50年後の未来のコンピュータ・ゲームについて自由に想像し、そのゲームの概要について述べてください。

 ただし、以下の条件に従ってください。

【1】「リアルなバーチャルワールドに入り込める」「頭のいいAIと話ができる」という2つの発想は、それだけでネタにすることは禁止します。(ネタの一部としては可)。
【2】ゲーム自体のテクノロジーがどうすごくなるかだけでなく社会全体の中でゲームがどのような役割を果たすものになるか、あるいはゲーム以外の技術とゲームがどう結びつくかという想像力を働かせてもらえるとベターです。たとえば、医療とゲーム、教育とゲーム、株式市場/RMT、サイボーグ技術、分子生物学、ナノテクノロジーなど。
【3】なぜ、そういうゲームが出てくるか、という必然性や現実性についても少し考えてみてください。そして、できれば記述してください。

 必然性や現実性を考えたくない方は、すぐ後に「1000年後のゲーム」について質問しておきますので、そちらでお答えください。

回答の条件
  • 1人2回まで
  • 登録:
  • 終了:2006/08/10 15:32:36
※ 有料アンケート・ポイント付き質問機能は2023年2月28日に終了しました。

回答13件)

id:lionfan No.1

回答回数109ベストアンサー獲得回数20

ポイント25pt

厳密にゲームと言えるかどうか疑問で申し訳ないのですが、

未来の世界ではアバターをかぶり、

ゲーム感覚でバーチャルな会社に通い、仕事をゲーム的にこなすようになると思います。

プログラミングや事務の書類作業など、

未来の仕事のかなりの部分は、ネットで済むようになると思うからです。

未来の社会ではネットが発達し、無理に他人と会う必要がなくなるので、

今以上に人間関係をうまく結べないオタク的な人が増えてくると思います。

ちょっと叱られただけですごく落ち込むようなタイプですね。(僕もそうなので)

ですから、バーチャル会社では、あらかじめ、

各社員の性格も決められているのではないかと思います。

「イヤミな上司」役の人がいて、彼はどんなときでもイヤミなことを言う、と決まっているのです。

たとえば「ドラえもん」会社の「スネ夫役募集」といった感じです。

id:hiyokoya

面白いです。

「バーチャル会社で仕事をゲーム的にこなす」というところまでは似たような話を聞くこともありましたが、社員の性格をあらかじめ決めておくのはいいですね。

2006/08/04 00:20:10
id:ElekiBrain No.2

回答回数255ベストアンサー獲得回数15

ポイント10pt

【1】に抵触する可能性もありますが、逆の発想で、バーチャルが人間の世界にやってくる、です。「これなら既に半分は実現化されているじゃないか」と思われるかもしれませんが、私が述べるのは、現実空間に突如として出現するバーチャルです。具体的にはホログラフィーの技術と関係があります。手に取ることはできないにせよ、立体映像がパネルの上を特殊な眼鏡などを用いることなく出現するのではないでしょうか。


【1】ホログラフィーが実現すると、体を動かして、あらゆる角度からアクションを試みる内容のゲームが盛んになる。

・今までのゲームのデバイスは古くはコンパネ、現在ではゲームパッド、変わったものではトラックボールや釣竿などがありますが、それも2Dを基本思想とした結果生じるものです。ホログラフィーが実現化されれば、直接触れた座標を計算して反応するゲームも日常化するでしょう(ホログラフィーの後ろに手を回さなければ反応しない仕掛けなど)。


【2】会社での活用法

今現在のビデオ会議などよりもより直接的にプレゼンなどの内容を伝えることができるようになるでしょう。在宅したまま会社活動を行う企業が少数ですが現在も存在します。これらの登場によって、そういった出勤形態を採用する会社が増える可能性があります。もちろん、真のコミュニケーションにおいては弊害も生ずること必死ですが。


【3】必然性

先ほど申し上げた通り、現在のゲームは2Dを機軸としているため、多くのメディアに露出しても日本全土を巻き込むような市民権を得るには至りませんでした。ところがホログラフィーを採用すると、今の携帯のような端末にまで影響を及ぼします。この変化は、携帯アプリ等の小さなゲーム普及率とは違った多面的な成長を遂げるでしょう。それこそ、通信面とリンクした形でのホログラフィー動画サービス、ホログラフィーメールサービスなどが一般化することでしょう。

