かきつばた杯を開催します。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%CD%CE%CF%B8%A1%BA%F7%A4%AB%A4%AD%A4%C4%A4%D0%A4%BF%C7%D5
〆切は質問者の気分により前後します
お題:
「ハッピーニューイヤー」
オーヘンリーの「よみがえった改心」が好きなので、自らが破滅するとわかっていても愛する人の笑顔のために全てを捨て去るようなお話がいいな。
とある国の大統領が年末年始の休暇で別荘でくつろいでいると、庭にこぶりの宇宙船が着陸した。
中からは宇宙人が出てきた。
「我々はG星に住んでいたG星人というものです。G星が、異常気象でそれ以上住めなくなり、新しい星を探して旅をしているものです。それで、住めそうな星を見つけてはこうしてご挨拶を行っているのです」
宇宙人はそう言った。
「それではあなたがたはこの地球に住むつもりなんですか? たしかに私はこの国の大統領です。ですから私には大きな発言力があります。しかし、私個人の意見ではあなた達を地球に住ませても良いか決められません」
そう語る大統領に対して宇宙人は、
「いいえ、私達は、その星に先住している種族を尊重しています。高度な文明を持つ種族はもちろんのこと、なんらかの生き物が誕生している星に住むことは今は考えていません。まだ生命の誕生していない星を探して旅をしているのです」
「それでは、ここへは何をしに来たのですか?」
大統領の問いかけに、
「せっかく出会えたのですから、我々の技術を教えて差し上げているのです。みたところあなたたちの文明は発展していますが、まだまだ我々の水準には達していないように思われます」
「それはそうでしょう。まだ恒星間飛行も実現できていないのですから」
「これが私達の持っている技術のデータです。読み取り用にこちらの機械も置いておきます。この機械にこのデータをセットすれば、我々の技術がわかるはずです。では、他の国にも回らなければいけないので我々はこれで失礼します」
それだけ言うと、G星人は宇宙船に帰り、飛び立っていってしまった。
大統領は喜んだ。簡単にみただけでもG星の技術はすばらしく、今自分の国で起こっている様々な問題を解決できそうな高度な技術だったのだ。
数万年後、再び地球にG星人がやってきた。
「これはどうしたことだろう。あの時私達の技術を伝えたのに、地球人は酷く原始的な暮らしをしている。あの時栄えていた文明も跡形も無く消えてしまっているようだ」
数万年前、G星人が地球人に技術を教えた時には、あの大統領が居た国だけでなく、他の全ての国にも同じように技術を伝えてしまっていたのだ。その中には悪いことを考える独裁者の国も含まれていた。
だから、G星人の技術は戦争に使用され、世界を滅亡させてしまったのだ。僅かに生き残った人類は、文明を忘れ、狩猟の生活を送っている。
「どうして、どこの星も我々の技術を贈ると滅亡してしまうのだろう? 他に星が見つからないから、もし良かったらこの星に住ませてもらおうかとお願いするつもりだったが、技術を悪用するような星では安心して暮らせない。やはり、誰も住んでいない星を探そう」
今度は、G星人は、地球にはなんの技術も伝えずに、他の星を目指して飛び立った。
『星に祈りを』
寮長の僕は、11月に入ると、寮生達の年末の予定を確認して寮監へ報告することになっている。正直、面倒くさい仕事だがまあ仕方が無い。
まあ具体的には先週配布した回答用紙の未提出者を個別に当たるだけなのだが、……結構その手の輩が多いんだよな。
(401号室……三上か)
三上は同級生だが、かなりの変わり者で通っている一人だ。かなりの通信機マニアという噂で、自室は怪しげな機械で埋め尽くされていると評判だ。僕は奴の部屋に興味があったが、わざわざ訪ねて行くような間柄ではなかった。
三上は訪ねて来た僕に、ドア越しに部屋の中で待つように言った。
「三上、一応聞いておくが年末はどうするんだ?」
こいつも俺と同じく戦災孤児ってやつで、帰省する宛はないはずだ。こういう無粋な質問をしなくてはならないのも寮長の辛いところだ。まあ、内地の学校とは違って、戦災孤児なんて特に珍しくは無い。大陸の権益を求めて植民地化を進めてきた我が皇国が、西域連邦と衝突するのは必至だったし、今も北方200kmの地点で皇国軍と連邦軍の睨みあいは続いている。
「ああ、年末年始は忙しくてな。寮に居るよ」
「そうか、わかった」
用件はそれで済んだが、僕は三上の部屋に雑然と置かれた装置達に興味津々だった。
「なあ、これって何の機械なんだ?」
「通信機さ」
「通信って、どこと?」
「どこっ……て、そりゃ色々さ」
「色々じゃわからねえよ」
「う~ん、例えば別の天体とかだな」
「別の星って……」
「定期的にやりとりがあるのは地球だな」
「地球ってあの地球か?」
「そうさ」
地球と言うのは人類発祥の星で、今我々が暮らす天体からは遠く離れた場所にある。
その昔、地球から新天地を求めて星の海を渡った命知らず共の末裔が俺たちってわけだ。
「バカ言え、300光年は離れているんだぞ」
「ああ、3Gだと1年くらいはかかってるな」
三上によると、3Gと言うのは第3世代型恒星間通信システム、の略だそうだ。比較的低出力で通信が出来るのが特長だが、強い指向性がありお互いの空間座標を特定しないといけないのが問題点だそうだ。
「最近ずいぶん進んでるんだな」
「バカ言え、30年以上昔の技術だぞ」
三上によると、恒星間通信の主流が4Gに置き換わったが約20年前。4Gの特徴は中継ポイントを多数設置してネットワークを形成する点にあり、以後の世代もこのネットワーク型が主流になった。また、それによりピンポイント型である3Gは廃れたそうだ。
「じゃあ今なんでネットワーク型を使わないんだ?」
俺の疑問に、三上はそんな事も知らないのかと言わんばかりの声色で説明してくれた。
「インフラが整備されてないからさ。ネットワーク型は中継局同士が定期的に座標データの交換しなけりゃただのガラクタになっちまう。しかしお上ときたら地べたの戦争に忙しくて、電信ごっこには興味がないんだろうさ」
「じゃあ3Gは?」
「3Gは、相手の座標さえ特定できれば送信できる。もっともこちらが受信する為には相手がこちらの座標を把握しておく必要があるわけだが……一から座標計算するだけの能力を持った計算機は内地に数台あるかないかだな。まあ今は戦争の勝ち負け占いにこき使われてるだろうから、電信ごっこになんて貸しちゃくれないだろうがな」
「じゃ、どうしてるんだ?」
「簡易的には、何らかの電文を受信できれば、そこから座標データを逆算できる。それくらいならウチの計算機でもまあなんとかなる」
「それって、特定の相手が……」
「居るんだよ。そういう酔狂な奴が、あっちにも」
