「星に願いを」
祖母の家にある縁側は僕の特等席だった。
鳥の鳴き声、風の音、木々のざわめき、雲が流れる様子を見ているうちに、やがて日が暮れ、夕焼けになり、辺りが暗くなりはじめると澄み切った夜空には満天の星。都会では気にしたこともないその一つ一つがとても心地よく、いつまでも座っていられる気がした。そんな僕を見て、祖母は決まって僕の好きなスイカをそっと置き、黙って横に座るとうちわで扇いでくれた。
ある日、いつものように夜空を眺めていると、星が夜空を横切った。
「おばあちゃん、見て!流れ星だ!!」
いつものように横に座っている祖母を見ると手をあわせていた。
「おばあちゃん、何してるの?」
僕が不思議そうに尋ねると、祖母はこう教えてくれた。
「流れ星が消えるまでに願いごとを3回唱えるとね、願いごとが叶う(かなう)と言われてんだよ」
「ふうん、そうなんだ・・・。願いごと叶う(かなう)といいね!僕も今度流れ星にお願いしよっと!!」
そんな僕を見て祖母はニコっとほほ笑むと、再び僕と一緒に星空を眺めながらうちわで扇ぎはじめた。
あれからXX年・・・2011年(平成23年)3月11日14時46分
巨大な揺れのあと、押し寄せる津波は僕の特等席だけでなく、大切な人達もすべて飲みこんだ。
「神様は残酷だ・・・」涙がとめどなく溢れた。
何も無くなってしまった場所にたたずむ僕の横に父さんがそっと寄り添い、静かに肩を抱き寄せた。
「人はそれぞれ大空に自分の星があって、この世からいなくなるとその星は流れ星となって落ちるそうだ。今夜は夜空を一緒に見よう。おばあちゃんの星が見れるかもしれない・・・」
そんな父さんの肩も悲しみに震えていた。
もし、あの時、僕が「いつまでもこの時間が続いてください」と願っていたなら、その願いは叶ったのだろうか?
今夜は願うとしよう。星に願いを。
?Fin?
「あなたとこうして話せるなんて夢のようだわ」
そう言った私の言葉への【彼】の返答は
「僕もそうだよ。といったら鼻が伸びるかな」
『嘘をついたら鼻が伸びる』……
これは、彼の嘘に対して私がなんども繰り返し言っていたことだった。
【彼】は最終段階を迎えている。
室内を陣取る大型の量子コンピュータ。その傍らには永遠とも思える時間眠り続ける彼。
その命は数々の機器によってかろうじて生かされている。
【彼】とこうして再び言葉を交わすまでには長い長い道のりがあった。
そもそも、彼が目覚めないと知った時――正確には彼が目覚めなくなってからの数ヶ月――、私にはすがるものがなく、ただただ祈ることしかなかった。彼の目覚めを。
時には星に願うこともした。だけれど、そんな毎日を繰り返しているうちに違う意識が芽生え始めた。
自分の手で彼を目覚めさせようと。どんな形であれ。
近年の科学、医療技術の進歩は目ざましい。特に脳医学の分野での研究が進み、それまで謎に包まれてきた脳の働きが徐々に明らかになってきた。私の専門分野でもある。
さらに、与えられた数々の恩恵。
ひとつは、高性能の量子コンピュータが誕生し始めたこと。
そして、脳内の信号の行き交いをキャッチできる新たな素子が開発されたこと。
緻密で複雑なパスを持つ高密度の記憶媒体の登場などなど。
動物による実験は、既に様々なものが行われている。
脳を量子コンピュータに移植し、仮想世界の中で現実と同じように生かすのだ。
ディスプレイの中で彼らは、現実と同じように振る舞い生活した。
だが、それらが何を考えながら生活しているのかを聞くことはできない。
それをしようと思えば意思の疎通が可能な人間の脳で行ってみる必要が生じるが、それについては倫理的な問題から公には行われていない。
なにより、費用、時間、そして被検体の協力といった厚い壁が立ちふさがる。
しかし、幸運にも私はその全てを持っていた。
彼の実体に様々な刺激を与え、そのデータを取り、入力を繰り返す日々が続いた。
最初の失敗。
それは、創り上げた【彼】がそのまま目覚め無いというものだった。
これは、意識を失っている状態の彼をそのまま複製したことが原因だと考えた。