もうひとつ、ホログラフィーは現時点でYouTube等にもアップされていたように、現実段階に入りつつある技術です。これらは極めて実現する可能性が高い。私は少なくとも10数年前からゲームは立体化するとの思いを抱いており、この流れはあまりに当然な感覚があります。

id:hiyokoya

 ホログラフィーですね!それも禁じ手にしようかどうか、ちょっと迷ってました。id:ElekiBrainのおっしゃられているのは、いわゆるオーグメンティッド・リアリティのようなものでしょうかね。

 ただ、単にオーグメンティッド・リアリティだと、専門的な医療/危険地帯での遠隔操作技術など用途がある程度かぎられているそうですが、これが社会的インフラとして全面化した世界というのならば、面白そうですね。

 オーグメンティッド・リアリティと、オルタナティブ・リアリティ・ゲームを足したような世界、とでも言うべきでしょうか。

2006/08/04 00:27:48
id:akem1 No.3

回答回数38ベストアンサー獲得回数0

ポイント5pt

*機械スイッチを使わない入力系が主流になると思います。

 ありがちな臨場感重視のためじゃなくて

 プレーヤーと計算機という処理系を考えた場合

 ボトルネックになっている部分は潰して

 プレーヤーの処理速度が速ければquake3のようなゲームを

 同時に20個並行にプレイ出来るような形になっていると思います。(相手の弾があたった時間軸と あたってない時間軸なんて感じでアホみたいに分裂していって全部の世界で60fps/secで決断をしつづけるって楽しそうだと思います。) いまいち現実に近いから嬉しいとか 会話が楽しいとか思わないので こっち方面に進化してくれると嬉しいです。


 これは、ネットワークゲームによる他のプレーヤーに対する

 うざさ故に勝敗の全責任を一人で背負って遊びたい(1チーム30人を全部自分で動かしたい)という

 欲求が高まるからと説明したいです・・・

(あと、ネットワークゲームと既存のゲームという対立軸で言えば、好きなだけUndo出来るのがコンピュータゲームの利点

という文章もどこかで読んだことがありますので

見かけはMMOのようで実は一本道で主人公として振舞えるRPGも一定の支持があると思います。)

 社会的な影響としては・・・

 事務仕事を並列処理できるような人間がバンバン出てきて

 古いタイプの人間が一掃される とかでしょうか?

id:hiyokoya

なるほど。いまひとつ想像しにくいですが、他人数同時制御の技術というのを『ウィニングイレブン』のようなものとはまったく別の方向で実現しようという試みですね。

2006/08/04 10:15:37
id:imo758 No.4

回答回数121ベストアンサー獲得回数19

ポイント10pt

http://google.com URLはダミー

【宗教ゲーム】

宗教観を実感させたり、布教方法を体得させたりするゲーム。

【政治ゲーム】

政治指導者になって、いかに現体制を維持するか、或いは革命や政権交代などに導くかというゲーム。

その昔、簡単なルール設定において、いかに選挙区を廻れば

票を集められるか、という投稿ゲームがMSXFANという雑誌にあった。

【倫理ゲーム】

インモラルだとどうなるか考えさせるゲーム。一部の若者は反発して、モラル莫迦だとどうなるか考えさせるゲームを開発して流したと言われる。

【反教育ゲーム】

教育ゲームと思わせて、実は思いっきり開発元にとって利益になるよう、虚偽の事柄を学ぶように仕組まれたゲーム。

【料理ゲーム】

オーダーを満たす本物の料理を作るゲーム。

指定された味覚や温度等に近いほど高得点。

難易度が上がると、許される味覚の幅が狭くなったりする。

味覚の判定はセンサーで行う。

【格闘ゲーム】

アシモなどがもっと進化したようなロボットと殴り合う。

人間と撃ち合うのが気分的に苦手な人に大人気。

開発では安全と耐久性を獲得するのに苦労したらしい。

id:hiyokoya

いまひとつ具体的なイメージがわからないものもいくつかありますが、

(1)擬似現実といわれていたものが実物になる(料理、vsアシモ格闘)系統のものと、

(2)人に何かしらの理念なりイデオロギーなりを植え付ける側/植えつけられる側にたったゲーム(宗教、政治、倫理、反教育)

という2系統ですね。

特に後者のゲームは面白そうなので、もう少し解説いただければ。

2006/08/04 10:20:36
id:castle No.5

回答回数1011ベストアンサー獲得回数12

ポイント5pt

ゲームは娯楽なので、ストレス社会ではますます現実逃避を具現化する方向に進化するのではないかと予想します。

 