僕はいつの間にか三上の話に夢中になっていった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
冬休みに入っても、僕は相変わらず三上の部屋に入り浸っていた。
三上にしても、俺の淹れるコーヒーが気に入ったそうで、お互い様ってことだ。
「おい、聞いたか?連邦軍にハルハ要塞を落とされたって話」
「ああ、軍用無線も最近は暗号の掛け方が甘い。中には平文で打電するバカも居る」
この男はラジオ代わりに軍用無線を傍受している。これは奴曰く「純然たる趣味」なのだそうだ。摘発されたりはしないのか不安に思ったが、コチラから発信しない限りは問題は無いそうだ。それに3Gは送信先以外への影響は皆無であり、それを傍受されたりする怖れは無いと言う。
「最初は新手の攪乱作戦なのかとも思ったが、残念ながら違うらしい。 第2次防衛ラインを突破されるのも時間の問題だろうな、そうなると、 本格的に内地へ疎開を始めるらしいぞ」
それから三日後、任意ではあるが全寮生に疎開勧告が出た。
「三上、お前残るって本当か?」
「やることがあるからな」
「連邦が攻めて来たらどうするんだ?」
「まだ決まったわけじゃないさ」
「たかが電信じゃないか?生きてりゃまた再開できるさ」
「年末年始が地球との交信チャンスなんだ、逃すと座標の再計算が必要になる」
もちろん、それは地球との交信の機会をほぼ永久に失う事を意味する。それは僕にもわかる。
……しかし、だからって。そう思った僕の心を見透かしたかのように三上は言葉を続けた。
「俺たちは地球人だ。故郷を遠く離れてもその心を失うわけには行かない」
地球人、その言葉に僕は何か細くて強い絆のようなものを感じた。理由はよくわからなかったが。
「俺も手伝うよ」
「無理に付き合う必要はない」
「良いんだ、どうせ帰るとこなんて無いしな。それに僕のコーヒーが飲めないと寂しいだろう?」
「勝手にしろ」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
年が空け、元日の夜も大分更けたが、僕と三上は通信機の前で何杯目かのコーヒーを啜っていた。
三上によると、今夜遅くに地球からの電文が届く可能性が高いということだ。まあ尤も相手の送信タイミングにもよるから一概には特定出来ないが、相手もマメな性格の様でここ数回のやり取りでの受信時刻の誤差は約6時間前後。これは通信そのものの精度とほぼ同じ数値だ。
コーヒーの効き目も薄れ、僕が船を漕ぎ始めた直後に「受信機」が鳴動を始めた。
「三上?」
「ああ、受信してる。復号してくれ」
「了解。『お便りありがとう。そっちも大変だろうが、こっちも似たようなもんだ。なんとか無事でやっています。星暦1277年1月2日。新美原市天文台』やった!」
「よし、予定通りだな」
三上は、送信機のコンソールに向かうとキーボードを軽やかに叩き出した。
『HappyNewYear! 今回は残念なお知らせがあります。詳細は5分後に送信する第2信をご確認下さい。星暦1278年1月2日。TEパプソニアG2天文台』
「送信完了。第2信の送信準備。座標修正+4、+8、-12」
「了解。座標修正+4、+8、-12……」
僕は、寝不足の眼にチカチカ刺さるコンソールの星たちに、この電文が無事地球まで届く事を祈った。
(了)
「さあ、新年まであと1時間を切りました!! 現場はどうなっているんでしょう、後藤さーん!!」
五月蠅い。テレビのプラグを勢いよく引っこ抜いてやったが、気分が良くなるわけでもなく、どうすべきかも分からずビールを喉に流し込んだ。芯の方から体が冷えていくような気はしたが、頭に昇った血は冷めてはくれなかった。逆に頭痛が激しくなる。外の空気でも吸うか、と裸足のまま窓を開け、ベランダに出た。
雪が舞い降りる先は汚れたアスファルトばかりで、その汚いアスファルトの上には着飾った若い男女やはしゃぎまくる餓鬼を連れた家族が坂を上っていた。坂の上の神社にでも行くのだろう。全く、真冬の深夜によくそんなことができるものだ。溜息を吐くと吐息は白く曇り灰色の空に吸い込まれていく。目で追った先の空を見て、無意識に視線を地へと逸らしてしまった。
――あの空を翔けていた。つい先日まで。
人ならざる者が見えたあの頃、あちらとこちら、二つの世界を救う為、人とは違う生き方を余儀なくされた少年時代。闘いが終われば勇者として迎えられ、その後も悪が復活を果たすたびに何度も死闘を繰り広げ、最後は伝説とされる力を手に決着を着けた。あちらでは人々に讃えられ、心許せる仲間もできた。しかしこちらには知られてはいけない世界。そう、お約束みたいなもので、俺の為しえたこと全て、誰も知らない。
そして二十を迎えたあの日、二つの世界を繋いでいた空の門は姿を消した。否、見えなくなった。俺は地上に置き去りにされた小鳥……何もできないただの人間になってしまった。
哀しかったし、悔しかった。淋しかった。俺が作り上げた平和の中で何も知らずにのうのうと生きている人間が憎くもあったし、俺を拒絶したあちらの人々を恨んだりもした。
しかし、いくら経っても何も変わらず、俺はただの大学生に戻ってしまった。あの頃は戦闘のために何度も抜け出した授業も毎日出席し、やる時間もなく真っ白だったレポートは今ではそこそこの評価がもらえるほどに。あんなに嫌だった勉強を逃げに使う日が来るとは思いもしなかった。
もう一度空を見上げてもあの神々しい白銀に光る空の扉は見つからない。
「いくらバカだからって、お前らのこと忘れて生きられるようなバカじゃねえよ、俺は」
酔った勢いで泣いてしまおうかと顔を歪めてはみたが、もう素直な涙は流れなくなっていた。
「本当にこれで良かったのですか」
異界の風景の広がる窓を眺めていた女性に、見回りで通りがかった門番の男が言うが、相手は表情一つ変えず「これで良いのです」とだけ言うと、また窓の外に視線を戻した。
「王女!!」
門番と入れ違いに一人の青年が駆け寄り、女性の傍に跪いた。顔を歪ませ、感情に任せて訴えかける。
「あいつに…勇紀に、何も言わないまま別れるのですか!?」
「ええ。この世界が滅べば、この世界での記憶も全て失うでしょう。お別れをしてもいずれ忘れられるのは分かっていますから」
空を見上げる王女の瞳に映っていたのは、今にも墜落しそうな巨大な星。青い焔をあげながら日に日に近付くそれは、この世界に伝わる神話の通り「神の遣わした破壊の精霊」である。神がこの世界を、愛すことはもうないということ。悪しき者がここ数年の間に何度も全世界を手中におさめようと暴れ、異界から招かれた勇者によって何度も封印を繰り返した。しかし、勇者がこの異世界でその一生を過ごすことはできず、元の世界に戻るたびに封印は緩み、悪が復活を遂げれば人の好い彼の者に何度も救ってもらった。その輪廻を絶たんと、神は世界を破壊することを選んだ。