擬似的に創り上げた脳内への情報の入力が処理されても何ら出力へは結びつかなかった。
調整する日々が続く。
考えられる限り、思い出せる限りの彼の振る舞いを私はデータ化していった。
始めた会った時はどうだっただろう。初デートの時は……。
どんな歩き方をして、彼の癖ってなんだっただろう。
私の研究が明るみに出そうになったこともある。
その頃はまだ、大学にも籍を置いており、学内での研究の傍ら【彼】のモニタリング結果などを精査していた。
共用のコンピュータに消し忘れたそのデータを研究生に見られたのだった。
これが公にされれば、私には研究者としての賞賛と、人間としての非難が大きなうねりとなって押し寄せただろう。
静かに研究を続けることは、もはやできそうにも無い。
その場はうまくごまかし、そして程なく私は大学を去った。
何度も失敗を重ねた挙句、私は彼の脳を量子コンピュータに直接結びつけることを考えた。
いくらデータの収集を重ねたところで、彼へ与えられる刺激のパターンには限界がある。
意識の無い彼からの反応も実際のものとは大きく異なっているはずだから。
【彼】の脳を創ることから、彼の脳へ繋がる道筋を創り変えるという作業へ切り替えた途端に、
研究は大幅に進歩した。
まず、【彼】は刺激に反応する。
ディスプレイの中の【彼】は痛みに四肢をびくつかせ、苦痛に顔を歪める。
音楽を聴けばリズムに合わせて体を揺らし……。
そんなことを続けていくうちに【彼】はシミュレートされた世界の中で、日常生活を送るようになっていた。
そして、ついに訪れた二度目の出会い。長い長い間待たされた再開。
「そうか……。そんなことをしてくれたのか。随分と長い間眠ってたんだね。僕は」
「ずっと会いたかった。私が見える?」
「ああ、でもなんだか妙に鮮明で……。なんだか画面越しに会話しているような感じだ」
それはそうだろう。【彼】の目に映る私は彼の目を通した映像ではなくカメラ越しに撮影された画像が信号化されたもの。
【彼】が聞く私の声もマイクからの入力を変換したもの。
それでも構わない。彼とこうして再び話すことが出来たのだから。
「それで、僕はこれからどう生きていけばいいんだろう? つまり毎日何をすればいいのかってことなんだけど」
「あなたのしたいように。そして、こうして私と喋ってくれたらそれだけでいいのよ」
「君の相手をするときだけ目覚めていればいいのかな」
「これから少しずつ考えていけばいいわ。ほんとに、あなたとこうして話せるなんて夢のようだわ」
「僕もそうだよ。といったら鼻が伸びるかな。君の僕に対する愛情には感謝している。だけどこういった状態で目覚めさせてくれたということについては正直困惑している。生きている実感というか、今の僕には感情というものが感じられないんだ。嬉しいとも悲しいとも思えない。だからこれ以上君を喜ばせることはできないと思う」
ああ、やっぱりそうなのだ。
彼の顔をしていても、声や口調が同じでも【彼】の意識はやはり眠ったままなのだ。
願いは届かなかった。絶望にも近しい感情がこみ上げてくる。
ただ、その中でも私の中における彼の存在が、ひときわ大きく輝きだしたことが唯一得た明るい希望だった。
そう、これからは記憶の中の彼と生きていけばよい。【彼】を彼に近づけるという無謀な挑戦を続けるのではなく。
私はコンピュータの中の全てのデータを消去すると、その傍らで眠り続ける彼の体、その顔をそっと見つめた。
安らかな寝顔、その顔がふと微笑んだように感じられた。
落ち着いた気持ちでそれを見届けると、私は彼の生命維持装置にそっと手を伸ばした。
fin
You're My Only Shinin' Star
人には思想・信条の自由というものがある。
だから、千恵が「星に願い事をしたいの」と言い出したとしても、それを咎めたてるべきではない。そして願い事をするのに、私を誘ったとしても別にかまわない。
しかし、星に願い事をする場所にプラネタリウムは違うと思うのだ。
