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希少価値、記念と憂鬱

記念コイン、記念切手などの希少価値物品の購入意欲は、写メと3Dプリンターの出現により、今後どんどん少なくなるとおもいます。額面500円の記念コインは額面500円のまま、自販機で使いづらいので電子マネーに両替して終わるでしょう。
 
よく考えると人生も記念すべき行事など、本当は残っていないようにも思います。
他人との美的センス確認作業のマイルストーンとして、100フォロー、100ブクマ、コンサート限定販売物、握手券の購入などの自分の趣味や思い入れの上で起こる出来事の記念か、
自然が相手の記念、たとえば初めて植木が花をつけた春、子供が歩けるようになった日時、などだけが残るような気がします。(震災などの災害は記念ではなく記憶だと思うので一応除きます)
 
この時代における「記念」とはいったいなんでしょうか? わたしたちは何を記念し祝ぐべきでしょうか?
アメリカの大統領や都知事が女性になってもあたりまえとして受け止めるべきですし、
そろそろ記念すべき日なんてものはないのかもしれません。
一緒に考えて下さい。それか、あなたの記念を教えて下さい。

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登録日時
2016-09-15 16:06:45
終了日時
2016-09-22 16:10:03
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