門を閉めれば、異界まで滅ぶことはなくなる。この世界だけで充分な筈。そう、誰もが分かってはいた。彼が二十を迎えると聞いていたあの日、突然閉められた門に人々は怒り、悲しみ、様々な感情を抱いた。信じがたいことに、閉めたのは王女だった。
「共に闘った貴方には辛いことかもしれません。しかし、我々の問題につき合わせてしまった彼に、もう頼ってはいけません」
特別な想いを抱くほどにまで彼を信頼していた王女は、それでも氷のような態度を崩さず、青年のもとへ歩み寄った。王女が彼を愛していることを知っていた青年は、しかし紡ぐべき言葉を飲み込むしかできなかった。
「一刻も経たぬうちに星は墜ちるでしょう。残された時をどう使うかは自由ですが、どうか大切な方の傍で、最期を迎えなさい」
そう優しく微笑みかけられた青年は、仕方なくその場を立ち去った。また一人きりになった王女は、全ての窓を開け、眼下に広がる異界の景色を望んだ。
「そんな顔をしないで下さい。貴方の為なのです。私たちにできる精一杯の償いなのです」
ぽつりと、異界の街を眺めながら王女は呟いた。瞳に愛しい者の姿を映して。彼の傍に居たいと、彼と一生を共にできたらと、何度も思った、その想いを伝えんとして。
「10秒前です……カウントいきますよぉ、5秒前!! 4 3 2 1 …」
『宇宙の掃除士 #04』
「よし、いいぞ。最終手順に入る」
「了解です。博士」
「システム、オールクリアー。Fシステム蘇生モード起動します」
「よし」
博士、と呼ばれた男の合図で、冷凍カプセルは小刻みに振動を始めた。やがて、カプセル内を満たしていた白い霧が晴れ、中に居る人物の姿が露になる。歳格好からすると若い女性の様だ。
「体温、37℃で安定」
「心拍数、60を超えました」
「脳波、異常なし」
「呼吸音確認、蘇生しました!成功です!」
「おお」
カプセルを取り囲む白衣の面々は、安堵とも歓声ともつかぬどよめきに包まれた。
「おめでとうございます、博士」
「まあ、2度目だしね。いや、とにかく良かった。我が一族の悲願ここに成就せり、ってとこかね」
やがてカプセルの蓋が開き、中の女性が目を覚ました。
「私は……一体?」
「ミカ・アラキ少尉、奇跡のご帰還、おめでとうございます!」
「あなた達は?ここは……一体?」
博士と呼ばれた男はもったいぶった素振りで答えを逸らした
「それは……あちらからご説明いただきましょうか」
「HappyNewYear!……でいいのかな?眠り姫さん」
「隊長!」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「どこにいるんだッ!ブリュレ、応答しろ!」
G.A.I.A.のコクピットでいくら吼えても、真空の宇宙には何も響かない事くらい俺にもよくわかっているが、そうせずには居られなかった。
《行動限界を300秒超過しています。危険です》
「うるせえ!」
G.A.I.A.の支援システムはさっきから警報を鳴らしっぱなしだが、俺は絶望の海へと沈むことを頑なに拒み続けていた。しかし、それもそろそろ限界だ。
(もうダメか?)
そう覚悟を決めかけた時だった。
『隊長!こちらカステラ、ブリュレのものと思わしきビーコンを発見! 回収します!』
『こちらウィロー!ササダンゴ応答願います!ブリュレの座標を特定した! 救援隊!頼む!早く来てくれ!!』
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「なんてこった……」
大方の予想通り、アラキはFシステムを起動していた。
Fシステム、簡単に言えば冷凍冬眠システムのことだ。アラキはG.A.I.A.の生命維持モードの限界時間が来る前にFシステムを起動させ、自らを冷凍冬眠させたのだ。理屈上は懸命な判断とも言えるが、問題は蘇生の方法がまだないということだ。
「そう悲観したもんじゃない、Fシステムをもし載せていなければ今頃……」
整備班長でアラキの飲み仲間だったスガセが慰めようとしているのは解っているが、俺にはその言葉さえ素直に受け止める事ができない。
「しかし、これじゃ……」
「彼女は強運の持ち主さ、…… 信じるしかない」
その夜、バー「サンテックス」で一人ブランデーをあおる俺を訪ねて来たのは、部下のタカノだった。
「どうした?」
「隊長、お願いがあります」
「何だ?」
「スイーツ隊を除隊します」
「どうして?」
「Fシステムの開発チームに入りたいんです。お願いします」
まだ方法が確立していない蘇生機能の研究をしたい、そういうことだった。俺にそれを阻む理由はない。
「わかった」
俺は翌日、タカノの除隊届を正式に受理した。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
タカノの情熱は最早執念と言っていい程のもので、なんと5年もしない内に蘇生方法の基礎研究とやらを確立させた。平たく言えば、それまで「理論上は可能」であった蘇生について、より現実的な手段であることを実証した。もちろん、人間に対して実用化するには、時間のかかる臨床試験が不可欠なのだが、それでも大したもんだ。
タカノは無理が祟ったのか、この頃急激に体調を崩して入退院を繰り返している。ただその眼だけが異常とも言える輝きを宿していた。俺は祝福と心配を兼ねてタカノの入院先へと向かった。
「よくやったな、正直ここまでやるとは思わなかった。あとは臨床試験だな」
「残念ながら、僕の体はそれまで持ちそうにありません」
「弱気な事を言うな」
「いえ、自分のことは自分でわかります。もって2~3年だと思います」
……俺は俄かに同意できなかったが、タカノが言うのならほぼ間違いないのだろう。
「そうだ!Fシステムを使えないのか?ここまで来れば……」
「ダメです。早く臨床試験の見通しを立てないと……正直、一刻も惜しい。ここまで来て頓挫させるわけにはいかない」
「しかし……」
「いえ、そんなことは初めから覚悟していたことです。それよりも、もっと別の問題があります」
「何だ?」
「今の試算では、臨床試験を経て蘇生機能が実用化するまでに約100年前後かかります」
「100年……アイツの体は持つのか?」
「Fシステムの被験者は問題ありません。元々その為のシステムですし。……問題は我々の寿命です。アイツが蘇生した後、見知った人間はもう誰もいないことになります」
アラキはお調子者だが、それは人一倍寂しがりな性格の裏返しでもある。女心に疎い俺もそれくらいはわかる。目を覚まして、ただ一人未知の世界へ居る事を知った時、アイツはどう思うだろうか?いや、アイツの事だからきっと表向きは気丈に振舞うのだろうが。
……全く、しょうがねえな。
「よし、俺が行く」
