(世界三大宗教、またはその宗派(?)など、影響力のある宗教でお願いします。
【例】食事 (テーマ)
A宗教
A宗教の食事に対する世界観
B宗教
B宗教の食事に対する世界観
C宗教
B宗教の食事に対する世界観 A,Bの宗教とは生き物に対する考え方が違うね(みたいな
テーマは何でも構いませんが、一般人が理解できるような生活に近いところでお願いします。
宗教 | 世界観 | その理由 |
---|---|---|
仏教 | 常にデフレている | 三途の川の渡し賃は、21世紀の今日も「六文銭」で賄える。 |
キリスト教 | 死ぬ前に手放した方がいい | それからイエスは弟子たちに言われた、「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。(新約聖書「マタイによる福音書」19章23) |
イスラム教 | 金は天下の回りもの | イスラム教の五行の一つ「ザカート(喜捨)」は、困窮者を助けるための制度である。このためイスラム銀行は利子をとることができない。 |
イスラム教の食事
豚は汚い生き物であり、食べてはいけない
ヒンドゥー教の食事
牛は神聖な生き物であり、食べてはいけない
良い生き物だから食べてはいけないという理由と、悪い生き物だから食べてはいけないという理由。
世界観が真逆ですね。
ありがとうございます。
宗教は人間の心理的な世界が投影しています。世界をそのまま受け入れる場合には、多神教的(すべて人間の意識を越えたものを霊や神とみなす)になります。そのうち「良いもの、悪いもの」という二者対立が生まれ、進んでいいものに帰依しようという教義が発達します。これが二神教です。お母さんに「世話してくれるよい母親」と「無視する母親」という対立が生まれるのに似ています。それを統合して「結局神様はよいものなのだ」と統合したのが一神教です。
ヤノマミはいろいろな精霊をそのまま受け入れます。(日本の神様も「祟る」ものがあります。ヘビのように人間を殺す恐ろしいものがしめ縄としてかざられていたりもします)マレーシアのセノイの宗教観にはマラという精霊が出てくるのですが、このマラのなかで良い事をしてくれる者をグニクと呼んで区別します。アミニズム的であっても、敵、味方といった区別があらわれるのがわかります。この辺りでは人間の「恨み」も超自然的な力を持っています。日本語で生霊と呼ばれるのがそれです。ヤノマミにも、セノイにもそんな概念があります。恨みは時として人を殺す力さえもっているとされます。
ユダヤ教の神様は「恵みをもたらす」と同時に「災厄をもたらす」という側面がありました。例えばユングはヨブ記を読んで神様が実は人間に依存した存在であると考えました。神様は悪魔にそそのかされてヨブに大いなる災いを与えるのです。もし万能の神であればヨブの心など簡単に知ることができたはず。なのに神はヨブを疑うのです。しかしキリスト教の定義では神様は人間を愛してくれる存在だとされています。ある意味で、結局「母親」はひとりでありよい側面も悪い側面もあるのだ、ということを認知したのかもしれません。
ありがとうございます。
多神教と一神教の説明について、
とてもわかりやすく簡単に書いていただいて勉強になりました。
ありがとうございます。