ジャンルは問いません(翻訳物、日本のもの、どちらでもかまいません)が、『世界の中心で愛を叫んだけもの』と『世界の中心で愛を叫ぶ』のような題名だけ似ているというものは除外してください。
うーんとうならせるような解説をつけていただくと高ポイント。原典が古くてISBNで提示できないときは、関連URLをお願いします。
気長に待ちますので、どうぞよろしく
なるほど。
こんな調子で、ペアにして回答、よろしくお願いします。
『航路』登場文学作品解説です。
ジェームズ・バリ『ピーター・パン』
ライマン・フランク・ボーム『オズの魔法使い』
ジェーン・オースティン『高慢と偏見』
ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』
トマス・ハーディ『日陰者ジュード』
トールキン『指輪物語』
解説も色々載ってます。
なるほど、『航路』は英米文学に通じていると尚楽しめる、ということですね。
ありがとうございます。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3fa3516f1d4ab0...
オンライン書店ビーケーワン:虎よ、虎よ! ハヤカワ文庫 SF 277
有名どころで「モンテ・クリスト伯(巌窟王)」と「虎よ、虎よ!」でしょうか。
(「モンテ・クリスト伯」岩波文庫版は全7巻と長いです)
「虎よ、虎よ!」は古いためかISBNが出ませんでしたのでURLを参照してください。
放映中のアニメ「巌窟王」は「虎よ、虎よ!」をアニメ化したかったが権利関係の都合で「モンテ・クリスト伯」のアニメ化(SF風)になったということです。(下記URLの監督インタビューにあります。)
なるほど、いわれてみると、ベスターの『虎よ、虎よ』の魅力はそこにあったのですね。
太宰治って色々あるけど、にくめないんですよねー
「芥川賞をください」事件を思い出しました。
母を訪ねて三千里 原作はクオレです
「クオレ」というのは、イタリア語で「心」とか「愛」とかいう意味のことばだそうです
参照
これは、「クオレ」という小説中の小説、という更に高度なtechniqueと思いますが、ご紹介ありがとうござました。こういた視点も面白いです。
ローマ帝国衰亡史〈1〉五賢帝時代とローマ帝国衰亡の兆し (ちくま学芸文庫)
ファウンデーション対帝国 ―銀河帝国興亡史〈2〉 ハヤカワ文庫SF
ギボンの名著「ローマ帝国衰亡史」を元にしてアジモフが「ファウンデーション」シリーズを書いたのはSF界では有名だと思います(ギボンが読みにくい場合は日本には塩野七生の「ローマ人の物語」(4-19-890592-4)があるので読んでみると面白いと思います)。
「歴史は繰り返す」というクルティウス・ルーフスの言葉をそのまま未来にもっていったという意味ではその後日本での「銀河英雄伝説」に繋がっていくものです(ペアとしては「ローマ帝国衰亡史」対「ファウンデーション」、「ファウンデーション」対「銀河英雄伝説」)。実際には銀河百科事典編纂プロジェクトは士郎正宗の「アップルシード」にも影響を与えている気がしますが...
