公事方御定書には、次のようなことが書かれているそうです。
http://chushingura.biz/p_nihonsi/siryo/0651_0700/0678.htm
『徳川禁令考』「○賄賂さしだし候者御仕置の事
一、公事諸願その他請負事などについて、賄賂さしだし候者ならびに取持いたし候者、軽追放、ただし賄賂うけ候者その品相返すこと申し出づるにおいては、共に村役人に候はば役儀取上げ、平百姓に候はば過料申しつくべき事。
江戸時代では、幕府、諸藩、また奉行所では、賄賂謝金は当然にあるもとのされ、幕府や天皇でもそうしたのなしというのは、常識外だったと思います。 内済で済ますには、謝金礼金賄賂贈与は不可欠ですし、内済を勧める奉行や下級役人もこの謝金は必要でしょう。
神仏に祈願する祈願成就した場合にも、礼金を払っているし、習い事をする場合の謝金、 公事方に自分の案件を依頼するときの謝礼は当然と世間も考えただろうと思います。
賄賂を不当でマズイとするようになった時期、事情はどういうものでしょうか。
以下のページの説明によると大宝律令の中で罪として定められているようですが、これは「唐の制度を真似たもの」だそうです。
http://www.rose.ne.jp/~ooha/wairo.htm
時期についてはそれでいいとして、問題は事情ですか。西門豹、公儀休、楊震、あたりで検索するならば、輸入元の中国でも昔から悪いことだと考えられていたらしい事は分かると思います。特に楊震については、
『小学読本』『小学勧懲叢談』『現今児童重宝記 : 開化実益』『普通小学修身談』『修身説話』『小学修身用書』『修身要話 : 幼稚園・小学校』『修身軌範』など、明治期の日本では道徳のひとつとして子供によく教えられた[2][3]。
とwikipediaにありますので、質問の趣旨が江戸時代の賄賂を平気で受け取る風習が変化したのはいつか?、というものであるならば、明治時代に入ってからという事になるのではなかろうかと。
中国の方のルーツを遡ると、
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/138220/1/JOR_66_2_194.pdf
中國社會においては、賄賂罪は秦漢律から規定をもち、唐律、さらには現行法に流れてきた。古代法から引き繼がれてきた法律であり、かつ他の條文、他の地域の法律と比較して、むしろ厳罰が量定されているにもかかわらず、賄賂罪は常に問題とされ、また今日にあっても中國は官僚の賄賂が後を絕たない社會と認識されている。
との事ですから、秦の時代にはすでに明文化されていたようです。
wikipedia:中国法制史によると、秦の商鞅の「律」は、
魏の李克の『法経』の内容を受け継いだものとされています。
以下推測につき、間違っている可能性あり
李克を調べるとここでも西門豹の名前が…どうやら同時代の人だったらしい。
他には呉起の名前も…なるほどその時代の人だったか。
魏の文侯が西門豹から賄賂を受け取った左右の者を罰した記録は残っていませんから
李克の『法経』には賄賂を罪とする規定が無かったのかもしれません。
では商鞅はというと、彼は宦官に賄賂を送って秦王への取りなしを頼んでいますね…
すると商鞅の時代にもまだ無かったのかもしれません。
そうすると『韓非子』あたりかな…と調べると、ありました。「孤憤篇」ですね。
http://esdiscovery.jp/knowledge/classic/china4/kanpishi005.html
秦王政(後の始皇帝)は献上された『韓非子』の「孤憤篇」と「五蠹篇」を読んだ際、
「これを書いた人と交われるならば死んでもいい」と高く評価しています。
韓非自身は荀子のもとで同門だった宰相李斯の讒言によって服毒死させられますが、
その思想は李斯の手で(もちろん始皇帝のお墨付きのもとででしょう)
秦の政治に組み入れられたとされています。
孤憤篇を知らなかったので、次のサイトをみました。
https://kanpishi.jimdo.com/%E9%9F%93%E9%9D%9E%E5%AD%90-%E5%85%A8%E8%A8%B3/11-%E5%AD%A4%E6%86%A4/
これを読んだ範囲では、賄賂がいけないとか、賄賂を禁じるべきだとかの論にはならないと思いました。 ただ単に、賢智の士の特性を解説しているに過ぎないと思います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%8B%E7%9A%87%E5%B8%9D#%E6%9D%8E%E6%96%AF%E3%81%A8%E9%9F%93%E9%9D%9E
