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現代エジプトの少数派であるコプト教徒(非カルケドン派のキリスト教徒)の先祖ですが、ローマ帝国時代はどんな状況でしたでしょうか、カルケドン公会議の後の状況です。ローマ帝国の国教であるキリスト教は、カルケドン会議を受け入れている主流のキリスト教だったと思う筈ですから、非カルケドン派は異端とはされ追放となる危険はなかったんでしょうか。迫害などあったでしょうか。また、迫害まではいかずとも、不利益を得ていたんでしょうか。


現代のエジプトで、残っているキリスト教徒は、約10%がコプト教徒(非カルケドン派)とされますが、ローマ帝国で主流派であったキリスト教徒はどうなったのか、不思議の感じがします(主流派のキリスト教徒は、イスラムに改宗していったのかな、と思いました。そもそも、ローマ帝国内のエジプト地域では非カルケドン派が主流だったのかもしれませんが)。

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登録日時
2016-07-16 22:27:52
終了日時
2016-07-23 22:30:03
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