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戦前の戸籍を僕は見たことないのですが、家族制度があり、戸主がいて、大家族であり、分家により新規創設するとか、勘当するとか、そういう記載もあると思います。
(1)勘当されると、戸籍から離脱して新しい戸籍を作ることになるのでしょうか。
(2)引っ越しなどの理由で、戸籍(本籍)を、県内で移動させたり、
県外へ移動させることは可能だったのでしょうか。
(3)平民も士族の場合も、戸籍の様式は同じなのでしょうか。
(4)華族の場合の戸籍の様式は、平民や士族とだいぶ違うのでしょうか。


●質問者: 匿名質問者
●カテゴリ:政治・社会
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● 匿名回答1号

戸籍 - Wikipedia
(明治5年式戸籍)についてが手がかりになりそうです
壬申戸籍 - Wikipedia
(1)勘当されると、戸籍から離脱して新しい戸籍を作ることになるのでしょうか。
住所毎なので受け入れ先で奉公をはじめたらそちらの戸籍に入る
(2)引っ越しなどの理由で、戸籍(本籍)を、県内で移動させたり、
「転出、転入の届けなしの移動が相当数に及ぶため、地域別人口のずれが年々拡大した」そうです
(3)平民も士族の場合も、戸籍の様式は同じなのでしょうか。
戸籍に「身分」がかかれていたとある。様式は地方によって違っていた可能性があるが2番目のリンク先にあるような形が標準的なものらしい
(4)華族の場合の戸籍の様式は、平民や士族とだいぶ違うのでしょうか。
皇族はそもそも記載されないが華族は同様に記載されていると考えられる。
病気などは詳しくかかれていたそうだが、その詳細度の違いがあるとすれば、様式があいまいなため、人に知られる度合いの違いも反映されたのでは。


質問者から

匿名回答1号様にご紹介いただいた「壬申戸籍 - Wikipedia」ですが、
(あ)
>1872年の壬申戸籍では、
>皇族、華族、士族、卒族、地士、旧神官、僧、尼、平民等を
>別個に集計した。
となってますけれど・・・
各地の華族がいたということなのでしょうか。
或いは、華族は、東京府の戸籍だけだったのでしょうか。
なぜかというと、華族は皆、東京への居住が義務となっていたのかなぁと思いましたので。
(い)勘当されて、他家に奉公すると、そこの戸籍に加えてもらえるようですが、
それまでの間は、無戸籍者になるのでしょうか。
と、変なところが気になりました。ご教示いただけると幸甚です。


2 ● 匿名回答1号

リンク先から見られますが、各地に華族は分散していたようです(東京以外だと武蔵が多い)

奉公などで定住したくない(=流れ者、無戸籍者でもよい)と本人が思えばそうなるのではとおもいますが、
そもそも勘当といって籍を抜くまでしているかどうかはわからないです。


匿名質問者さんのコメント
ありがとうございます。 華族も、かならずしも東京に住んでいたわけではないのですね。すると、住所で、戸籍を作るということで、東京以外に戸籍ができたのですね。 無宿者として、戸籍に載らないということもあるのだろう、と思いました。人別帳には、無宿者は載ってはおらず、人別帳を基本に、戸籍を作ったなら、無宿者は、抜けてしまうなと思いました。
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