「一言言っておくけどな、千恵」
「何?」
「プラネタリウムに映る星は星じゃない」
上映前に受付で貰ったパンフレットから顔を上げ、千恵は可愛く微笑んだ。
「そんなこと言ったら、空の星だって本当の星じゃないわよ」
「空の星が星じゃなかったらなんなのよ」
「光よ」
「光?」
「そう。あたしたちが星を呼んでいるものは、星そのものじゃなくて、星が放つ光にすぎないわけよ。しかも数万年、数十年前の。だったら、同じ光であるプラネタリウムでも同じだよ」
そう言って、千恵はパンフレットを閉じた。
プラネタリウムは、平日の夕方ということもありお客さんは少ない。カップルや親子連れがちらほらといるだけだ。
「あ、始まるよ」
ブザーが鳴り、部屋が暗くなっていく。
プラネタリウムのプログラムが始まる。
私はプラネタリウムの星を眺めながら、千恵のことを考えていた。
千恵と知り合ったのは、今年の五月。学校の図書室でのことだ。ある本がどうしても借りたくて、その本を借りている千恵が返しにくるまで図書室でずっと待っていたのだ。千恵が図書室に来て本を取りだした時、思わずその腕をつかんだ。その時の千恵の驚きの顔、そして笑いに変わっていく表情を今でも覚えている。
『……そして夜はふけていきます……』
プログラムが終盤に近づく。
私はちらりと隣の千恵の顔をのぞき込んだ。千恵は熱心に映された星空を見ている。
オリオン座が映された。冬の代表的な正座だ。
千恵が顔を伏せる。
「カズちゃんと来年も友達でいられますように」
プログラム終了のアナウンスが流れる。暗い部屋が徐々に明るくなっていく。
私は大きく瞬きをした。
私は、ぽそりと言った。
「あんな願い、星に願わなくてもすぐにかなうのに」
「そんなことないよ!」
千恵は意気込んで言った。
「人生なんてなにがあるかわからないんだから。今日帰ってカズちゃんがご飯をのどに詰まらせて死んじゃうかもしれないし」
「勝手に殺すなよ」
「あるいは、私が明後日交通事故で死んじゃうかもしれないし。人生なんて一瞬先は闇なんだから」
千恵はぐっと拳を握り締める。
「本当は一生友達でいてほしいんだけど、それは今年の願いが叶ったら来年お空のお星様にお願いしようと思って」
友達、か。
私は千恵に言った。
「てっきり高瀬のことをお願いしたのかと思ったよ。これから高瀬とうまくいきますように、とかなんとか」
「高瀬くん? なんで高瀬くんが出てくるの?」
「高瀬から告白されてまだ返事してないだろ」
「ああ、あれね。断った」
「断った?」
「だってつきあうなんてピンとこないし。それに『カズちゃんと会う日の方が多いけどいい?』って聞いたら複雑な表情してたからお断りしたの」
「・・・・・・あんたね。あとで悔いても知らないわよ」
「するわけないよー、そんなの」
そう言って、千恵は笑う。
私は、自分の顔が赤くなっていないかどうか不安だった。
プラネタリウムを出たところで、千恵が叫んだ。
「あ、忘れ物!」
千恵は私が声をかける間もなくダッシュでプラネタリウムにとって返し、三分後に戻ってきた。はあはあと息が切れている。
「はいこれ」
千恵はなぜか私にストラップを差し出した。
それは星のストラップだった。プラネタリウムの売店で売ってる安っぽいお土産物だ。
「なにこれ」
「プレゼントよプレゼント。今日つきあってくれたお礼」
「……やすっぽい」
「なによー」
千恵は少しむくれる。
本当は千恵に抱きつきたいほどうれしかった。なにしろ、千恵からプレゼントを貰ったのは初めてなのだ。
でもそんなことするわけにはいかない。プラネタリウムの入り口は大通りに面していて人目がある。
それになにより私は千恵の『友達』なのだ。『友達』は滅多なことで友達に抱きついてはいけない。
「で、なにを願うの?」
「え?」
「カズちゃん今日なにも願ってなかったでしょ。あたしだけ願い事するのは不公平だと思って」
私は改めて星のストラップをみた。
星に、願いを。
何を? 千恵とずっと一緒にいれますように? 千恵と『友達』以上になれますように?
