文系の学問における、基本の基本の“モノの考え方”を教えてください。


自然科学だったら、仮説を立て、実験群と統制群に分けて実験することで、問題の所在を切り分けていったりできます。
その過程では、他の人が追試しても同じ結果が出ることが大事であったりしますよね?
それはなんとなく理解できます!

でも社会科学や人文科学だとどうでしょうか?
歴史的な事情は実験群と統制群に分けたりできませんし、追試もできません。歴史学の人は、そういう状況で、自分の学説にどうやって説得力を持たせているのですか?

あるいは、ただの童話に見えて実は当時の政府を批判している文学作品があったとします。それが政府批判であるという読みが思い込みでないことを、どうやって他人に説明したらいいのでしょうか?

関連する本とかあったら教えてください。
高校生か学部生向けぐらいの本ならがんばって読めます!

回答の条件
  • 1人5回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2014/09/13 09:50:52
  • 終了:2014/09/22 23:13:37
id:hacosato

歴史は科学じゃなくて、文学でしょ
もともとこれを見て、自分にはうまく考えられないなぁ…と思ったのがきっかけです。

5日と20日は歌詞と遊ぼう。
私は歌詞を読むブログを書いているのですが、読むということにどういう意味があるのか、前から気になっていました。
「そんなの断章取義じゃん!」
って言われたときに、
「でも楽しいからいいでしょ?」
って答える以外の方法はないかな…ってずっと思っていたのです。

アブダクション - Wikipedia
「アブダクション」がヒントになるかな?とか勝手に考えています。なんないかな…。

ベストアンサー

id:takejin No.2

たけじん回答回数1464ベストアンサー獲得回数1892014/09/13 16:32:00

ポイント30pt

科学的という哲学は、
「世の中の事象は、何らかの仮説が当てはまるかも知れない」
が根本原理です。そして、その仮説が構築する筋道は、
「よりシンプルな方が、きっと本質だろう」(オッカムの剃刀)
という方向で考えます。
仮説は仮説であって、次に出てくる「より本当らしい仮説」が現れるまでの命です。
この仮説構築と、仮説の補強は、どの分野でも有効な考え方なので、理系文系を問わず、使用できます。
実験による検証と、1回しか起こっていないことの検証は、実は同じで、その本質は何?に答えられればOKです。抽象的な概念でもOK.論理さえ通っていれば、証明可能です。

強いて言うなら、類似の事象が存在していて、そちらの本質も同じ論理であることが実証(論理だけで押し通すのですが)できればOK.

「歴史は繰り返す」
「英雄譚の類型」
「人間の本質と、独裁者の振る舞いは類似する」
等々、エッセンスで歴史も比べられそうです。

文学も、構造的に論じる方法があり、シェイクスピアとの構造比較など、文学部の一部では普遍的なアプローチと思われます。

エッセンスの埋め込みと掘り出しは、謎解きとは違い、答えがあるかどうかわからないところから始まります。しかし、童話に含まれる寓意や社会思想は、論理で当てはめることができるはずです。なぜならば、その社会思想を童話を読んで「読み取った」人がいるわけですから。なにか理由があるはずです。それは、思考の破たん者でない限り、何らかの説明が付きます。この説明こそが、仮説であり、どんなに突飛でも「破たんのない論理」で貫かれている限り、議論の対象になるはずです。

恐竜の考古学は、実験不可能ですが、科学的アプローチを行っています。
生命を生じさせる実験はまだできていませんが、その仮説は議論の対象です。
いまだに、コンクリートが固まる原理がわかりません。仮説に結論はないのです。

科学は仮説の議論の場です。鼻から否定する姿勢が、非科学的なだけなのです。

この概念は、

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

この本に書かれています。

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id:takejin

文学部唯野教授のサブ・テキスト

文学部唯野教授のサブ・テキスト

文学部唯野教授のサブテキストが、筒井康隆の持っている文学論の抜粋と言える。広範な文学を語らせたら、小説家の中では筒井のみが到達できる場所。まさに、他の追随を許さない。ご一読を。

古典的なファンタジーである指輪物語。この物語の最も重要なガジェットである指輪。それを「核兵器」と読み替える読者・批評家・作家が多数いて、その議論も白熱。しかし、作者のトールキンは否定。寓意を読み解くということは、作者の意図とは別であるという典型。

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

小さなバーの片隅で、歴史の謎を解き明かすシリーズ。少ない情報から、最大の結果を論理的に導き出す傑作。その結論が真実に近いかどうかは、他の仮設との比較で推定するしかない。しかし、その論理の一貫性は、ちょっといいんじゃない?と思える説得力。

2014/09/16 10:28:24
id:hacosato

『文学部唯野教授』はブコメでお勧めされたので読みます!
一番手近なはずの図書館には文庫がないのでくやしい…。
『サブ・テキスト』なら蔵書があるので、本編が終わったらこれ行きます。

『指輪物語』は未読なので触れてみたいです。

寓意を読み解くということは、作者の意図とは別であるという典型。

私はパルトを少し読んだことがある厨二なので、
「作者の死」とか安易につい思ってしまいます。
解釈とはだれのものなのか(作者のもの?それとも読んだ人のもの?)
しばらく考えていた時期があります…。

『邪馬台国はどこですか? 』は初めて聞きました。
論理の一貫性で「納得」を誘うのは、なぼりんさんの言う
「文系」のやり方ですね。
http://q.hatena.ne.jp/1410569452#c277153

2014/09/16 22:50:16

その他の回答(7件)

id:tea_cup No.1

tea_cup回答回数968ベストアンサー獲得回数1742014/09/13 13:55:51

ポイント10pt

> ただの童話に見えて実は当時の政府を批判している文学作品があったとします。それが政府批判であるという読みが思い込みでないことを、どうやって他人に説明したらいいのでしょうか?
証拠を示すしかありません。例えば、作者が親しい人に書いた手紙や初版本のみについていたあとがきなど。

科学では、証拠に基づく議論は大事で、証拠を捏造する「ゴッドハンド」は最低の行為です。

id:hacosato

tea_cupさん
回答ありがとうございます。

そのスタイルだと、文学でいう「作家論」というものに似ているかと思います。
でもそれだと、作者がAをBと言えば、それだけでAがBになってしまいそうで、
少しナイーブにすぎるという感じがしています
(それとも、私の認識がナイーブなのでしょうか…)。