絶対権力は絶対腐敗するという言葉通り、巨大なローマ帝国が崩壊していく様をギボンは淡々と描いています(こちらは歴史書なので、そういう意味では塩野七生の方が物語としては面白いです)。
一方でアジモフがSFとして物語に味を付けた部分はハリ・セルダンの「心理歴史学」という考え方だったと思います。大衆心理を数学的に予想することで、ギボンのローマ帝国崩壊で描かれた権力崩壊後の暗黒時代をどう短縮するのか。ここにギボンと違ったフィクションとしての「ファウンデーション」シリーズの読みどころがあります。果たして人類は暗黒時代をどう乗り越えることができるのか...そこから先はお読みください。
これはSF界の古典になってしまいまいたよね。3B’sのシリーズはイマイチでしたね。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101187045/hatena-qsp-22
Amazon.co.jp: 彼岸先生 (新潮文庫): 島田 雅彦: 本
夏目漱石『こころ』と島田雅彦『彼岸先生』です。
(ちなみに『彼岸先生』は絶版らしくAmazonのURLもあげておきます。)
『彼岸先生』は小説の構成が『こころ』そのもので、前半は主人公から見た謎めいた先生、そして後半は先生から主人公への手紙、というようになっています。もちろん島田雅彦の小説なので、先生の独白というのは過去の性関係などが中心なのですが。
個人的には、『こころ』は前半より後半が面白く、『彼岸先生』のほうは逆に後半より前半が面白かったです。
『彼岸先生』は読んでないです。ぜひ読んでみたいと思います。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087600688/hatena-qsp-22
Amazon.co.jp: イリュージョン (集英社文庫 ハ 3-1): リチャード・バック, 村上 龍, Richard Bach: 本
村上龍の「だいじょうぶマイ・フレンド」はリチャード・バックの「イリュージョン」にそっくりです。(しかも、「イリュージョン」の翻訳は村上龍がしている)
質問の主旨とはちょっと違いますが、両方いっぺんに読むと面白いです。
はー、両村上は現代アメリカ文学の影響は色濃く受けてますよね。
怪奇・伝奇時代小説選集〈13〉四谷怪談 他8編 (春陽文庫)
『四谷怪談』ではダーク・ヒーローだった伊右衛門は、『嗤う伊右衛門』では不器用で世渡りの下手な男に換骨奪胎されています。
そのほかに思いつくものは、なぜかミステリが多いです。換骨奪胎欲、リスペクトをそそる分野なのでしょうか?
レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』
↓
矢作俊彦『ロング・グッドバイ』
アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』
↓
有栖川有栖・恩田陸・加納朋子・貫井徳郎・法月綸太郎
『「ABC」殺人事件』
江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』
↓
宮部みゆきの『我らが隣人の犯罪』
これは、ふとくいの分野です。
めもめも。
一億三千万人のための小説教室 (岩波新書 新赤版 (786))
レイモンド・チャンドラーの長いお別れと
村上春樹の羊をめぐる冒険です。
明らかにチャンドラーの文章を下地に書いている部分があります。
高橋源一郎の一億三千万人のための小説教室に詳しく書いてあります。
また、この高橋の本には自身がゴーストバスターズにおいて、太宰の女生徒から大きい影響を受けて書いているとあります。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062072742/hatena-qsp-22
Amazon.co.jp: ゴーストバスターズ―冒険小説: 高橋 源一郎: 本
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4041099021/hatena-qsp-22
Amazon.co.jp: 女生徒 (角川文庫): 太宰 治: 本
さらに、町田康のくっすん大黒に梶井基次郎の檸檬の有名なシーンのパロディーがあります。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/416765301X/hatena-qsp-22
Amazon.co.jp: くっすん大黒 (文春文庫): 町田 康: 本
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101096015/hatena-qsp-22
Amazon.co.jp: 檸檬 (新潮文庫): 梶井 基次郎: 本
詳しい解説をありがとうございます。
村上春樹とアメリカ現代小説との関係は良く言われているようですね。
太宰自身は自分のオリジナルとは思っていないですよね。太宰の小説が有名になりすぎて原典を忘れている読者、日本にしかいませんよね。
そういえば、原典を知らずに300万人以上も買ってしまった小説がありましたね。これも日本でしか通用しませんよね。
