つぎの用例には“誤パーセント”とみられるものがあります。
数学的位置、物理的表示、比喩的表現のちがいを論じてください。
20050813 亀井 静香「逆立ちしても無理、小泉首相は500%おしまいだ」
20040131 タイ首相「調理した鶏肉は100万%安全」
20040111 平沢 勝栄「拉致家族の(子どもたちと一緒に)120%確実に返す」
20030824 亀井 静香「小泉再選は、500%ありえない」
200.‥‥ はてな「分母を100としたときの分子の値。記号は%。百分率」
200.‥‥ 藤原 直哉「二十年から二十五年までが約一万%、百倍です」
200.‥‥ Wikipedia「今年の売上高は昨年比120%」と表記してもよい」
20000324 八木 茂:容疑者「毒物は出ませんから、1000%出ません」
20000316 高橋 徹:危機管理室長「東海地震は15年以内に100%起る」
199907? 梅宮 アンナ「(羽賀研二との復縁は)300%ありません」
1995?‥ 後藤田:官房長官「誰某の出馬は、150%あり得ない」
199011‥ 日本経団連「1%(One percent)クラブを設立した」
http://www.hatena.ne.jp/1123941062
人力検索はてな - パーセントは“-∞ から ∞”まで表示できるでしょうか? つぎの用例には“誤パーセント”とみられるものがあります。 数学的位置、物理的表示、比喩的表現のちがい..
百分率ですから、100を超えた分は無意味。なんと言っても100に等しいでしょう。0~100。
それぞれ起こりうる結果の価値が違うならば、期待値として、パーセントと評価値を掛け合わせて評価することもあるでしょうけれど、パーセントとは単位付けしない。
個人的には、100を超えてパーセント評価する人間を、基本的に私は信用しません。無意味な虚飾で俗人を騙そうとしている腹黒い人間か底の浅い人間だと考えることにしています。
http://www.hatena.ne.jp/1123941062#2:detail]
確率表記においては上の通りなんですが、
もちろん比率表記においては100を超えても意味がありますね。
>比率表記においては100を超えても意味があります<
コップ一杯の水に対して、コップ二杯分の水を「200パーセント」と
いえば比率表記、もう一杯「呑みたいな」といえば確率表記でしょうか。
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すべてにおいで問題になるのは、何を100%、つまり基準においているかだと思います
「はてな」ので言えば分母をいくつにしたのか。
。
表現しだいでは-∞まで表示できます。
亀井さんのはおかしいと思います。今のおしまいを1というのはおかしいからです。
同様に、調理した鶏肉、小泉再選、毒物、復縁、出馬は何を1としたのかが明らかでないのでおかしいと思います。
逆に、読んだ人に基準をゆだねることによって言葉の責任を逃れているのかもしれませんが。
拉致に関しては、現在の返す確率に比べて120%と考えればおかしくはないと思います。
地震は、実際は知らないですが表現自体はおかしくないと思います。ただ、物理的な意味では100%というのはありえないので(地球がなくなる確率も数学的な意味での0ではないなどの理由)その立場からはおかしいと思います。
>何を1としたのかが明らかでないのでおかしい<
彼らの言ったとおり書き写すのではなく(ジャーナリストも)聞き返す
べきでしょうね。「亀井さん、100%で十分おしまいじゃありませんか?」
> 20050813 亀井 静香「逆立ちしても無理、小泉首相は500%おしまいだ」
> 20040131 タイ首相「調理した鶏肉は100万%安全」
> 20040111 平沢 勝栄「拉致家族の(子どもたちと一緒に)120%確実に返す」
> 20030824 亀井 静香「小泉再選は、500%ありえない」
上記は、可能性を論じているので、0-100%の間でしかありえない。
> 200.‥‥ はてな「分母を100としたときの分子の値。記号は%。百分率」
これは百分率の説明なので、コメントは不要ですよね。
> 200.‥‥ 藤原 直哉「二十年から二十五年までが約一万%、百倍です」
> 200.‥‥ Wikipedia「今年の売上高は昨年比120%」と表記してもよい」
ある値と別の値の比を述べているのでしょうから、100%以上の値でもよい。
> 20000324 八木 茂:容疑者「毒物は出ませんから、1000%出ません」
これも可能性の問題で100%以上の値はありえない。
> 20000316 高橋 徹:危機管理室長「東海地震は15年以内に100%起る」
値が正しいかどうかは別にして、用法としては間違っていない。
> 199907? 梅宮 アンナ「(羽賀研二との復縁は)300%ありません」
> 1995?‥ 後藤田:官房長官「誰某の出馬は、150%あり得ない」
前述の可能性の問題。100%を超えることはない
> 199011‥ 日本経団連「1%(One percent)クラブを設立した」
名前だから何でもよい。
>可能性を論じているので、0-100%の間でしかありえない<
以上の用例は、わたしの15年にわたる収集の成果ですが、意外にも
50%以上が東京大学出身者の発言なのです。
数学的位置→0~100の間で可能性・対象となる事象の比率を表現するもの
物理的表示→対象となる自称が発生する比率を表示したもの
比喩的表現→100を超える数値を記載することで、絶対にという比喩表現で使用する
sami624 さんの《波乗り三昧》は、わたしにとって未知の世界ですが、
一波二波つづいた後の“第三の波”は、だいたい予測できるのですか?
