昨今女性を過剰に敵視するバカな男たち(ミソジニスト)が社会問題化していますが、個人の利益の為に男をだまして財産を奪ったりハニートラップを仕掛けて破滅に追い込むような、いわゆる悪女が登場する作品の影響があるように思います。
海外ではミソジニストによる殺人事件も発生しており、彼らは明らかなパブリックエネミーです。日本でもいつ取り返しがつかないことが起きても不思議ではない気がします。
まだミソジニストになっていない男性に、女性=悪という誤解を与えミソジニストに育ててしまう恐れのある悪女作品は規制されるべきだと思うのですがなぜそうのような議論はされないのでしょうか?
表現規制を訴える人は児童ポルノに関する議論しかしませんが、もっと視野を広げてまさに今増えつつある犯罪者予備軍とフィクションの関係について考えるべきだと思います。
馬鹿な男たちは現実に向き合うべきだと思いますが、おそらくそれは質問者にも言えることだと思いますよ。
フィクションはフィクションです。「人格が変わるほど強烈な悪書」なんてフィクションですよ。
現代日本人がどれほどの文字情報を一日に、一生に読んでると思いますか。
たった一冊で思想が変わるほどの本なら作者は稀代の天才で、読者はごく稀な白痴です。
質問者も幻想と現実の区別をつけたほうがいいと思いますよ
実際態度を見てみると、自分の財布にたかるリアルで弱い女が嫌いだ、という人のほうがずっと多い。
あるいは、自分も無知で無邪気で欲望に弱い存在で、しかたなく痴漢をしたのに、痴漢だなどと大声をあげ、周りの乗客と力をあわせて自衛してくる女が嫌いだという。
リアルな強さよりも、ずっと弱い存在でいてほしい、その考え方を差別といいます。
差別は強い相手に対して生じるのではなく、「実際よりも弱くあってほしい。自分のファンタジーの中にいてほしい」というわがままから起こるのです。
それはフィクションから生まれるものとは限りませんし、フィクションを規制しても人の心は規制できません。
一個人の馬鹿さが属性全体を悪く言われます。
貴方がそういう風に思っている事自体は別に非難しません。そういう意見もあるでしょう。
ただ、これを本気で言っているのであれば、一般的には馬鹿だなぁと思われるでしょうね。他の回答者様から見てわかるように。