50年後にはどのような現実逃避が快感として求められるのかを考えると、まずテレビの中や電脳空間だけがゲームだという発想が破られると思います。

例えば、コンピューターゲームとしてネットゲームのような仮想空間が構築されたとして、その仮想空間内キャラクターとして現実で行動することが日常的になってくると推測します。ゲーム世界の設定を現実に持ち込み、シナリオやストーリーを持ったサバイバルゲームのようにプレイされるかもしれません。

3Dホログラフィーが発達しているとしたら、仮想空間のような振る舞いがより現実に逆輸入しやすくなると思います。

id:hiyokoya

うーん、ここらへんの発想はどうしても似ますね。星新一の小説とかにこういうネタはありましたが、もう一捻りいただければ嬉しいです。

2006/08/04 10:24:13
id:apple-eater No.6

回答回数420ベストアンサー獲得回数8

ポイント20pt

サウンドゲームがキテる。

今より音源定位が正確になり、目をつぶってもプレイできるオンラインゲームがはやる。布団の中でもゲーム。

オンラインFPSがよりアツくなる。

これにより、視覚障害者と晴眼の区別無くデスマッチ。

(今でもあるけどメジャーではない。)

この技術が進歩して、視覚障害者支援機器が発達。耳で見ることができるモノが増える。(頭部に着けたカメラで処理し仮想音源として伝える。)

ネットワークゲームの地位向上

いまはオンラインゲームとオフラインゲームをまとめて「ゲーム」として、なにかしらの「悪い要因」として批判されることが多い。

ネットワークゲームの「良い面」が広く認識され教育に組み込まれる。

引きこもりを助長するのがゲームなら、引きこもりから外へ導くのもゲームであるはず。暴力を肯定するのがゲームなら、暴力を抑制するのもゲームになる。

id:hiyokoya

サウンドゲームの話は面白いですね。ジャンプ漫画や『シグルイ』などで描かれる「盲目の剣士」の世界をゲームでできそうです。

オンラインゲームの社会的な地位の変化は、50年後といわずこの10年以内に世界的なレベルで起こるようにも思いますね(^^)。特に中国、韓国をはじめフィリピン、ベトナム、マレーシア、シンガポール等のアジア諸国ではオンラインゲームの普及がすごいことになってきており、各国の政策内容にもゴリゴリと関係しはじめています。たぶん5年~20年後ぐらいまでにオンラインゲームの社会的地位に対するアクションの大枠の態度は決定されていくのではないでしょうか。ちなみに、オンラインゲームの社会的な影響のプラス面については東大の馬場研究室や、韓国の魏先生などがおこなっていらっしゃいます。

2006/08/04 10:40:59
id:kai_kuchiki No.7

回答回数10ベストアンサー獲得回数1

ポイント15pt

基礎技術は出来上がっていて実用化は可能だが、まだ実現していないという観点で考えてみました。

キーワードはゲーム環境の遍在化です。現状、コンソールゲーム機、PC、携帯ゲーム機、携帯電話というように、ゲームが走るハードはそれぞれ別に存在しており、それらは基本的に独立して動作しています。携帯電話とコンソールゲーム機や携帯ゲーム機が連動するというゲームもありますが、それは限定的なものです。しかし、ゲームをプレイするという立場においては、それが動作しているプラットホームってのは、あまり関係がないはずなのです。

一つのシーンを考えます。比較的大きなリビング、1台のフラットテレビが設置されています。普段は日常のテレビ番組をみたりしますが、もちろんゲーム機もつながっています。現在もこうした光景はありますね。このリビングで大迫力のゲームを楽しんでいるときに、家人が「あのドラマを見たい」と言い出したとします。いわゆるチャンネル権争いです。テレビは別に他で見られるかもしれませんが、従来はゲーム機をもって移動して、別のテレビにつながなければ続きができませんでした。しかし、このゲームのプレイヤーはコントローラーだけをもって寝室に移動します。寝室におかれた比較的小さなテレビには、先ほどのゲームの画面が(細部は省略されたりしているものの)そのまま映っています。このプレイヤーは、この移動だけでプレイを続行することができました。