ここには、「秦王政が感心した韓非の思想とは、『韓非子』「孤憤」節1の「術を知る者は見通しが利き明察であるため、他人の謀略を見通せる。法を守る者は毅然として勁直であるため、他人の悪事を正せる」という部分と、「五蠹」節10文末の「名君の国では、書(詩経・書経)ではなく法が教えである。師は先王ではなく官吏である。勇は私闘ではなく戦にある。民の行動は法と結果に基づき、有事では勇敢である。これを王資という」の部分であり、」と説明されていますが、この説明はつじつまが合っていると思います。
謝礼を贈る、謝礼を受け取ること、贈答を受けること、依願の際に祈願料を納付することがいけないというのではなくて、法制を曲げることを始皇帝が嫌ったということならば、それはわかる気がします。
始皇帝でなくても、自分が決めて命じたやり方を、部下が守らないで曲げる、被支配民が自分の利害を優先し命ぜられたことをないがしろにするというのを許容する人はごくまれだと思います。 それは、賄賂の禁制ではないでしょう。 自分の決定したことが徹底できる郡県制、度量衡、通貨、車軌、位取り記数法がしっかり徹底実行されることが肝要であって、賄賂を禁じてはいないと思うのですが、、、
人事でも、土木工事でも、どこからどれだけだれにどうやっていつということはつきものです。その個別決定や優先決定は任にあるものがする訳ですから、それを決定するときの配慮要因に、知力、腕力、視力、巧緻、意欲、人的キャラ、統率力、上の意向を忖度配慮できる能力、他人を動かす実行力、組織力を使える力はさらに大事になることは当然だと思われます。
詳しいことも、具体的なこともわかりませんが、秦で賄賂が禁じられていたことはないのではないでしょうか。
> 秦で賄賂が禁じられていたことはないのではないでしょうか。
上記PDFファイルの作者は京大の名誉教授なのですが(wikipedia:冨谷至)、
その言である
> 賄賂罪は秦漢律から規定をもち
との主張がそもそも信じられないという事でしょうか?。
なお、始皇帝は秦王朝末期の王です。
始皇帝の死後、わずか数年で秦は滅亡します。ですので、
少なくとも始皇帝の時代には記載があったと考えないと辻褄が合いません。
改めて検索すると、始皇帝が組み入れたとの言も見つかるようです。
http://d.hatena.ne.jp/yasushiito/20130220/1361328970
また、秦王政は成人するまで宰相呂不韋の傀儡だったのですが、
呂不韋も賄賂を送った実績があります。
(wikipedia:呂不韋#世子を擁立)
ちなみに、もう気づいていると思うのですが、
私は謝金については一切言及していません。
賄賂と謝金は似て非なるものだからです。仮に、
> 神仏に祈願する祈願成就した場合にも、礼金を払っているし
が違法行為であるとしましょう。
つい先日、靖国神社に玉串料を奉納した阿部総理は
違法行為に手を染めたのでしょうか?。
ありがとうございます。
なお、次の論文?には、唐以前の社会では「わいろ・賄賂」にあたる言葉の使用例はないと思います。
この論文?では、贈収賄は儀礼としてなすべきものだったりするが、北魏では、食事や酒の供応を所轄で受けたら刑罰という北魏献文帝の詔に見られるようなのがあったりするが、社会の実態としては官吏に十分な官給の財物はなく、社会的事実としては贈る・受るは継続的に必須のこととして行われていたし、唐律135~140条も、贈収賄があって法の適用を曲げるということを問題にしているようです。
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/138220/1/JOR_66_2_194.pdf
また、韓非子においても、外儲説にあるように、自律・自戒として収賄をしないことを述べているのであって、収賄や贈賄そのものを法を歪める(枉法)とはしていないです。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1062738305
中国では春秋左氏伝にも賄賂という熟語はでてきますが、財物などの贈与収受のことであって、それそのものが悪事という位置付けではなかったようです。
先に挙げられた冨谷論文?では、唐律141条に「諸官人因使、於使所受迭遺及乞取者、與監臨同、経過処取者、減一等、」という例も書かれています。官吏の使用人が使い先で饗応を受けた場合も処分というのですから、この使用人は法の適用を曲げることに関係しているかどうかを問題としてないで、使用者たる官人と同罪という扱いです。もちろん、140条、136条も、「準枉法論」ですから、主人たる官人が法を曲げていた場合に、使いをしたものが饗応を受けた場合、その使用人も罰せられるということです。
