僕は金融経済があまりよく分かっていないのですが、
この失われた膨大な金はどこへ行ってしまったのか?
むしろ、膨大な金が(途上国などへ)世界に分散されたなら良いことじゃないか、米国に偏在していたのが悪の根源だとも考えたりしますが……。そもそも現金という実体のあるものではないのかもしれません。
金融経済が実体経済をはるかに凌駕する世界。
この1兆4050億ドルはどこから来て、どこへ行ってしまったのでしょうか?
そもそも現金という実体のあるものではないのかもしれません
真実は神のみぞ知るですが、現実はそんなところでしょう。
株に限りませんが、企業間取引では、後日代金を支払う「掛取引」が一般的です。いわゆる「ツケ」ですね。株取引の場合は「信用取引」とも呼ばれます。
つまり、その瞬間をとってみると、現金では決済していません。
今日、ITの力を使って分秒単位の掛取引を連続して行うことが可能です。その結果、実際に現金が動いていないにもかかわらず、帳簿上は頻繁に取引が行われ、月単位で見てみると莫大な売上/支払いがなされたようにみえます。
このようにツケで膨れあがった取引が、いわゆる「バブル」です。そして、現金授受のスピードを超えてバブルが膨れあがった時に、それは弾けてしまいます。
しかし、ツケはツケです。誰かが現金で支払わなければなりません。その金額が1兆4050億ドルということなのでしょう。
「もともと、有ったものが無くなった」というよりも、
「本来なかったものをあるように見せかけていた」と考えるとわかりやすいかもしれません。
将来支払われるはずだった分のお金が払われなくなってしまったので、
それが損失として発生しているわけです。
で、このお金をどこから補填するかというと、
これからの景気後退(将来のお金)によって調整すると。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%96%E3%83%97%E3%83%A...
損をしたのは、債権をまだもっておったバカな銀行や、その債権をさらに売りつけられた外国の銀行や顧客でしょう。アメリカの大銀行も損をしたというけど、それを上回る莫大な利益をすでに手にしているはず。
アメリカの金全体は変わっておらず、むしろ外国に騙して売った分、増えているでしょう。ただし、それは今後も国民には回らず、一部の銀行や資本家が手にしている。世界のお金はどんどん一部の人たちに集中していっている。彼らはルールも自分たちで決めているので、彼らが損をすることはほとんどない。http://www
私も金融のプロというわけではないですが、概念的な話だけさせていただきます。
金融において「○○円失われた」という場合、実際になくなったのは現金でなく「信頼」です。以下、ものすごく単純化した例を示します。
たとえば、AさんがBさんに1000円貸したとします。Bさんは1年後にAさんへ5%の利息をつけて1050円返すと約束しました。この際、普通は借用書のようなものに判をついてAさんに渡しますね。これで金銭の貸し借りが成立し、Aさんに「債権」が、Bさんに「債務」が発生します。
さて、半年後、Aさんは緊急にお金が必要になったとします。Bさんに「早めに返して」というわけにもいきませんよね。返済は1年後だったわけですから、それまでまだ半年あります。そこに当面使う予定のないお金をもったCさんがあらわれました。AさんはCさんに「この借用書を持っていれば半年後にBさんから1050円受け取れるから、買ってもらえない?1020円でどうかな?」と交渉しました。Cさんも半年待つだけで何もしなくてもお金が30円増えるわけですから、喜んでその借用書を買いました。これで「債権」がAさんからCさんに移動したわけです。
これが金融経済です。金銭の貸し借りをした際に交換された「借用書」というものに市場で値がつき、取引されます。
食べられるわけでもないですし、消費して幸せになれるわけでもない、ちょっと乱暴な表現をすれば「ただの紙切れ」に過ぎないものに何故値がつくかというと、買ったときの金額よりも多くのお金を将来得られるからです。
さて、ここでAさん、Bさん、Cさんは上記に記した以外の経済活動をしなかったとします。何かビジネスをしているわけでもありませんし、労働者として所得も得ていません。消費もしていません。
そのとき、それぞれの所持金額は、以下のように変化したことになります。
Aさん:1000円→1020円
Bさん:0円→1000円
Cさん:1020円→0円
変化前と変化後で現金の合計金額に変化はありませんね?でも、違うところはCさんがBさんに対する「債権」を持っていることです。これは「半年後に1050円受け取る権利」であり、市場はそれに1020円(AさんとCさんの取引金額)の価値があると判断しているわけです。つまり、「ただの紙切れ」に過ぎない借用書に「Bさんが半年後に1050円返すという信頼」が付加されて、擬似的にお金のように扱われるわけです。これを「信頼貨幣」といいます。
※一般的な商品は消費することによって得られる効用に値がつくわけですが、「債権」には「消費によって得られる効用」はありません。だから、「擬似的なお金」なわけです。
ここまで話をすればあとはわかりますね?
Bさんが半年後に1050円返済できなくなったとしたらどうなるでしょう?確かにAさんからお金を借りた時点ではしっかりと約束しましたし、借りたものは返さないといけないのが世の中ってものなんですが、それでも将来のことはわからないものです。Bさんの経済活動や資産などを評価し、半年後に1050円返ってくる可能性があまり高くないと感じたなら、Cさんは自分の所有している債権を他者に売ってしまうでしょう。このとき、当然値は下がります。1020円で購入した債権ですが、ただの紙切れになるよりは少しでも現金になったほうがマシなので900円でも800円でも買い手さえいれば売ってしまうでしょう。仮に市場での評価額が800円まで下がった場合、Bさんの信頼低下によって「220円が失われた」ことになります。擬似的なお金として1020円の価値を有していたのに、800円でしか売れなくなってしまったわけですからね。
これがより大規模に、そしてより複雑に取引され、実際の貨幣と信頼貨幣が激しく流動しているのが現代の金融経済です。一番わかりやすい例として債権のお話をしましたが、株式でも不動産でも理屈は一緒です。
以下にわかりやすく解説してくれています。参考にしてみて下さい。
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