もうひとつのシーン。ゲームをプレイしている途中で、出かけることになりました。例えば育成モノのゲームだったとして、出かけている途中で、エサ(なり水なり)を与えないとちょっと面倒くさいことになりそうです。プレイヤーは携帯電話をもって出かけます。携帯電話にも、先ほどプレイしていたゲームの画面の続きが、かなり簡略化した状態で映っています。複雑な操作をすることはさすがに難しいですが、エサなり水なりを与えるといった介入をするには全く問題がありません。

さらに、もうひとつのシーン。近所の家電店でゲーム大会が開かれることになりました。ネット対戦でもいいのですが、家電店の大会では賞品もでますし、なにより相手が見えるので盛り上がりますね。しかし、今まではメモリーカードを持ち寄ったり、小さな携帯ゲーム機を持ち寄ってプレイしていました。巨大画面で対決シーンを演出する、みたいなことは(そういう専用のデモモードを持っていなければ)困難です。ところが、各プレイヤーが持ってきたのは携帯ゲーム機だったり、自分愛用のコントローラーだけだったりします。舞台に対決するプレイヤーが立ちました。舞台に設置されている大画面モニターには、それぞれのプレイヤーキャラが立っています。その場所に立っているプレイヤーの持ちキャラを、コントローラーや携帯ゲーム機といったデバイスから読み取って、大画面モニターに二人のキャラクターを登場させたのです。

これらの技術は、基本的に「ゲームソフトをゲーム機にセットしてプレイする」という概念を捨て去るところから始まります。正確に言えばセットするのですが、それは自宅に一台ある「ゲーム用サーバー」です。テレビなり携帯電話、携帯ゲーム機型端末やコントローラーは、このゲーム用サーバーと協調動作し、どの出力装置に、どういう形で表現すればよいかということを互いにやりとりしながらゲームを成立させます。もちろん、出かけた先で対戦するときは、先ほどの大画面モニタのように、ゲーム用として貸し出される表示装置などに向けてレンダリングを行います。また、どこで遊ぶか、どのデバイスで遊ぶかということ自体が、ゲーム的制約として機能するかもしれません(ゲームをどこでも遊ぶ自由と、特定の場所にいくとトクをするという制約のバランス)。

適用としては、どうぶつの森的な生活体験ソフト、さまざまな対戦ソフト(ムシキングから対戦格闘、アイドルマスターやQMAなど)、育成ソフト(サカつく、ダビスタ、牧場物語など)、もしかするとギャルゲー的な展開も可能なのかもしれません。また、こうしたジャンル自体を乗り越えて、全てを飲み込む「超ゲーム」のようなものになるかもしれないですね。MMO的、というより、個であるゲーム環境がそれぞれのゲーム環境と交流を行い、世界を広げるという考え方で、一部は任天堂のすれちがい通信的でもあると思います。

なぜこうしたゲームが出てくるかというのは、現状のゲーム概念の閉塞性を打破する方策である、ということですね。自宅で一人、自宅に集まる、外で集まる、Internet経由くらいしか「遊ぶ」方法がない現状をどうにかして打破して、ユーザーがゲームに費やす時間を上昇させる(スキマを埋める)には、これくらいやらないとダメなんじゃないの? とか思ったりします。

id:hiyokoya

キャッチフレーズをつけるとしたら、「ユビキタス・ゲーミング!」とかでしょうか。たしかに、技術的にだけ言うのならば現在でも、かなり可能ですね。(^^)

 問題は、それがどこまで社会的にウけるかどうかというところでしょうか。ゲームのプラットフォーム競争が、いつかの時期で終了するかあるいは別の構造の競争になるだろうというのは非常によくわかります。ただ、一方では強力に、ゲームプレイのユビキタス化は促進されるだろうとは思いますが、ユビキタスなゲームプレイが全面化された世界というのは個人的にはちょっとイヤですね。一人で家の中でゲームをプレイする愉悦というのもあると思うので、全員が全員そこにはコミットメントするわけではないだろうとも思います。