・・・・・・いやいや、そんな願いはストラップの星には荷が重い。夜空の星にだってつらいだろう。
なにしろ、叶いっこない願いなのだから。
私は目を閉じ、祈った。
「きっと叶うよ」
「なんで断言できるのさ」
「だってその星は、私が選んだカズちゃん専用の星だもん。世界中の人が願い事を言ってる夜空の星とは違うよ。カズちゃんの願いごとしか聞かない星だよ。だから、きっとかなうよ」
「……だといいな」
私はぽつりとつぶやく。
「さ、帰ろう。ね、帰りにモスに寄って行こうよ。新メニュー来たらしいよ」
「夕食前に食うと太るぞ」
「う、なぜあたしが一キロ太ったこと知ってんの! 国家的秘密のはずなのに」
「顔が丸くなってるから、もっと太ったかと思った」
「ひどーい!」
千恵が頬を膨らませる。
「あたし先に行って席とっておくね」
そう言って、千恵は走りだした。
私は星のストラップをぎゅっと握り締める。
あなたは私の輝ける星。
この星が、もうしばらく私のものでありますように。
百合が流行っていると聞いて(ry
▽9
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sokyo ●60ポイント ベストアンサー |
『色のない星』
登場人物:
・緑
・黄○はてなスター郵便局
倉庫のような場所。
下手にたくさんのバスケットが整然と並べられている。
一番奥に、ひとつだけ目立つバスケットがある。
バスケット群の手前には、コンピュータとヘッドセット。
舞台中央にボウリングのボールを返送する、ボールリターンのような設備。
緑、舞台の中央。
緑「今日からこの職場に新人が入ってくる。…お、来た」
黄、下手から登場。
黄「はじめまして。よろしくお願いします」
緑「よろしく」
ボールリターンの穴から星形の物体が現れる。
緑、それを検分して下手のバスケットのひとつへ投げる。
黄「なにをしてるんですか?」
緑「スターの振り分けだ」
黄「さっきのがスターですか?」
緑「そうだ。ネット上にはたくさんのスターが飛び交ってる。
いいなっていう気持ちがヒトからヒトへ発せられてる。
我々はそのメッセンジャーってわけだ」
ボールリターンに次のスターが現れる。スターにタグがついている。
緑、それを検分して、スターを黄に手渡し、
緑「ぐらむす。さんからだ。これ、meeflaさんに渡して」
黄「え?」
緑「meeflaと書いてあるバスケットに入れるんだ」
緑、コンピュータを操作して、m、e、eと入力する。
インクリメンタルサーチで、該当しないバスケットが自動でフタを閉じる。
黄「コレがあると見つけるのが楽ですね」
緑「慣れれば必要ない」
黄「あ、紙がついてる。(タグを読み上げて)『講評は必ず』…」
緑「(黄からスターを取り上げて)読むな」
緑、スターをmeeflaのバスケットに入れる。
黄「見ちゃだめなんですか?」
緑「当然だ。我々の仕事はメッセンジャー。
スターにはメッセージを付けることもできる。
だがそれに介入するのは我々の職務の範疇外だ」
黄「(気落ちして)はあい」
ボールリターンには次々とスターが現れる。
それを受け取る緑。バスケットに分類する黄。
緑「(作業しながら)ネットには負の感情も多い。
でもスターは明るいメッセージだけ伝えている。
我々はネットの世界を明るくしていると自負していい」
黄「(うれしそうに)はい」
黒いスターがボールリターンから現れる。
緑、すばやく受け取って、自分でバスケットに投げる。
なにかがぱちんとはじける音。
黄「いまのは?」
緑「(慌てて)なんでもない」
アラームが鳴る。
緑「呼び出しだ。すぐ戻るから、なにかあったらコンピュータで呼んでくれ」
緑、上手から退場。
黄「ひとりになっちゃった」
ボールリターンから黒いスターが現れる。
黄、それを手に取って、
黄「ほかのスターは少し透明なのに、このスターは中がどろどろしてる。
よくないものなんじゃないかな。そうだ、送り返しちゃおう」
黄、送り主の名前を入力して、ふたの開いた一番奥のバスケットを狙う。
緑、上手から再登場。黄からスターを奪って本来の宛先のバスケットへ投げる。
バスケットの中で金属のぶつかる音がする。
緑「ロックをかけ忘れた」
黄「?」
緑「こちらの話だ。今なにをした?」
黄「——」
緑「我々は、スターに意味やメッセージや価値を、付け加えちゃいけない。
スターのことは、深く触れてはならぬ。運ぶだけだ」
黄「スターは明るいメッセージだけ伝えてるって、本当なんですか?」
緑「当然だ」
黄「黒いスターでも?」
緑「(口ごもって)仕事に戻りなさい。初日から、職務への集中が悪すぎる」
黄「(腑に落ちない様子で)はい」
暗転。
○はてなスター郵便局
黄、下手から登場。
黄「おはようございま、あれ、だれもいない」
ボールリターンからスターが出てくる。
黄「まあいいか。スターの振り分けなら自分でできるようになったし」
しばらくして、黒いスターがたくさん出てくる。
黄「(慌てて)また黒だ。こんなにたくさん。
宛先は…(スターを確認する)これ、たぶん全部のバスケットに送られてる。
これ、きっと悪い人が流してるんだ。明るいメッセージなわけない!
