律令制での話ですと、読み仮名というものもきちんと決められていたのでしょうか。あるいは、昔の人の日記などで、ひらかなで、「だいじょうかん」と書いてあるものが多いとかでしょうか。
明治初期の場合ですが、法令のなかで、読み方が定められていたんでしょうか。また、なぜ、律令制と異なる読み方を採ったんでしょうか。
読み方に基準は無く、時代によって、あるいは場所によっても変化します。
文字そのものの書き方にも本来は厳密な決まりなどありません。
それでは不便だからと後知恵で基準を設定しただけです。
理解できない方が悪い。