「……隊長ならそう仰ると思いました。しかし、皆さんが生きてる間には解凍できませんよ?」
「わかってる。ほんとは代わってやりたいが……能なしですまん」
「……いえ、よろしく……お願いします」
そう言って笑ったタカノの顔は心底嬉しそうにも見えたが、俺は奴がアラキの真似をしていることには気がつかないフリをした。それくらいしか俺にできる事はなかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
1週間後、俺は「未来」への出発の日を迎えた。かつての戦友達も駆けつけてくれたが、皆俺と同じで意地っ張りなせいか、しんみりした雰囲気は全くなかった。
「嬢ちゃんによろしくな」
「土産物はC-500コンテナに詰めてある。どうせ後日追加はあるだろうからその都度Indexを更新しておくよ。まあ時間はいくらでもあるしな」
「すまないな、色々」
「お前の為じゃねえよ!嬢ちゃんの事が好きなんよ、みんな」
「ひでえ、俺はパシリかよ!おい、タカノ、とっととやっちまってくれ、けったくそ悪い」
無言で頷いた白衣のタカノが部下に何かを指示すると、Fシステムはその胎動を始めた。
「じゃ、ちょっと行ってくらあ」
やばい、下を向くと涙がこぼれそうだ。
「あばよ」
「ああ、元気でな」
《Fシステム起動、冷凍モードの起動パスを入力下さい》
「Trick or Treat.」
そして俺の体は白い霧に包まれ、未来へと旅立った。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
落ち着いて話ができる場所を、というアラキのリクエストに対して俺が選んだのはバー「サンテックス」だった。
約100年が経過した基地内は全てが俺たちの見知らぬ風景となっていたが、唯一ここだけが時間の止まったかのように以前の姿を保っていた。
「そんなことが……」
「あ、そうだ、俺も昨日聞いたばかりだが、さっきの博士はタカノの甥の孫なんだそうだ」
「へえ……そうなんだ……」
アラキは、いつになく沈んだ表情で目を伏せたままだ。
「HappyNewYear!」
「?」
「やっと58回目だ。おお、見ろ!100年物だぞこれ!……スガセの奴だな。気が利くじゃねえか」
俺は「預け荷物」の中に年代モノのブランデーを発見し、歓喜の声を上げた。ラベルには、ちょうど俺が「旅立った」翌年の日付が入っている。
「隊長、瓶じゃ熟成しませんってば!」
「細かい事は気にすんな、HappyNewYear!59回目!」
「はいはい、HappyNewYear!60回目いただき!」
「あ、お前!ずりぃぞ!」
(ひょっとして100年も寝かせりゃ瓶でもそれなりに熟成するんじゃないか?)
本気でそう思えるほど、深くて甘くそしてほんの少しだけ苦みの利いた絶妙なブランデーだった。
傍らでグラスを揺らすアラキもきっと同じ事を考えているに違いない。
「HappyNewYear……皆、ありがとな」
(了)
「ふぅ……」
十二月三十一日、世に言う大晦日。明子は正月に食べるものの準備、いつもの家事より少し大げさな掃除を済ませ、一息ついて時計を見た。時刻は深夜十一時半。リビングが静かだ。明子の父も母も、明子が活動している間に寝たらしかった。本当は自分も寝たかったのに豪勢な料理の準備に時間を割いて居たのは、歳の離れたいとこの一家(と言っても三人だ)が、正月祝いに訪れるからだ。
明子は今年で四十になる、華の独身。兄は結婚して千葉に居るが、病弱の子供を抱えているため、実家に帰ることは少ない。一族で一人っ子でないのは明子の家族だけで、婚期を逃したころから、明子は心に決めていた。“両親を看取るまで、私は結婚しない”と。孫を見せたい、という気もあったが、これが一番しっくりくる、自分なりの親孝行だった。
「おとーさん、おかーさん。」
呼んでみる。返答はない。やはり寝たらしい。寝室に行って寝息を確かめてホッとした。まだ、両親は生きている。難聴気味の父は若くしてインフラ整備の会社を創立した企業家であるが、心臓を患いやめてしまった。なかなか難しい病気らしく、家族は自治体の援助と母の稼ぎと、某有名建築会社に就職した兄の稼ぎで家計を支えていた。今でも父はそれを、とても情けなく思っているらしい。母も母で、若いころに比べたら細くなり、背が丸くなった。加齢のせいである。人間が逆らえないものだし、根っから明るい性格の母は、いつでも笑っている。
明子も明子で、数か月前、二十年近く勤めた会社をクビになった。リストラ、というやつだ。『自主退職してくれたら退職金も出るし、勤務形態はアルバイトだけれど、採用口もある』と上司に言われ、素直にそうした。高卒の自分に、この上司を言いくるめて正社員でいられる自信がなかった。今は、かつての同僚のアシスタントのような仕事をしていて、気まずい。両親の高齢化、兄の一家、そして自分のこと。考えると憂鬱になる。そういうのは考えないのが一番、母の教えだ。
「……寝よ。」
疲れ切った明子の体は、ある意味、欲に忠実だ。父と母の息を確認すると、一気に疲れが襲ってきて、ベッドに突っ伏して寝た。
テレビの音がする。子供の頃は嫌いだった、玉ねぎ入りの味噌汁のにおい。目玉焼きがいい音をたてているであろう、油のはねた音。それにつられて、目が覚めた。
「おはよう、明子ちゃん。」
驚いた。発信源は母だろう。父は料理ができない。
「お、お母さん!どうしたの!御免ね、あたし、寝坊しちゃって……もう、寒いんだからリビングいていいよ、あたしが作るから。おせちも作ってあるから。」
「あんたは何でもできるねぇ、いや、私たちのせいかしら。こんな老いぼれでもね、軽い朝食なら腰に負担にもならないのよ。ねぇ、お父さん……って、お父さんに聞こえるわけないけど。ハハハ。」
母の言うとおり、父は隣のリビングで新聞を読んでいる。まるで、そこだけ時の進みが遅いようだ。
「と、とりあえず手伝うよ。」
「ありがとう。」
この母の笑みも、幾分か老いた気がして、明子はなんだか切なくなった。
朝食が出来上がり、冷蔵庫から昨日作ったおせちを取り出し、温かいものはレンジにかけた。腰の悪い母にはレンジを見てもらい、明子は料理を運んだ。明子の出入りに、ようやく父が明子に気付いた。
「おはよう、明子。」
「おはよ。お父さん、あたし、さっきっから起きてるよ。」
「そうか。俺ももうダメかな、耳がなぁ、どうにもならない。
「当たり前でしょ、もう老い先短いんだから。」
「それもそうだなぁ。」
父は新聞を置き、ガタっと近くにある引き出しをだした。几帳面な父は、なんでも整理していないと気が済まない性質だ。
「ホレ、これ。」
「なにこれ。」
「お年玉。」
毎年、諭吉先生が三枚。両親の年金からの限度額だ。四十の娘にお年玉。両親にとっては、自分もまだ子供なのだ。その立場になったことがない明子には分からない心境である。
