
島の周辺には天文観測の邪魔になるシティライトがなく、
星々の光がとても明るく大きく、また近くに見える為に、
活火山で有名な太平洋のハワイ島のヒロ市には、
日本の有名な天文観測台もあります。
故人が本当に星になるのなら、ここはおそらく地球上でも
もっとも彼らに近づける神秘的な場所の一つなのかもしれません。
季節の方も、いつまでも続く夏の様な時間だけが続き、
時間の流れがどこまでも静かで、ゆるやかに積み重なります。
昔からの地元の伝説では、火山には島の産みの母でもある
ペレという女神が住んでいると信じられていて、
ヘリコプターなどで噴火口の近くに行くと、岩の割れ目から
真っ赤な溶岩が火山の女神ペレの赤い唇のように見えるのです。
ペレの火山が産み出した溶岩が、空気や海水などで冷やされ、
ゴツゴツとした隕石の様な黒い岩となり、新しい大地となり、
島の地理を未だに変えているので、都市があるにも関わらず、
この島はまだ原始の誕生の過程にいるかのようでした。
札幌からヒロに移って来てからしばらくは現実感がなく、
毎日余暇を見つけてはドライブや散歩に行き、
スタートレックに出てくる別の惑星の表面のような原始的な
巨大岩の横を走り抜けたり、大きなクレーターの様な地割れや、
真っ黒な新しい大地に力強く芽吹く古代植物の様な緑、
珍獣の様な大亀が甲羅干しをするブラックサンド・ビーチで、
好奇心が自分よりも強かった兄をここに連れてきたら、
どんなことを言うだろうかと思っていました。
一卵性双生児はどこかでつながっていて、
一人が死ぬと、もう一人も分かると言われることがありますが、
兄が亡くなってからは、まるで兄の一部が自分の中に
永遠に取り込まれてしまったかのように、兄の存在を
以前よりも近く、強く感じる瞬間があるのです。
天文台の研究室では、八角形の蜂の巣のような巨大な鏡面を
組み合わせた反射板で宇宙の光を集め、天文観測をしては
新星を発見している「スター・ハンター」と呼ばれる
いつもカウボーイハットの先生のアシスタントを何学期かしました。
この天文観測設備は全て高山上にあるので、体を標高に慣らす為に
学期中はしばらくこの狭い世界にこもることになり、
みんながみんなを家族の様に知っている様な小さな世界から、
あの広大な宇宙の星々と対話をするという不思議な場所でした。
観測時も、星をそっけない軌道名から付いた番号だけでなくて、
星の個性を見て愛称をつけるのがみんな大好きで、
星だけでなく、研究所のペットも面白い名前が付けられていて、
ふわふわの灰色のダブルコートのまだら毛の雑種は、
気まぐれなので、ロンドンの空の様だと、ハワイ生まれなのに
「ロンドン」という名前が付けられていました。
明るい黄色に近く、うねりのある毛色の猫の片耳が、
好奇心が強くどこかに頭を突っ込んだ時にケガをして、
包帯を巻いていたことから、「ヴィニー」と、
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの愛称で呼ばれていました。
私の名前はヒロシであったため、このヒロ市のヒロから
「ヒロ」というあだ名が先に確定していましたが、
中には美人だが気性が荒く、怒るとものすごくこわい為に、
火山の女神ペレの名前をつけられている女性もいました。
新しい星が発見された際、彗星だと自動的に発見者の名前が
最初の三人まで付くのですが、恒星だといくつかの規定は
ありますが、基本的には発見者が命名をできる場合が多いです。
多分、その練習でみんな命名癖があるのですが、