「フローベールの鸚鵡」は、イギリスの俊英ジュリアン・バーンズの出世作。フローベールの故郷を訪れた主人公がフローベール記念館で「純な心」の執筆時にフロが可愛がっていた鸚鵡の剥製を見つけるが、フローベルの住んでいた屋敷にも鸚鵡の剥製があって果たして、、、というのを導入としてはじまる(それだけで読んでも十分楽しめる)シリアスな小説ですが、フローベールの主要作品(マア、「ボバリー夫人」と「感情教育」「三つの物語」ぐらいでいいですが)を読んでいたり、全集や書簡集や伝記などを読んでいるともう確実にこれ全編レファレンスなトリビアもあり、それだけでなく次第に「わたし」の人生自体がフローベールの作品を踏襲しているかのような事態に「わたし」は読者とともに気づいていく。。。。
ほかにギリシャ悲劇の諸作品や「史記」や「三国志」みたいに豊饒な源泉は多いですね。
出典わかりませんが、中島敦の「山月記」。
中島の作品には中国の古典をベースにしたものが多いです。他にも日本の古典や伝承を換骨奪胎したものとして太宰治の「御伽草子」、石川淳の「おとし話」などが思いつきます。
ジョイス「ユリシーズ」とホメロスの「オデッセア」
山田風太郎の「神曲崩壊」とダンテの「神曲」
モーリス・ルブランの「ルパン対ホームズ」
後日談という体裁をとったものに
奥泉光「「我輩は猫である」殺人事件」
同じく漱石の未完の作品「明暗」を書き継いで完成させてしまった水村美苗の「続明暗」というとんでもない傑作がある。
こういう意識的な創作はそれなりの新解釈があって面白いですよね。「知らんぷり」しているのが一番よくないです。
ちいさいモモちゃん (児童文学創作シリーズ―モモちゃんとアカネちゃんのほん)
http://www.froggy.co.jp/seiko/profile-j.html
WATCH SEIKO PROFILE
出た本がすぐに絶版になってしまういとうせいこうの『アタとキイロとミロミロリ』は、松谷みよ子『ちいさいモモちゃん』、石井桃子『ノンちゃん雲にのる』などと読み比べると、時代によって異なる幼稚園児くらいの子どもの状況や、時代がちがっても似通っている部分が読みとれて面白いです。
もうひとつ、やはりいとうせいこうの作品、『難解な絵本』は、全共闘っぽい幼稚園児、ヒッピーっぽい幼稚園児、南方熊楠っぽい幼稚園児などなど、言及するべき元ネタが多すぎる、児童文学のふりをしたパロディ絵本です。
いとうせいこうは、確信犯だろうな〜、きっと。
すごい、『イリアス』をパロッちゃうというのは、かなり実力がないとできないと思います。
『熱帯』読んでみます。
もう出てしまっているかもしれませんが
ホビットの冒険
と
ノービットの冒険
「ホビットの冒険」はトールキンの書いたファンタジー小説。そして「ノービットの冒険」はこの「ホビットの冒険」をふまえて書かれたSF小説です。「指輪物語」につながる世界観や、ぐいぐいとひきこまれる物語を楽しむ「ホビット」も、その「ホビット」を単純にSF世界に移したというだけではない、これまた魅惑的な物語(の上に「ホビット」のどこにどうハマルかという楽しみもある)になっている「ノービット」もどちらも読み返したくなる楽しい作品です。
出てないんですよ〜〜( *^-^)
SFファンの棲息領域がせばまっているのか(と、かくれSFファンのわたしはかんじる)。
往きて還りし物語、いいですよね〜
『指輪物語』自体、『ニーベルンゲンの指輪』にヒントを得ていると思うんですけど、ホビット族という愛すべき存在を主人公にしたところで、大成功した感じですよね。
『ホビットの冒険』がイギリスで出版されたとき(1937年)、トールキンはすでに『指輪物語』を書き始めていたんですよね。出版されたのは1954年ですから、なんと息の長い。しかも、21世紀になっても支持されていることはすごいですよね。
あたらしい発見が次々に出てくるので、もう少し回答を募集します。なるべく、かぶらないように、前の回答に目を通したうえで、うーんとうなるような回答をよろしくm(_ _;m)三(m;_ _)m
http://www.cojicoji.com/shuhei/index.shtml
SHUHEI'S GARAGE
『あおくんときいろちゃん』ISBN4-7834-0000-8(レオ・レオーニ/作 藤田圭雄/訳/至光社)は、ある日、レオーニが孫のために手近にある絵の具を使って即興で創ったといわれる名作。(なぜかbk1にはレオーニの著書にはISBNの記載がなくリンクできません。教科書などでも有名な『スイミー』の作者です。)
長谷川集平の『アロくんとキーヨちゃん』はこの作品のパロディです。残念ながら現在絶版。参考URLの「長谷川集平著作リスト」をクリックし、「1990★アロくんとキーヨちゃんブックローン出版絶版・カタログへ」の箇所を再度クリックするとあらすじ、「資料へ」を再々クリックすると詳しい解説があります。
いとうせいこうの『アタとキイロとミロミロリ』というのを見て思い出しました。なんとな〜く題が似てるんで。(いとうせいこうの本の内容は全然知らないです。)
こりゃまた、マニアックな本をありがとうございます、どちらも未読ですが、『スイミー』の作者と『はせがわくん、きらいや』の作者ですもんね。おもしろそうです。みどりでなくブラックね〜、長谷川集平健在なり、ですか。
ウィリアム・シェイクスピアの「ハムレット」
志賀直哉「クローディアスの日記」
(清兵衛と瓢箪・網走まで 改版に収録)
シェイクスピアの戯曲「ハムレット」はあまりにも有名ですが、
志賀直哉の「クローディアスの日記」はハムレットの仇である
叔父のクローディアスの視点から物語を書いた作品です。
「ハムレット」が主人公ハムレット主観の物語に対し
「クローディアスの日記」はクローディアスの日記という形式で
物語が進みます。
志賀先生の書くハムレットも、また違った味わいがあると思います。
志賀直哉「クローディアスの日記」、これはおもしろそう!!