日本だと、吉良上野の収賄も公認の仕組みです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%AE%B6_(%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%99%82%E4%BB%A3)#%E5%BD%B9%E8%81%B7%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E9%AB%98%E5%AE%B6
奉行所の役人も収入の多くを謝金でまかなっています。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~hitosugi/keizai.html
有名な甲子夜話でも、巻六28田沼に対する諸家贈遣、同六29勘定奉行松本伊豆守、京都町奉行赤井越前守に対する贈遣の盛んなことを書いていますが、それを不正とは見ていません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%A5%89%E8%A1%8C#%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%A5%89%E8%A1%8C%E3%81%AE%E5%8F%8E%E5%85%A5
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> 賄賂と謝金は似て非なるものだからです。
「謝金とか依頼料、返礼、饗応とかを、賄賂とは似て非なるもの」と考えるのが一般化したのは、いつ頃か、どのような事情や社会情勢があったのかを、知りたいのです。
明治刑法でも「第二百二十五条 賄賂其他ノ方法ヲ以テ人ニ嘱託シテ偽証又ハ詐偽ノ鑑定通事ヲ為サシメタル者ハ亦偽証ノ例ニ同シ」「第二百八十四条 ①官吏人ノ嘱託ヲ受ケ賄賂ヲ収受シ又ハ之ヲ聴許シタル者ハ一月以上一年以下ノ重禁錮ニ処シ四円以上四十円以下ノ罰金ヲ附加ス ④因テ不正ノ処分ヲナシタル時ハ一等ヲ加フ」「
第二百八十五条 ①裁判官民事ノ裁判ニ関シテ賄賂ヲ収受シ又ハ之ヲ聴許シタル者ハ二月以上二年以下ノ重禁錮ニ処シ五円以上五十円以下ノ罰金ヲ附加ス ②因テ不正ノ裁判ヲ為シタル時ハ一等ヲ加フ」「第二百八十六条 ①裁判官検事警察官吏刑事ノ裁判ニ関シテ賄賂ヲ収受シ又ハ之ヲ聴許シタル者ハ二月以上二年以下ノ重禁錮ニ処シ五円以上五十円以下ノ罰金ヲ附加ス ②因テ被告人ヲ曲庇シタル者ハ三月以上三年以下ノ重禁錮ニ処シ十円以上百円以下ノ罰金ヲ附加ス ③其被告人ヲ陥害シタル者ハ二年以上五年以下ノ重禁錮ニ処シ二十円以上二百円以下ノ罰金ヲ附加ス若シ枉断シタル所ノ刑此刑ヨリ重キ時ハ第二百二十一条第二百二十二条ノ例ニ照シテ反坐ス」「第二百八十七条 裁判官検事警察官吏賄賂ヲ収受聴許セスト雖モ情ニ徇カヒ又ハ恕ヲ挟サミ被告人ヲ曲庇陥害シタル者ハ亦前条ノ例ニ同シ」「第二百八十八条 前数条ニ記載シタル賄賂已二収受シタル者ハ之ヲ没収シ費用シタル者ハ其価ヲ追徴ス」などと、賄賂そのものを犯罪としているのではないようです。
http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/kyouken/old_web/kyoukasyo/kyokasho97.htm
明治中期以降に、国民教育を国家統制下で進める政策の中で、人格主義的要素を抑え、法制要素を高める必要があって、「役人人格への配慮」vs「法に基づくのみ」を対比させる狙いが、「賄賂=悪」のイメージを作ったのかなぁなどと、思っています。
> なお、次の論文?には、唐以前の社会では「わいろ・賄賂」にあたる言葉の使用例はないと思います。
もっとも、前漢の資料には、「賄賂」と熟す語はいまだ見られず、それが登場し、かつ所謂ワイロといった負の方向で使われるのは、魏晋から唐にかけてであり、漢律がワイロとして記す語は、賕(受賕・行賕)である。
「賄賂」という熟語が用いられるようになったのは三国志の時代以降であり、
それ以前の漢の時代では「受賕」「行賕」の熟語がそれに当たるそうですよ。
> 贈収賄があって法の適用を曲げるということを問題にしているようです。
いや、それが賄賂の本来の意味ですから。
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/237498/meaning/m0u/
不正な目的で贈る金品。
不法な報酬。
あと、質問の冒頭の言葉はこうなっています
賄賂謝金が違法行為、取締の対象とされるようになった時期と事情
まずはこれを2つに分けて考えてください。
1.「賄賂」が違法行為、取締の対象とされるようになった時期と事情