ただの童話という体裁の文章があり、それが政権批判にも読める場合、
作者に政権批判という意識がなくても、結果的に
政権批判する効果をもたらす、みたいなことはあると思うんですが…。

これ、話を進めるとだんだん自分でも何を言っているのか
わからなくなりそうな嫌な予感がします…。

2014/09/13 23:00:36
id:takejin No.2

たけじん回答回数1464ベストアンサー獲得回数1892014/09/13 16:32:00ここでベストアンサー

ポイント30pt

科学的という哲学は、
「世の中の事象は、何らかの仮説が当てはまるかも知れない」
が根本原理です。そして、その仮説が構築する筋道は、
「よりシンプルな方が、きっと本質だろう」(オッカムの剃刀)
という方向で考えます。
仮説は仮説であって、次に出てくる「より本当らしい仮説」が現れるまでの命です。
この仮説構築と、仮説の補強は、どの分野でも有効な考え方なので、理系文系を問わず、使用できます。
実験による検証と、1回しか起こっていないことの検証は、実は同じで、その本質は何?に答えられればOKです。抽象的な概念でもOK.論理さえ通っていれば、証明可能です。

強いて言うなら、類似の事象が存在していて、そちらの本質も同じ論理であることが実証(論理だけで押し通すのですが)できればOK.

「歴史は繰り返す」
「英雄譚の類型」
「人間の本質と、独裁者の振る舞いは類似する」
等々、エッセンスで歴史も比べられそうです。

文学も、構造的に論じる方法があり、シェイクスピアとの構造比較など、文学部の一部では普遍的なアプローチと思われます。

エッセンスの埋め込みと掘り出しは、謎解きとは違い、答えがあるかどうかわからないところから始まります。しかし、童話に含まれる寓意や社会思想は、論理で当てはめることができるはずです。なぜならば、その社会思想を童話を読んで「読み取った」人がいるわけですから。なにか理由があるはずです。それは、思考の破たん者でない限り、何らかの説明が付きます。この説明こそが、仮説であり、どんなに突飛でも「破たんのない論理」で貫かれている限り、議論の対象になるはずです。

恐竜の考古学は、実験不可能ですが、科学的アプローチを行っています。
生命を生じさせる実験はまだできていませんが、その仮説は議論の対象です。
いまだに、コンクリートが固まる原理がわかりません。仮説に結論はないのです。

科学は仮説の議論の場です。鼻から否定する姿勢が、非科学的なだけなのです。

この概念は、

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)

この本に書かれています。

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id:takejin

文学部唯野教授のサブ・テキスト

文学部唯野教授のサブ・テキスト

文学部唯野教授のサブテキストが、筒井康隆の持っている文学論の抜粋と言える。広範な文学を語らせたら、小説家の中では筒井のみが到達できる場所。まさに、他の追随を許さない。ご一読を。

古典的なファンタジーである指輪物語。この物語の最も重要なガジェットである指輪。それを「核兵器」と読み替える読者・批評家・作家が多数いて、その議論も白熱。しかし、作者のトールキンは否定。寓意を読み解くということは、作者の意図とは別であるという典型。

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)

小さなバーの片隅で、歴史の謎を解き明かすシリーズ。少ない情報から、最大の結果を論理的に導き出す傑作。その結論が真実に近いかどうかは、他の仮設との比較で推定するしかない。しかし、その論理の一貫性は、ちょっといいんじゃない?と思える説得力。

2014/09/16 10:28:24
id:hacosato

『文学部唯野教授』はブコメでお勧めされたので読みます!
一番手近なはずの図書館には文庫がないのでくやしい…。
『サブ・テキスト』なら蔵書があるので、本編が終わったらこれ行きます。

『指輪物語』は未読なので触れてみたいです。

寓意を読み解くということは、作者の意図とは別であるという典型。

私はパルトを少し読んだことがある厨二なので、
「作者の死」とか安易につい思ってしまいます。
解釈とはだれのものなのか(作者のもの?それとも読んだ人のもの?)
しばらく考えていた時期があります…。

『邪馬台国はどこですか? 』は初めて聞きました。
論理の一貫性で「納得」を誘うのは、なぼりんさんの言う
「文系」のやり方ですね。
http://q.hatena.ne.jp/1410569452#c277153

2014/09/16 22:50:16
id:youtaiga No.3

youtaiga回答回数60ベストアンサー獲得回数132014/09/14 00:53:41

ポイント15pt

歴史は主に二種類あると思います。

一つは、洗脳や結果ありきで、そのために作られた物語としての歴史。
日本書紀も皇国史観もマルクス主義もこの類。
一見非科学的ですが、「いかに洗脳するか、他人を納得したつもりにさせるか」という点では「科学的」だと思います。(洗脳・納得させることができれば成功)

もう一つは、実証史学。
史料批判を重視したもの。
一般的には科学的なものとされていると思います。
史料批判で積み上げても、隙間はできるのでそこは仮説でおぎなうことになる。
完全な証明は新史料がでるのを待つことになるのでしょう。
でもこれは、理論物理学などとも似ているところです。
実験が簡単にできないので、もっともっぽいもので単純に説明できるものを是とする。

>ただの童話に見えて実は当時の政府を批判している文学作品があったとします。それが政府批判であるという読みが思い込みでないことを、どうやって他人に説明したらいいのでしょうか?