こうした逆の視点から見た小説ってもっとありそうですね。トロイア人から見たトロイア戦争とか、カルタゴ人から見たポエニ戦争とか・・・
何かご存知のかた、いらっしゃたら、よろしく。
挙げようかと迷っていたら同じハムレットの本を取り上げた方がいらしたので、こんなのもありましたということで……。
アップダイクの『ガートルードとクローディアス』です。
こちらはガートルードを主人公とし、なぜ彼女がクローディアスと結ばれることになったのかを、ハムレットの父王と結婚するところから書き起こしたものです。もともとデンマークにはハムレット伝説があるようで、そちらからもアイデアを得ているようです。
ハムレットがあんなに堅物だったのにくらべて、こちらの本はちょっとエロティックで、そこがいいです(^_^)。
この手のもの(原典があって、それを知ってから読むとさらに楽しめるもの)は、実は山岸涼子のマンガにたくさんあるのですが、今回は小説ということなので、保留します。
へー。シェークスピアは物語の宝庫なのですね。
うん、漫画界、アニメ界までひろげると収拾がつかなくなりそうなので、今回は「本歌取り」の小説限定、ということでひきつづきオネガイシマース。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150727015/hatena-qsp-22/...
Amazon.co.jp: 時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1): ジョセフィン・テイ, 小泉 喜美子: 本
「時の娘」はbk1に登録がないと出たので、Amazoneのurlを入れておきます。
「リチャード三世」はシェイクスピアの脚本ですが、脚本というよりイギリス国民に「王位簒奪の為に兄を陥れ、妻を死に追いやり、裏切りや非道を尽くし、兄の遺児である幼い王子二人を殺した王。しかしついには運が尽きて戦乱の中で首を切られる」というイメージを作った物語として読むと、「時の娘」が断然面白くなります。
リチャード三世は実在の人物ですが、何故そういう悪逆非道な汚名を着せられるに至ったかを、現代の刑事が事件の謎を解くように解く、というミステリ。
一番のお薦めはこのペアですが、前に「ハムレット」とペアになる本を上げていらっしゃる方が服す魚競れるので私も便乗。
「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」(ISBN:4875745648)も、「ハムレット」の中に出てくる脇役中の脇役(実際は役ですらなく、会話の中に名前が挙げられるだけの人物)が主役になって展開される物語です。
本歌取りの名手として井上ひさし氏の作品をいくつか上げておきます。
「頭痛肩こり樋口一葉」(ISBN:4087724778)
「イーハトーボの劇列車」(ISBN:4101168202)
「新釈遠野物語」(ISBN:4101168075)
「不忠臣蔵」(ISBN:4087493946)
小説ではなく、脚本を紹介するのは反則かなと思うのですが、井上ひさし脚本はト書きも面白いのでお薦めです。
「頭痛肩こり〜」は樋口一葉の、「イーハトーボの〜」は宮沢賢治の、それぞれの伝記を脚本化した物ですが、どちらも、その主人公である樋口一葉なり宮沢賢治なりの作品を数多く読んでおけば読んでおくだけ面白い。彼女たちの書いた作品に出てくる人物や事件があふれるようにコラージュされて一つの脚本に結実しているようです。