2.「謝金」が違法行為、取締の対象とされるようになった時期と事情
1.については現代では違法ですから、その起源を探ることは可能です。
しかし、2.については違法なのでしょうか?。
現代において違法でないなら、その起源を探る事は不可能なんです。
> 吉良上野の収賄
wikipediaの記述によれば謝金ですね。収賄じゃありません。
> 贈収賄があって法の適用を曲げるということを問題にしているようです。
いや、それが賄賂の本来の意味ですから。
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/237498/meaning/m0u/
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
gooの辞書や、現在ポピュラーな辞典では、「賄賂:《不正な・不法な》」という語を入れていますが、昔はそのような意味合いはなかったようです。
小学館日本国語大辞典第二版第13巻や精選版日本国語大辞典の「賄賂」の項の(1)は、「自分に都合のよいようにとりはからってもらう目的で他人に贈る品物や金銭。まいない。そでのした」となっていて、《不正な・不法な》とは異なっています。
角川古語大辞典第5巻の「賄賂」の項は、「私的な利益を得る目的で、金品をひそかに提供すること。また、その金品。賄とも」となっていて、《不正な・不法な》ではなく、《私的な利益》がポイントです。三省堂時代別国語大辞典室町時代編五では、「賄賂」の項の(1)は、「その人の役職・立場を利して自分の意図を達してもらおうと、金品を贈ること。→属託(そくたく)・まいない」、(2)は、「纏頭(てんどう)(1)」、「纏頭」の項の(1)は、「遊女などにほうびとして与える衣類。また広く、引出物・布施などの類いをいう」
依頼時に出す金品や饗応でも、依頼がうまくいったときに贈る金品や饗応でも、普段から懇意を通じるためにする贈り物や接待饗応でも、私的な利益を願っているには違いありません。
なお、これらの辞書に例として記載されている庭訓往来(11世紀~19世紀の長期に盛んに編纂され読まれた)の8月7日(八月状返)には、「奉行人の賄賂・衆中の属託・上衆の秘計・口入の頭任・内奏贔屓、機嫌を窺い、之を申すべし」との記載があります。この文は、訴訟の取り扱いをどうするのかという質問に対する加賀和気の質問に対する(田原or長谷部)の返事の一部分で、官のポジションにあるもののいろいろな案件については、《機嫌を窺い》=その個別事情を調べて判断するようにといっているようです。
政商三菱だけのことではなく、事業を拡大する、事業を安定にする、危難が及ばないようにするというのは、事業家にとって大事なことですから、ただの形式的儀礼ではなく、懇意な関係をさらに強化する、斟酌、配慮がなされる状況を作り出すことは大事です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%8F%B1%E8%B2%A1%E9%96%A5
謝金と賄賂を別物とするような社会的な意識変化が、どこでどのようなことを契機に生じたのかのヒントや情報、説を、私は聞いているのです。
> 昔はそのような意味合いはなかったようです。
再掲
もっとも、前漢の資料には、「賄賂」と熟す語はいまだ見られず、それが登場し、かつ所謂ワイロといった負の方向で使われるのは、魏晋から唐にかけてであり、漢律がワイロとして記す語は、賕(受賕・行賕)である。
したがいまして、
①本家の中国において、賄賂という熟語は
最初からマイナスイメージを持っていたようです。
②それ以前の賄賂に対応する言葉は受賕・行賕のようです。
③行賕で検索すると《史記.卷九五.灌嬰傳》の語が拾えまして、
前漢の武帝の時代に賄賂を理由として処罰された人がいる事も分かります。
wikipedia:灌嬰
その子の灌彊の代に罪があって断絶したが、武帝によって灌嬰の孫の灌賢が臨汝侯に封じられた。しかしこの灌賢も贈収賄で有罪となり国を召し上げられた。
④賄賂という言葉は唐律と大宝律令を介して日本に広まったと考えた方が自然です。
ですから賄賂という熟語には日本においても
最初からマイナスイメージがあったと私は考えます。
そのようなわけで、謝金と賄賂がもともと
マイナスイメージを持たない同じ意味であり、
時代の流れの中で別々の意味に分かれたはずだ
という前提で質問されているのであれば、
そのような要望にはお答えできかねますとしか言いようがありません。
> 賄賂という言葉は唐律と大宝律令を介して日本に広まったと考えた方が自然です。 ですから賄賂という熟語には日本においても 最初からマイナスイメージがあったと私は考えます。