「毎度~。」
「明子ちゃん、チンできたわよ。」
「はいはい、あ、お父さん、ありがとうね。もうすぐ、ひでちゃんたちも来るよね。お母さん、私が運ぶから、こっち来なよ。」
「ありがとうね。」
私はこの二人を、看取るまで結婚はしない。世の女性の幸せが結婚ならば、自分の幸せは、最期までこの優しい両親の傍に居ることだ。それが自分の人生を犠牲にしているとは、微塵も思わない。
「明子ちゃんが毎日やってくれるから、助かるわ。」
至福の喜びだ。高齢者は冬に召されることが多いけれど、今年も、何もなく年を越せた。歳の割にしっかりしており、介護もたいして必要ない。
「あ、車の音だ。ひでちゃんだね。」
「明子ー!」
「あけまして、おめでとうございます。」
両親が、そう笑顔で言える限り、明子は何をかえても、この実家に居る気だ。それが、明子の幸せなのだから。
桜のつぼみが膨らみ始めたころ、美月のアパートの郵便ポストに一枚のポストカードが届いた。
『A HAPPY NEW SPRING!』
内容は、たったそれだけで、どこかの浜辺の写真の付いたポスたカード。だけれど、犯人は分かっている。アイツだ。去年の冬、単身渡米した恋人だ。
美月と、その恋人・隆太は結婚間近だった。本人たちもそのつもりだった。互いの両親に挨拶もしていたし、同棲もしていた。しかし、去年の十二月、美月が仕事から帰ると、彼の姿はなかった。あったのはその役目をはたしていない彼の収納家具の数々と、メモだけ。
“仕事の都合で、渡米することに。手紙書きます。愛しているよ。 隆太”
愛しているなら離れるなっての、心の中で愚痴を吐いた。美月は待つ決心を固めていた。“愛している”。この言葉を、胸に。しかし、結納まで済ませていた相手だけに、双方の両親はじめ親族が許さなかった。
美月の両親からは「そんな身勝手な男に、一人娘のお前をやれない」と言われ、隆太の両親からは「こんな身勝手な息子に、あなたのような素敵な女性を幸せにできるわけがない」と言われた。要するに、別れろ、言っているのだ。美月はそのようにした。これ以上、大切な人が怒り狂うのを見たくなかった。
「美月。先に帰ったから、飯、作っといたよ。」
悪夢のような冬から約二か月。美月は友達に薦められた響という男性と付き合いだした。彼は隆太とは違って根っからの真面目(隆太が不真面目と言うわけではないが)で、美月を優しく見守る人だった。
「アイツもあんたみたいだったらいいのに……」
「何か言った?」
「別に。」
新たに始まった恋。それでも美月の心には、まだ隆太がいた。そして、話は冒頭に戻る。
「変なポストカード。普通言わないよね、ハッピーニュースプリングなんて。差出人も書いてないし。美月、心当たりあるの?」
「……ないっ。」
「警察に届ける?不審物来ました~って。」
背の高い響きが後ろから手をまわし、美月の手からポストカードを奪い、破ろうとする。
「やめてっ!」
「美月?」
嘘をついた。心当たりなんて、大ありだ。
『A HAPPY NEW SUMMER!』
「またか。」
響がため息をつく。美月も違う意味でため息をついた。隆太との恋は終わりにしなければならない。いや、終わった。終わったつもりでいる。響が、こんなに優しい男性が、傍にいてくれるのだから。そんなことを考えていたら、響きが心配そうに、「怖い?」と顔を覗きこんできた。
「大丈夫よ。」
そして、美月はまた嘘をつく。
「響がいるもの。」
確かに、それは事実だ。
『A HAPPY NEW AUTUMN!』
懲りずにあいつは送ってきた。それは十一月の末のことだった。
「何が秋よ。もう年末じゃない。」
「美月、やっぱり届けようよ。ストーカーの仕業かもしれない。」
「いいわよ、無視するから。」
「エスカレートするかもしれないよ。美月はブログをやっているから、ネット上で知り合った奴が、調べ上げたのかもしれない。それこそストーキング行為じゃないか、今度はうちに来るかもしれない。大きくなる前に、芽を摘むんだ。
「いいの!このままでいいんだから!」
「美月、落ち着いて。やっぱり、あるんだろ?心当たり。」
図星だ。もう、隠せない。口から言葉が出る前に、瞳から涙が溢れていた。
「ないっ……よ……」
「美月、泣いてる。」
「あ……」
響の手が伸びる。抱きしめられるのだと思って、体の力を抜いた。しかし、響の手は自分ではなく、彼自身の頭に伸びた。漫画で困ったキャラクターがするように、頭をポリポリと掻いた。
「参ったな。」
「え?」
「泣かせるつもりは、なかったんだけど。」頭から離れた手は、今度こそ美月の身体に伸びる。
「美月、俺、美月のこと好きだよ。」
嘘ではない嘘をつく。
「……あたしもよ。」
「嘘だ。」「え?」
「美月は、隆太を愛してるんだ。俺以上に、ね。」
「ひびき……?」
美月は思わず口をぽかんと開けた。自分より頭一つ大きな響。ポケットから手を出すと、そこにはポストカードが握られていた。
「それ……」
「隆太はね、俺の会社の同僚なんだ。きっかけは、アイツが酔っぱらって美月の写真を俺に見せた時。一目で君に恋をしたよ。それを、アイツが渡米するとき、言ったんだ。そうしたら、賭けをしようと言われた。」
『俺は、何も言わずに部屋を出る。その間は、お前と美月が仮交際することを許す。お前にこのポストカードを預けるよ。四季ごとに、美月に渡してほしい。これが四枚目になった時、美月が俺を忘れお前を選んだら、俺は二度と美月に近づかない。約束する。』
「これが、その四枚目。俺は、賭けに負けたね。」「響……これ、届けてくれてたんだ。サンタさんみたい。」ニコリと笑って、四枚目のポストカードを美月に渡した。
「私……隆太が好き。」
「うん。」
「愛してる。」
「うん。」
「でも、響を好きじゃなかったときは、なかったよ。」
「お褒めの言葉?」「本音よ。」美月は涙で赤くなった顔をクシャクシャにして笑う。響も笑う。
「で、これはもう一つの預かりもん。」
それは封筒だった。中には一枚のカード。よく見ると、タクシー券だった。
「隆太、今日戻るよ。早く行ってきなよ。散々怒ってやんな。」
「了解っ」
美月はタクシーをひろい、空港へ急ぐ。響は笑顔でそれを見送った。タクシーで曲がったのを確認すると、響きの頬に伝うものがあった。
「幸せに――」
幸せに。誰よりも幸せに。自分よりも幸せに……
美月はタクシーに乗って、初めてポストカードを見た。「気が早いなぁ。」思わず笑みをこぼす。
「お客様、いいことでも?」運転手が尋ねる。「ええ。」
『A HAPPY NEW YEAR! and……MERRY ME!』
「とびっきり、いいことがね!」
英語を勉強しなおしたい……
い、今までで一番いっぱいスター頂けました!ありがとうございます。
できれば講評希望です。
『スペサル・サプライズ』
“あ、もしもし? コウイチくん??”