「新釈遠野〜」は柳田国男の「遠野物語」の本歌取りなのですが抱腹絶倒ものの小品集になっています。「不忠臣蔵」は本歌に相当する小説やテレビドラマが沢山ありますので、これとペアになるという特定は出来ませんが、「忠臣蔵」のあらすじを知って読めば感動の度合いが深まります。
「リチャード3世」−「時の娘」のペアだと、もっと出てきそうですね。日本の推理小説でもありそうな?といって、わたしはSFっこなので、良くわからないのですが。
井上ひさし氏が「本歌とり」の名手なのは確かのようです。ご紹介ありがとうございます。
興味深い質問ですね! 皆さんの回答もおもしろい。
「六の宮の姫君」は、芥川龍之介と菊池寛の友情をめぐる話です。丁寧に紹介してあるのでふたりの著作をある程度知っていれば、実際に読んでいなくても楽しめます。芥川好きとしては、特に今昔物語を下敷きにした作品群をもう一度読み返したくなりました。
シェークスピアといえば「マクベス」を「オイディプス」と重ねて読むと、運命と対峙したときの人間の姿として、マクベスの最期の場面の感慨が一入でした。マクベスの人物像が立ち上がってきます。
古典に立ち入るときりがなくなりますが、変わったところでユルスナールの「東方奇譚」のなかに「源氏の君の最後の恋」という話があります。フランス人が描く源氏物語の恋愛世界。「とどめの一撃」(bk1では出ませんが岩波文庫で出ています)をめぐる彼女自身の恋愛体験など考え合わせるとさらにおもしろい。また、異文化から見た源氏物語として、不思議な印象が残ります。
考えればいろいろ出てきそうですが、とりあえず思いついたものだけ。
どれもスゴク興味を惹かれましたが、「東方奇譚」のなかの「源氏の君の最後の恋」ーこれは是非読んでみたいです。
(^人^)感謝♪(^人^)感謝♪
http://www.recoreco.jp/search?id=4163215700
www.recoreco.jp
北村薫『街の灯』
元ネタのサッカリーの『虚栄の市』を読んでいなくても十分楽しめますが、『虚栄の市』を読むとベッキーさんのイメージがググっと膨らみますよ。
どちらも未読です(☆Д☆)
がんばって『虚栄の市』の方を先に読もうかと思います。
川端裕人さんの「ザ・スープ」です。
ハッカーの話で、なかなか読み応えがあります。
作品中に出てくるRPGゲームが「指輪物語」と「ゲド戦記」の世界観のイメージで作ったということで、わかる人のほうが面白いんでしょうか。私はどちらも知らなく読みましたがそれなりに楽しめました。
帯(裏表紙?)に書いてあるあらすじは
「世界中を熱狂させたゲーム、「S.O.U.P」の開発から十年。プログラマから一転、セキュリティを護るハッカーとして、FBIの依頼もこなす巧に、経済産業省から、悪質なHP侵入者を突き止めてほしいという依頼が入る。犯人を追い詰めた巧が見つけたのは、自分たちが開発した「S.O.U.P」に巣食う、サイバー・テロリスト集団だった!
そして今、世界を巻き込むインターネット戦争が幕を開ける。ネット社会の陥穽を鋭く付いた、エンタテイメント・ノベル!」
こういうのは、発掘すると色々ありそうですね。
もちろん大歓迎です。
ひゃー、苦手の分野ですが。どちらも定評のある作品ですよね。
スティーブンキングって偉大だなー。
『家畜人ヤプー』は未読ですが、『ガリウ゛ァ旅行記』が下敷きなのですか?
