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Amazon.co.jp: 利己的遺伝子とは何か―DNAはエゴイスト! (ブルーバックス): 本: 中原 英臣,佐川 峻
生物は遺伝子の乗り物に過ぎず、自分と似ている遺伝子の総量が増える方向に生物を活動させると言う説で、例えば、上記の本では『ハキリアリ』の例が紹介されています。
ハキリアリは、外から木の葉を巣穴に運び込み、そこで育てたキノコを食べて生きています。この行動は、遺伝子の作用によるものであると考えられます。で、ハキリアリはキノコを育てる事〜農業を行う事により安定して食料を手に入れることができ、結果生き残る確率が増えます。また、キノコの方もハキリアリに育てられる事でその種を持続させていく事ができます。
この場合、キノコはハキリアリの消化器の延長として存在し、ハキリアリはキノコの運動器として存在していると言う事がいえます。延長された表現型、でよかったかなぁ。
利己的遺伝子論の中で特筆すべきはミームの存在です。
『幸島のサル』のお話はご存知でしょうか?
幸島のサルは人間がさつま芋を与えているうちにそれを塩水で洗って食べる事を覚えたと言います。そしてそれが群れに伝播し、サル達は皆塩味の芋を食べたそうです。これが、ミームです。
進化論で話題になった説ですね。
人や生き残っている動物はなぜ今存在するのか。それは、遺伝子が生き残っていくためと
極論した話です。絶滅した生き物が多々あり、
交配についても、理由がある。遺伝子が生き残るためにより有利な選択をして生き残ろうとしているのだとしています。生き物は遺伝子の乗り物とさえ彼は書いています。だから遺伝子に擬人法を使って自分勝手な、利己的な遺伝子という風に書いているというわけです。絶滅している動物の遺伝子はじゃあ、どうなのか?という疑問が当然湧くと思うのですが、ここは遺伝子はすべてどれでもよいから最終的にどれかの遺伝子が生き残ればよいという解釈をするわけです。バリエーションがあってそれぞれ個々の遺伝子を木とし、すべての種類の遺伝子を山とするならば、山として見るわけです。太古に発生した遺伝子、これが分岐していった、とすれば元はひとつ。と考えると、結局、種類関係なく、この遺伝子がどのうような形になるかは分からないけれども、最終的に生き残るために動物や人間、さまざまな生き物として生き残り合戦を繰り返している、それが配偶者の選択にかかわったり、生命の自然淘汰、進化に関係があり、生き物はまさに遺伝子の乗り物という考え方と読みました。
ありがとうございます。
クジャクとか人について書いてあります。
詳しい御説明ありがとうございます。