いちごちゃんは電話がつながるなり、僕にこう聞いた。
“ねぇコウくん、笠じぞうのおじぞうさまって、6コだっけ?”
「え?」
“かーさーじーぞーう。6コ?”
「え、あぁ、6体ぐらい、かな? なんで?」
“じゃ、6コでいっか! ありがと。ばいばーい!”
ツー、ツー。
電話が切れた。
* *
翌日のこと。
「昨日の電話、あれ、なんで笠じぞうなの?」
いちごちゃんに会って、僕は聞いてみた。いちごちゃんは真顔で答えた。
「だってもうすぐお正月じゃん」
「え?」
「笠じぞうって大みそかの話でしょ? 笠をかけてあげたらおじぞうさまがお正月用品とか金銀財宝とかくれるんだよね? うちらさ、財宝にプラスでさ、ケーキとか作って新年の瞬間を祝おうよ!」
「は、はぁ…(いきなりケーキ…)」
僕らは大みそか、いっしょにいちごちゃんの家で過ごすことになっている。で、12時を回ったら一度眠って、6時ぐらいにまた起きて、どこか見晴らしのいいところで初日の出を見るって作戦だ。ちなみにいちごちゃんは、その足ですぐそばの実家に帰る予定。
そんないちごちゃんは僕の隣で、財宝たーのしみだなぁ~♪と、謎の鼻歌を歌いながら、何かメモを書き付けていた。でも、僕がのぞき込むといちごちゃんは慌ててそれを手で隠した。「スペサル・サプライズ」とか、見えた。「スペサル」って…。おじぞうさまからのサプライズプレゼントを予想してるんだろうか。ごほうびって、現代でいうと何だろう。ぬいぐるみとか?
そんなことを考えていた僕は、途中で大事なことに気づいてしまった。笠じぞうってことは、これはあれじゃないか。
僕がおじぞうさまの代わりに、プレゼントを用意しないといけないじゃないか。
僕は慌てて方法を考えてみた。やるとしたら…あらかじめプレゼントを僕の家に用意しておいて、大みそかの夜に僕がいちごちゃんの家からこっそり抜け出して、翌朝までにいちごちゃんの家の前に置いておく、って感じだろうか。遠いけど、できるだろうか。
でも僕は心を決めた。
あやつられてあげよう。
* *
大みそか、いちごちゃんは本当に笠を作ってきた。昔話のとは違って厚紙でできてたけど、ひとつひとつかわいくデコってあって、意外にかわいい。
僕らはそれを、峠のところにあるおじぞうさまのところへ本当に持って行った。峠といってもほんのちょっとした坂だ。僕はもうネタにでもなれという気持ちだった。一方でいちごちゃんは真剣そのものだ。
おじぞうさまはちょうど6体で、僕は心底安心した。いちごちゃんはひとつひとつに笠をかぶせてから写メを撮って両手を合わせた。僕への当てつけじゃなくて、心の底から金銀財宝を期待している感じで。
帰り道、僕らはそばとかき揚げを買って、いちごちゃん家でテレビ見ながら食べた。いちごちゃんはガキ使と紅白を代わる代わる見た。僕はその液晶画面といちごちゃんの横顔を代わる代わる見た。
のだけれど、あろうことか、いちごちゃんは紅白の途中で寝てしまったのだった。まだ11時台だ。年越しの瞬間をふたりで祝う話はどうなったんだ。
12時近くになって起こしてみたのだけれど、いちごちゃんはぜんぜん目を覚まさなくって、僕はいちごちゃんをベッドに寝かせてあげることにした。抱きかかえたいちごちゃんは、普段よりも«女子»って感じがした。自分よりこんなに小さな身体なのに、ちゃんとそばを食べたり、笠を作ったり、寝たり起きたりするなんて。
どんぶりを洗って片付けて、いちごちゃんの確実な安眠と家の戸締まりをしっかり確認して、僕は家を出た。時刻はいつの間にか12時を回り、1時になろうとしていた。
ここから僕の家までは、電車だとすぐだけど、自転車ならだいたい2時間。残された時間はぎりぎりだ。僕は自転車にまたがって、遠い自分の家へと向かった。
身体の周りにまとっていた暖かい空気は、ものの5分でぜんぶ消えた。僕の手足はみるみる冷え込んだ。でもひたすらペダルをこいだ。空は真っ暗なのに、通い慣れない道はなぜかぼんやり明るい。
徹夜なんてしたことなかったけど、僕はちっとも眠くなかった。それは寒かったからじゃない。
誰かのために生きてるからだ。
市の境界のところの、おじぞうさまの峠に着いたとき、時刻は2時半だった。ちょっと遅れ気味かもしれない。僕はそれでも、一度自転車を降りて、おじぞうさまに手を合わせた。うまくいきますように。6体のおじぞうさまには、ちゃんとまだ笠がかぶさっていた。
僕の家に着いた。昨日買ったばかりのテディベアは、暗闇でちゃんと待っていてくれている。今度は復路だ。
テディベアは思ったよりも大きくて、カゴに入りきらなかった。片手で押さえながらでスピードが出ない。太ももが辛い。寒い。疲れた。それでも僕はペダルを踏み込み続けた。さっきより峠が険しい。
遠くで電車の音が聞こえた。始発が動き出したのだ。気づけばもう、空は漆黒ではない。少しずつ星も消えて、黒が濃紺になり、紺が藍になる。いちごちゃんの家までは、あと少しだ。コ
いちごちゃんのアパートの前に自転車を止めて、できるだけ静かにスタンドを立てる。時刻は、6時前。なんとか間に合ったみたいだ。僕はテディベアを玄関扉の前に置いて、鍵を開ける。中に入ったらできるだけしれっとした顔で、僕もさっき起きましたみたいなノリで、いちごちゃんを起こすのだ。
でも。
鍵を開けて、ドアノブをひねった。ら、
「コウくん! あけおめ!!」
いちごちゃんがいきなり抱きついてきた。起きてた! てか、えっ?