がぜん興味がわいてきました。
クラークの「地球幼年期の終わり」とベアの「ブラッドミュージック」どっちも名作ですが、プロット(人類以上の存在が現れる)や「進化」して別のものになる「人類」の姿など、多くの点で似ており、「ブラッドミュージック」は80年代の「地球幼年期の終わり」と呼ばれております。
あととりみきさんの「SF大将」のパロねたは、ブラッドミュージックのものが一番好き、ということで関係ないですが。
クラークの「地球幼年期の終わり」とベアの「ブラッドミュージック、たしかに。
前者がないと、後者の魅力は半減ですよね。納得。
とりみきさんの「SF大将」ー大好きです。とくに「溺れた巨人」ーなんというか、笑っちゃいますが、バラードの元短編の本質をついている感じがします。
佐藤賢一の『二人のガスコン』は大デュマの『三銃士』のダルタニャンとエドモン・ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』(ISBN 4-00-325631-X)のシラノを主人公にした冒険活劇です。物語としては『三銃士』の続き(『ダルタニャン物語』の空白の20年間を埋めるもの)になっています。
そして、種本となっているデュマの『三銃士』にもやはり種本があります。これは、クールティル・ドゥ・サンドラスという人物が書いた『ダルタニャン氏の覚え書』という、当時流行だった回想録形式の小説です。
さらになんと、この「覚え書」にも元ネタというか、モデルになった人物がいまして、それが、ルイ14世時代に銃士隊長となったシャルル・ダルタニャンその人。
『ダルタニャンの生涯』は、シャルル・ダルタニャンという実在の人物の生涯を、デュマやサンドラスの小説と比較しながら追いかけていきます。この新書の筆者は佐藤賢一――そう、『二人のガスコン』の作者です。はい、ぐるりと一周して最初に戻ってきました(笑)
読む順番としては、『三銃士』→(シリーズの続き)→『二人のガスコン』→『ダルタニャンの生涯』をおすすめします。また、ロスタンの『シラノ〜』や、ルイ14世時代に実在した(らしい)”仮面の男”を扱った歴史本なども合わせて楽しめるかと。
『三銃士』は、さすがに既読ですが、他のものは初見です。『三銃士』では狂言まわしみたいな感じのダルタニャンですが、実在の人物で、三銃士の方がデュマの創作なのでしょうか?それとも、やはり実在のモデルがいるのかな〜
興味深い回答をありがとうございました。
おそらく、日本のミステリーのベスト10を募集したら必ずランクインする名作『虚無への供物』とこれまたランクインする確立大の『匣の中の失楽』をおすすめします。
前者は作者が構想に10年以上かけたという大作。氷沼家を舞台に殺人事件が起こるのですが、これでもかというほどミステリーの要素がつめられています。実はこれもエドガー・アラン・ポーの「大鴉」の詩が引用されていてそちらを読むともっと楽しめるかもしれません(僕は読んでないですけど・・・)。
後者は、『虚無への供物』に挑戦したともいえる作品で、虚無同様の推理合戦や現実と架空の世界の曖昧さなど、原書に負けず劣らずな名作だと思っています。
なお、『虚無への供物』で青の薔薇は作ることが不可能と書かれているのですが、つい最近サントリーが青い薔薇を作ることに成功しています。
ありがとうございます。ミステリ関係はしろうとなので、読書リストに加えたいと思います。
http://www.hatena.ne.jp/1092722333
スティーブン・キング著の「アトランティスのこころ」上巻(文庫本)の10ページに書いてある「彼らは棒の両端を削いでいた」という言葉はどういう意味ですか?何かの言葉.. - 人力検索はてな
便乗ばかりですみませんが、キング「から」取った作品が続いたので、キング「が」取った作品を一つ。
『アトランティスのこころ』で、snobbyさんが例にあげた『蠅の王』を主人公が初めて読んだ大人向きの小説、という形で扱っています。
『蠅の王』の少年たちが豚を追うイメージが、何度も小説の中に出てきます。話が進むに連れて、追われているものは豚ではなく人間になります。
参考URLは以前はてなで『アトランティスのこころ』に関連する質問として出ていたものです。
話は変わりますが、『家畜人ヤプー』は、タイトルからもわかるとおり、ガリヴァー旅行記からヤフーのイメージを取ってますが、中身は壮大なSF・SMでした。わたしは昔の角川文庫版しか読んでませんが、古事記やら百人一首やらの「ほんとう」の説なんぞが出てきました。女主人公の立場から見ればガリヴァー旅行記といえますが、主人公の立場から見れば、『猿の惑星』かも知れません。
2回目ですのでポイントは結構です。
『蝿の王』がさらに次の作品を生んでいく、という構造は面白いですね。『家畜人ヤプー』は石ノ森正太郎先生が劇画化したのしか読んでないんですぅ(^^;)
年越しになりますので、ひとまず締めて、また来年あらたな気持ちで再質問したいと思います。
それではみなさん、よい御年を!!
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