やっぱり送り返そう」
一番奥のバスケットのふたは閉まったままで開かない。
黄、ヘッドセットを装着し、コンピュータの緑のボタンを押す。
黄「緑さん! 緑さん! —返事がないや。だめだ。
(青いボタンを押して)青さんは? —だめか。
(赤いボタンを押して)赤さんは? —だめ。つながらない」
増えつづける黒いスター。床にこぼれおち始める。
鳴り響くアラーム。サイレンの光。
黄「これは…?」
黄、当てずっぽうで透明なボタンを押す。音波はどこかへつながる。
増えつづける黒いスター。ひざほどの高さになる。
黄「黒いスターを大量に発送している人がいます。
送り返したいです。許可してください! 許可してください!」
コンピュータがブラックアウト。
黒いスターが一番奥にあるバスケットに吸い込まれていく。
サイレンがやみ、光が差し込む。
すべての黒いスターが吸い込まれたあと、色のないスターがひとつ届く。
スターにはタグがついている。宛先は「はてなスター郵便局」。
黄、それを取り上げて、
黄「タグがついてる。えーと、
(読み上げて)『メディアはメッセージ。価値を生み出し続けなさい。
持てる力を、ここで発揮しなさい。』」
黄、スターを手に立ち尽くす。
間。
黄、思いついて、その色のないスターにメッセージを少し書き足す。
それを、一番奥のバスケットに放り込む。
暗転。
ちぇ、せっかく念願の刑事課に配属になったってのに、初日からついてないなあ。
今日は、配属のお祝いに店を取ってあるって言ってたけど、待ち合わせの時間に遅れるどころの話じゃなさそうだ。
普通のひったくり犯として、処理するだけの簡単な仕事だったはずだったのに。
別件の聞き込みをしている最中に、たまたま出くわしたひったくりの現行犯。
近くの交番に引っ張っていって調書を取るところまでは、なんてことは無かったのだけれど。
娘の受験がどうとか言って、電話で席を外しちゃう先輩にだって、非はあると思うんだ。
まあ、一番悪いのは、油断して逃げられてしまったぼくなんだけれども。
ただなんとなく年月を過ごしてきただけのぼくとは違う彼の生い立ちなどを聞いているうちに、
つい思いにふけってしまった隙にガツンとやられてしまった。
幸いにして、銃の携帯はしていなかったから、最悪の事態にはなっていないが、
せっぱつまると刑事の頭をなぐるやつだし、思いつめると何をしでかすか分からない。
思いなおして、出頭して来てくれないかなあ。
「こらぁ、犯人に願い事なんてしてんじゃねえ。てめえのケツはてめえで拭きやがれ。」
いけない、考えていることが口に出てたみたいだ。
歳は、ぼくの方が上だから、やりずらいらしいことは感じてるけど、それにしても先輩は口が悪い。
「もう一度、付近の聞き込みに行きます。」
「ひとりで行動するのは、規則違反だろうが。俺も行くから、コーヒーくらい飲ませろ。」
結局、ぼくの不始末に自分では決着をつけられず、被疑者は、三日後に隣の管内で捕まった。
= = = = =
「短い間でしたが、大変お世話になりました。本日をもって、退職となりますが、今まで無事に勤めてこられたのは...」
結局、黒星をひとつつけただけで、短いようで長かった、ぼくの一ヶ月は幕を閉じた。
定年を迎えるぼくのことを気遣って、最後だからと署長の特権を振り回してくれた同期のあいつには、最後の最後で、また面倒をかけてしまった。
儀礼的ではあるが、熱心に誘ってもらった送別会を断り、少し歩きたくなって、一駅手前で電車を降りた。
凍てつくような寒さだけど、抜けるように澄みきった空に瞬く星がきれいだ。
柄にもなく、初めて配属された交番のことを思い出す。
星空がきれいなだけが取り柄の田舎で、暇なパトロールの最中、流れ星にいくつお願いごとをしたんだったか。
無事で帰ってきてよね、という妻の願いごとだけは、とりあえず叶ったようだ。
心配をかけ通しだった妻と子供たちが、お祝の準備をしてくれているらしい。
さすがに今日は、約束をすっぽかすことも無いだろう。