「当時の政府を批判している」の定義がむつかしいですね。
1.筆者の意図が批判であることなのか、
2.筆者の意図と別に政府が批判と感じていることなのか、
3.第三者が批判と判断していることなのか。

1.なら、筆者の考えがわかる他の文献があるかなど。
2.なら、政府が筆者を罰したり規制したりしているか、コメントなどを出しているか。
3.は広すぎですね。当時だけでなく、現在までの人々の判断ですから。

個人的には、批判したかもしれない作品が潰されずにどういう経緯で残されていったかに興味があります。
そのへんにヒントがあるかもしれません。

>歴史は科学じゃなくて、文学でしょ
自然科学も「文学」的なところがある。

相対論や量子論を勉強した人は、「ニュートンの力学を教えられたことの物語性」に気づくと思います。

他3件のコメントを見る
id:youtaiga

>文学作品の内容だけにフォーカスする立場、また受容のされ方だけに着目する立場もありそうですね。

研究の世界全体で担保されていればいいので、各研究者または各論文でどちらかにフォーカスがあたるのは問題ないと思います。
ただし、「読み手の感じたこと」を単純に「作者の意図」であるとしたり、「作者の意図」がそのまま「読み手の感じたこと」になるわけではないということです。
「作者の意図」と「読み手の感じたこと」が、ごちゃごちゃにならず整理されていれば問題ないと思います。
「作品の感想」を言うのは簡単ですが、「作品を論じる」のは難しいですからね。

>テクスト論

わたし個人の考えでは、ちょっと行き過ぎているかなと思います。
作品に「作者の意図」が完全には表れないというのと、「読み手の感じたこと」は人によって様々というのが理解できていればいいのかなと。
暫定的なひとつのアプローチの仕方としてならいいのですが。

2014/09/18 01:14:48
id:hacosato

「作品の感想」を言うのは簡単ですが、「作品を論じる」のは難しいですからね。

その通りですね…。
いま『文学部唯野教授』を読んでいますが、同じように思っていました。
まだ読み始めたばかりですが、今後この話と関連するところが出てきそうです!

2014/09/18 23:15:45
id:adlib No.4

adlib回答回数1834ベストアンサー獲得回数1052014/09/14 10:54:02

ポイント5pt

 
 理系・文系・体系 ~ 智に働けば角が立たぬ ~
 
…… この書物の全体が一つのながい議論なのであるから、主要な事実
と推論とを簡単に要約しておくことが、読者のためにつごうよいであろ
うと思う。(第一四章 要約と結論 1859)(P185)
── ダーウィン/八杉 竜一・訳《種の起源(下)19791220 岩波文庫》
 
 Darwin, Charles Robert 18090212 England 18820419 73 /進化論
 Marx, Karl Heinrich  18180505 Preußen 18830314 64 /唯物論
 
…… マルクスは、この階級の歴史的性質を余すところなく分析し、総
合した。だから『資本論』は、労働者階級の書である。だから社会主義
革命の書である。したがってまた真理の書である。(P176-167)
── 向坂 逸郎・解題《資本論(九)19700310-19970515 岩波文庫》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20101204 北向く侍たち
 
 Freud, Sigmund  18560506 Czech London 19390923 82 /夢判断
 Jung, Carl Gustav 18750726 Switzerland 19610606 85 /共時性
 
…… フロイトは患者をベッドに寝かし、ユングはチェアに座らせた。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0830.html(20030804)
 松岡正剛の千夜千冊『心理学と錬金術』
 
…… 山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹さ
せば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
── 夏目 漱石《草枕 19060900 新小説》
 
…… いろいろ「研究」してもわからないことが多すぎるのだ。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20070719
 河合家の人々 ~ 七人の男の子 ~
 
…… 「わたしの研究室では、来年の課題を“文学”と決めることもで
きます」これには、作家とノンフィクション作家も、黙りこんでしまっ
た。(略)生物学者は、ノーベル文学賞作家が“化学”というテーマで
小説を書けないことを、ずばり指摘してしまったのです。
http://okwave.jp/qa/q4149869.html(No.3 20080705 06:48:33)
 理系文学待望論 ~ さらば、余りに文系的な文学談義 ~
 

id:hacosato

adlibさんありがとうございます。
「わからないことが多すぎる」!

http://okwave.jp/qa/q4149869.html
これが少し参考になりました。

2014/09/15 11:13:31
id:taddy_frog No.5

サディア・ラボン回答回数807ベストアンサー獲得回数832014/09/15 19:26:42

ポイント10pt

神話や民話は
記号論、心理学、歴史、作者の伝記、その他の総合学問でしょう。

記号論は、
現代日本の漫画で、
怒っている人の頭の上に湯気を描くとか、
未登場の敵二人が、大男と痩せた男のシルエットだとか、
死亡フラグとかの類で、
国や時代や分野によって様々で、


心理学は、
登場人物の生い立ちと、現在の気持ちなど、



歴史は、
「お前はもう死んでいる」という台詞があったら、北斗の拳がヒットした後に書かれたとか、



作者の伝記は、
作者の生い立ちを知る事によって、
その人の作品では、○○は□□という意味を持つとかいう類の、
分析の材料で、



その他は、
必要に応じて、様々です。
聖闘士星矢の場合は、
ギリシャ神話が題材ですけど、
聖書ネタもかなり多いです。

id:hacosato

サディア・ラボンさんありがとうございます。

私は歌詞を読むのが好きなので、神話や民話の研究の蓄積が
参考にならないわけがないと思っています。
神話や民話の研究の世界全体が見通せるような本とかあったら
ぜひ教えていただきたいです~。

例えていうなら、語学じゃなくて言語学の勉強をしたい、
っていうような感じです。

2014/09/15 20:37:35
id:tikani_nemuru_M No.6

tikani_nemuru_M回答回数2ベストアンサー獲得回数02014/09/16 16:31:27

ポイント10pt


歴史的な事情は実験群と統制群に分けたりできませんし、追試もできません。歴史学の人は、そういう状況で、自分の学説にどうやって説得力を持たせているのですか?


上記引用文の「歴史学」の箇所に「進化学」を代入してみましょう。
あら不思議。
進化学は科学ではない、という進化論否定論者の言い分そのまんまになっちゃいますね。

問題は文系と理系という切り分けにあるわけではないのです。
それは偽問題といえるでしょう。

id:hacosato

tikani_nemuru_Mさんありがとうございます。
http://q.hatena.ne.jp/1410569452#c277155
進化論については昨日私も具体例として思い至りました。

私も文理の切り分けに持ち込みたいわけではありません。
どちらかというと、artsとsciencesとの違いとして考えています。
http://q.hatena.ne.jp/1410569452#c277106

偽問題というのはどういうことでしょうか…。
問いの立て方がよくないので実りの多い議論にならない、ということでしょうか?