…えっ!?
僕はその肩越しにテーブルを見た。そういえばすっかり忘れてた。いつ作ったんだ。
いちごちゃんのほうが、僕よりさらに一枚上手だったんだ。
「そんな……ツバキが生贄だなんて……」
アヤメは泣いた。ツバキはまだ14歳。家も近く、村には他に同年代の少女が居なかったことから妹のように可愛がっていたのだ。
「仕方あるまい。毎年、新年を迎えるこの時期に、誰か若い娘をささげねばならんのだ」
アヤメの父親は苦々しく呟くと酒をあおった。
村は、年越しの忙しさの中にも、新しい年を迎える活気で満ちていた。ツバキの周辺を除いては……。
大晦日の夜。祭りは佳境を迎える。生贄の巫女を神輿で祭壇まで運ぶ。村中の男たち総出で行列を為す。
幾本ものかがり火が揺れる。
祭壇へツバキを下ろし、長老たちが長い長い祈りを捧げた。
それが終わると、皆、村へ引き上げていった。ツバキ一人だけを残して。
かがり火の揺れる灯りだけに照らされた祭壇ではツバキが一人、神への捧げものとして冷たい石の床にその身を委ねていた。
村の守り神。その姿は大きな蛇のようだとも、歳を重ねた狐だとも言われている。要ははっきりしないのだ。しかし、長年の風習を変えることなどできない。言い伝えによれば、生贄をささげることを怠ったその翌年には村に大きな災いがもたらされたといわれている。
毎年一人ずつの少女。それは、この村にとって、大きな痛手であった。生贄に選ばれることを嫌い、男子を生むことを望み、それが叶わぬとなると、幼子を里子に出してまで逃れようとする親も多い。
それゆえ、既に村にいる生贄の条件を兼ね備えた少女は、アヤメとツバキの二人だけになってしまっていた。
「しかし……ツバキを生贄にしたとなると……」
長老集の一人が言う。儀式も終え、長老たちは、村の中央にある集会所で集まり、酒を酌み交わしながら年越しをしていた。
「しかし、ツバキが言いだしたことなのだ。アヤメは年が明ければで16となる。生贄となる年齢を超えてしまう」
「だからこそ、今年はアヤメを生贄にして、来年にはツバキを生贄に捧げる。再来年のことは、また後で考えるとしてそれで二年持ったのではないか?」
「ツバキが言ったのじゃよ。今年生贄に選ばれんかったら、来年の生贄になることは絶対にしないとな。自害も辞さない覚悟であった。ツバキはアヤメを姉のように慕っておった。じゃから、そんなアヤメを失うのが怖かったんじゃろう。それなら自分で終わりにする。アヤメの年齢がちょうどそれを可能にしおった」
「じゃあ、来年の生贄は……?」
「それはまた、そのとき考えたらええ。まずはこの一年を、しっかり過ごそうや」
「ツバキ! ツバキ!」
アヤメは夜遅くに家を抜け出し、暗闇の中、あかりも持たずに祭壇まで走った。
「アヤメちゃん! どうしてここに!?」
祭壇で横になっていたツバキは、驚いて体を起こした。冷たい石の感触から解放されるも、むき出しになった背中に寒風が吹きすさぶ。
「やっぱりおかしい! 今度の生贄には私がなるべきだわ」
アヤメの主張にツバキは首を振った。
「ううん、それでも次にはどうせ私が選ばれるもの……。それにアヤメちゃんのいない生活なんて楽しくないもの」
「それなら私も一緒よ。ツバキがいないのに……私だけ生き残っても仕方ないわ。どうせ来年には生贄をささげられなくなって……」
「それでもいいの。たった一年だけでもみんなが幸せになってくれたら……。もうすぐ年が明けるわ。アヤメちゃんは早く家に帰って!」
「いやよ! 帰りたくない。そうだ! それなら私も一緒に生贄になるわ。神様にお願いしてみる。ずっとは無理でもそれなら来年の生贄は無しってことにしてくれるかもしれない」
「そんな……」
「私は村も大事だし、でもツバキのことも大切なの……」
「アヤメちゃん……」
「パパ~! こんなところにお地蔵さんがあるよ~」
初詣客でにぎわう神社の境内へ至る参道のはずれにひっそりとした地蔵像が二体ならんでいる。その顔つきはどこか幼い少女を思わせる。
安らかな笑顔にも似た表情を浮かべていた。
「ハッピーニューイヤだー」
「本日もスーパー丸内にお買い上げ頂きありがとうございます」
店内アナウンスが流れる中、一組のカップルが夕飯を何にするか話している。
「ねーねー、祐。今日の献立何にする?」
「今日は大晦日で忙しいから夏の手間がかからないカレーでいいよ」
「祐、優しいー」
夏は祐の腕を組んで寄りかかる。
通りがかった近所の奥さんが声をかける。
「あら、なっちゃん。いつも仲がいいわね」
「こんにちは、田中さん。ヤダッ、恥ずかしい」
夏が微笑みながら返事をする。
「二人とも結婚しちゃえばいいのに」
近所の奥さんの言葉に夏が祐の背中をドンドンと叩く。
「そんなー、まだ早いですよー」
それに合わせるように祐が愛想笑いをする。
「それでは、良いお年を。なっちゃん」
そう言って近所の奥さんはほかの売り場へと消えていった。
「よいお年を。田中さん」
夏が二コリと返して祐に買い物の話の続きをする。
一見、どこにでもいそうなカップルだが、実は少し変わっていた。
彼氏の方はそれが悩みの種だった・・・
祐と夏が買い物を済ませ帰宅すると、
「ふぅー、肩こったー。近所の奥さんに愛想を振りまくのも疲れるわー」
と夏がだるそうな表情で言った。
「いいじゃないか、田中さんも悪気あって言ってるんじゃないし」
祐が夏をなだめるように言う。
「あぁー、稼ぎの少ないあんたのせいで『まだ結婚しないの?』とイヤミを言われているのが分らないの?ホント馬鹿ね」
夏がつい悪態をついてしまう。それもそのはず二人は同棲して五年にもなる。
「ごめん、そのうち出世して夏を食わせていくからさ」
「祐、『そのうち』って脳天気なこと言ってるからいつまで経っても出世しないのよ」
「うっ・・・」
そう、祐の悩みは夏の表と裏の豹変ぶりとキツい言葉だった。
しかし、夏のイヤミは日常の事だけではなかった・・・
