吉永小百合さんが1960年代に(どうやら『愛と死をみつめて』で)受賞したらしい「シルバースター新人女優賞(主演女優賞?)」ですが、検索しても情報が出てきません。
吉永氏関連以外で見つけたのは以下の2つだけです。
http://www.raizofan.net/data/yasumi.htm
http://www4.ocn.ne.jp/~garakuta/data/za-all.htm
「シルバースター賞(シルバー・スター賞?)」の詳細が知りたいです。
「週刊サンケイ」(現「SPA!」)が主催していた国民映画賞(これもよく分かりませんが)と同じものなのでしょうか。
ちょっと数が多すぎて絞りきれないんですが、よくあるスター賞の一つのシルバースター賞だと思います。
○○スター賞という名前の賞は昔は数多くありました。
そのうちの一つだと思います。
http://page6.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/f46271248
ココに週刊サンケイ昭和32年2月17日号のヤフオクでの頁がありますが、第3回国民映画賞のソノ写真の栄冠の文字の上にシルバー・スターとの文字があるので、
国民映画賞とシルバー・スター賞は同じものでしょうね。
何がこの賞をとった等かはまた調べてみます。
おお、なるほど確かに。
吉永小百合さんに関してあちこちのページを見ると、国民映画賞受賞とシルバー・スター賞受賞を併記しているので、両者は別物なのかと思ったのですが、こうなってくると同じものなのかもしれませんね。
そして「新人女優賞受賞」という記述と「主演女優賞受賞」という記述があってはっきりしなかったのですが、「国民映画賞=シルバー・スター賞」ならば、「主演女優賞」が正しいということになります。
ということは、第11回国民映画賞(シルバー・スター賞)主演女優賞受賞、というのが真相になるのでしょうか。
ありがとうございました。
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※ヤフオクのページは時間が経つと写真が削除されたりするので、一応ウェブ魚拓でキャッシュを取得しておきました。
(cache) Yahoo!オークション - ☆週刊サンケイ昭和32年2月17日号☆国民映画賞中間報告/横山泰三
#質問はまだ開いておきます。追加情報ありましたらお願いします。
続きです。
まず、第3回(昭和32年/1957年)、石原裕次郎が新人賞。
そして、第6回(昭和35年/1960年)、『暗夜行路』で八住利雄が脚本賞。
んで、第9回(昭和38年/1963年)、吉永小百合が『キューポラのある街』で新人女優賞。
最後に一番情報が多い、第11回(昭和40年/1965年)、同じく吉永小百合が『愛と死を見つめて』で主演女優賞。
コレは第11回を第1回と間違っているところもありましたね。
そして興味をそそるのが、
http://www.kurosawa-drawings.com/page/1
1943年黒澤明の『姿三四郎』が国民映画賞を取っているようですが、コレは年代から云って、週刊サンケイ主催の国民映画賞ではナイでしょう。
http://sentence.exblog.jp/6703223
1945年(製作・朝日映画社)脚本・厚木たか、監督・水木荘也、撮影・小西昌三の『わたした達はこんなに働いてゐる』も国民映画賞を取っているようですが、コレも違う。
この二つ。週刊サンケイ主催の国民映画賞の第1回が昭和30年(1955年)、上記の2つはそれ以前のものなので、別物。
そして、下記の2つのリンク、
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji2/rnsenji2-192b.html
http://homepage1.nifty.com/bikenshi/nennpu.html
『姿三四郎』『わたした達はこんなに働いてゐる』の2つは
内閣情報局が与える国民映画賞。てなコトになるんですかね。
ネットから浚えるのは以上でしょうか?
あとは、当時の週刊サンケイを図書館などで探すしかないですかね。
軽く調べたトコロ、目黒にある『日本近代文学館』が週刊サンケイの所蔵が多そうですね。
回答ありがとうございます。
それがどこの主催だったのかなどの詳細が知りたいのです。
まがりなりにも映画賞と名乗るのであれば、それなりの企業や団体が主催していたと思われるのですが、そういった情報が一切出てこないので不思議に思い質問しました。