2014/09/16 23:02:28
id:adlib No.7

adlib回答回数1834ベストアンサー獲得回数1052014/09/17 18:06:02

ポイント5pt

 
 文理両道 ~ 理学者の文才と文脈と思考回路 ~
 
【序】粗食・美食・聖食 ~ 知らなくてよい者と、知らねばならぬ者 ~
 
 森 鴎外 軍医総監/作家 18620217 島根 東京 19220709 60 /文久 2.0119
/陸軍軍医総監として、脚気の原因を認めなかった。
 
…… 陸軍兵士は、日露戦争で総数110万人のうち22万人が脚気を
患い、約3万人が病死した。一方、海軍は「海軍糧食条例」を定め麦飯
と副食を重視して脚気の患者を激減させた。── 武田流 健康法(8)
http://okwave.jp/qa/q7227114.html(No.9 20120106 06:27:03)
 
…… ひとつのことを百に表現することは容易いが、鴎外のように百の
ことをひとつの言葉で言い表すことは難しい。(20040101 楽書快評)
http://www.geocities.jp/npowaro/raku-12.htm 刻の手帖/言語空間批評
 
【破】「天災は忘れた頃にやってくる」の典拠。
 
…… 天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の
顛覆を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。
── 寺田 寅彦《天災と国防 193411‥ 経済往来》
 
 寺田 寅彦 物理学/随筆 18781128 高知 東京 19351231 57 /俳号=吉村 冬彦
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19390908
 地震学者自身の自信 ~ 秀才は忘れた頃に思いだす ~
 
…… 地震学者たちの机上論のなんと空しいことか(略)学者なら現場
ぐらい見てこいよとア然としたね(19950123 インタビュー)。
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4905277116
── 古川 嘉一郎《たかじん 波瀾万丈 20140328 たる出版》P105
 
【急】真夏のセミナール ~ アブラゼミ vs ニイニイゼミ ~
 
…… 閑さや岩にしみ入る蝉の声、元禄 2.0527(16890713)立石寺。
── 松尾 芭蕉《奥の細道》発句。
── 斎藤 茂吉《童馬山房漫筆 19260900 改造》アブラゼミ説を掲載。
 
1927‥‥ 岩波 茂雄が、神田の小料理屋・末花》に七人を招集。
(安倍 能成、中 勘助、河野 与一、茅野 蕭々、野上 豊一郎)
 小宮 豊隆、ニイニイゼミ説で反論。斎藤 茂吉 193206‥ 敗北宣言。
 
 小宮 豊隆  独文学/評論 18840307 福岡 東京 19660503 82 /漱石門下
 斉藤 茂吉 精神医学/歌人 18820514 山形 東京 19530225 70 /~《赤光/あらたま》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19841216 楡家の人々 ~ 斎藤家の症状 ~
 

id:hacosato

adlibさんありがとうございます。
しかし…adlibさんが強キャラすぎてちょっとついていけません…すみません。

2014/09/17 22:30:33
id:es-labo No.8

eses回答回数287ベストアンサー獲得回数382014/09/19 15:22:09

ポイント15pt

上記のみなさんに引き続き、

人間観察のインプットを大量に数千冊単位で増やしていくと、
あるとき伝えたい自分なりの切り口・コア、良質なものが
見つかるのではないかなと感じました。
参考まで。


インプットは、タフに、大量に。

アウトプットは、プレゼンなど、
聴衆・リスナーに短く、簡単に、分りやすく
後々記憶に少しでも引っかかる用にシンプルに
などかなーと 
これが、むずかしいことですね(^^;)。


-----
■インプット用


https://www.facebook.com/senyasensatsu
 松岡さんの編集工学へ
http://1000ya.isis.ne.jp/souran/index.php?vol=102


http://www.ronri.jp/

http://authoruniv.com/

http://www.fkohji.com/f-etu.htm

http://www.amazon.co.jp/dp/4062881039/

-----
■アウトプット用

http://diamond.jp/articles/-/9918
5W1H→マネジメントの6W3Hなど フレームワーク
米国式レポート why→becauseを3つを立てて説得力を増すものへなど

http://bukupe.com/summary/2401

http://toyokeizai.net/category/shidoshitsu

http://diamond.jp/articles/-/37577

http://www.nhk.or.jp/e-tele/index.html#0
Eテレのキャッチコピーのように
「知らないって、ワクワク。」
というのが、
ターゲット、コンセプト、テーマにあるように。
番組時間内に?を!にしていく手法。

----
■ターゲットが絞れないときは、コラム切り口を名言で一休み一休み。

http://www.e-kotoba.net/who/

http://www.shitsumon.jp/cat-entrys/troubled-list.html

http://www.yononaka.net/toshokan/bible_for_35ages.html
 複眼思考 クリティカルシンキング

http://matome.naver.jp/odai/2138548158101710301
 風刺、ブラックユーモア

http://www.ewoman.co.jp/winwin/63ia/

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDR28001_Q3A530C1000000/

以上 参考資料でした。

読書の秋なので、大量のインプットでベース作りして
いざ必要というときに、
さっとアウトプット、コメント返しにつながっていくと良いですよね~。

id:hacosato

esesさんありがとうございます。
たくさんURL、すぐには見切れません!!

http://www.ronri.jp/contents/about/10tips/index.html
受験参考書が楽しそうだと思いました。
これ読んでみようと思います。
考えてみたら私がやってる歌詞読みは、国語の時間の小説を読むのと
だいたいいっしょだったのでした…。

2014/09/19 23:01:40
  • id:a-kuma3
    文系だけに限った話ではないですけど、帰納法とか、演繹法とか?
  • id:hacosato
    早っ!!