致し方ないです。 廣漢和辞典で、賄貨、賄嘱、賄託、賄賂の項があり、賄貨、賄嘱、賄託には、賄賂という意味でも使用されると説明があります。 そして賄賂は「まいない。私利をはかってこっそり贈る金品」との説明があります。「私利をはかってこっそり贈る金品」にマイナスイメージを抱くのどうかは、感覚の問題ですがが、少なくとも、江戸時代においては、ごく普通に行われ、賄賂がないことの方が社会常識を外れたことになっていました。男女や身分差、家格、長幼が重視されているのを、マイナスととらえるのかどうかのようなことを言い出したら、ちょっとやっかいです。当時の社会においては、賄賂はマイナスではなかったと私は思っています。
このような記述もあります。[儀禮と刑罰のはざま--賄賂罪の變遷]
賄賂は本来、礼物であり、贈賄はむしろ賞賛される行為であり、また収賄も非難されることではなく、儀礼の一環であるとの認識である。漢律にあっては、贈牧賄は犯罪を構成せず、柾法という要件を充足してはじめて犯罪となる。また漢律では、職制律に属さず、盗律に属していたのも、賄賂が構成する罪という範疇ではなかったことを語っている。
しかし、礼の実践行為としての贈収賄は、官吏の不正行為を招来する負の評価をもつ贈収賄へと、すくなくとも職制律においては、規定されることになる。すなわち、賄賂についての認識と評価が正から負へ、善から悪にその重心が移っていったのである。かかる移行をなし得たもの、それは、中国の刑罰、法律の目的が、秩序の維持を第一義として、秩序の紊乱を招く要因を未然に防止するといった基本的観念と、それを基底にすえて展開した歴史的事柄と人聞の行動だったのである。
日本でも、検見に際して、役人のとる賄賂が甚だしく、地域社会で大問題になっています。そうした社会的感情問題を取り込んで、賄賂は罰するという御触をつくることは現にあるわけですが、それは、「賄賂であれば悪・不正」という観念がその社会の常識として存在しているのではないです。
https://s.webry.info/sp/67488641.at.webry.info/201606/article_1.html
ええとまず、柾法は枉法の間違いですね(PDFファイルから直接コピーするとこういう誤変換が起こるようです)。そのうえで言える事は、
①「賄賂」という言葉が生まれたのは「魏晋から唐にかけて」との事ですから、魏の曹操の末裔から禅譲を受けた晋の司馬炎による中国統一を経て唐の建国に至るまでのいずれかの期間という事です(wikipedia:魏晋南北朝時代)。つまり3世紀~7世紀までのいずれかの期間であるという事ですね。この点について異論はあるでしょうか?。
②同じ筆者による『儀禮と刑罰のはざま--賄賂罪の變遷』ですが、そこで語られている「賄賂」とは「賕」の事でしょう。なぜなら、「漢律にあっては」という言葉が繰り返されおり、それは三国志の時代以前の事だからです(wikipedia:後漢)。この点について異論はあるでしょうか?。
③大宝律令は701年、つまり8世紀の初頭に制定された法律です。その中には枉法贓(金品を受け取って法を曲げる罪)だけでなく不枉法贓(法を曲げないものの金品を受け取った罪)までが規定されています。日本に伝わった時にはすでに、金品を受け取ることそのものが大陸では罪とされていたものと思われます。もしそうでないなら不枉法贓というのは日本が独自に制定した法律という事になってしまいますが、実際には唐律で検索してもヒットします(一三七條 不枉法者,減二等 ~ 上で挙げられた唐律135~140条の一部です)。この点について異論はあるでしょうか?。
つまり漢律(3世紀以前)においては枉法贓が罪で、不枉法贓は罪ではなかった。
これが唐律(7世紀以降)になると、枉法贓だけでなく不枉法贓も罪になった。
(「賄賂」という熟語が登場するのは漢よりも後の時代)
まとめるとこういう事になるのだと思います。
もっとも、「魏晋から唐にかけて」を唐の晩年まで広げて3世紀~10世紀までのいずれかの期間という穿った見方をする事も可能ですが、この場合は賄賂という言葉が生まれるより前に不枉法贓という概念が存在した事になりまして、賄賂は最初からマイナスイメージを持っていたという事がいよいよ真実味を帯びてきます。
私は「賕」に最初からマイナスイメージがあったとは言いません。
「賄賂」についてのみそう言っているのです。
明治維新によって、幕藩体制から立憲君主制に移行したのが“時期”、
その事情は、王政復古から議会民主主義を採用したため、間接投票でも、
税の負担が“公の概念”を形成したからです(以下は蛇足)。
〔逸〕 這うエヴァー ~ ワイロが二枚舌のもとに ~
…… アダムが耕しイヴが紡いだとき、誰が領主だったか?
