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オリンピック競技のケイリンは、なぜ日本国内の競輪と微妙にルールが違うのでしょうか?
普通は、発祥の国のルールがそのまま適用されるものだと思うのですが・・・
歴史的な変遷を交えて解説頂ける回答であれば嬉しく思います、よろしくお願いします。

●質問者: 山田政人
●カテゴリ:趣味・スポーツ 芸術・文化・歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● kitiko
●100ポイント ベストアンサー

まず、競輪とケイリンの違いは以下の4点

1.先頭誘導員が自転車かモーター付きかの違い
2.周回数や距離の違い。競輪は2000メートルが基本だがケイリンは250メートルバンクで6?7周回程度で多少短い(ただし400メートルバンクなら競輪と同じが通例)。
3.競技人数の違い、競輪は9人基本。ケイリンは250メートル走路なら最大でも7人まで(誘導員を除く)。
4.競輪は1人1日1レース、ケイリンは勝ち上がれば1日で数レース参加する必要がある。

そのほか、失格基準はケイリンの方がかなり厳しいです。競輪ではよくあるブロックをやれば一発で失格ですし、そもそもラインを組むこと自体がケイリンでは禁止されています。ほかにも使用する自転車のレギュレーションも違いますし、服装も違います。服装でいうと自転車競技トラックレースならオールインワン(つなぎ)が普通ですが、競輪ではパンツは専用のもの(7つ星)でシャツとは別です。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1032411855

また、競輪とケイリンの歴史については

世界のケイリンの歴史

自転車レースは自転車が発明されてすぐに始
まり、1896 年の第1回近代オリンピックから正式種
目として採用された。また、104 年の歴史を持つ
「ツール・ド・フランス」も、今ではオリンピックやサッ
カーワールドカップと並ぶ世界3大スポーツイベン
トの名にふさわしい大会となっている。トラック競
技も1868 年に世界で最初の自転車競技が行な
われ、1895 年には日本初の自転車競技が横浜
クリケットクラブで行なわれた。これらの歴史を振り
返ると、レースの発展とともに自転車も進化してき
たといえる。


日本の競輪の歴史

1886 年に帝国大学が「自転車会」の設立をき
っかけに、現在の日本自転車競技連盟が存在し
ているが、それまでにはプロ・アマ統合や日本学
生自転車競技連盟の設立、早稲田大学自転車
部の設立などがあって今に至る。早稲田大学自
転車部が加盟している日本学衛自転車競技連
盟は昭和15 年の幻の東京オリンピックにむけて
昭和11 年に設立された。当時は学生スポーツが
アマチュアスポーツの中心とされ、日本のスポー
ツ界を牽引していた。


なので、フランスで1868年に行われていたケイリンが、日本に輸入され、太平洋戦争終結後、競輪は公営競技として開催されるようになったらしいです。

http://www.waseda.jp/sports/supoka/research/sotsuron2008/1K05B050.pdf


山田政人さんのコメント
なるほど、厳密に解釈すると、現在のオリンピックで行われている「ケイリン」は、ルール的な発祥はヨーロッパ、名称的な発祥は日本ということですかね・・・ なんか、「日本発祥の”ケイリン”」って宣伝されてるのが、半分詐欺のような気がしてきました・・・ ともあれ、わかりやすいご回答ありがとうございました。
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