    いま追記したところです。

    私ちょうど「アブダクション」ってやつに注目していました。
    それが帰納&演繹と並び称されるもののようなので、a-kuma3さんと着眼点がいっしょになったようで、いまとても嬉しい気持ちです♪

    「文系」と言ったのはちょっと煽ってみたかったからです…。
    本当は世の中の学問全般の「考え方の枠組み」みたいなものを知りたいと思って質問をしました!
  • id:takejin
    論理と類型化ですね。
    何らかの論理に基づいた事象であれば、なにか共通点とか、一貫した何かがあるはず。
    その、「根源的な部分」を昇華させるのが、科学的な観点です。
    一般化というほどではありませんが、事象のエッセンスは他の事象に結びつくはず。
    そのエッセンスを論じることで、物事の本質を見極められるのではないでしょうか。

    一歩神に近づくという、俯瞰と論理抽出が必要です。
  • id:takejin
    日常への応用だと、「背理法」って目から鱗って感じで使えます。

    たぶん成り立たない仮説を立てて、そのまま論理展開。破たんするから、最初の仮説はありえない。という流れ。肯定するだけが、証明や検証ではないのです。
  • id:miharaseihyou
    文系というのは基本的に言葉の世界だと思う。
    理系というのは自然界を相手にする世界だが、文系は人間の頭の中の概念を相手にする世界だ・・・って、私は理解している。
    違うかもしれないけど。
  • id:hacosato
    たけじんさん
    類型化、私の整理でいう「モデル」のことですよね。
    このへんの用語もちゃんと使えるようになりたいです。
    科学哲学というジャンルでよろしいのでしょうか?
  • id:hacosato
    miharaseihyouさん
    文理の区分は、私こちらのブログを見て理解したつもりになっています。
    http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-199.html
  • id:mrkw276
    社会科学(とくに経済学・心理学)では、自然科学と同様に、まず仮説を立てて、実験協力者を実験群と統制群に分けて仮説を検証します。
    追試を繰り返して、仮説(数理モデルの場合もあります)が支持されれば、それは学説として次第に研究者に認められていきます。
    仮説の立て方ですが、経験的に立てることが多いです。
    実験室で実験できないような大規模な社会現象や過去に起こった出来事の場合も基本的には同じです。
    世界中から似たような事例を探して、共通項を探してモデル化。その検証を繰り返す……反例が頻繁に報告されるようになると、モデルは棄却されたり、修正されたりします。

    ただ、以上の説明は社会科学の中でも記述的なもの(人間や社会の動きを解明するのが主眼)です。
    社会科学には規範的なもの(ある観点から理想の社会やシステムを考えるのが主眼)もあります。

    人文科学についてはわかりません……


  • id:hacosato
    mrkw276さん

    社会科学と自然科学はscienceだから、同じ手法で研究ができる、ということですよね?
    上記のURLでの認識と同じですね。
    http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-199.html
    心理学とかの実験には参加したことがあるので、それは実感もできるし、納得できます。
    経済学も実験群と統制群に分けて実験ができるんですね…知らなかった…。

    社会学のことで、聞きたいです。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%A0#.E8.87.AA.E6.AE.BA.E3.81.AE.E5.9B.9B.E5.88.86.E9.A1.9E
    デュルケームは自殺を4つに分類しました。
    自殺の実際の事例をこの4つにきれいに分類することは確かめられますが、
    この4つ以外にないことはどうやって説明しているのでしょうか?
    そこはやはりアブダクションですか?
    たけじんさんがおっしゃる背理法とかを使ったり、
    座標平面を4象限に分割したりして考えるのですかね。
  • id:hacosato
    はてブがすごいことになっててめっちゃ参考になります!
    ご紹介いただいた本、全部じゃなくても、いくつかはちゃんと読みます。
    みなさんありがとうございます☆
    http://b.hatena.ne.jp/entry/q.hatena.ne.jp/1410569452
  • id:NAPORIN
    あのですね、理系なので同じ疑問があるのですが、最近思うことは
    理系の言葉は誰にいっても同じ意味。
    文系の言葉は相手によって表現も言葉も意味も違える。
    のが理由だとおもうのです。
    それで発言から1500年もたっても平安時代の某天皇が某臣下の「~~」という短歌に腹をたてて蟄居までさせたのはそれまでにじつは「~~」という人間関係があって~~いう理由だと解釈するが正しいのだ。というような「大発見」がでてくるのだとおもいます。
  • id:hacosato
    なぽりんさん
    ありがとうございます。
    確かに、自然科学だと言葉の定義にすごく気を遣うのに対して、
    社会科学とかだと「定義は以上のように多々あるが、とりあえず先に進む」
    みたいな本をよく見るような感じがします。
    「定義が揺らいだらどんな間違った結論だって導けるじゃないか」
    って前に工学系の人に言われたことがあるのですが、
    こういうときどうやって反論できるのでしょうか…?
  • id:takejin
    反論はできないでしょう。
    次元の違う話をしているので、反論が反論にならないです。
    永遠に交わらない、3次元空間のベクトルのような関係です。
  • id:hacosato
    なるほど!
    ということなら反論はできなくとも、せめて私の話とその人の話は、
    どういう風に次元の違う話をしていて、どういう風にねじれの関係になってるのか、
    自分で見通しが立てられるようになりたいです。

    とりあえず『99・9%は仮説』借りてきましたので、読んでみようと思います。
  • id:NAPORIN
    天皇の話でつづけると、理系からみれば「勅令で蟄居させた」だけが事実。理由はどうでもいい。その天皇も臣下ももう居ない、二度と同じ人間も状況も生まれないのだから結果だけ記録すればいい。
    文系からすると、「みんな」の「納得」という正体のないものをつくる能力が最優先になるんだとおもいます。
    なにかが間違っていても、言い方次第では「納得」をさせることはできる。納得すれば人が安心する。安心すればなんか不安よりずっといい。時節ごとに、今この瞬間に合う「納得」をつくりだす能力が文系の能力の正体では。
     
    ちなみに、地震で原発処理にあたった二人の閣僚のうち、菅直人首相は理系出身。枝野官房長官が文系出身。って聞くとこの話にもすごく「納得」したような気になりません?w
  • id:opechuman
    ブクマでも書きましたが、実験群と統制群について気になったのでここで追記します。
    他の方もそうでしょうが、きちんと答えるには難しすぎてコメントやブクマでの回答になってしまいますね。