研究室で使用している設備にまで色々愛称がつけられており、
ある朝には「ベス(エリザベス)」が迷子になったというので、
どなたのことかと思っていると、一番昔からあるファイルの
シリーズの愛称で、誰かが何世かをどこかに置き忘れた様でした。
そんなある日、研究者の一人が、惑星の消滅を確認しました。
惑星の距離から、何万光年前に消滅した光の消失が、
何万光年後の今日に地上で観測されたという発見です。
等星も高い方だったので、ベスのファイルにも、
最新のファイルにも、昨日まで観測されていた記録が
載っていましたが、何万光年前の今日、
すでに消滅していた星だったのです。
しかし、何万光年もずっとその消滅が知られずに、
存在すると信じられていた星…。
その星を発見して亡くなった奥さんの好きだった名前を
命名された方は、何年も前にすでに亡くなられていましたが、
彼が発見して命名した時には、運命の皮肉にも
実はその星はすでに死星だったのです。
私は常に、新星を発見したなら、両親のために
兄の名前を星につけてあげたいと思っていました。
毎日鏡で見るこの顔にそっくりだった双子の兄が、
この世に存在したことを、まるで今も生き続けるかのように
一人でも多くの人に知って欲しかった。
よく双子の一人の身に何かがあると、もう片方にも
似た事が起きると言う言い伝えがあって、
それで兄の死から自分の死を恐れている部分も
あったのかもしれません。その私が恐れることが、
起きた様な感じでした。せっかく命名した星が、
すでに消滅していて、光だけが残っていたということ。
しかし、私がこの話を「スター・ハンター」の先生にすると、
彼は、「その一方で、何万光年前に生まれたにも関わらず、
まだ地球にまで光が届かずに知られていない新星もたくさん
あるはずだよ」と、優しそうに微笑んで言いました。
その昼休み、標高の関係で涼しげな研究所の食堂の端っこでは、
お天気屋の「ロンドン」が今日は陽だまりの中で昼寝をしており、
もこもこの重そうな灰色の背を壁に少しこするようにして
ゆっくりと伸びながら寝返りを打ってヘソ天になりました。
「ロンドン」はお腹の方は白っぽくて、食堂の青い床の上では、
今日はハワイの青空に浮かぶ軽やかな白い雲のようでした。
お天気が変わらない様に、一番近いテーブルでコナコーヒーを
飲みながら会話していた人達は、そろりそろりと研究室に戻ります。
黄金色の「ヴィニー」も、白雲になった「ロンドン」の近くで
丸くとぐろを巻いてうたた寝をしていて、
青空の床の上では、黄金の太陽と白い雲のようでした。
研究室に戻ると、写真のスライドを合わせていた「ペレ」の
ご機嫌が、今日はすこぶる良い様でした。
ここは狭い世界なので、ペレのボーイフレンドの「フランク」
(本名ではありません。噂ではフランク・シナトラの歌の様に
とてもマイウェイな人なのだそうです。そのせいで「ペレ」が
時々、火山の女神の様に大爆発するのだとか?)の噂も
小耳に入って来て、どうやらその「フランク」が、今回
惑星の消滅を確認したチームの主任で、学会などに
出席するために、近々「下界」に降りるのだそうですが、
彼女も一緒に行けるようになったのだそうです。
そういうわけで明日には「ペレ」に変わる新メンバーも
「入山」してくるのだそうで、みんなどんな人なのか、
どんな愛称を付けられるのか、楽しみにしているようでした。
名簿に記載された本名をちら見した人の噂では、
どうやらロシア人男性の「ユーリ」が来るのだとか…?