Ball, John 1338‥ca England 13810715 43 /Wat Tyler's Rebellion
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19480130 糸を紡ぐガンジー
…… エバと会話したときの蛇は(二本足で)歩いていたのですか?
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20180623
不急の論議 ~ いそがしいひとよむべからず ~
藩主の藩政から、君主の親政へ、国家の条件は通貨統一に象徴される。
百姓が国民に、武士は警官や軍人に、軍隊は官軍で帝国軍人となった。
税は、公金・公費・公務・公平が原則なら賄賂の被害者は国民である。
〔仁〕 公私混同 ~ 水戸黄門の出張旅費 ~
元副総理が(現時点で)、2人の秘書官と18人の随行員を従えて、
諸国漫遊すれば、年間の総予算は総額いくらかかるでしょうか。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/2784598.html(20070226 02:07 bilda)
…… おヌシも、ワルよのう。助さん、格さん、(越後屋にワイロを
貰った代官を)懲らしめてやりなさい。
── 《水戸黄門 19690804-20111219 TBS》
徳川 光圀 水戸藩主 16280711 常陸 17010114 72 /~《大日本史》
佐々木 助三郎“助さん”1640‥‥ 水戸 16980710 58 /籍=佐々 宗淳/号=十竹
安積 覚 “格さん”1656‥‥ 水戸 17380129 82 /籍=渥美 格之進/儒学
────────────────────────────────
浅野 内匠頭 赤穂藩主 16670928 播磨 17010421 35 /切腹(贈賄)
吉良 上野介義央 高家 16411006 江戸 17030131 62 /斬首(収賄)
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030131 忠臣蔵300年(17030130)
上記の《漫遊記》で贈収賄を咎めるのは(現代人の)俗釈であって、
《忠臣蔵》で(史実どおり)接待役が指南役にワイロを贈るのは当然で、
咎むべきは、裁判なき判決を理不尽とする“武士の面目”が共感された。
〔散〕 三方一両損 ~ 司法権の分立以前 ~
天下の副将軍も、藩主を差しおいて派遣された代官を叱る権限はなく、
かくなるドラマ設定が延々42年間、下記も29年つづいたのは奇矯である。
── 《大岡越前 19700316-19990315-20060320 TBS》加藤 剛・主演
大岡 忠相 南町奉行 1677‥‥ 江戸 17520203 75 /~《大岡日記》
http://q.hatena.ne.jp/1282136345(20100818 21:59:08 adlib)
誰得問題 ~ ここがヘンだよ大岡裁き ~
>「廃藩」によって「脱藩」という熟語が生れたことになります。(略)
廃藩になっているのに、脱藩という言葉ができるとは不可思議ですが。
http://q.hatena.ne.jp/1273673596#c178539(20100516 21:20:09 SALINGER)
〔私〕 万物私有 ~ すべては主君の私物だった ~
終戦の《玉音放送 19450815 NHK》直前まで、国民は天皇の赤子だと
教育されていた。町内のワンパクどもが、路上の水道栓やマンホールの
蓋を指さして「あれもこれも天皇陛下の物や」と遊ぶこともあった。
欧米の名門私立大学では、寄付金を多く払う劣等生を歓迎するそうだ。
優秀で貧しい特待生の分まで、彼らが負担してくれるからだという。
ただし、国公立においては(原則として)庶民感覚が優先するはずだ。
ところが、最近は私立医科大学で、女子受験生に不利な“下駄履き”
採点方式が発覚した。私立共学一貫校でも、毎年の男女比が同じである
ことから、教師などの“子弟特権”とともにバレバレだったが……。
〔誤〕 金銀不融通 ~ デフレ(Deflation)貨幣改鋳(小額貨幣)~
…… 六十にして耳したがう。── 《論語 為政 耳順》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19930206 平沼家の人々