大晦日の夕飯を済ませ、紅白歌合戦をBGMに年越しそばをすすりながら祐と夏はじゃべっていた。
「夏、今年もいろんな事があったけど、二人とも健康で年を迎えられそうだね」
「そうね、来年もよろしくね。祐」
意外な夏の優しい言葉に少し戸惑いながらも、夏も優しい一面があるんだなと素直に受け止める。
「よろしく、夏」
「ところで祐、来年で思い出したんだけど、明日は初日の出を一緒に見ようね」
「あぁ・・・」
普通の人が聞けばアツアツのカップルの会話にしかみえないだろう。だが夏の場合は違う。
それを知っていた祐は気が重たかった。
「今年も例のアレをやるんだね・・・」
「当たり前よ。アレをやらないと一年が始まった気にならないわ」
夏がやる気満々で続ける。
「明日は早いわ。だからさっさとそばを食べて寝ましょ!」
「あぁ・・・分った・・・」
腑に落ちない様子で祐は返事をした。
そんな話をしながら二人はそばを食べ早くに床についた。
元旦。
まだ、日は昇っていないが雲一つない天気だった。
二人は寒い朝に負けずに起き、太陽が顔を出すのを今か今かと待っていた。
太陽の上端が顔を覗かせた時に夏が用意していた長細い札と筆ペンを取り出してさらさらと書き出した。
――はぁー・・・、始まった・・・
祐はそう思いながら夏の手の動きを目で追った。
みて分る通り、夏は和歌(うた)を詠もうとしている。
確かに夏は仕事として俳句の先生をしているとはいえ、例え俳句の先生でなくても和歌を好きな人なら誰でも詠むのではないかと思うだろう。
祐が追う夏の字は流麗な文字で読む人の心を癒してくれるほどだった。
そう、夏は俳句の先生の傍ら、書道の先生として仕事をしている。
夏がその和歌をゆっくりと詠み上げる。
初日の出
今年も彼に
薔薇の鞭
夏は自分の和歌に酔いながら、
「今年も良い和歌ができたわー」
と嬉しそうだった。
「あははは・・・鞭はお手柔らかに」
祐が苦笑しながら言う。
「だらしない祐に野ばらのトゲトゲでビシビシといじめてあげるわ」
夏は意地悪そうな顔で祐を脅す。
「えーっ!」
祐は顔では笑っているが、心では自分が情けないのが嫌だった。
言われなくても自分で分っている。それを改めて言葉にされるのが辛かった。
そんな気持ちを知らないでズバッと言う夏の強さが嫌であり、好きでもあった。
祐はハッピーだけどイヤだと思った。
彼も彼女の和歌に入れた花言葉の気持ちを知らなかった。
それはまた別の話で。
すいません。
>愛する人の笑顔のために全てを捨て去るようなお話
消化できませんでした。
できれば講評お願いします。
「ねぇ、この世界って誰が創ったの?」
「そりゃあ神様だよ」
「神様ってあれでしょ? お正月にレースして、干支を決めたって言う……」
「そうか、そうか、そんな話も知っているのか。でも、ちょっと違うな」
「え~、神様が十二支を選んだんじゃないの?」
「難しい言葉を知ってるな、どこで習ったんだ? 十二支って」
「だって、学校で先生が言ってたよ。来年はへび年だって」
「そうかそうか、それで、神様の干支レースの話もしてくれたんだな」
「そう。パパの神様って違うの?」
「そうだな~。何年か前までは、お前と同じ神様を信じてたな」
「え~、神様っていっぱいいるの?」
「そうだよ。国によって考え方は違うけど……。特に日本では神様はいっぱいやおろずっていってな、何百万もの神様が居るっていわれてるんだ。人によって信じている神様はいろいろなんだけどな」
「パパの神様は~? パパの神様の話して~」
「ははっ、長くなるけどいいかい?」
「うん」
パパの話は、ほんとに長かった。アニメにしたらワンクールぐらいの長さだった。
コミックスにしたら3巻ぐらいの長さだ。
それは、不思議で切ない話だった。
自らが破滅するとわかっていても愛する人の笑顔のために全てを捨て去るようなお話だった。
そのお話はこうだ。
魔法少女というものがいた。魔法少女はいずれ魔女になってしまう。
ある少女が居た。
少女を魔女にならさんと時間遡行する少女が居た。
時間を遡行できる少女は何度も何度も同じ時を繰り返しながら、まどかを魔法少女にさせないように努力していたが、上手くいかなかった。
ワルプルギスの夜がやってきて、まどかは魔法少女にならざるを得ない。
まどかは魔法少女になった。
自らが破滅するとわかっていても愛する人の笑顔のために全てを捨て去り、過去現在未来すべての魔女をこの手で打ち滅ぼさんと願った。
願いは聞き届けられた。最高の魔力を持つまどかは、あらゆる時代のあらゆる魔女を滅ぼした。
そして彼女は世界となった。
「パパの神様はね、鹿目まどかっていいう、可愛い女の子なんだよ。とっても優しくって、とっても友達に好かれていて……なんだ、もう寝たのか。ここからがいいところなのに」
男はそっと電気を消して部屋を出ようとして、ふと床に転がったぬいぐるみを見た。
赤い目をした、うさぎのような、ねこのようなぬいぐるみだ。
ぬいぐるみを棚に戻そうとした時、そのぬいぐるみから声が聞こえたような気がした。
「ねえ、おじさん? 魔法中年にならないかい? 第二次性徴期の少女の次にエネルギーを秘めているのは更年期の中年男性なんだよ。僕、僕はインキュベーターさ! 」
そして、その中年男性の元に、彼を魔法中年にさせまいとする時間遡行能力を備えた中年が姿を現す。なんだかんだあってなんとかプルギスの夜だかなんだか最強の魔男が襲来したりする。
しかし、そのモノガタリは語られない。
中年男性が主役では深夜であれゴールデンであれ、視聴率が伴わないからだ。
アニメ業界もまだまだ捨て鉢ににはならない。
さあ、今年のヒットアニメは如何に……
もう1つネタがあるので、それも投稿できたら嬉しいです。
2013/01/05 10:14:07スターありがとうございます!みなさんお疲れ様でした^^
2013/01/08 07:19:11できればでよいので、講評希望です。