質問文からだけでは細かい状況が分かりませんが、
早死にすることを願うほど嫌っている息子に対して
その子供を望むような話が本当にあるとするならば、
これは虫が良すぎるというものです。
だいいち、実の息子を愛せないような人に、
孫を愛せるはずもありません。
息子を愛せなくなった時、すでにもう血筋は絶えているんです。
自分の方から断ってしまったんです。お父様がご自身で。
ですから、お父様の愛が微塵も感じられないようなら、
そんなのはもう徹底無視ですね。
結婚というものを考えるならば、それは「新しい家」を作る結婚。
愛のない古い家を捨てて、愛に満ちた「新しい家」を作る。
そして生まれてくる子供を愛し抜いていく。
自分から始まる血筋を作っていく。
そういう結婚を目指していきましょうよ。
ただ、ひとつだけ、先入観無しに、
本当はお父様はjyousekiさんのことを愛しているのではないか、
という可能性を検討してみてください。
愛のない息子の子を望む、愛のない息子の先に続く血筋を求める、
というのは、ちょっと考えられないからです。
いや、真実愛など無い、ただの世間体と自分の都合で
そう言っているだけなのだ、ということなら、
自分から始まる「新しい血筋」を目指す結婚。
俺はそういう結婚しかしないぞと。
それでいいと思います。
jyousekiさんのご先祖様も、そういう子孫のあり方を、
きっと認めてくださるものと思います。
先祖云々言われたら、そう思ってください。
こういう厳しい状況で生活せざるをえない家庭ではそれを強要する親の考えは曲解した子供への愛情であり周囲の目に対する自己満足・エゴだったりするのではないかと考えている。これが正しい考えとしてこのとおりの考えがあたっているとすると厳しい教育をして自己満足していたのに世間体的に結婚していない(親としてはできないと考えている?)あなたの実情を周りの人になじられたりすると親としては面白くない。例えばあなたが親だったとして周りの人の子供がどんどん結婚しているのに自分の子供はどうなのよと聞かれたら寂しさや気まずさを感じるのではないか。とくに右へ習え敵なお国柄ですから。
この面白くない感情がたまると親としての教育の未熟さや無理なことのあなたに対する強要が失敗であったのではないかと想像をするようになってくる。こういう状況になった親は最悪、子に対して責任転嫁し孫がいれば孫に再教育をして何らかの形で成功させることであなたが失敗品であるかのようにつくろい自分の責任や面白くない感情から逃れようとする。
上記のような親を持っていたために子供のころから苦労が耐えなかったのですが親に不信感を持ってから自分なりに親の心底を探るテストを繰り返したところやはり信用ならないことがわかりました。それ以来、親には頼っていません。絶縁もしていませんが親の心底がわかったのでそういう人間なんだと割り切ることにしました。
その後夢があったのでそれに取り組むことにしており親のことにはそれほど関心がありません。遠まわしに私も結婚しろといわれたことがありますが親の言うことは聞かないことにしました。夢に取り組むことで自分らしさを持って生活するようになってからは比較的親の束縛から逃れて心が楽になった気がします。子供のころのように親の考えで左右されるのは真っ平ですし。
あなたも何かを区切りにして自分らしさを持ってみてはいかがでしょうか。
親とのいざこざで人生を無駄にするのは意味がないと思うので。絶縁するかしないかという問題というよりは親離れしたほうがよいという問題なのではないでしょうか。
>こういう厳しい状況で生活せざるをえない家庭ではそれを強要する親の考えは曲解した子供への愛情であり周囲の目に対する自己満足・エゴだったりするのではないかと考えている。
父親は一般常識では考えられない虐待をしてましたが「お前のためを思ってやったこと」として何も反省はありません。
むしろ周りの親と比べて立派な親だと思い込んでいます。だから私のことを「生きる資格さえない出来損ない」と平気で言うのです。
テレビで虐待死された子のニュースが流れると、たいていの人は「なぜ、そんなに残酷なことができるのだろう」と思うでしょうが、親にはひどいことをしている認識さえないことが多いのでしょう。
十数年前の時代、私が大学生のとき父親に「洗濯機を買ったら大学を中退にさせる」と脅かされ、結局卒業するまで手洗いをさせられていた事実が、今では「洗濯機を買っていいと言ったのにお前が買わなかった」というように全く別の内容になってしまっています。
ここまでの記憶のすり替えは、もはや私の過去がフィクションであったかのような錯覚を起しそうです。
こんな親の言うことを聞いて子を作っても、「親の反対を押し切って子作りをした」ことにされかねません。
もう見放す以外に手はないようです。
「自分は生まれてきてあまり幸せでない。
自分の子供を同じかわいそうな目に合わせるのは心底いやだから、
子供を持ちたくない。」
こういう人は結構多かったですよ。
(その後意見が変わった人もいるかもしれませんし、
女性は賛同の幅が広いので
とりあえず同意した人もいるでしょうが)。
これを唱えておくしかないんじゃないでしょうか。
どうしてもなんらかの形で子どもを家庭に入れたいなら、
ジョウセキさんとは関係なく、親が自身で
養子をとればいいんじゃないでしょうか。
ジョウセキさんは成人であり、交配用の家畜ではありません。
たとえ話ですが、そんな状態でジョウセキさんが何か
手品か魔法のように都合よく
「自分の隠し子だ」といって子供をつれてきたらどうでしょう?
やはり絶対に文句をつけて祝福しないでしょうね。
「本当にお前の子なのか」「どこの馬の骨だ」などの失礼きわまりないことをどんどん言ってくるでしょう。子供自身がそこにいて聞いていて、どんどん傷ついてしまっても、お構いなしにやっちゃいますと、これはもう児童虐待の恐れが高いですね。
そんな考えの親では、仮に万事が実際に
うまくいってjosekiさんが子を持たれても
本来の親であるjousekiさんそっちのけで
「教育方針」に口をだしてくるでしょう。
「船頭が2人いると船は山に登る」のことわざのように、
今よりひどい三世代が三つ巴にからむ
もめごとになるかもしれません。
それを避けられるジョウセキさんの非婚のお考えは
どちらかというと健全なものだと思います。
そのような身勝手な言動をくりかえす状態の親とは
だんだんと距離をとっていって、
それから親の言動にかかわりなく
josekiさんがどういう家庭を築きたいか(または築きたくないか)を友人など共通の考え方の人の意見を
じっくり考えて確立する、
というように解決するしかないようです。
時間がかかってもいつかは必ず解決できますよう
遠くからですが願っています。