翌日、夕方近くに、今日は空のはずだったゼミ室の方で
「ロンドン」がわんわんと何かに対して愛嬌良く吠えていて、
「スター・ハンター」の教授がドアを開けると、
一人の若い東洋人風の女性が、椅子に横たわっていました。
昼には到着したものの、少し高山病のような症状が出て、
空だったゼミ室の方で少し休憩をしていたのだそうです。
女性は日本人で、本名は「ユリ」と言いました。
ユリは日本語でリリーのこと、小柄で色白で、
高山に咲いた可憐な百合(リリー)の様だったということで、
早速に「リリー」という愛称がつきました。
「リリー」は日本の大学の研究室から、確認をして欲しい
新星である可能性のある恒星のリストを持ってきていました。
近年、日本からの新星の発見は多く、中には日本人の発見した
小惑星に「タコヤキ」なんて名前の付いた星もあります。
「リリー」のリストは、私にとって宝の山の様な気がしました。
体が高度に慣れるまでの間、日本語を読める私が志願して、
このリストの確認の助けをすることになりました。
「リリーのリスト」の中には、等星の低い小惑星に混じって、
先日消失が発見されたのと同じくらいに等星の高い
惑星も含まれていました。
人間と同じく星にも寿命がありますが、
それまでに観測されていなかった新星が
すでに消滅している死星の可能性は、比較的少ないです。
仲良くなるにつれて、私はなぜか「リリー」に兄の話をしていました。
「リリー」は彼女が子供の頃に空想したペアの星の話をしました。
互いの引力で引き合うつがいの星は、片方の星が消失すると、
もう一方の星は軌道を外れて、どこかに行ってしまい、
それでいつもは同じ軌道に留まっているはずの恒星が、
彗星や流れ星になってどこかに消えてしまうのではないかと
空想したのだそうです。
これは、「リリー」のご両親が幼少の頃に離婚してしまって、
お母さんに引き取られた「リリー」が、「お父さんがおうちに
帰って来てくれますように」という願いを聞いて欲しくて、
一人で夜空に流れ星を探している時に思ったのだそうです。
彼女は、目に光をたくさん溜めて、静かに言いました。
「あなたのお兄さんの星が、この中に見つかるといいね。
みんな、何かを求めて、星に願いをかけているのね。」
「ご飯、食べないの?」
食べないよ。
「死んじゃうよ?」
死なないよ。死ねないんだもの。
「寂しくないの?」
寂しくないよ。僕はずっと前から一人だもの。
「何でそんなところにいるの?」
神様に罰を与えられたからさ。
「どんな罰?」
分からないけれど、きっと僕は消されてしまうんだろうな。
「何でそんなことしたの?」
何でって聞かれたって、ただそうしたかったからさ。
「何をしたの?」
もう良いだろう?放っておいてよ。
これ、邪魔だなぁ。
ガラスかな、透明で、キラキラしてて、綺麗。
でも、中に居る彼の方が、もっと綺麗。
叩いても、堅い物をぶつけてもなかなか割れないや。
ああ、綺麗だなぁ。
お日様のような金色の髪、ふわふわしたあの髪に顔を埋めてみたい。
花のような淡い桃色の頬、優しく撫でてみたい。
氷をはめ込んだような冷たい碧の瞳、その奥に映る物が知りたい。
ぎゅっと抱きしめてあげたい。
彼はずっと、そっぽを向いたまま。
一体何をしちゃったんだろう。
このまま消えるなんて勿体無いな。
助けてあげたいのに。
上を見ていた。
大きな白い闇が、口を開けていた。
もう空は朱くなっていた。
星が幾つか、雲に食べられていった。
白い月が、冷たく笑って姿を消した。
まだ、指が凍みている。
背中の傷は、癒えていた。
女の子は、まだ壁を叩いてる。
それくらいじゃ、壊れないのにな。
そろそろ時間が来る。
少し前まで、自分の血が通っていた、柔らかい白。
拾い上げるとまだ温もりは残っていた。
ふっと赤が走る。
ポルックスで、手を切っていたようだ。
小さな悲しみが、降って来た。
哀しい子。
美しく生まれ、美しく育った私の子。
大事にしてきた私の子。
消してしまうには勿体無い、私の子。
翼を無くした、私の子。
星の糸を紡ぐ私が、もう見えない哀れな子。
人に見られ、語りかけられている私の子。
もう消えるしかない、私の子。
たった一人の、私の子。
空はまるで氷の膜のよう。
冷たい膜を空けた途端、沢山の悲しみが、ゆっくりと白い雪となって降り注ぐ。
人々は家路を急ぎ、星々は雲の中で夢を見る。
無知な天使は涙を流す。
空に、大きな穴を空けた。
『星に願いを』
気が付くと、満天の星だった。どうやら生きているらしい。顔をめぐらしても、真っ暗でほとんどわからない。水音が聞こえるから、川が近くにあるようだ。
「手は動くかな」
思わず声がでた。しかし、右手は動かない。左手も肩が変だ。手首を持ち上げて、時計を見る。
「見えねぇな。ライっ いてっっ」
右手を動かそうとして激痛が走る。
「この調子じゃ動けないな。」
足の感覚も無いしな。
時計が見えないなら、しかたない天測しよう。
「降るような星空だなぁ。」
2001年宇宙の旅のボーマン博士の気持ちがわかった気がする。天は星でfullだ。オリオンの3つ星が見える。あの角度なら、零時ぐらいか。
「なんかないのか?」
かろうじて動く左手で、周りを探る。
これは石。
草だな。
う、なんだこれ、虫の死骸?