面白かったです。

2006/08/04 10:51:08
id:Tobishima No.8

回答回数10ベストアンサー獲得回数0

ポイント25pt

 ゲームとは、本、漫画、ラジオ、TV、映画、スポーツ、遊園地、その他諸々の娯楽を総括したものと同じ広がりを持つ概念、と言えます。

 で現在、コナミの小島さんがWiiはTV、PS3は映画と言ってますが、それ以外の部分への浸透が、あまり感じられません。

 本や漫画のような個人で製作可能なもの、スポーツ、遊園地のように大規模な投資をして、そこに人が集まるもの、様々な形態へ広がっていくのは必然です。

 てなわけで、本の方向のこれです。

http://www.tonbi.jp/Game/IF/

 逆に、ゲーム以外の娯楽がコンピュータゲーム化していくのが、もう1つの流れです。スポーツの判定もセンサーを駆使して、よりコンピュータゲームっぽくなっていく可能性が高い、というかフェンシングはかなりそう。

 コンピュータは、今後あらゆる場所に進出し搭載されます。そしてゲームはあらゆる娯楽に浸透します。

 結論は、コンピュータゲームは全ての娯楽範囲に広がり、全ての娯楽はコンピュータゲーム化(も)する。

id:hiyokoya

とんびさんどうも。インタラクティブフィクションですか。なるほどう。英語圏では日本のようなノベルゲームが隆盛せずに、そこらへんの欲望をインタラクティブフィクションと呼ばれるゲーム外のカテゴリーと見なされているものが担ったのではないか……ということを前にhallyさんがおっしゃられていましたが、なるほどなあ。

 「スポーツのゲーム化」という逆向きの流れもおおしろいですね。フェンシングのコンピュータ・ゲームっぽさは知りませんでした。調べてみたいと思います。

ありがとうございました。

2006/08/04 10:56:05
id:infograve No.9

回答回数47ベストアンサー獲得回数2

ポイント10pt

平凡な回答ですが。


50年後とした場合には、文化的なゲームの位置付けはそれほど代わっていないと思われます。

知的玩具としてゲームが初等教育で用いられるようになる可能性はありますが、コンピュータ化まではしていないと思われます。

http://shop.gakken.co.jp/shop/order/k_ok/top.asp?code=F


技術面での予想ですが、

現在のコンシューマーとハンドヘルドはそれぞれバーチャルリアリティ機とミックスリアリティ機に変化して居ると思われます。

両者ともHMDベースであると思われますが、自宅では没頭型のVRゲームにより広大なゲーム空間を体験が、屋外ではMRにより小さなゲーム空間を現実に置き、それを共有する事で新たな遊び空間の創造が可能です。

http://www.sekkeiseizo.com/special/vr.html


前者は、現状のVR型HMDに傾きセンサを内蔵させ、頭の動きに合わせて視界の変更をし、操作はコントローラーになると思われます。

http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20011010/olympus.htm

製作コストの関係上(必然的に大容量になる為)、ソフト数が減り、追加キャラ・追加シナリオをアップデートする販売手法が定着すると思われます。

参考としては.hack等が近いと思われます。

http://www.hack.channel.or.jp/


後者は、MR型HMDにやはり傾きセンサが必須だと思われます。

他に、VR型と違い相手との位置関係の計測(座標合わせ)、障害物の判定にレーザー測量計も必要だと思われます。

http://www.shimadzu.co.jp/hmd/

操作は片手で持てるリモコンタイプのコントローラーになると思われます。

無線通信により他プレイヤーとの対戦が可能であり、対戦ゲームが主流になると思われます。

また、ゲーム店やイベント等に巨大スクリーン(プロジェクタによるもの)が用意され、よりVRに近い表現が行えると思われます。

http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0506/24/news12...

http://www.es.jamstec.go.jp/esc/research/Solid/members/kage/...

参考としては、遊戯王やデジタルモンスターをHMD経由で視覚化できるとお考え下さい。

http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/yugioh/

http://digimon.net/

id:hiyokoya

ありがとうございます。

教育におけるコンピュータ・ゲームの本格導入は初等教育ではかなり現実的にありうると思います。問題は教育制度の側がこれをどういう形で取り入れていくのか、また産業側がどうのっていくのか、という部分の社会的な状況の変化によって解決されていくであろう問題ではないか、と。日本国内で教育とゲームというと昔から評判が悪く、近年の脳トレのヒットでようやく日の目を見ましたが、韓国・中国・シンガポールなどでは日本よりも教育ゲーム産業ある程度制度化されて、普及しているようです。

HMDの普及は…どうなんでしょうね。ご紹介にあった単眼HMDは初めて知りました。また傾き検知が必須というのもおっしゃるとおりかもしれません。ただ、全部が全部、超大作ソフト化するとなるとジャンル全体の新陳代謝が遅くなるし、小さな欲望がくみ上げられる場もなくなるので、そのカウンターパートとして、アマチュアゲーム的なものや小規模開発が盛んになるような技術的/制度的な枠組みが普及していく場所というのも逆に盛り上がっていくような気もしますね。

