むかしは曽我氏や物部氏みたいな名字があって、戦争に勝って日本の君主(天皇)になったから名字がなくなったと予想しますが、もとは何ていう名字だったんでしょうか?
下記URLが参考になると思います。
>この頃の日本の状況を書いた中国の「唐書」という歴史の本に天皇の苗字は「アメ」であると書いてあるそうです.
http://okwave.jp/qa630890.html?ans_count_asc=2
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311796...
天皇家の過去と言うと卑弥呼の時代までさかのぼる必要があると思います。
卑弥呼が天皇家につながっているかどうかは不明だと思いますが。
過去の天皇家が姓を持っていたかどうかは伝わってないと思います。
天皇と呼称する以前は大王と呼称していたと言う事ですし。
(日本の大王だと言い出す以前のことでしょう?)
過去に姓があったとしても歴史として記録されている時期にはすでに
姓を捨てている(もしくは姓はなかった)と言うのが解答ではないですか?
天皇家に姓があったと言う説もありますが
それも中国等との交渉の過程の事みたいですので
(中国と交渉を始める以前に天皇家は始まっているでしょうから)
天皇家が日本の多くの部分を侵略して支配した時期には
日本人全員が姓を持たなくて
日本の成立後(天皇家の成立後)中国との交渉の過程で中国から姓を輸入したのでは?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87
>天皇家の姓氏
>当時の倭国王が「倭」姓を称していた
..
>宋との冊封関係を結ぶ上で、ヤマト王権の王が姓を称する必要があったのだと考えられている
..
>『隋書』倭国伝に倭国王の姓を「阿毎」(あま、あめ)とする記述があり、7世紀初頭まで大王家が姓を有していたとする説もある
>「阿毎」は姓でないとする説もある
>人名
中国における文献では
オホキミとかアマとか
姓として報告したとの記述があります。
個人的には、中国人から尋ねられて
苦し紛れの答弁だと思っています。
古代日本において姓は、家臣が所属する集団の
区別をつけるために使われ始めました。
天皇家は家臣ではないので、最初から姓がありません。
姓を使っていた形跡すら見当たらないはずです。
姓というものは最初から人類にそなわっていた文化ではなく
使うようになった理由はさまざまにしても
自然発生的に使うようになったり、外国を真似して
使うようになったものです。
人類だれもが姓をもっていない状態から
人類の一部が姓をもった状態に移行したわけです。
とても書きにくいことではありますが
まず、質問者さまの、まず姓が最初から誰にも備わっている
という認識は誤りであると考えられます。
未だに姓をつける習慣がない民族もありますし。
ヤマト政権が全国的な規模になったその時
日本人に姓を名乗る習慣があったかどうかからまずお調べください。
天皇は、氏姓を与える超越的な地位にあり、天皇に氏姓を与える上位の存在がなかったため、天皇は氏姓を持ないのだそうです。世界にも他の例がない独特なものらしいです。
詳細は下のページをどうぞ。
同じような質問がYahooの方にありました。
この2つは参考になるかと思います。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311796...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1278640...
天皇家の始まりは「苗字」や「姓」といったものが一般的になる以前のことなので、
はっきりとは分からない/正式な「姓」のようなものはなかったかもしれないようです。
聖徳太子などの飛鳥時代からそうで、大和の大王家には、最初から姓や氏族名がなかったようです。(だから大王家とか、大王一族と呼びます)。
理由として、蘇我とか物部などの豪族は、一族の総称で姓名としていたのですが、姓というのは、例えば、藤原とか橘などは、天皇家が、豪族に与えたもので、 天皇家は、姓を与える側であったので、天皇家自身には、姓はなかったのです。
姓の後で出てきた「氏」とか「名字」なども、天皇家は名乗らなかったので、姓名に当たるものがないのです。
間違っているかも知れませんが、、、天皇家は公式には神様の子孫で代々国を譲られているということで、人間たる名字はそもそもがもっていないのではないのでしょうか?
もしもっていたとしても、そのあたりは記録からは抹消されているように思います。
「蘇我」や「物部」は「姓」であって、「名字」ではありません。
「姓」は天皇家によって授けられるものなので、天皇家が「姓」を持つことはあり得ません。
一方、「名字」は、同じ「姓」の人が増えてきた際に、区別するために使ったものなので、
「姓」の前には「名字」はありませんでした。
なので、「名字はなかった」でいいのではないでしょうか。卑弥呼をはじめ、その時代の人々にも姓や名字はなかったようですし。
唯一、「姓」らしいものを名乗った例としては、「倭の五王」と呼ばれる天皇たちが、中国に朝貢した際に
「倭」姓を名乗ったという中国側の記録があるので、これが唯一の例ではないでしょうか。
これも、中国の人が勝手につけた気がしないでもないですが…。
コメント(2件)
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-38.html
http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku267.htm
回答してから考えたのですが。
明治以前の一般庶民は姓を持っていませんでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%8F%E5%90%8D
>古代の律令国家の時代には、庶民も姓(セイ)を持っていた
のに…
国家が姓を強制してもその強制がなくなると無くなってしまうと言うのは
無いのが自然と言えると思います。
また、原始時代人類の集団が何十人ぐらいの時期は
個人の特定が簡単なので姓は必要ありません。
「勝」「勇」「正」何とかと言うと個人が特定できます。
しかし、村社会程度の人口になった場合
同じ名前の人が現れてくるので、どの正さんとか太郎さんと言う区別が必要になります。
その時、
田圃の中に住んでいる正さん
川上に住んでいる正さん
山の中に住んでいる正さん
大工の正さん
靴屋の正さん
とうの職業や住んでいる場所などで個人を特定します。
これらは後に姓となっていきます。
(海外でもsmith等は職業名で鍛冶屋と言う意味です)
しかし、王様や王族はだだ一意に決まりますので
特に姓は必要ありません。
初期の社会では国民に姓が現れかけても
王族には姓は必要ないと思います。
なかっただろうと思います。
次に小国家どうしが衝突しだした時代には
どの国の王かと言う区別が必要になりますが
国内では必要ないと思います。
国内には王と一人しかいませんから
対外的にはヤマト族の王とかクマソ族の王とか言うと思います。
(ヤマトタケルのように)
でも、王族を区別するのに種族名を付けて区別してもそれを姓と
言うべきかは微妙だと思います。
また全地制覇したら必要なくなります。
ですので天皇の姓は
無い→種族名で区別されたかも(姓ではないと思います)
→不要→対中国等の関係の為に必要になる→姓を捨てる
と言うような感じになると思います。
ただ王は王なので国内的な意味では姓はないままだと思います。
王の名前を聞いてどこの人ですかと言う人はいないでしょう。
これがイギリスやフランスなどではいろんな血統の王がいますので
姓がないと区別できないと思いますが。
日本は血族が切れたことがないと言う事になってますから
特に姓の必要はないと言う事になると思います。
ですから天皇に姓がないのは
姓を付ける必要がないから無いのだと思います。
国内的な意味では最初からずっとなかったのだと思います。
対外交渉の目的で付けられた時期はあるかと思いますが。
国内的には姓はないのだと思います。