クラシックは西欧の文化に根ざす音楽です。
言語の上ではドイツ語フランス語オランダ語英語など特徴を同じくする音声の言語です。
宗教はキリスト教、それも中世暗黒時代のカトリックに依存するものがベースになっています。
バッハなどに代表される、均衡のとれた構成で神の世界を模倣しようとする試みと言えるでしょう。
一定したリズムと破綻のない音階。
遊びの少ない構図で、理想を真似しようとする雰囲気です。
自分だったらこういう人をイメージします
読譜・写譜・作譜 ~ Classic music mental landscape ~
むかし、レコード店の四代目社長と雑談の折「ジャズもクラシックも
同じだよね」と同意を求められ、「ほんとは違うんだが」と答えました。
彼は、父親とも国立大学の経済学部を出ていたので、さもありなん。
わたしは、私立美術学校中退ですが、中学時代の合唱コンクールで、
九州民謡《五木の子守歌》を選曲して優勝、聖歌隊にも参加経験あり。
高校では吹奏楽部を管弦楽団に改編した“こわもて”指揮者でした。
あなたの質問に答えれば「クラシックを聴いてる人の特徴は」なし。
わたしの数十人の後輩には、かなりの名手達人も混じっていますが、
実際の演奏を聴くまでは、どのジャンルが得意か、誰も判別できません。
わたし自身は、賛美歌を独唱、チェロを独奏した経験があり、ガチの
クラシック愛好家ですが、中年期のカラオケ全盛期には、夜ごと酒場で
“演歌”も唄っていました。たぶん逆のケースは、ありえないでしょう。
正論に戻すと、クラシックの本義は“歌詞のない絶対音楽”であり、
オペラや歌曲、宗教音楽とも一線を隔します。つぎの例外を除いては。
── ベートーヴェン《交響曲 第九番“合唱付”Op.125 18240507 Wien》
もちろんクラシック・ファンや演奏家には、怪しげな人々もいます。
さきの楽器店主や音楽評論家も、たんに聴きかじっただけで、楽譜も
読めず、演奏の経験もないので“ちがいが分からない”はずです。
それでも、いっぱし“誰某の名演は、ロマンチシズムに溢れている”
などと論評するので、こころある愛好家には、心底きらわれています。
おまけに“先生”と呼ばれて、原稿料など受取っていたそうです!
……「音自体が言葉と同じぐらい意味を持っちゃってる」作詞をしない
理由を語る(202009012) 絶対音楽×絶対音感≒意味不明
https://news.yahoo.co.jp/articles/e9e6aeec555a23dbc49f2071b833e2...
── 深夜放送《TOKYO SPEAKEASY 20200901 月~木曜 25:00 FM》
…… 演奏会の前に、美しい娘に誘われたスケートで転倒したため、右
手の親指が赤く脹れあがった。やっとの思いでドヴォルザーク協奏曲の
第一楽章を弾き終えると、涙が頬を流れ、聴衆も眼頭を抑えた。
第二楽章では、もっと涙があふれ、聴衆も共に泣いてくれたのだった。
第三楽章が始まると、わたしはさらに泣き、聴衆は声をあげて泣いた。
聴衆の反応というのは、謎に満ちた現象である(冬のオランダ P184)。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19720120
ピアティゴルスキー ~ チェロとわたし(新旧版)もくじ ~
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A5%D4%A5...
Piatigorsky, Gregor 19030417 Moskva America 19760806 73 /Cello~《白鳥》
https://twilog.org/awalibrary/search?word=%E3%83%94%E3%82%A2%E3%...
ありがとうございます。ちなみに僕の好きな曲はcinozoのグッパイ宣言です。