    社会科学で実験群と統制群への振り分けを行うことが可能かという問題ですが
    経済学も含めて振り分けができる研究はごく一部なので、振り分けできないケースの方が問題でしょうね
    (心理学、実験経済学でも本当に振り分けができているのかという問題はありますが、ここでは保留で)。
    で、なぜ振り分けできていないデータによる仮説検証が許容されるのかですが
    もっともらしい説明が与えられる⇒欠点が指摘される、の繰り返しで未だに答えは出ていないです。
    現状は、慣習的に支持されている手法を採用しているというのが正直なところです。
    これに異議を唱える研究者の方もいるでしょうが、個人的には説得力のある意見を見聞きしたことがないです
    (一番あり得るのは多変量解析によるアプローチですが、統制できている保証などない場合がほとんどです)。

    あと、アブダクションに関してですが、どこまで話を掘り下げるかによって重要度が変わると思います。
    正直、直観的にはピンときませんが、議論を深く掘り下げるなら
    社会科学や人文学におけるアブダクションとはどのような行為か?ということまで見据えて考えるのはありだと思います。
    社会科学でアブダクションではないアプローチとは何か?の方が面白いかもしれないですね。
  • id:hacosato
    なぽりんさん
    納得を追い求めるのが文系という理解だと、たとえば私が知ってるレベルの
    素朴な進化論は文系的と考えていいのでしょうか。
    「キリンさんは高いところの葉っぱを食べるために首が長くなりました」
    っていうのは、文系的な考え方であって、
    「キリンと称される動物は、首が長い」
    というのが理系的な考え方、ということでしょうか。

    文系が納得のための学問、というのはなんか「納得」な感じですw
    地震のときはテレビから遠ざかっていたのであんまりよく知らないんですが、
    枝野さんは寝る間を惜しんでテレビに出続け、状況の説明に尽力したんですよね。
    国民の「納得」のために努力する姿勢が、文系的ですね!
  • id:hacosato
    opechumanさん
    ブコメからの降臨ありがとうございます。

    >>
    現状は、慣習的に支持されている手法を採用しているというのが正直なところです。
    <<
    やっぱりそういうことですか?
    歴史学の定説をひっくり返せるのは有力な大学の研究者だけ
    (つまり、権威がないとひっくり返せない)と聞いたことがありますが、
    これも要するに慣習がモノを言うということなのでしょうか。
    なぽりんさんが
    http://q.hatena.ne.jp/1410569452#c277153
    こちらでおっしゃっている「納得」をキーワードにした議論とも
    整合するような感じがして「納得」です!

    多変量解析とは、主成分分析とか因子分析とかですよね。
    統計学はちょうどいま勉強しているところです!
    私は
    http://hacosato.hatenablog.com/entry/20100705/majidekoisuru5byomae
    こんな感じで歌詞を読むのを趣味にしています。
    そんな私がどうして私が統計の勉強をしているのかというと、
    統計だったら人文科学の「慣習」を飛び越した説得力を持てそうだと
    思ったのがきっかけだったのです。
    今回は人文科学の枠の中でがんばるにはどうしたらいいか、
    知りたくて質問を立てました。

    もし可能であれば、
    >>
    正直、直観的にはピンときませんが、議論を深く掘り下げるなら
    社会科学や人文学におけるアブダクションとはどのような行為か?ということまで見据えて考えるのはありだと思います。
    <<
    このあたり、追加でお話しいただけると大変うれしいです。

    どうもありがとうございます。
    自分の中で、かなり整理されてきた感じがします。
  • id:miharaseihyou
    理解したつもりでも色々な解釈があるのが文系のややこしいところであり、魅力でもあるでしょう。
    あらゆる命題に対して単純な理解を求めるべきではない分野です。

    逆に理系は回答をできるだけ単純化しようと努力する分野です。
  • id:NAPORIN
    「納得を追い求めるのが文系という理解だと、たとえば私が知ってるレベルの
    素朴な進化論は文系的と考えていいのでしょうか。
    「キリンさんは高いところの葉っぱを食べるために首が長くなりました」
    っていうのは、文系的な考え方であって、
    「キリンと称される動物は、首が長い」
    というのが理系的な考え方、ということでしょうか。」
    そうです。理解いただけてうれしい。
    そもそも今、選択進化という考え方はあまり主流ではないです。
    「ために」と目的論をいえばものすごく納得しやすいが誤謬を生む(というか後の世ではほぼ必ず誤謬になってしまう)。
    「ために」というような言い方を好んで採用するのは多く文系だとおもいます。
    ただ、文系がいないと、他社への伝達、たとえば子供に教育はできません。
    「リッパな大人になる「ために」早寝早起きをしろ」
    二者になんの関連もないんですけどね。
  • id:hacosato
    miharaseihyouさん
    多様な答えを許容し、ダイバーシティを認めるのが人文科学、
    という感じに自分の考えがまとまってきました。
    『99.9%は仮説』の前半を読んで「真実はいつもひとつ」的な考えが
    とても息苦しく感じました。
  • id:hacosato
    なぽりんさん
    >そうです。理解いただけてうれしい。
    踏み違えてなくて私もうれしいです。ありがとうございます。

    経済学は社会科学ですから、なぽりんさんの話でいうと「理系」に
    入るのだと思うのですが、経済学の人も「ために」という言葉なしに
    議論を進めることができるのでしょうか?
  • id:takejin
    解釈によって「解」が唯一ではなくても許容するのが、ここで言っている「文系」。仮説を、より「真の解」に近づけるのが「理系」。到達できる解の数が違う。
    「高いところの葉を食べるために」が真の解とは遠いことを、理系は察してしまうので、この説は捨ててしまう。
    「え、そういう解釈だって成り立つよね」が文系。多義でOKとするのは、理系にとっては生理的に受け付けない。
  • id:takejin
    だから、文系に傾いたミステリはダメなんだよな。(K田一少年のなんとかとか)
  • id:NAPORIN
    >経済学は社会科学ですから、なぽりんさんの話でいうと「理系」に
    入るのだと思うのですが、経済学の人も「ために」という言葉なしに
    議論を進めることができるのでしょうか?<
    あたりまえかもしれませんが私は直感的には経済学の発祥は文系だったとおもいます。
    「経世済民のため」の学問ですから、「ために」という言葉なしではあり得なかった。
    そこでは簡単な四則演算や気候観測をデータとするくらいの理系しかいらなかったのです。
    たとえば株券は人気投票であり、仕手戦などは偽の納得で人を動かすという文系の領分があります。
     