2006/08/04 12:58:06
id:TomCat No.10

回答回数5402ベストアンサー獲得回数215

ポイント22pt

50年後、おそらく今ゲームと呼ばれている物の多くが、

教育や適性の判定に応用されてくることになると思います。

 

たとえば教師を目指す者は学級運営シミュレーションで

様々な壁にぶつかりながら生徒たちと共に成長していく

現場の姿を体験していくことが出来るようになるでしょう。

 

警察学校では捜査や警備、交通規制、住民との対応と言った

様々な場面において発生するトラブルをゲームで体験し、

現場横断型の体験を積んでいくことで、

自分の配属先以外の部署との連携のあり方も熟知した

即戦力の実務能力を身につけていくことが可能になります。

 

こうして、従来は行いたくてもなかなか行えない、

でも本当はとても大切な分野の教育が、

ゲームの導入で飛躍的に進歩していくことになるでしょう。

 

企業でも採用時にRPGなどを取り入れていくと、

志望者の性格や適性などを

きめ細かに判断していくことが出来ますから、

それによって採用の可否や配属先などの検討がしやすくなります。

 

大学も「一芸入試」が「一ゲー入試」に変わり、

自分の隠れた才能をゲームでアピールしていくことが

認められるようになってくるでしょう。

 

将来はネットの出会い系サイトも

結婚を前提とした真面目な物が多くなり、

出会いの場はゲームの中、

そこでバーチャルお付き合いを重ねつつ

様々なイベントを経ながら最適な相手を選び出していく、

といったことが流行するようになります。

当然そこにはご両親なども参加していますから、

この攻略は大変な難関ですw

 

あと、これは教育などとは全く関係ありませんが、

まだ21世紀が始まったばかりだというのに

もはや世紀末のような国際情勢。特に軍事衝突。

これ、ゲームで解決してほしいものだと思います。

 

兵士は全員戦闘機型や武器型のコントローラを持って

爆撃したつもり、銃撃したつもりで戦闘を行い、

それぞれの戦闘の状況はリアルタイムで各国政府にも配信。

 

「大統領、わが国もこの戦闘に介入すべきです」

「だめだ、わが国はこの前の戦闘でポイントを消費しすぎている」

「日本の保有ポイントを送信してもらいましょう」

「それには憲法の改正が必要だ」

 

なんてことをやっている間に、ヒ○ボラのHPが尽きてゲームオーバー。

国連安保理は即座にゲーム画面に治安維持部隊を展開。

ディスプレイ上に緩衝地帯が現れます。

そして紛争当事国はそれぞれの損害に応じて

保有ポイントを送り合って賠償の精算。

治安維持や停戦監視に参加した国にも国連からポイントが与えられ、

年度末にそれを集計して、次年度の国連負担金の割合などが

決定されたりします。

 

戦争なんて、ただ雌雄を決すればそれで済むわけで、

なにもリアルで殺し合うことはありません。

雌雄を決し合った結果が双方の経済的負担となる。

停戦やその後の再衝突防止に尽くした側が国際社会で優遇される。

そんなシステムが確立されれば済むことです。

 

もとより全ての国には領土不拡大の原則が適用されるのですから、

戦争によって得られる物は何もないはずで、

こんなのゲームでやれば十分です。

id:hiyokoya

TomCatさんありがとうございます。

「一ゲー入試」は、上手いいいまわしですね(笑)

 現在のゲームの状況にあてはめつつTomCatさんの話を考えると、まず出会い系ゲームというのは、中国の『完美世界』(Perfect World)というゲームが出会い系オンラインゲームとして出現していたり、『ベルアイル』『マビノギ』などは結婚システムがあるというだけではなく、結婚することがゲームシステムの中でかなり必須に近いものとして組み込まれています。もちろん、まだ結婚を前提にどうこうというような、オフラインとのリンクはなされていませんが、TomCatさんのおっしゃるような世界も意外とありうるのかもしれません。

 また、軍事に関して言えばかなり生々しい話があって、『America's Army』というアメリカ軍が開発したイスラム風テロリストを殺戮するリアルな射撃ゲーム(FPS)がある一方で、『UnderAsh』というパレスチナのほうで開発された、パレスチナ人になってイスラエル人を殺戮するという射撃ゲーム(FPS)が存在したりしています。