あるいは予測できない大きさになることもあるのですか?
http://www.keidanren.or.jp/japanese/profile/1p-club/index.html
$BF|K\7PCDO"#1!s%/%i%V(J $B%[!<%`%Z!<%8(J
そのパーセントが何を表すのか、によって限界は決まってきます。
>はてな「分母を100としたときの分子の値。記号は%。百分率」
確率を100で掛けたら百分率ですね。
>Wikipedia「今年の売上高は昨年比120%」と表記してもよい」
これは前年の1.2倍というのと同様です。
>日本経団連「1%(One percent)クラブを設立した」
これらは問題ないと思います。
>亀井 静香「逆立ちしても無理、小泉首相は500%おしまいだ」
>タイ首相「調理した鶏肉は100万%安全」
のような確率に関するものでは0%より小さくなったり、100%より大きくなることは数学的に正しくありません。0%が絶対に起こらない、100%が必ず起こる、という確率ですから、これらの表現は最近の風潮である「過大表現」と言えます。
>藤原 直哉「二十年から二十五年までが約一万%、百倍です」
これは何の話か良くわからないので何とも言えません。
── いわゆるハイパーインフレです。何パーセントになるかはまだ分
かりません。昭和二十年から二十五年までが約一万パーセントなのです。
百倍です。── 藤原 直哉《激動の世界情勢と新しい時代のリーダーシップ
20031012 秋季講演会》経済産業省ML
http://www.freeml.com/ctrl/html/MessageForm/keizaisangyou@fr...
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%というのは、単なる百分率。だから、-∞から∞まで表示できます。
確率は、0から1までしかない。%に直せば0%から100%までしかありません。
だから、確率を言うときに100%を超えるのは、比喩的表現ですね。前年比とかは100%超えて普通。
20050813 比喩的表現
20040131 比喩的表現
20040111 比喩的表現
20030824 比喩的表現
200.‥‥ 数学的説明
200.‥‥ なんのことかわからないが、多分正しい。
200.‥‥ 正しい。
20000324 比喩的表現
20000316 起こるかどうかは疑わしいが、表現は正しい。
199907? 比喩的表現
1995?‥ 比喩的表現
199011‥ 正しい。 というか、名前だから。
わたしが最初に疑問を抱いた、官房長官の発言「150%あり得ない」は、
誰の出馬を指していたのか(十年たってみると)不明です。
19950922 自民党総裁公選、橋本 龍太郎(304票)、小泉 純一郎(87票)。
前年度との比較などの場合マイナス%もあり得ますね。
もちろん100%を超えることもあります。
例えば聖書どおりアダムとイブから人類が発生したとすると、当時から比べて今の人口は約3000億%を超すわけで、上限下限ともにないのでは無いでしょうか。
http://www.tohoku-epco.co.jp/stipulation/11/02.htm
お探しのページが見つかりませんでした。 | 東北電力
計算する場合も%を用いる場合があって、その場合も100%を超えることがあります。
200%程度なら2倍でいいと思いますが、細かくなったりすると%表示すると分かりやすくなる場合があります。
比喩的表現については、強調しているというのがくみ取れれば良いのではないでしょうか。
まぁあまりに奇妙な数字になると寒々しいですが。
>アダムとイブ当時から比べて今の人口は約3000億%を超す<
とても分りやすい揶揄的表現ですが、イメージが浮かびません。
いったん数学的土俵に乗せれば、たちまち四測計算できるわけですね。
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S.K氏の発言について・・・まともに票も読めない人の言う数字を真面目に受け取ってはいけない。0が1個多かったのか・・・
タイ首相・・・タクシンタイ首相の言った事ですが、これは民族的な問題もある。
ただ言ってみただけの公算が強い。
タイ人気質↓も参照の事
N.F氏の「二十年から二十五年までが約一万%、百倍です」・・・この場合は0(ゼロ)ではなく、○(丸)だと思うと何となく分かる?