    ただし今は違うのでは。
    マクロデータがあり、ミスワタナベを出し抜くスクリプトを組んでの秒速のだまし討ちがすでにあります。
    文学部でもグーグル翻訳が日々正確性を増す。
    あれはだれかが人力翻訳作成業をなりたたなくするためにやってるわけでもなんでもない。
    ひたすら毎日巨大なデータをあつめてたら、ま、ついでにできちゃった。
    どこの分野でも同様のことが起こりつつあります。
    納得作成業までも9割方はネットが代行してくれちゃうのです。
    筋道を飛ばしても「ために」がなくても結果は事実納得できる程度のものができてきている。
     
    人間が取りおこなう「科学」としては「ために」のコア部分、そしてむしろ「ために」を超える
    無知の知の部分だけが残されているんだとおもいます。
    超えるとは、余技とかついでとかセレンディピティとかそういうものです。
    一番さきっぽのそこでは理系と文系の差はあまりないかもしれません。
  • id:a-kuma3
    いわゆる「理系」にも、理学と工学があって。
    理学:法則を探求する
    工学:近似解でも現象をよく表していれば、それで善しとする

    経済学(の、数式が出てくる部分)は、工学チック。


    そういえば、哲学は真理を追究しているのではなかったか。
  • id:hacosato
    たけじんさん
    >>
    解釈によって「解」が唯一ではなくても許容するのが、ここで言っている「文系」。仮説を、より「真の解」に近づけるのが「理系」。到達できる解の数が違う。
    <<
    そうですね! 私の暫定結論と同じです。

    『99・9%は仮説』、読了しました!
    反証可能性があることが科学の条件である、って話が示唆深かったです。
    てか英語でFalsifiabilityっていうのかよかっこよいですね!
    この立場だと、精神分析が科学でないことになってしまうのですね…当然か…。
  • id:hacosato
    なぽりんさん
    経済学は文系でしたか…。なんかそんな感じもします。
    文系と理系の線引きについて考えだすと絶対泥沼が待ってますよね…。

    >一番さきっぽのそこでは理系と文系の差はあまりないかもしれません。
    そうですね! 私も先端を目指してがんばります。
    文系的なところはもう手を付け始めているので、いまデータマイニングお勉強中です。
    これをうまくすり合わせていくためには、なぽりんさんのような
    見通しのよさが必須になる予感がしています。
    どうもありがとうございます。
  • id:hacosato
    a-kuma3さん
    工学についてはぜんぜん詳しくないのですが、前にWIkipediaとか
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A5%E5%AD%A6
    これとか
    http://www.ailab.t.u-tokyo.ac.jp/horiKNC/representation_units/9
    見てエラく感動しました。
    研究はあくまで手段であって、真の目的は幸せになることなんだよ!
    幸せを目指してがんばろうね!みたいなスタンスが透けて見えてかっこいいと思います。
    今回の質問とは離れてしまいますが、工学をやってる人の考え方には
    ぜひ触れてみたいと思っています!
  • id:opechuman
    > 統計だったら人文科学の「慣習」を飛び越した説得力を持てそうだと思ったのがきっかけだったのです。
    残念ながら統計だけでは無理です。権威以外の方法で慣習を克服するには
    1.物理学における万有引力の法則や相対性理論に相当する普遍性の高い理論を打ち立てる。
    2.レトリックを駆使して多くの人を惹きつけるような文章を書く。
    3.その研究によって人々に実益をもたらすような成果を出す。
    などいろいろあると思いますが、いずれにせよ統計は必須ではないですね。
    1のアプローチにしても、統計以上に天才的なひらめきの方が重要です。
    因子分析がひらめきを与えてくれる可能性は0ではないですが、もしそれが容易にできるのだとしたら
    データサイエンティストが学者の地位を脅かす日も近いでしょうね。

    > 社会科学や人文学におけるアブダクションとはどのような行為か?ということまで見据えて考えるのはありだと思います。
    あくまで直感的な話で恐縮ですが、社会科学者の大半はアブダクションに大なり小なり依拠していると思うんですよね。
    ですのでアブダクションを用いているかという問い自体はあまり意味がなさそうです。
    その一方で出来のいいアブダクション、出来の悪いアブダクションという区別は可能かもしれず
    その場合、アブダクションの実態について掘り下げて考える必要があると思います。
    これについては私も全く自信がないので、むしろご意見を伺いたいところです。
  • id:takejin
    根が工学の人です。
    理論が追い付かないと、とりあえず動くものを作っちゃえ。理屈は後からつけられる。
    です。

    以前、工学の質問で、こんなやりとりを、当時東大工学部広報だった内田麻里香さんとしたことがあります。
    http://q.hatena.ne.jp/1189400661
    (特にコメントのやりとり)

    工学のたとえとして、
    模型飛行機を飛ばすのが好きな人→工学系
    模型飛行機を飛ばしている脇でぶつぶつ言っている人→理学系
    飛んでいる模型飛行機を子供と追いかけている人→文系

    模型飛行機って、工夫と忍耐の塊だから、工学の人を見抜ける好材料になる。
    立ち止まると、工場のおっさんにどやされるのが工学。グダグダ言ってねぇで手ぇ動かせ。でも、理学の原理を具現化するのは工学の役目。相対論を原子炉に投影したのは工学の人たち。はやぶさを飛ばしたのも工学。飛行機も工学の領域かな。
    服飾デザイナーが理学で、パタンナー(実際に着られる服を作る人)が工学。

  • id:hacosato
    opechumanさん

    > 1.物理学における万有引力の法則や相対性理論に相当する普遍性の高い理論を打ち立てる。
    先日『99.9%は仮説』を読了し、相対性理論の意義が多少なりとも理解できたので、
    この例示がなんとなくわかります! うれしい♪

    > 2.レトリックを駆使して多くの人を惹きつけるような文章を書く。
    音楽ライターの世界とかですよね…。
    私にとっては魔界です。1冊本を読んだことがあるのですが、
    ぜんぜんぴんと来なかった…。