 これが、実際の戦闘に置き換わるのものになるかどうかはわかりませんが、実際の戦争を成立させるための装置の一部としてゲームの機能してきているという悲しい現実は残念ながら出てきてしまっているようです。("Nintendo Game","Nintendo war"が問題なのではなく、軍が直接にゲームを利用していることが問題という意味で。)

 TomCatさんのおっしゃるように、「戦争のゲーム」ではなく「ゲームの戦争」という逆転にまでいければ幸せなのですけどね(^^)。(そうなった場合、たぶん韓国とかが世界最高峰の軍事力を誇るようになると思いますが…)

 ただ、TomCatさんを見込んでの再質問なのですが、戦争は「武力による解決」という以上に、「解決の最終手段」という側面も強力に存在しています。が、しかし、「ゲームの戦争」は「武力(?)による解決」にはなりえても「解決の最終手段」としての側面は非常に弱いものにならざるを得ないかと思います。「解決の最終手段」として「ゲームの戦争」が機能するためにはどうしたらよいと思いますか?もし、余裕がありましたらよろしくお願いいたします。

2006/08/05 11:37:19
id:kajint No.11

回答回数51ベストアンサー獲得回数0

ポイント15pt

コンピュータがこれだけ発達しても、サバイバルゲームに熱中する大人がいるのは、やはり

現実の持つすごさにかなわないからでしょう。

そこで、バーチャルゲームと現実のフィールドゲームの折衷したものが求められるのでは。

ガンダムなどのコンピュータ・ウォーゲームがありますが、あれをまず実物で作ります。

規模からいうと、装甲騎兵ボトムズのAT(アーマード・トルーパー)ぐらいが手頃でしょう。

で、本当に乗り込んだら危険ですから、そこはバーチャルコックピットに連動して

遠隔操作します。で、チームに分かれてリアルバトルします。

もう予測というより自分が本当にほしいゲームです。

いまの技術でも可能でしょうが、問題はむちゃくちゃ金がかかることです。

AT1機がF15より高いでしょう。

id:hiyokoya

1プレイ、2000億ぐらいでしょうか…

ありがとうございました。

2006/08/07 13:01:56
id:castle No.12

回答回数1011ベストアンサー獲得回数12

ポイント20pt

再挑戦です。発想を逆転して考えてみました。

 

ゲームの持つシミュレーション特性を活かしたゲームが

無数に開発され、人生や社会生活にゲームが過剰に入り込んでくると予想します。

学習とは社会のシミュレーションであり、シミュレーション体験にゲームシステムは最適で、

そこにゲームの持つ競技的な快感を付与できるという効果は、新世代の学習システムとして今後の人材育成に欠かせないと考えられるからです。

(脳トレゲームなんかはその先駆者)

そしてゲームゲームゲームのゲームだらけで、ゲームが

まるで今の勉強のように義務化されてしまい、

受験勉強ならぬゲーム戦争と揶揄される始末になっているかもしれません。

 

そのような社会では、社会資格としても娯楽としても過剰供給されすぎたゲームは、

ユーザーにとっては魅力ある遊戯ではなく苦痛を伴なった行為と化していきます。

よって、その反動から「社会の役に立たない競技性を持ったゲーム」が大人から嫌われながらも

アングラカルチャーとして若者たちの間で流行しているかもしれません。

 

ですが、社会の役に立たないゲームというのがいまいち想像しにくいですね。

なんだろう。犯罪シミュレーターとして仮想的な犯人となり、

様々な犯罪を体験できるゲームとか……。

怖い想像ですが、ゲームの快感には本質的にそういった

犯罪的なスリルが含まれているかもしれません。

id:hiyokoya

ありがとうございます。シリアスゲーム的なものと、そうでないものとが、極端に分化/区別される社会が到来するという未来像は実際にありそうで面白いですね。

2006/08/09 13:06:08
id:aadw No.13

回答回数49ベストアンサー獲得回数0

ポイント8pt

リアル対戦型ゲーム

配線の繋がった衣類等を身につけ、電気信号によりスタート!

50年も待たずに完成しそうですね!

お役に立てれば幸いです

id:hiyokoya

配線……有線じゃなくて、

無線で実現できていれば面白そうです。

2006/08/09 13:07:34

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