その他諸々・・・算数から勉強しなしていただきたい・・・・
《タイ人気質》は、とても分りやすい総括ですが、世界中どの民族に
も共通ではありませんか。ビルマやタイは(私見によれば)後進国では
なくて、インドやエジプトのように衰退した先進国かもしれません。
http://www.hatena.ne.jp/1123941062#
人力検索はてな - パーセントは“-∞ から ∞”まで表示できるでしょうか? つぎの用例には“誤パーセント”とみられるものがあります。 数学的位置、物理的表示、比喩的表現のちがい..
人間は常に正しいことを言うわけではありません。普通に「これは正しい!」といったり、思ったりした場合も実際には正しくないことは多いのです。
普通に「ありません」と言う場合に比べて、
梅宮 アンナ「(羽賀研二との復縁は)300%ありません」
というのは普段の3倍くらいの確度で「ありません」と思っているのではないでしょうか。
つまり、梅宮アンナが、普通に「ありません」といった場合は、たかだか3回に1回程度しか本当のことではないということです。
300%ありませんといった対象が本当かどうかはわかりませんから、実際はもっと低いんじゃないかと思いますが。
>たかだか3回に1回程度しか本当のことではない<
心理的倍率とでもいうべき、画期的発見かもしれませんね。
すると亀井さんは5回に1回かな?
こういう使い方をする人たちが多ければ、それなりのへ根拠を考えてあげるのが大人な態度かと思いますんで‥^o^ 幸い、正の数だけなようなので、そういう方向で‥。
「次の1回の試行で、確率100%で事象Aが生起する」という言明を単位として、「次のn回の試行で、確率100%で事象Aがn回生起する」ことを便宜的に100n%と呼ぶことにしてあげたらいいんじゃないですかね。気持ちはだいたいそんなあたりかと思いますけれどもどうでしょう。
平沢勝栄のは子供ができて増えていることを冷静に見積もっているのかも(なわけない)
>便宜的に100n%と呼ぶことにしてあげたらいいんじゃないですかね<
なるほど「円周率=π(パイ)」も「πN=3」と考えるわけですね。
内井 惣七《確率》は、冒頭部分が分りやすく、参考になりました。
percent というのは、一つの物を百で割って出た、その単位数が、その一つの物に比していくつあるかということではないでしょうか。
たから表記に文法的誤りがあるものはないといえます。
比喩的表現としても、その数値に正誤を言うことはできます。
小泉首相が500%位確実に おしまいなことは、物理的に情勢を読んでも証明できません。
調理した鶏肉はその病気では100万%位安全と言っても誇張であるが嘘とはいえない。
120%位確実に返すかどうか、否定的事実があれば不可能なことである。
>情勢を読んでも証明できません/誇張であるが嘘とはいえない<
100で割った単位数が500存在することが、実感できないのです。
雨水をバケツで受けたところ(実は数杯分が)あふれたのでしょうか。
数学的な確率と言う意味では100%をこえることは無いと言っていいと思います。
個人的な定義になりますが、数学的な確率というのは「ある一定の条件」の下でN回の試行の中である事象AがM回発生する可能性です。
ここでM/Nは絶対に1以上にはなりませんので100%以上にはならないと言うことで・・・
したがって、数学的な確率としての記述としては、例の1、2,3,4,8,9,10行目は誤りと言えます。
ここで大切なのが「ある一定の条件」です。
たとえば、「さいころを振ったら1から6のいずれかが必ずでる」と言ったことです。
つまり、さいころが無くなるとか、さいころが壊れると言った可能性は無いものと仮定しているのです。
次は数学的に相対的な量としての意味では、もとにする量を100としたとき、
それに対する1の割合を1パーセント(%)として表したものと定義することが出来るため、100%以上はあり得ます。
つまり、元々のものが100個あったものが150個に増えた場合150%などというのは問題ないといえます。
したがって、数学的に相対的な量としての記述としては、例の7、12行目は正しいと言えます。
比喩的表現としては5、7、9、12以外全てが正しいといえると思います。
>さいころが無くなるとか、さいころが壊れると言った可能性は無い<
9回裏、2アウト満塁、2ストライク3ボール、そこで代打登場…?
ルールに適っても、観客のブーイングを予想すべきではありませんか。
── サハラ砂漠でアラブ人が雨傘を持っていた。このアラブ人に別の
アラブ人がその理由を尋ねた。答えはこうだった。「私はこれをイング
ランドで買った。これは魔法の力を持っている。雨に降ってほしい時は、
これを持たずに家を出ることだ」。 ── Wilson,Colin & Seaman,
Donald/関口 篤・訳《現代殺人百科 19881110 青土社》P20「まえがき」
>無意味な虚飾で俗人を騙そうとしている腹黒い人<
とてもきびしい、辛辣な意見ですね。ところが(当人たちは)そんな
評価を予想していないらしく、自信たっぷりで得意満面なのです。