これはミミズ?動いてる。
固いな。丸いな。ををこれは懐中電灯。
手にした懐中電灯のスイッチを入れる。…つかないな。LEDが潰れてるのか。
じゃあ反対向き。
赤い線が空中に引かれるのが見える。懐中電灯に取り付けてある測距用レーザポインターは無事だ。懐中電灯を振ると、遠い木々に赤い点が移動するのがかろうじて見える。崖下の 河原に転がっているらしい。ザックや装備は、首の動く範囲には見えないな。
万事窮したって感じだな。
「星と俺だけか」
満天の星の下、俺は動かない体のまま、星座を数える。
オリオン座、おうし座、おおいぬ座、ふたご座、こいぬ座、ぎょしゃ座…
明るい星が多い冬の星空は、夜中に饗宴を開いている。そこに木星や土星も加わって賑やかだ。
「昴が七つ余裕で見えるなぁ」
天頂近くのプレアデス星団が、ひときわ輝いている。
こんな星の下で、焼酎のお湯割りが飲みたいと、俺はふと思った。
なんだか、すごく飲みたくなった。
体は動かないけど、もう長くない気もするけど、焼酎が飲みたい。
「昴に願いをかけてみようか」
俺はそう呟いて、赤いレーザーをプレアデス星団に向ける。天頂に向けて、まっすぐに赤い線が引かれる。
「焼酎を飲みたいです。お湯割りで」
左手に力がもう入らない。昴は願いを聞いてくれるのかな、とぼんやり思う。
まあいいや。手も足も感覚ないし。
昴の数もよくわからないし。
眠いな。
おやすみ。
なんだよ。寝かせてくれよ。
うるせぇ。起こすなら酒くれ。
「焼酎」
だよ。なんだよこれ。うへっ、酒だよ。
あったかいよ。
でも、焼酎じゃないじゃん。
とたんに、俺の目に耳に口に鼻に左手に、いっぺんに情報がやってきた。
まぶしい光の中、ウィスキーのお湯割りとチョコを手にした山岳パトロールが俺を覗き込んでいた。パトロールは、脈を測りながら、
「ダイジョブ?」
とたどたどしい日本語で聞いてくる。
「ああ」
と答えると、満足そうに頷き、ヘッドセットを俺の頭にかける。
「おい、大丈夫か?俺だよ、山崎だよ」
友の声に、俺は返事をする。
「山ちゃん」
「無理に返事しなくていいから。遭難したらしいって聞いて、そのへんの山の画像を、人工衛星から拝借してスキャンをかけてたんだ。」
また、ハッキングかよ。
「そしたらさ、真上を通っていたスパイ衛星に、半導体レーザがその河原から届いてるじゃないか。そいつは怪しいってんで、近くにいた山岳パトロールに連絡したのさ。」
ありがとな。
「そのパトロールに、そいつ呑兵衛だから、酒かがせると起きるって言っておいたんだけど」
それでウィスキーだったのか。俺は山ちゃんに言った。
「今度は、焼酎が好きだって言ってくれ。」
してみるものだな、星に願いを。