山田 方谷“備中聖人”18050321 愛媛 岡山 18770626 72 /文化 2.0221
…… 江戸時代の倹約と貯金は美徳だったが、資本主義では悪徳である。
https://www.youtube.com/watch?v=uuJhc80ULZI(20170531 10:25)武田 邦彦
江戸時代には中央銀行がなかったので、みんなが節約して貯めこんだ。
チリが積もって山になったケースは(古今東西)誰も見た者がいない。
── 山室 恭子《江戸の経済官僚 20161212 04:20-04:30 NHK 視点・論点》
https://twilog.org/awalibrary/search?word=%E5%B1%B1%E7%94%B0%20%E6%96%B9%E8%B0%B7&ao=a
〔録〕 ろくでなし ~ 公金・公費・公務・公平・公正・公僕 ~
18721229 陸軍省公金横領事件(山城屋 和助 割腹自殺)
1907‥‥ 汚職の罪(刑法193-198条)、秘密漏示罪(134条)
19261030 陸軍機密費横領問題(石田 基 検事怪死)
19480729 政治資金規正法
19760727 ロッキード事件(元首相逮捕)
1981‥‥ 条約法に関するウィーン条約
19880618 リクルート事件(未公開株)
20031031 国連腐敗防止条約 起草 20031209(メリダ)署名
20051214 発効(日本 20170810)寄託者;国際連合事務総長
〔何〕 政教分離 ~ 聖書に手を置いて宣誓するアメリカ大統領~
>玉串料を奉納した阿部総理は違法行為に手を染めたのでしょうか<
玉串料は賄賂でも謝礼でもなく(安倍総理は)政教分離の容疑です。
(これを進めると、カトリック信者の麻生副総理にも類が及びますが)
…… アメリカでは(たぶん日本でも)公職者へのプレゼントについて
厳しいルールがある(略)375ドル(約4万5000円)を超える価値がある
場合は米政府の所有物となるため、それらを引き渡さなければならない。
受取人がそれを所有したい場合は、市場価格で購入しなければならない。
https://artrino.muragon.com/entry/1329.html(20171109)
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20060505
孤憤の人々 ~ 韓非子の愛読者たち ~
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4003321014
〔也〕 さらば宗教と道徳 ~ 東の韓非子 vs 西の君主論 ~
…… 韓非子は、読めば読むほど厳しさが伝わってくる(略)。
八姦(第九編)では、君主を操る八種の害悪をまとめている。
(法や道徳の説教ではなく、冷徹な人間観察と実践的な政治力学を説く)
わたしは(公務員ではなかったので)ワイロを受取った経験はないが、
払ったり、断わられた経験はある。昨今の汚職事件は、あまりに未熟で、
容疑者の釈明も聞くに堪えない。手を取って教える上司がいないからか。
…… ついでながら、現金で賄賂を渡す場合は、わざと大きめの封筒に
入れるのがよい。緊急の場合は、週刊誌などにはさんでもよい。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20060217 経済美学入門
ただし、記録では別の理由での処分になっている。
貴族の私文書などに婉曲な言及がある程度。
もちろん、本家の中国では更に長い歴史と伝統を持つ。
世界中で、その手のゴシップの歴史は公務員の発生当時からある。
素浪人に用心棒を頼むのだって飯代だけという訳にはいかないです。
身分と家格と職位独占が固定化する前なら、金で買うのは当然でした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E5%8A%9F_(%E4%BB%BB%E5%AE%98)
公職?で副収入があるのは周知のことで、それをうらやむことはあっても、不当と思う人は少なかったと思います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%A5%89%E8%A1%8C
私の関心事は「賄賂を不当でマズイとするようになった時期、事情はどういうものでしょうか」です。
政治や権力のバランスで都合良く解釈される規範だったと言えるね。