    > 3.その研究によって人々に実益をもたらすような成果を出す。
    http://www.h-branddesign.com/wakamonoken/
    こことかですかね。
    どの道を辿るにしても、統計学はサポート役にしかならないかもしれないですね。

    > 社会科学者の大半はアブダクションに大なり小なり依拠していると思うんですよね。
    私もそう思います。
    もしそうなのであれば「アブダクションの実態について掘り下げて考え」た研究が
    社会科学の古典として君臨していそうなものですが…。
    私の情報収集が足りないんですかね…。たくさんお勉強します。
    どなたかご存知な方がいらしたら私も知りたいので教えてください。
  • id:hacosato
    たけじんさん
    URL拝読しました! たけじんさんのところだけ拾い読みですが…。
    工学好きな人って、モノの考え方になにか似たところがあるんですかね。
    私はいわゆる文系を人文科学と社会科学に分けて考えていて、
    理系は自然科学しかないと思っていたんですが、工学系だとまた少し違いそう。

    「定義が揺らいだらどんな間違った結論だって導けるじゃないか」
    って言われたとして、
    「その通りでしたごめんなさい!」
    ってなるのが自然科学(と社会科学?)。
    「じゃあなたは、いつまでも『真実はいつもひとつ!』なんて信じてるの?」
    って言い換えすのが人文科学。
    「グダグダ言ってねぇで手ぇ動かせ」
    って返すのが工学。

    こういう感じですか?
  • id:opechuman
    たまたま、たけじんさんの話と合流しましたが、私の挙げた1、2、3は概ね自然科学、人文学、工学と対応しています
    (人文学がレトリックによって成り立っているというのは言い過ぎですが、あくまで方法論の1つということで)。
    もちろん、hacosatoさんの挙げた例も間違ってないです。

    社会科学(特に心理学の一派と経済学)は自然科学を目指しているが
    上記の実験群、統制群の問題などによって自然科学になり切れていない存在だという認識で良いと思います。
    一方で、人文学は科学であることにこだわっていない学問なので、個人的には人文「科学」と呼ぶのには抵抗があります。

    ちなみに言語学に関心があるということなのでご紹介しますと、チョムスキーの生成文法およびその系譜も自然科学を目指すグループと位置付けられます。
    現段階でその試みが成功しているとは言い難いですが、それでも言語学への貢献は大きなものがあるのでご興味があれば是非。
    はっきり言ってかなり難解な理論ですが、自然科学を目指すことの大切さと難しさを両方実感することができますよ。
    しかも、理論構築の段階では特に統計を用いていない(用いるアプローチもありますが)ところも興味深いのではないでしょうか。
  • id:hacosato
    opechumanさん
    質問を立てたときには自然科学、社会科学、人文科学の3項が対立していましたが、
    いまは自然科学と人文学との間にグラデーションがあり、その間に
    社会科学が現れるようになりました。
    そして、それとは別に工学が登場しました。
    工学が出たら、あれですかね、芸術とか考えないといけないんですかね…壮大すぎる…。

    生成文法、名前だけは存じ上げております♪
    言語学の基本的なトピックを網羅したような入門書はいくつか読んだし、
    どの本にも生成文法という言葉は出てくるのですが、
    どれもそんなに内容には立ち入ってない感じがしていたので積み残しになってました。
    あらゆる人には生まれつき共通の言語的な基礎があるんでしたっけ??
    (↑記憶に頼って発言してます…)
    生成文法だけの入門書を手に取ってみようと思います!
  • id:opechuman
    生成文法は目的意識なく読むと「なんでこんな複雑なことやってるんだろう」と思ってしまうところがありますが
    自然科学との関連性を意識して読むと、その意義がより深く理解できると思います。
    アフリカで生まれた赤ちゃんが日本に移り住んで幼少期を過ごすと、日本語を流ちょうに話すようになりますよね。
    このことから「人間という生き物には自然言語を身につける機能が備わっている」ことと
    「日本語や英語、スワヒリ語といった言葉の違いは関係なく習得できる」ことがわかります。
    この機能は脳やら神経などの人間の身体の機能として解釈できますから
    理屈の上では「こころ」という非科学的なものに踏み込まなくても仕組みを解明できるはずです。
    多分、hacosatoさんがイメージされる「語学じゃない言語学」に一番近いものだと思います。

    けど、現状、めちゃくちゃ複雑なことになってしまっており(理論はシンプルなんですけどね。応用が複雑というか)
    「単に言語教育などに役立つ知識を得たいなら、従来のやり方の方がいいんじゃね?」
    と思っている学者も割と多くいることは確かです。これはある意味で工学的な発想とも言えますね。

    ただ、それでも価値のある知見はいくつも提供してますし
    何よりも万有引力の法則のような理論を打ち立てようとしているという点でリスペクトに値すると思います。
    人間と同じ方法で言語を習得する人工知能が出来たら生成文法の勝利と言えそうですね。
  • id:hacosato
    opechumanさん
    >人間と同じ方法で言語を習得する人工知能が出来たら生成文法の勝利と言えそうですね。
    そうですね〜。
    私は懐疑的ですが、そんな研究がつまらないわけがないと感じています!
    これは学ばなくては。
    よい入門書とかあったら教えてください!

    http://q.hatena.ne.jp/1410569452#a1237870
    一方でesesさんの回答から受験参考書的なページに惹かれてしまって、
    言語学じゃなくて語学に魅力を感じている自分もいます。この節操のなさ(笑)。
    なんでも吸収して、よりよい自分になれたらいいなって思います。
  • id:hacosato
    質問締め切りました。
    回答くださったみなさん、ありがとうございました。
    また、コメント欄でお付き合いいただいたみなさん、ありがとうございました。
    さらに、ブコメくださったみなさん、本当にありがとうございました。

    オススメいただいた本やURL、まだぜんぜん読破できていませんが、
    時間をかけて取り組んで自分のモノにしていきます。
    そして将来路頭に迷った若者がいたら、みなさんが私にしてくれたように、
    手を差し伸べられる存在になりたいです。

    今後ともよろしくお願いします。
  • id:takejin
    言語は脳の構造と、脳内の報酬原理で会得するとすれば、その構造を人工知能に与えるということになる。言語獲得とは別の原理で、物事を判断する装置ができあがりそう。

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